月の薬師は魔法使いの夢を見るか? 作:十六夜××
スリザリン談話室にて
バーティ「久しぶり。クリスマスはどうだった?」
クローン「特には。何もありませんでした」
バーティ「……どうした? お腹でも痛いのか?」
クローン「いえ? 私のお腹は正常で痛みもありません」
バーティ「やっぱりおかしいぞ? 列車の中で変なものでも食べたのか?」
クローン「???????」
一九七三年、一月。
私はノクターン横丁にあるヴォルデモートの拠点を訪れていた。
ドロホフやロジエールたちは任務で拠点を離れているのか、はたまた小遣い稼ぎに出ているのかはわからないが、拠点の中に姿は見えない。
私は拠点にある部屋の一つに入ると、深く被っていたフードを脱いだ。
「お久しぶりです。ヴォルデモート卿」
私は部屋の中にいたヴォルデモートに軽く会釈をする。
ヴォルデモートはまさか私が訪ねてくるとは思ってもみなかったらしく、驚きの表情を浮かべながら指摘してきた。
「……お前、学校はどうした? 既に始まっているはずだろう」
「代わりのものに行かせています」
「代わりだと?」
私は前回ここで別れてからの経緯を簡単に説明する。
ヴォルデモートはその話を聞き、納得したように頷いた。
「なるほど。お前の容姿が成長しているのもそれが理由か。見分けが付かないのは困るからな」
「それに関してはこの姿の方が動きやすいからではありますが。まあそういうわけで、現在はクローンが私の代わりにホグワーツへと通っているのです」
「お前はそれでいいのか?」
私はヴォルデモートの顔を見る。
それでいいのか、とは何のことだろうか。
「質問の意図がわかりませんね」
「ホグワーツでの成績をそんな紛い物に任せてしまってもいいのか?」
「むしろ何の問題があるのです?」
私はヴォルデモートに対し肩を竦める。
「ブラック家の長女という肩書に興味はありません。所詮私にとって人生なんて死ぬまでの暇つぶしです。っと、今は蓬莱の薬を作るという大義がありますが」
「まあ、お前がそれでいいなら俺から言うことは何もない。それで、この後どうするつもりだ?」
「ひとまずこの後すぐ研究所を一つ確保しにいく予定です。そこに拠点を設けようかと。事が落ち着き次第また連絡を入れます」
「ああ、わかった。人手が必要なようなら俺に言え」
「はい。頼りにさせて頂きます」
私は恭しくお辞儀をすると、座っていた椅子から立ち上がり、ローブのフードを深く被る。
「そういえばだが……お前のことは何と呼べばいい? クローンを作ってまで自らの存在を秘匿したのだ。そのままセレネ・ブラックと呼ぶわけにはいかないだろう?」
ヴォルデモートのその言葉に、私は口に人差し指を当てて考える。
そしてにこやかな笑みを浮かべてヴォルデモートに対し言った。
「貴方が名付けてくださいませんか?」
「……俺がか?」
「はい。こういったものは自称するより他人から名付けられたほうが魂に名前が結びつくのです」
ヴォルデモートは私の足先から頭の天辺まで視線を巡らせる。
そして少し考えた後に半ば諦めたような表情で言った。
「ホワイトでいいだろ」
「安直ですね」
「うるさい。ともかく、仲間内にもホワイトで通す」
ホワイトか。まあ私が月にいた時の名前と近いのでそれでいいだろう。
「分かりました。では、今後はホワイトと名乗ることにします。それでは、私はこの辺で」
私は今度こそ部屋の扉を開けて外に出る。
そして廊下を少し進み、ロンドンの郊外へ向けて姿現しした。
「おい! そこの君! ここは関係者以外は立ち入り禁止──」
「インペリオ」
「お帰りなさいませ。足元にお気を付けください」
「ん? 何処の誰の娘さんだ? 君、すまないが親との待ち合わせは外で──」
「インペリオ」
「社長室までご案内します」
ロンドンにある大手製薬会社の本社ビル。
私は正面玄関から堂々とビルの中に入ると、私を追い出そうとするもの全員に手当たり次第に服従の魔法を掛けた。
薬の研究をするなら魔法界の設備よりマグルの設備の方が月の環境に近い。
自分で土地から購入し研究所を建ててもいいが、それにはあまりにもお金も時間も掛かりすぎる。
完成品が目の前にあるなら、それを利用したほうが効率がいいというものだ。
私は服従させた職員の案内でエレベーターに乗り込み、ビルの最上階にある社長室を目指す。
途中乗り合わせた女性職員が不可解な視線を私に向けてきたが、特に口を出してくることはなかった。
どうやら私が服従させ、案内をさせている男性はそこそこ位の高い人物だったらしい。
私はその男性とともに最上階まで上がると、エレベータを降りる。
そして廊下の奥にある社長室の扉を開けて中に入った。
「ん? エバンス君じゃないか。どうしたノックもなしに……そちらのレディーは?」
社長室の中には上等な机と椅子が設置してあり、そこにはキッチリと髪を整えた男性が腰かけていた。
社長と思われる男性はいきなり現れた私たちに一瞬眉を顰めたが、すぐに笑顔を顔に張り付かせる。
私はそんな男性に対し、まっすぐ杖を突きつけた。
「インペリオ。私に服従なさい」
服従の呪文を掛けられた男性はすぐに恍惚とした表情を浮かべる。
その様子はまるで私に服従することがなによりの喜びであるかのように。
「私はね、別にこの会社を自分のものにしたいとか、そういう意図があるわけではないの」
「はい」
「ただね。自由に使える研究室と研究資金が欲しいなって。それを望んでいるだけなの」
「はい」
「だから、早急に私のために研究室を用意しなさい。職員まで寄越せとは言わないわ」
「はい。直ちに」
男性はそう返事をすると、机の隅にある電話の受話器を取る。
そして業績の上がってない部署を一つ直ちに閉鎖し、職員の配置換えをするように指示を飛ばし始めた。
「えっと、エバンス君だったかしら」
私は私をここまで案内した男性に向き直る。
「はい。なんでもお申し付けください」
「ひとまず、貴方は私の助手として私の研究に携わりなさい。三年後に殺すから、家庭があるなら今のうちに保険の見直しをしておいた方がいいわよ」
「はい。かしこまりました」
エバンスは少し虚ろな目で私に対し頷く。
「いい返事ね。気に入ったわ。あとで頭蓋骨に穴を開けて直接服従の呪文をかけてあげましょうね」
「はい。ありがとうございます」
同じ人間を長く研究に関わらせるのは少々危険だが、流石に製薬会社の正社員を数か月に一度殺すわけにもいかない。
同じ会社から毎月のように死者が出るというのはあまりにも不自然だ。
リスクはあるが、エバンスには数年の間は私の助手を務めてもらうことにしよう。
「社長さん、研究室は空きそう?」
「はい。問題なく。三日後には用意が整います」
「上々ね。何か問題が発生したら貴方の部下に全責任を押し付けなさい」
「はい。そのように致します」
これで一先ず研究室は確保出来た。
準備が整うまでの間にこの製薬会社にある設備を見て回って、使えそうな物を物色しよう。
それと、人体実験用の人間の確保先も探さなければならない。
私自ら攫うのが一番確実ではあるが、時間も掛かるしリスクも高い。
ここはドロホフたちが攫ってきた人間を買ったほうが効率がいいだろう。
「エバンス、行くわよ」
「畏まりました」
私はエバンスを引き連れて乗ってきたエレベーターへ戻る。
そして研究施設がある階のボタンを押した。
製薬会社のビルに併設されているカフェで私は手帳にペンを走らせる。
先程まで施設見学のカレッジ生という肩書でエバンスと共に製薬会社の設備を確認したが、私が思っていた以上に機材の質がいいことが分かった。
原始的で低俗な地上の施設なのであまり期待はしていなかったが、思わぬ誤算だ。
「エバンス。コーヒーと何か甘いものを買ってきなさい」
「はい」
私はエバンスにドリンクを取りに行かせると、引き続き手帳の上に集中する。
月レベルで高度な薬の調合は厳しいが、魔法薬の調合精度を上げたり工程を自動化させたりすることは可能だろう。
「だとしたら、先行して動いた方がいいわね」
取り敢えず研究室の準備が整うまでは蓬莱の薬の材料集めを行なうことにしよう。
流石に地上の設備のみで月と同じように薬が調合できるとは思っていないが、一度地上の設備だけでどこまでできるかは試してみるべきだ。
材料の殆どは製薬会社を通じて入手可能だが、製薬会社では手に入れることができない材料もいくつかある。
「取り敢えず、月の石を何とかして入手しないことには始まらないわ」
そう。蓬莱の薬の調合には月の石が欠かせない。
月の都だったらそれこそ庭に落ちている石を適当に拾えばいいが、ここ地上ではそう簡単にはいかない。
「流石に月まで取りに行くわけにもいかないし……ねえエバンス。地上にいながら月の石を手に入れるにはどうすればいいと思う?」
私はカウンターからコーヒーカップ二つとドーナッツの盛られた皿が載ったお盆を運んできたエバンスに問いかける。
エバンスは私の前にコーヒーカップとドーナツの盛られた皿を置きながら答えた。
「月の石……ですか? それならNASAにあるのではないでしょうか?」
「NASA? ……なるほど、盲点だったわ」
確かにアメリカにあるNASAのアポロ計画では月面への着陸に成功している。
となれば、サンプルとして月面の石などを採取しているはずだ。
「あとはNASAがどれぐらいの量の月の石を確保しているかだけど……実験を繰り返すことも考えると二十キログラムは欲しいわね。正式な手段でそれだけの量の月の石を譲ってもらえるとは思えないし。ねえエバンス、貴方今からNASAに忍び込んで月の石を盗んでこいって言ったらどうする?」
「金でその道のプロを雇います。ですが、アポロ計画はアメリカとソ連の冷戦の明暗を分けるほどのかなり重要なプロジェクトです。そのセキュリティも相当なものかと。それに──」
「あまり強引に侵入するとソ連の侵攻だと勘違いされて核戦争が始まってしまう可能性があるものねぇ。アポロ計画に深く携わっている人物を服従させて持ってきてもらうのが一番かな?」
だとすると、一度アメリカへ渡る必要が出てくる。
流石にレイセンを飛ばしたようなランダムワープはやりたくないし、姿現しで行くには距離が遠すぎる。
大西洋を箒で飛んでいくなど論外だ。
「マグルの空路を利用するのが一番かしら。エバンス、今日中にアメリカへ飛ぶわよ」
「畏まりました。一度パスポートを取りに家へ──」
「その必要はないわ。パスポートを確認するのはマグルだし」
空港の職員を適当に服従させて飛行機に乗り込んでしまえばこっちのものだ。
私はドーナツを一つ手に取り口に運ぶ。
「取り敢えずタクシーを呼びなさい」
「畏まりました」
エバンスはコーヒーを飲み干すと、近くの公衆電話へと歩いていく。
私はその後ろ姿を見ながらドーナッツを順番に胃袋の中に収めた。
カフェでコーヒーとドーナッツを食べ終えた私は、エバンスと共にビルの前に止まっているタクシーに乗り込む。
運転手はミラー越しに私とエバンスの顔をちらりと見たが、すぐにすまし顔で行先を聞いてきた。
「どちらまで?」
「ヒースロー空港までお願いします」
私がそう答えると運転手はアクセルを踏み込んで車を走らせる。
製薬会社のビルから空港までの距離は車で二十分もない距離だ。
特に会話もないまま車はすぐに空港へと辿り着いた。
私とエバンスは二人で空港内へ入ると、ワシントンD.C.行きの飛行機のフライト時間を確認する。
幸いあと三十分もしないうちに搭乗時間だ。
私はエバンスをエントランスで待たせ、自分はトイレの個室に入る。
そして全身に目くらまし魔法を掛けると、エバンスの元へと戻った。
「エバンス、トイレの個室に入りなさい」
私の命令にエバンスは疑問を抱くことなく頷くと、まっすぐトイレに向かう。
私はその後ろにぴったりくっついて歩くと、エバンスと共にトイレの個室へと入った。
「飛行機の出るターミナルもわかったし、搭乗口近くのトイレまで付き添い姿現しするわよ」
私はエバンスの手首を掴むと、ワシントンD.C.行きの飛行機が出るターミナルのラウンジ近くのトイレへと姿現しする。
そしてまたエバンスと共にトイレを出ると、エバンスをラウンジに待たせ今度は私一人で女子トイレへと入り個室の中で目くらまし呪文を解除した。
私はトイレにある洗面台で軽く手を洗うと、エバンスの待つラウンジへと戻る。
これで保安検査や税関検査、出国検査をショートカットすることができた。
あとは搭乗の時に魔法で誤魔化しさえすれば飛行機に乗り込むことができる。
「さて、あとは搭乗時間になるまでゆっくりしましょうか」
私はラウンジのソファーに腰かけると、手帳を取り出し月の石以外の入手困難な材料を書き出し始めた。
プチコラム
現在のセレネの容姿
十一歳の姿から十六歳ほどの姿へと成長している。これで月にいた頃とほぼ同じ容姿になった。
セレネの偽名
セレネ・ブラックの名はクローンのものとなり、セレネ自身はホワイトを名乗るようになった。
製薬会社
有名な薬をいくつも世に出している世界的な製薬会社。ロンドンに本社を置いている。
エバンス君
三年後に処分されることが決まった可哀そうなマグル。二人の娘がいる。
月の石
蓬莱の薬の材料の一つ。地上の似たような成分の石で代用が出来そうだが、古さが圧倒的に足りない。