月の薬師は魔法使いの夢を見るか?   作:十六夜××

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巻頭小話『負けるなクローンちゃん』

大広間にて
バーディ「まあセレネのことだから食べれば元気出るよな。ほら、夕食にしようぜ」
クローン「そうですね。お腹のところが少し寂しいのでご飯を食べましょう。このサンドイッチ一切れとベーコンを少し頂けますか?」
バーディ「大丈夫か? やっぱり体調が悪いのか?」
クローン「なんでです? 私は至って健康ですが……」
バーディ「いや、全然大丈夫には見えないんだけど……もし体調悪いなら無理せずに医務室にだな──」
クローン「いえ、何も問題ありません。私はカロリーの摂取が終わりましたので寮に戻らせて頂きますね」
バーディ「おい! セレネ! ……ほんとに大丈夫かあいつ。実家で何かあったのか?」


第十六話 少女は一人燃え続ける

 着陸寸前の飛行機から姿現わしで近くの建物の陰に移動した私とエバンスは、もうすっかり暗くなったダレスの街を歩く。

 そして空港から少し離れた位置でタクシーを拾うと、運転手に服従の呪文を掛けてNASAの本部へと車を走らせた。

 

「長時間滞在する気はないわ。このままNASAの職員に服従の呪文を掛けたらすぐにイギリスに戻るつもりよ」

 

「畏まりました」

 

 エバンスは機械的に返事をする。

 私はふと思い出し、杖を取り出してエバンスに突きつけた。

 

「そういえば処置がまだだったわね。顔をこちらに近づけなさい」

 

 私の命令に、エバンスは素直に顔を私へと近づける。

 私は魔法でエバンスの頭蓋骨をくり抜くと、エバンスの右脳と左脳の間に杖を差し込んだ。

 

「貴方は殺されるまで私に尽くすの。幸せでしょう?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 私はビクビクと体を震わせるエバンスに対して服従の呪文を掛け直す。

 これでエバンスは私の命令に対して決して逆らえなくなった。

 私が娘を生きたまま喰らえと命令したら、エバンスは嬉々としてそれを実行するだろう。

 私はエバンスの脳から杖を引き抜くと同時に穴の開いた頭蓋骨を修正した。

 

「さて、そろそろNASAの本部前ね。運転手さん、正面の道路に停めなさい」

 

 運転手は私の命令通りにタクシーを道路に路駐する。

 私は自分とエバンスに目くらましの呪文を掛け、タクシーの中に誰もいないように見えるよう装った。

 このまま待っていればそのうち職員がこのタクシーの中に乗り込んでくるはずだ。

 

 

 

 私の予想通り十分もしないうちに仕事終わりと思わしきスーツ姿の男性がタクシーの扉を開ける。

 私は男性が乗り込もうとしたその瞬間に男性に失神魔法を掛け、エバンスに命じて後部座席に引き込ませた。

 

「車を出しなさい」

 

 運転手は私の命で車を発進させる。

 私は少々狭くなった後部座席から助手席へと脱出すると男性に服従の呪文を掛けてから気付け呪文で意識を覚醒させた。

 

「おはよう。名前は?」

 

「ミラーです」

 

「ではミラーくん。貴方はアポロ計画の関係者かしら?」

 

「いいえ、私はアポロ計画の関係者ではありません」

 

 これはハズレ個体かもしれない。

 私は少し気落ちしつつも質問を重ねる。

 

「貴方は月の石を盗み出せる立場にある人間かしら?」

 

「いいえ、私は月の石を盗み出せる立場にはありません」

 

 私はため息を吐くと、ミラーの記憶を消去する。

 そして財布からいくらか金を抜き、血中アルコール濃度を急激に高めて歩道に放り出した。

 

「次よ。NASAの本部に車を戻しなさい」

 

「はい」

 

 タクシー運転手は車をUターンさせる。

 ミラーはこのまま酔っ払いとして警察のお世話になることだろう。

 私はその後もNASAの本部前でマグルを攫っては酔わせて路上に放り出すという行為を数回繰り返す。

 分かってはいたが、思った以上に石を盗める立場の者が見つからない。

 アポロ計画の関係者でも機体の設計であったり全体の調整であったりと、石に関われる立場のものではないのが殆どだった。

 だが、試行回数は正義だ。

 繰り返しているうちについに月の石に近づける人物を捕まえることに成功する。

 

「月の石の成分を研究している部署の責任者をしています」

 

「ビンゴ。貴方に決めたわ。月の石を二十キログラム、イギリスに送りなさい」

 

 私はその男に石を送る詳細な住所を伝える。

 届け先はイギリスにいるコレクターだ。

 筋書きとしてはこの男が金欲しさに月の石をイギリスのコレクターに売ったことにしよう。

 それならもし石を盗み出したことがバレてもこの男が何らかの処分を貰うだけで済むだろう。

 私はタクシーを止めて男を歩道に降ろす。

 

「空港へ戻りなさい」

 

「はい」

 

 そしてイギリスに戻るためにタクシーを空港へと走らせた。

 

 

 

 

 イギリスに戻った私はエバンスを製薬会社に待たせ、自分は姿現わしで石が送られてくる予定のコレクターの家へ移動する。

 私が目星をつけたのはイギリスでも有数の資産家の女性だ。

 欲しいもののためなら金に糸目をつけないことで有名な人物であり、今回の件の隠れ蓑にするにはもってこいと言えるだろう。

 私は無駄に巨大な家の中に侵入し、リビングにあるソファーに腰かける。

 そして壁に飾ってあったウイスキーの酒瓶を一本手元に飛ばすと、栓を飛ばしてグラスに注いだ。

 

「月の酒に比べると色も香りもまだまだね。きっと熟成期間が足りないんだわ」

 

 私はグラスを傾け、ウイスキーを少し口に含む。

 

「あ、でも味はいいわね」

 

「あ、貴方だれ?! なんでうちのリビングにいるの?!」

 

 私が勝手にくつろいでいると、ヒステリックな悲鳴が聞こえてくる。

 視線を向けるとそこには全身を貴金属や宝石で飾った四十代ぐらいの女性が立っていた。

 今回月の石を受け取らせる予定の資産家だ。

 

「気にしないで。あ、お酒ご馳走になってるわ」

 

「そ、それは私が先週競り落とした六十年物のマッカラン! あなたそれいくらすると──」

 

「インペリオ」

 

「好きなだけお飲みになってください」

 

 私はニコリと微笑み、もう一口ウイスキーを煽る。

 いい感じに酔いも回ってきたところで私は上機嫌に女性に話しかけた。

 

「近いうちにアメリカから荷物が届くわ。貴方は荷物が届いたらこの紙に書いてある口座に百万ドル振り込みなさい」

 

「かしこまりました」

 

「荷物は開封することなく私に渡すこと。いいわね?」

 

「勿論でございます」

 

 女性はぼんやりした顔で恭しく頭を下げる。

 これで月の石は問題なく確保出来るだろう。

 

「それじゃあ、私は帰るわ。あ、この瓶貰ってくわね」

 

 私はヒラヒラと手を振ると、ソファーの上で姿をくらませた。

 

 

 

 

 

 

「んー、やっぱり限界があるわねぇ」

 

 蓬莱の薬を作るための一通りの材料を揃え、マグルの研究機材で薬を煎じ始めて早三ヶ月。

 私は目の前でもがき苦しむ人間を見ながら一人呟いた。

 目の前の人間は拘束具を引き千切らんばかりに暴れる。

 まるで全身火に炙られているかのようだ。

 いや、比喩ではすまない。

 しばらく観察していると目の前の人間の指先に火が灯る。

 その火はそのまま全身に広がり、人間の肌を焼いた。

 私とエバンスは目の前で燃えている人間をしばらく無言で観察する。

 普通なら全身に火がついたら数分もしないうちに死に至るだろう。

 だが、目の前の人間の絶叫は止むことはなく、既に火がついてから三十分が経とうとしていた。

 

「体の再生は中途半端に再現できているわね。でも穢れを多く取り込みすぎてただの新陳代謝で身体が燃えてしまっている」

 

 私は燃えている様子を何枚か写真に撮る。

 そしてある程度データを取り終わったところでエバンスに命じた。

 

「撃て」

 

「はい」

 

 エバンスは目の前で燃える人間に向けて拳銃を構えると、引き金を引き絞る。

 拳銃から放たれた弾丸は吸い込まれるように燃える人間の脳を破壊した。

 その瞬間、燃えている人間は電源が切れたように動かなくなる。

 

「脳の破壊に耐えれるほどの再生能力はないっと。それに、やっぱり魂の固定化は出来てないわね」

 

 私は目の前で炭化しかかってる死体を魔法で消失させる。

 そして人間を拘束していた拘束具を魔法で清めた。

 

「エバンス、次よ」

 

「はい」

 

 私の指示でエバンスは隣の部屋から次の実験体を連れてくる。

 次の実験体は私と同い年ぐらいの少女だった。

 

「あら、ハズレだわ」

 

「ひっ……」

 

 エバンスに後ろから首を掴まれている少女は私の顔を見て小さく悲鳴を上げる。

 

「あら偉いわねぇ。大きな声で泣き喚かないなんて」

 

「わ、私強い子だもん!」

 

「そう。なら安心だわ。エバンス、拘束具をつけなさい」

 

 エバンスは少女をベッドに寝かせると、手足を拘束具で固定していく。

 私は拘束具のサイズが少女に対応していることを確かめると未完成の蓬莱の薬を少量少女の静脈へ注射した。

 

「さて、せいぜい長生きしてね?」

 

「え?」

 

 少女は一瞬キョトンとした表情をしたが、次第にその表情は苦悶に満ちたものになっていく。

 

「あつい……熱い! 熱い熱い熱い熱イ熱い!! ごめんなさい! ごめんなさいぃいい……」

 

「エバンス」

 

「はい」

 

「そのまま奥の観察室へ」

 

 エバンスは苦しむ少女を乗せたベッドを押していき、研究室の奥にあるガラス張りの部屋へ格納した。

 そのまま数十分観察していると、先程と同じように少女の体に火がつく。

 私は薬の投与から火がつくまでの時間を先程の実験体と比べた。

 先程よりも火がつくまでの時間が早い。

 やはり体重の差で薬の効果に差異があるのだろう。

 

「さて、彼女にはこのまま死ぬまで燃え続けてもらうとして、やっぱり今のままじゃ限界あるわね」

 

 私は再生を繰り返し延々と燃え続ける少女を眺めながら一人呟く。

 マグルの機材じゃこの辺が限界だろう。

 月の都で研究をしていた頃は不老と身体の再生能力までは付加することが出来ていた。

 魂の固定化は時間操作の能力がないと再現が出来ないから、それはまあ一先ず置いておくとして、今のままでは月で調合できていた薬の十分の一程の性能しかない。

 原因はわかっている。

 設備や機材の精度が月のものと比べると雲泥の差だからだ。

 だが、文句を言っていても始まらない。

 機材の精度を月のレベルにまで進化させるか、製法や原料に手を加え、地上の機材のレベルに合わせたレシピを作る他ないだろう。

 まあ、機材の精度を上げると言っても簡単な話ではない。

 それを行うには機材の精度を上げるための工作機械を作るための工作機械を作るための工作機械ぐらいのレベルから作り出さなければならない。

 

「それに私機械工学は専門じゃないし。だとしたら……」

 

 だとしたら製法や材料に手を加えていくしかないだろう。

 幸い魔法界には蓬莱の薬の効果を高めることが期待できる素材がいくつかある。

 その中には月の石以上に入手が困難なものもあるが、まずは入手が容易なものから試していこう。

 

「食事にしましょうか。エバンス」

 

「はい」

 

 私は持っていたバインダーを机に投げ、椅子から立ち上がる。

 そして燃えている少女を横目にエバンスと共に研究室を出ると、魔法でしっかりと鍵を掛けた。

 

 

 

 

「というわけで、進捗状況としてはこのような感じですね」

 

 三月の中頃。私はヴォルデモートに対してここ数ヶ月の成果を報告していた。

 ヴォルデモートは動かないマグルの写真付きの資料を眺めながら口を開く。

 

「なるほど。俺にはサッパリだな」

 

「貴方様ほどのお方でも、ですか?」

 

「俺の真髄は杖を用いた魔法の行使にある。もっとも、魔法薬学自体苦手というわけではないがな。だが、マグルの設備を使った応用的なものとなるとさっぱりだ」

 

 ヴォルデモートはそう言って肩を竦める。

 私はヴォルデモートの横に横に移動すると、研究の成果を噛み砕きながら説明を始めた。

 

「まずは月の都で研究したときのデータを元に、製法や原料を変えずに作成しました。その結果が写真にある二体の実験体です」

 

「この燃えているやつだな。記録を見る限りだと、体の再生能力も脳の破壊には耐えられないと」

 

「まあ、そもそも蓬莱の薬自体そこまで高い治癒能力を与えるものではありませんから、その点に関しては大きな問題ではありません。魂の固定化がなされているかを確かめたのですが、結果としては実験体は死亡しました」

 

 ヴォルデモートは小さく唸りながら資料を捲る。

 

「もしこの蓬莱の薬が完全なものだった場合、同じように脳を破壊するとどうなる?」

 

「脳を破壊された瞬間一度死に至ります。ですが魂は現世に固定されているためあの世へと向かうことはありません。その後、周囲の穢れをエネルギーとして肉体の再生、復活を遂げます」

 

「穢れをエネルギーに? そもそも穢れとはなんだ?」

 

「地上の言葉で説明するのは少し難しいのですが……そうですね。簡単に言ってしまえば生きること、死ぬことが穢れにあたります」

 

「そんな概念のようなものを力に変えることが出来るのか?」

 

 やはり穢れというものに疎い地上の民には理解しにくい話ではあるか。

 

「月では穢れを明確に観測できておりますので」

 

「では、今回の実験体二人は穢れによる身体の再生自体は成功しているが、魂の固定化が出来ていなかった故に二人とも死亡したと」

 

「あ、いえ。子供のほうはまだ生きてますけどね」

 

「……は?」

 

 ヴォルデモートは不可解な顔をこちらに向ける。

 

「今も研究室で燃え続けていますよ? 今日でちょうど二週間でしょうか」

 

「殺してないのか?」

 

「殺したらデータが取れないじゃないですか」

 

 ヴォルデモートは資料を一枚捲る。

 そこには現在研究室で燃え続けている少女の顔写真が貼ってあった。

 

「私の見立てでは一年ぐらいは持つんじゃないかと考えてます。今のところ身体が燃える速度よりも再生する速度の方が上ですので。でも投与した当初と比べると少しずつですが再生速度が落ちていってはいるのでどこかのタイミングで死に至るでしょうね」

 

「そ、そうか。だが薬の製法を新しくするなら殺してしまってもいいんじゃないか? ほら、いつまでも研究室の片隅で燃え続けると邪魔だろう?」

 

「そうですか? キラキラしてていいインテリアだと思うんですけど。でもまあ確かに原料から製法を変えるならばあまりこの先は有用なデータを取ることは難しいでしょうね」

 

「そうか、ならあれだ。殺すべきだな」

 

「そうですね。では帰ったら死の呪いで処分することにします。身体の破壊ではなく、魂そのものを殺すとどうなるか気になりますし」

 

 私は資料をまとめると、鞄の中に丁寧に仕舞う。

 そしてヴォルデモートに恭しくお辞儀をし、ノクターン横丁のアジトを後にした。




プチコラム

穢れをエネルギーに変えて云々
 この小説の独自設定。なぜ蓬莱の薬が蓬莱の薬と呼ばれているのかを考えた時に出来たもの

燃え続ける少女
 勿論食事は与えられてないが、周囲の穢れが体を再生させ続けるので餓死することはない。
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