月の薬師は魔法使いの夢を見るか? 作:十六夜××
ホグワーツ特急にて
バーディ「夏休みは親父の仕事にくっついていってパリに行く予定なんだ」
クローン「へえ、それはいいですね。休み明けに何かお土産を期待しておきますね」
バーディ「わかってるって。何か美味しいものでも送るよ。セレネの場合下手に雑貨や小物より食べ物のほうがいいだろ?」
クローン「私を食いしん坊みたいに言わないでください。……まあ、そうですけど」
移動販売ババア「お嬢ちゃんたち、何か買うかい?」
クローン「蛙チョコ三つと百味ビーンズと糖蜜ヌガー二つとかぼちゃパイを──」
バーディ「どんだけ食うんだよ」
一九七三年、六月末。
私は解析したデータのまとめられた資料にペンを走らせながらエバンスの淹れたコーヒーを飲む。
その時、卓上のカレンダーがふと目に留まり、私は顔を上げた。
「そういえば、そろそろクローンが帰ってくる頃ね。学校生活が上手く行っているか確認しに行った方がいいかしら」
私は肘掛椅子を回転させると、部屋の隅で試験管を洗っているエバンスの方を見る。
「そういえば、貴方の娘もそろそろ帰ってくる頃よね?」
「はい」
「そう。なら一旦研究室を閉めましょうか。一週間ぐらいは家族水入らずで過ごしてきなさい」
「畏まりました」
エバンスは無表情で頭を下げる。
私は手元の資料をまとめて机の引き出しに仕舞った。
ホグズミード駅を出発したホグワーツ特急は、日が暮れる少し前にロンドンにあるキングス・クロス駅へと到着した。
車内販売で買ったお菓子をあらかた食べ終え、ぼんやりと窓から駅のホームを眺めていたクローンの肩をシリウスが後ろから叩く。
クローンは少しびっくりしたかのように肩を震わせて後ろを見たが、肩を叩いた者の正体が実の兄ということになっている少年だとわかるとほっと息を吐いた。
「驚かせないでくださいお兄様」
「驚かせないでくださいじゃない。お前がいつまで経っても列車から降りてこないからこうやって探しに来たんじゃないか」
クローンは視線を窓へと戻すと、小さくため息を吐く。
その様子を見て、シリウスは意外そうな顔をした。
「もしかして、クリスマスで帰った時に親と喧嘩したとか?」
「いえ、ただここから動くのが少々億劫だっただけです」
クローンはコンパートメントの座席から立ち上がると、座席の下に入れていたトランクを手に取る。
そして半ばそれを引きずるようにしながらシリウスと共にホグワーツ特急を降りた。
この部屋に帰ってくるのも久しぶりだ。
私は自分の部屋に作った隠し部屋に姿現わしすると、隠し部屋の扉になっている本棚をずらし部屋へ入る。
そして自分の部屋のベッドに腰かけると、部屋をぐるりと見回した。
クリスマスに見た時と内装は殆ど変わっていない。
まあ、クリスマスにクローンをホグワーツへと送り出してから誰もこの部屋を使っていないので当たり前と言えば当たり前なのだが。
きっと屋敷しもべ妖精のクリーチャーがたまに掃除に入るぐらいなのだろう。
「……ん。帰ってきたわね」
私は魔法で気配を殺すと、部屋の隅に隠れる。
しばらくそのまま待っていると、クローンが大きなトランクを引きずりながら部屋の中に入ってきた。
クローンはトランクを部屋の隅に投げるように置くと、疲れたように無言でベッドに横になる。
そして、天井を見上げながらぼそりと呟いた。
「……これでいいんでしょうか」
「それでいいのよ」
私が声を掛けた瞬間、クローンは電撃でも浴びたかのように跳ね起きる。
そして驚愕の顔を私に向けてきた。
「あ、ああああ……あのあ──」
「落ち着きなさいな。何をそんなに慌てているのよ」
私はクローンに対しニッコリと微笑みかける。
クローンは無言で口を何度か開閉させると、何かを諦めたかのように息を吐いた。
「お、お久しぶりです」
「ええ、久しぶり。ホグワーツは楽しいかしら?」
クローンは、何を話せばいいか迷っているかのように目を泳がす。
私はそんなクローンに対し開心術を掛けた。
「……なるほど。無事に学校には馴染んだようね。バーテミウスとも仲がいいみたいだし」
「あ……はい。その通りです」
「生まれてまだ一年経ってないわけだし、そりゃ何もかも新鮮か」
私はローブから杖を抜くとクローンに近づく。
クローンは私の黒く細い杖を見てブルブルと体を震わせはじめた。
「あら、震えてるわよ? 処分されるって思ってる?」
「あの、私はもう用済──」
私は杖を振り上げると、クローンの口元についていたヌガーの破片を魔法で消した。
「ホグワーツ特急でしこたまお菓子を食べてきたわね。夕食が食べれなくなるわよ?」
私は杖を仕舞い、ベッドに座っているクローンの隣へ腰かける。
クローンはほっと息を吐くと、少しもじもじとしながらホグワーツでの思い出を話し始めた。
「そう。充実しているようでなによりよ。その調子で引き続き私の代わりにセレネ・ブラックとして生きて頂戴」
小一時間クローンの話を聞いた私は、そう言いながらベッドから立ち上がる。
先程まで楽しそうにホグワーツでの思い出話を話していたクローンだが、少し不安そうな顔で私に聞いていた。
「もし、私が用済みになったら、やはり私は処分されてしまうのでしょうか?」
「そうねぇ……どうして欲しい?」
私は少し意地悪そうな顔でクローンに問う。
クローンはさらに深刻そうな顔になりながら答えた。
「大広間で提供される料理は美味しいです。ルームメイトの女の子たちはみんな優しいですし、魔法の勉強も楽しいです」
「そう」
「毎日が新鮮で、毎日がキラキラしてて……」
「ええ」
「……お願いします。殺さないでください……お願いです。お願いですから……」
私はクローンの頭にポンと手を置く。
そしてくしゃくしゃと髪を撫でた。
「まあ、その点に関しては安心しなさいな。用済になったからって、これが理由で殺したりなんかしないわ」
「本当ですか?」
「ええ、勿論本当よ。月の民である私が卑しい地上のた──いや、それは関係ないわね。自分自身に嘘をつかないように、自分の分身である貴方に嘘をつくわけないじゃない」
クローンは少し恥ずかしそうに顔を赤らめる。
やっぱり生まれたばかりのクローンは単純で扱いやすい。
私は名残惜しそうに白く長い髪をスッと撫でると、ベッドから立ち上がった。
「それじゃあ、私はもう行くわ。新学期からは貴方も先輩なわけだし、しっかりするのよ」
クローンは大きく頷くと、柔らかな笑みを浮かべる。
私はその顔を見て一度頷き、姿くらましでグリモールド・プレイスの実家を後にした。
一九七三年、七月。
私が研究室で暴れる検体から眼球を摘出していると、研究室の隅に置かれた場違いな見た目のキャビネットがガタガタと音を立て始める。
私はその音を聞き、途中まで引っこ抜いた眼球から手を離した。
「エバンス、急患が来るわ」
「準備致します」
私が指示を飛ばすと、エバンスは空きのベッドを私の近くへと転がしてくる。
私は血まみれのゴム手袋をゴミ箱に捨て、一度綺麗に手を洗う。
そうしているうちにキャビネットが勢いよく開き、中から二人の男が転がり出てきた。
「くそっ、やられた……ホワイト! いるか!?」
中から出てきたのはマルシベールとドロホフだった。
二人ともボロボロだが特にドロホフの方がかなり怪我が酷い。
体の半分が焼け焦げており、特に右腕などはほぼ炭化している。
何なら指先にはまだ火が灯っていた。
「いるわよ。って、また手酷くやられたわね」
私は杖を引き抜き、ドロホフの指先に灯っている火を消火する。
そしてエバンスと二人でドロホフをベッドに寝かせ、服を全部剥ぎ取った。
「悪霊の火で自滅した?」
「あー……まあそんなところだ。自滅したってよりかはさせられたって言う方が正しいが」
マルシベールは気まずそうに目を逸らす。
私はドロホフの全身に魔法薬を塗りたくると、治癒の魔法で細かい怪我の治療を始めた。
そう、現在私の研究室とノクターン横丁にあるヴォルデモートの拠点は姿をくらますキャビネットで繋がっている。
姿をくらますキャビネットとは、対になったもう一つのキャビネットと内部が繋がっており、内部を通ることで離れた場所に瞬時に移動できる魔道具だ。
煙突飛行に近いが、煙突飛行とは違い行き先が固定されている。
それだけ聞けばただただ煙突飛行の下位互換だが、魔法省が管理している煙突飛行とは違い移動した形跡が魔法省に察知されることがない。
ドロホフたちのような日陰者が使うにはもってこいな魔道具というわけだ。
私はドロホフの処置をある程度終えると、マルシベールの方に顔を向けた。
「貴方は怪我は?」
「多分肋骨が折れてる。内臓に刺さってはいないと思うが……あとあちこち痛ぇ」
「服を脱いで怪我を見せなさい」
マルシベールは痛みを我慢しながら不器用に体を動かし下着以外の服を脱ぐ。
確かにドロホフと違い火傷自体は軽度だ。
私はマルシベールにいくつか魔法薬を飲ませると、皮膚の上から折れた肋骨を魔法で正規の位置へ動かし、そのまま元の形へ接合した。
「誰にやられたの?」
「ムーディだ」
「ああ、御愁傷様ね」
ムーディ家といえば代々優秀な闇祓いを輩出している家系だ。
特に今代のアラスター・ムーディは天性の戦闘センスを持っているらしく、既に何人かのヴォルデモートの仲間がムーディによって捕えられていた。
「早いうちに始末してしまった方がいいんじゃないの?」
「そう思ってこっちから襲撃したんだよ。……クソっ!」
マルシベールはドロホフの寝ているベッドを力任せに殴りつける。
「で、返り討ちにあったと。マヌケね」
「なんだと!?」
私はマルシベールの怪我が全て治ったことを確認し、最後にボロボロになっている服を修復する。
これでマルシベールの方は終わりだ。
私はもう一度ドロホフの処置を再開する。
先程魔法薬を塗った火傷がだいぶ回復してきている。
私は魔法で炭化した皮膚を全て除去すると、ベッドに拘束されている先程眼球を摘出しかけ検体に近づき、メスを用いて背中や臀部の皮膚を切り取った。
そしてその皮膚をドロホフの肌に丁寧に合わせ、魔法で馴染ませる。
「なあ、そんなツギハギしなくても魔法や薬だけで治るんじゃないか?」
私がドロホフの皮膚移植をしていると、その様子を見ていたマルシベールがやや顔色を悪くしながら呟く。
「勿論、魔法や薬でも治るけど、ゼロから皮膚を再生させるのってちょっと時間が掛かるのよね。だったら完成品を貼り付けて魔法で馴染ませた方が早いし、仕上がりもいいのよ」
まあ、魔法界ではこのような切ったり縫ったりといった治療は一般的ではない。
私のこれはどちらかというとマグルの治療のそれに近いだろう。
「あ、指先は骨まで炭化してるわね。折角だから新しい指を移植しましょうか」
私は追加で男の指を切断し、ドロホフの手へと繋げる。
そして接合部へと治癒の魔法を掛け、完全に一体化させた。
これで怪我自体は完全に治った。
あとは体力さえ戻せば元通りだ。
私はドロホフの頭を何度か叩き、意識が戻るか確かめる。
ドロホフは最初は苦しそうな表情を見せたが、すぐに目を開けてベッドの上から跳ね起きた。
「──ッ!!」
「おはよう。痛いところはないかしら?」
ドロホフは状況が掴めていないのか、素っ裸のまま研究室を見回す。
そして自分の体に目を向け、先程まで火傷のあった場所を手で撫でた。
「……あの世ってわけでも無さそうだ。おい、俺の服はどうした?」
「貴方のは流石に原型を留めていなかったから捨てちゃったわよ。とりあえずこれでも着なさい」
私は研究室の隅に置かれているエバンスの私服をドロホフに投げる。
ドロホフはいそいそとそれに着替え始めた。
「今回ばかりは死んだかと思ったぜ。鎌を持った死神がお迎えにきた」
「そう。あの世に顔見知りが出来てよかったわね」
私は皮膚と指を剥ぎ取られた状態でベッドに拘束されている検体の男に未完成の蓬莱の薬を飲ませる。
すると男の皮膚はみるみるうちに再生し、数分もしないうちに完全に新しい皮膚が出来上がった。
「なんだ。そんな便利なものがあるなら最初からその薬をドロホフに使えばよかったじゃないか」
マルシベールはそう言って首を傾げる。
だが、次の瞬間検体の新しい皮膚がボコボコと泡立ち始めた。
検体が声にならない悲鳴を上げる。
そして拘束具を力任せに引き千切ると、新しい皮膚を力任せに掻きむしり始めた。
「かゆいぃいいいいいいい! かゆいかゆいかゆいかゆいぃいいいいいいいイイイイイ!!!」
検体の爪は皮膚を突き破り、自らの骨から肉をこそぎ落とす。
あっという間に検体の身体のあちこちから白い骨が見え始めた。
だが、検体の意思に反して異常な速度で骨に肉が付き、皮膚が再生していく。
検体は発狂しながらまたそれを掻きむしる。
今のところ肉体の再生速度の方が早いためすぐに死に至ることはないだろう。
「まあこんな感じだからドロホフには使えないわ」
「あ、ああ。そうだな。あんたが正しい……」
マルシベールはチラチラと検体を見ながらそう言った。
「エバンス、掃除の準備をしなさい。アバダケダブラ」
これ以上研究室が肉片だらけになると私の白衣の裾が汚れる。
私は検体に死の呪いを掛けながらエバンスにモップを準備させた。
「まあとにかく、傷の治療は終わりよ。ただ体力自体は戻ってないから今日と明日は早く寝て身体を休めること。あと、エネルギーの補給も忘れずにね」
「ああ、助かった。今後ともよろしく頼む」
ドロホフは少し検体から目を背けながら言った。
「怪我しないのが一番なんだけどね。いつでも来なさい」
私は死んだ検体を魔法で消失させると、机の隅に積んであるドーナツを一つ手に取り、その穴越しにキャビネットに帰っていくマルシベールとドロホフを見る。
そして、そのドーナツを一口齧った。
プチコラム
家でのエバンス
家庭内でのエバンスは職場とは違い特に違和感なく家族に接している。エバンスの奥さんも、二人の娘も父親が服従の魔法の影響下にあるとは知らない。
クローンちゃん
セレネ遺伝子の影響ですっかり食いしん坊に。二年生からも引き続き生きていていいことになった。
闇陣営の天才ヒーラー
どんな怪我を負っていても生きてさえいれば一時間もしないうちに戦線復帰出来るレベルで回復させることが可能。これにより死喰い人という名前も相まってヴォルデモートの部下は本当に不死身なのではないかという噂が流れ始める。