月の薬師は魔法使いの夢を見るか? 作:十六夜××
クリスマス休暇が終わる一日前。私はクローンと共にダイアゴン横丁を歩いていた。
とはいっても同じ顔を二つ並べて歩いているわけではない。
クローンは私の姿そのまま、私はポリジュース薬を用いて母親であるヴァルブルガに変装している。
傍から見れば母親と娘が二人で通りを歩いているように見えるだろう。
私はクローンの手を引いてダイアゴン横丁の通りをしばらく歩くと、古ぼけた看板を下げた店の中に入る。
紀元前三百八十二年に創業した老舗、オリバンダーの店だ。
ホグワーツに通う生徒の殆どがここで杖を購入する。
私が今使っている杖もこの店で買ったものだ。
黒壇、三十センチ。非常に硬く、しならない。
芯材にはグリムの毛を使っているらしいが、当代が作った杖ではないので真偽のほどは不明である。
本来なら客に売れるような杖ではないと店主のオリバンダーは言っていたが、あの時はこの杖しか私に適応しなかったのだ。
「ごめんくださいな」
私が煩雑な店の奥へ声を掛けると、すぐさま店の奥から当代のオリバンダーが現れた。
オリバンダーは私とクローンの顔を見ると、やれやれと言わんばかりに苦笑いする。
「やはり、問題がありましたか」
「いえ、うちの長男がこの子の杖を折ってしまいまして」
「そうでしたか……では、杖腕を」
私はクローンの左手を軽く持ち上げると、オリバンダーに差し出す。
私と相性のよかった杖はびっくりするほど見つからなかったが、クローンの場合はどうだろうか。
オリバンダーはクローンの左手を入念に調べると、近くの棚から一本の杖を取り出した。
「イチイ、二十七センチ。しなやか。芯材には不死鳥の尾羽」
クローンはオリバンダーから杖を受け取り、私の顔を見上げる。
きっとホグワーツの外で魔法を使ってはいけないという知識があるため、ここで魔法を使っていいか判断できないのだろう。
私はクローンに対して小さく頷く。
クローンはそれを見て大丈夫であると判断すると、左手に持った杖を軽く振るった。
その瞬間、店の中が煌びやかな星に包まれる。
オリバンダーはその様子を見てキョトンとした表情をすると、やや困惑した様子で言った。
「いやはや……どうにもかなりの相性のようで。数か月前のことが嘘のようじゃ」
クローンはその後も何度か感覚を確かめるように杖を振るう。
「相性がいいならこの杖をくださる?」
「ええ、そうさせてもらいましょう。化粧箱はいかがしましょうか」
「いらないわ」
私はローブのポケットから金貨を取り出し、杖の代金をオリバンダーに支払う。
クローンは満足したのか、やや得意げな顔で杖をローブに仕舞った。
「それじゃあ店主、私たちはこれで」
私は用事は終わったと言わんばかりに店内で踵を返す。
だが、ドアに手を掛けたところで後ろから声が掛かった。
「奥様、もしよろしければ折れた杖の修理も可能でございますが」
「もう捨ててしまったわ」
私は店主に目を向けることなく、そのまま店を後にした。
店を出た私たちはそのまま路地裏へと進み、ダイアゴン横丁からノクターン横丁へと向かう。
私は次第に客層が悪くなっていく通りを歩きながらクローンに話しかけた。
「前にも教えたけど、ホグワーツの外で魔法を使ってはいけないわよ。魔法省に探知されて、よほど緊急性を有する事態ではなかったらそのままホグワーツを退学になってしまうから」
「ですが、貴方は何度も私に治癒魔法を掛けていましたよね? あれは問題ないのですか?」
クローンは不思議そうな顔で私の顔を見上げる。
「大丈夫よ。今の私は感知されないわ。魔法省が管理している魔法に私が既に成人したと誤認させたの」
だが、いつまでもそのまま放置しておくわけにはいかない。
魔法省が管理している未成年の魔法使用を感知する魔法は、未成年本人が魔法を使わずとも、近くにいる魔法使いが魔法を使っても感知される。
休暇で私が家にいるときに母親が魔法を使えば、私の近くで魔法が使用されたことを魔法省は感知するのだ。
勿論、このような場合、魔法省はわざわざ私の家に警告文を送ってきたりしない。
逆に言えば、クリスマス休暇や夏休暇で私が家に帰っているであろう時に魔法が感知されなければあまりにも不自然なのだ。
私はノクターン横丁にあるボロボロの建物の内部へと入ると、そのまま地下通路へと降りる。
そして杖明かりで通路を照らしながら次の目的地へ向けて歩き出した。
「もっとも、生まれたことが魔法省に認識されていないあなたも現在魔法省には感知されないわ。でも、いつまでもこのままではあまりにも不自然」
「では、どうするのですか?」
「貴方に匂いをつけるわ」
そうしているうちにポリジュース薬の効果が切れたのか、私の視線が一気に低くなる。
私は魔法で服のデザインとサイズを変化させ、今度は変身術を用いて自分の容姿を軽く変えた。
白い髪の色をブロンドに染め、後ろで一つに纏める。
クローンの方は顔を少し変化させ、髪をブラウンに染めた。
これで友達同士で連れ立って遊んでいるマグルの子供に見えるだろう。
私は少しの間地下通路を歩き、人通りの少ない路地裏のマンホールから外へ出る。
そしてクローンの手を引いてマグルが多く往来している大通りへと出た。
「まずは魔法省の人間を呼びましょうか」
ひとまず私は大通りに面しているイタリアンレストランに入る。
そこで窓側の席を用意してもらい、パスタとスープを注文した。
「さて、それじゃあ始めるわよ」
私はテーブルの下で杖を振り、大通りに停められていた自動車に浮遊魔法を掛ける。
魔法が掛けられた自動車はまるでクレーンに吊り上げられたかのようにゆっくりと回転しながら宙に浮きあがった。
「なんだ!? 俺の車が宙に浮いてるぞ!!」
車のそばでは車の持ち主であると思われる男性がヒステリックに叫んでいる。
私はそのまま自動車を魔法で振り回し、男性を肉の塊に変えた。
その瞬間、その様子を見ていたのであろう女性が甲高い悲鳴を上げる。
私はまた軽く杖を振り、今度はその女性を押し潰す。
「なんだ!?」
「おい! 誰か救急車!」
店の中にいた人間たちも外の騒ぎを聞きつけ、窓際に群がってくる。
私は心配そうな表情を作りながら更に杖を振るい、女性の子供だと思われる少年を轢き潰す。
そのようなことを繰り返し、私は瞬く間にロンドンの大通りを赤く染めた。
「あの、これは……」
クローンは不思議そうな顔で私を見る。
「魔法省まで出向くのも面倒だし向こうから来てもらいましょう。マグルの街で不思議なことが起これば間違いなく魔法法執行部の人間が飛んでくるはずよ」
私は仕上げと言わんばかりに宙に浮かせていた自動車を街灯に突き刺す。
大混乱の店内から外の様子を伺っていると、十分もしないうちにロンドン市警と救急車が現場に到着した。
「ロンドン市内なだけあって流石に早いわね。さて、闇祓いが来るまでの間のんびり昼食でも取りましょうか」
と思ったがいつまで経っても注文した料理がやってこない。
どうやらこの混乱でシェフが料理どころではないらしい。
私は順番を間違えたようだ。
こんなことなら料理が来てから騒ぎを起こせばよかった。
店の中で三十分ほど待っていると、路地裏の方からバチンという空気を切り割いたような破裂音が聞こえてくる。
どうやら騒ぎを聞きつけて闇祓いが到着したようだった。
魔法使いたちは素早く周囲の人間に失神魔法を掛けると、魔法によって記憶を書き換えていく。
まずは大通りから。そのうちこの店内へも入ってくるだろう。
「一体何が起こってるんだ?」
窓越しに外の様子を伺っていたウェイトレスが呟く。
魔法に馴染みがないマグルからしたら、全く状況が飲み込めないことだろう。
闇祓いたちは大通りの処置を終えたのか、何組かに分かれて今度は店の中に入ってくる。
当然店内にいる客たちはわけがわからずパニックに陥り狭い店内を逃げ惑うが、闇祓いたちは素早く失神呪文を掛けていった。
「行くわよ」
私はクローンの手首を掴むと、座っていたテーブルから飛び出す。
「ああ、こら! 待ちなさい!」
闇祓いは慌てたようにそう声を掛けてくるが、無視して店の中のトイレへと駆け込んだ。
そして個室の中に二人一緒に入り、内側から鍵を掛ける。
これで闇祓いは店内の記憶処置を終えたあと私たちの元へと来るだろう。
「あの、私はどうしたら……」
「何もしなくていいわ」
私は邪魔にならないようにクローンを個室の奥へと押し込む。
そして洋服から杖を引き抜くと、闇祓いがここへ来るのを待った。
数分もしないうちにトイレの扉が開く音が聞こえてきた。
きっと先ほどの闇祓いだろう。
「ロンドンケーサツです。安心してください」
扉の向こうにいるであろう男が私たちに対し声を掛けてくる。
私は息を殺してじっと扉の奥に集中した。
「……しょうがない。アロホモラ」
魔法使いの開錠呪文によりトイレの鍵がひとりでに解除される。
私は男が扉を押し開くと同時に男に向かって失神呪文を掛けた。
男はまさか反撃されるとは思っても見なかったのか、無抵抗に失神呪文をくらい後ろへ倒れる。
私はそんな男に馬乗りになると、魔法で男の頭蓋骨に穴を開けた。
「よく見ておきなさい。服従の呪文はこうやって使うのよ」
私は頭蓋骨に開けた穴から杖を脳へ突き刺す。
「インペリオ。絶対服従」
そして相手の脳に直接服従の呪文を叩き込んだ。
闇祓いの男は何度か痙攣した後、ぼんやりとした顔をしながら目を覚ます。
私は治癒魔法で頭に出来た傷を治すと男に話しかけた。
「この子の魔力を魔法省に登録したいの。セレネ・ブラックとしてね」
「ハイ。かしこまりました。登録には一度以上魔法を行使した杖が必要です」
確かクローンはオリバンダーの店で色々と魔法を試していたはずだ。
「そう。直接出向かなくていいのは便利ね。セレネ、杖を出しなさい」
私はクローンに対して手を差し出す。
だがクローンは私の要求に対し少し渋ったような仕草を見せた。
「早くしなさい」
私の要求にクローンは渋々といった表情で杖を取り出す。
私はクローンから杖を取り上げると闇祓いの男に渡した。
「十分以内に戻りなさい」
「ハイ。かしこまりました」
バチンと音を立てて闇祓いの男は居なくなる。
私はその様子を見届け、トイレの便座の蓋に腰掛けた。
結局闇祓いの男は五分もしないうちに店のトイレへと戻ってきた。
私は男から杖を受け取ると、クローンに返す。
クローンは杖を大切そうに服の内側へと仕舞い込んだ。
「もう通常業務へ戻っていいわ。店内の記憶処理は終わったと上司に報告してきなさい」
私がそう命じると、闇祓いの男はトイレの中から出ていく。
これで名実共にクローンがセレネ・ブラックだ。
「帰るわよ」
私はクローンの手を引くと、店の裏口から路地裏へと出る。
そして周囲を調査している闇祓いに見つからないようにしながらグリモールド・プレイスにある自宅へと帰った。
次の日。私はまたヴァルブルガの姿へと変身し、クローンと共にキングス・クロス駅の九と四分の三番線のホームに来ていた。
ホームには私たちの他にも多くの生徒でごった返しており、皆家族との別れを惜しんでいる。
私は少し列車から離れた位置にクローンを連れていくと少しかがみ込んでクローンに視線を合わせた。
「ルームメイトや教員に不自然に思われる程度なら構わない。もしかしたらふざけて別人であることを疑うものがいるかもしれない。でも、だからと言ってあなたがクローンであることは絶対に公表してはいけないわ」
「わかりました」
「あとは……そうね。上手くやりなさい。あなたがクローンであるとバレたら私の目的に支障をきたすかもしれない。あなたは最後までセレネ・ブラックとして生き、セレネ・ブラックとして死ぬのよ」
私はクローンの背中を線路に向けて軽く押す。
クローンは少しふらついたが、そのまま真っ直ぐとホグワーツ特急へ乗り込んでいった。
「さて」
私はヴァルブルガの姿のまま大きく伸びをする。
これで私を縛り付けるものは全て無くなった。
ようやく薬の研究に専念できるというものだ。
私は九と四分の三番線から出ると、トイレの個室へと入りポリジュース薬の解毒剤を飲む。
そして元の姿に戻り、改めて自分の体に魔法を掛けた。
掛ける魔法は老け魔法だ。私は自分の肉体年齢を月の都で暮らしていた頃の姿まで成長させる。
人間の年齢で言うと十六歳ほどだろうか。
私は服のサイズに変なところがないか入念に確かめると、個室から出て鏡の前に立つ。
そこにはよく見慣れた私の姿があった。
「お帰り、私」
私は私に対して微笑み掛ける。
死ぬまでの暇つぶしの日々は終わりだ。
私の寿命が尽きるのが先か、蓬莱の薬が完成するのが先か。
「まずは研究所を手配しないと」
やることは山積みだ。
私は頭の中で今後の予定を組み立てながらキングス・クロス駅を後にした。
プチコラム
クローンの杖
軽くしなやかなので非常に振りやすい。見た目は白く、スラっとしている。
セレネによる自動車大暴走
魔法省の隠蔽工作により酔っ払いが起こした事故として処理された。
インペリオ(直挿)
頭蓋骨をこじ開け脳に直接杖を差し込み服従の呪文を行使することによって、より強力に相手を服従させることができる。通常の服従の呪文は意思の強さ次第では跳ね除けることができるが、この方法の場合抵抗することは不可能。
簡単に例を挙げるとするならば、鍛えられたボクサーが腹筋を固めればボディブローを耐えることができるが、開腹して内臓に直接ボディブローを叩き込まれたら耐えられるものなどいないのと同じような状態。
旅立つクローンちゃん
残虐非道な主人公に代わりこの作品の癒し要素を一手に担うことになった哀れな存在。頑張れクローンちゃん。負けるなクローンちゃん!