月の薬師は魔法使いの夢を見るか? 作:十六夜××
朝、大広間にて
シリウス「おいジェームズ、手紙が届いてるぞ」
ジェームズ「ゾンゴで注文していた時限式クソ爆弾が入荷したらしい。今日の放課後にこっそり買い付けに行ってくる」
リリー「こら! また学校を抜け出す算段なんか立てて!」
ジェームズ「嘘ウソジョーダン! それに平日にホグワーツを抜け出す方法なんてないだろ?」
リリー「あら、それにしては夜な夜などこかへお出かけしているようだけど」
ジェームズ「あ、これリリー宛じゃないか?」
リリー「話を逸らさない! 誤魔化されないわよ」
ジェームズ「ほんとだって! ほら、これ。便箋に小っちゃい絵が貼ってある。切手? とか言ったっけ?」
リリー「あ、本当だ。ペチュニアからだわ。あの子が私に手紙だなんて──」
バーティ「おい、これセレネ宛じゃないか? お前のところに手紙が届くなんて珍しいな」
クローン「誰からでしょ──っ!?」
バーティ「どうした? もしかしてラブレターか!?」
クローン「ち、違います。家族……からです!」
一九七五年、三月。
私は研究室にある椅子に座りながらビーカーの中身を静かに揺らす。
「追いついた……」
今、私が手にしている液体は、蓬莱の薬ではない。
だが、この薬は時間を掛ければ蓬莱の薬となり得る液体だ。
月の都にいた頃も、ここまでは調合することが出来ていた。
月の都にいた頃の研究に取り敢えず追いついたと言えるだろう。
「まあ、ここから先が手詰まりなんだけど」
私はビーカーを机の隅に置き、椅子に深く腰掛ける。
このビーカーの中身をどうすれば蓬莱の薬になるのかはわかっているのだ。
蓬莱の薬の調合法の最後の工程に熟成というものがある。
未完成の蓬莱の薬を密閉容器に詰め、長い時間放置するのだ。
なんなら今手元にある液体を適当な小瓶に詰めてその辺に放置しておくだけで蓬莱の薬は完成する。
まあ、完成する頃には宇宙は終わりを迎えているが。
蓬莱の薬とは、今手元にある液体を永遠に熟成させることで完成するのだ。
十万年や百億年、それこそ無量大数年という有限の時間ではない。
極限まで無限に近い時間熟成させる必要があるのだ。
それを実現させるには、時間を操作する技術が必要になってくる。
月の都には、追放された蓬莱山輝夜を始めとして何人か時間を操ることができる能力者がいた。
私の師である八意××が蓬莱の薬を調合した時も、蓬莱山輝夜の能力を用いて薬を永遠に熟成させ、薬を完成させた。
「薬の時間だけを無限に加速させることが出来れば、この薬は完成する」
だが、それを行う方法がない。
魔法界には逆転時計という時を移動する魔道具があるが、それで飛べる時間というのは高が知れている。
有限の時をいくら繰り返しても無限には、永遠には届かない。
「研究の方向性を根本的に変える必要があるわね」
蓬莱の薬の研究は一旦ここで終わりだ。
ここから先は、この薬の時間だけを無限に加速させる方法を研究しよう。
「エバンス、ちょっとこっちに来なさい」
私がそう命令すると、試験管を洗っていたエバンスは作業の手を止めてこちらに歩いてくる。
私はエバンスの頭に杖を向けると、エバンスの脳内の血管に血栓を作った。
「今日はもう家に帰りなさい。愛する妻との最期のひと時を楽しむといいわ」
「かしこまりました」
エバンスは深く頭を下げると、いつも通り白衣を普段座っている椅子に掛けて研究室を出ていった。
今日の夜にはエバンスは脳梗塞で死ぬはずだ。
エバンスが死ねば、蓬莱の薬の製法を知る者は私一人になる。
「さて、新しい助手を探さないと。ここから先、主な活動場所が魔法界になるだろうし、次の助手は魔法使いにしようかしら」
その辺にいる魔法使いを攫ってきて服従させてもいいが、出来れば優秀な助手が欲しいところである。
「死喰い人から誰か貰おうかしら……いや、もっと適任がいるはず」
そこそこ優秀で、しばらく家を後にしても不自然ではなくて、ノクターン横丁を歩いていても違和感のない人物。
──ああ、適任がいるではないか。
「というわけで前の助手を殺して、私の実の父であるオリオン・ブラックを次の助手にしたわ」
「頭おかしいんじゃないか?」
ノクターン横丁にある死喰い人のアジトの一室でヴォルデモートが頭を抱える。
私の横には脳に直接服従の呪文を掛けたオリオン・ブラックが佇んでいた。
「頭おかしいとは酷いこと言うわね。彼以上に私の助手に適任な魔法使いはいないわ。そこそこに魔法が使えて、家を空けることが多くて、どちらかと言えば闇の陣営に属している。ね? これ以上の人材はいないでしょ?」
私はオリオンの肩をポンポンと叩く。
「服従させるのに苦労したのよ? なまじ実力があるから手足を吹き飛ばして完全に身動きを取れなくさせてからじゃないと服従の呪文を掛けれなかったし」
「実の娘に四肢を飛ばされる父親の気持ちになってみろ」
「それに関しても問題ないわ。もうオリオンには自我がないし。受け答えはできるけどそこに心はない」
ヴォルデモートは疑うような視線をオリオンに向ける。
オリオンはそんな視線を受けて、苦笑混じりに答えた。
「うちのところのホワイトがすまないな。こういうやつなんだ。許してやってくれ」
オリオンはスラスラと違和感なく言葉を発するが、そこに心はない。
ヴォルデモートも開心術でその事実を確認したのか、深いため息をついた。
「俺の部下に手を出したら承知しないからな」
「理由もなくそんなことしないわ」
私はオリオンに指示を出し、部屋の隅に立たせる。
そして自分はヴォルデモートの向かい側のソファーへと腰掛けた。
「それにしても……周囲にはどういった説明をするんだ? 流石に純血の魔法使い、それも死喰い人に理解のあるブラック家の当主を無理矢理服従させていると知られれば流石に反感を買うぞ。俺以外はお前がブラック家の人間であることを知らないのだからな」
確かにヴォルデモート以外の死喰い人たちは私のことを闇癒者のホワイトだと認識している。
「だから受け答えに違和感がないように上手く調整してるんじゃない。オリオンは私の仕事仲間ということにするわ。死喰い人の中にはオリオンと面識がある人間もいるだろうし。それか──」
私はヴォルデモートに対しイタズラっぽい笑みを浮かべる。
「私はオリオンの不倫相手だということにするのもいいかもしれないわね。そもそもセレネ・ブラックはオリオンにもヴァルブルガにも似ていないわけだし。私という不倫相手がいた方が自然ではなくて?」
「それはダメだ」
ヴォルデモートは即答する。
「あら、なんで?」
私が問い返すとヴォルデモートはわかりやすく視線を泳がせた。
「ダメなものはダメだ。普通に仕事の協力者でいいだろう」
「まあ、夫婦仲に不和が生じてもクローンが困るだろうし。じゃあ不倫相手という設定はやめておこうかしら。オリオン、今日はもう帰っていいわよ」
「ああ、そうさせて貰う」
オリオンは私の言葉に頷くと、姿くらましでその場から居なくなる。
私はヴォルデモートと二人きりになったところで改めて話を切り出した。
「で、本題はここからなんだけど、貴方、時間を操る魔法に心当たりはない?」
頭を抱えて俯いていたヴォルデモートだったが、その言葉を聞いて静かに顔を上げる。
そして真剣な表情で言った。
「今度は何を考えている? 時間改変を目論んでいるのだとしたら流石に止めるぞ」
「流石に私もそこまで馬鹿じゃないわ」
私は蓬莱の薬の完成が見えていること、完成させるのに無限の時間が掛かることをヴォルデモートに伝える。
ヴォルデモートは小さく胸を撫で下ろした後に、真剣な表情で言った。
「残念だが逆転時計以上の知識は俺にはないな。アレすらも既に製法は失われている」
「どうにかして実物を確保できないかしら。時間魔法の研究に着手するにあたって、一度実物を見ておきたいのよね。管理は魔法省が行っているんだっけ?」
私の質問に、ヴォルデモートは何かを思い出したかのような顔をした。
「そうか。ホワイトはホグワーツに行ってなかったな」
「どうしてそこでホグワーツの名前が出てくるのよ」
私が疑問に思っていると、ヴォルデモートが説明してくれる。
「ホグワーツでは授業を選択しすぎた影響で授業時間が被り、物理的に履修が困難だと判断されると魔法省で逆転時計を借りることになるんだ」
「そんな些細なことで貸し出しの許可が下りるのね」
「些細なことだから許可が下りるのさ。学年一の天才と言われるような生徒は大体逆転時計を手にしたことがある」
「貴方も逆転時計を使ったことが?」
私の質問にヴォルデモートは首を振る。
「いや、俺はない。全教科を履修していたわけじゃなかったからな」
「まあ、マグル学とか占い学とか、貴方嫌いそうだものね」
「否定はしない。まあつまりは、ホグワーツの生徒なら逆転時計を手にするのはそう難しくはないという話だ。それこそお前の影武者としてホグワーツに通っているクローンに全教科を履修させれば逆転時計が貸し出されるだろう」
今年のクリスマスに家に帰ってきたクローンに話を聞いた限りでは、クローンは全教科は履修していない。
来年度から履修させるとなると、逆転時計を手にするのは早くても九月ということになる。
半年も先というのは少々長すぎる。
「それじゃあ遅いわ。トム、貴方確かホグワーツのスリザリン生にも何人か唾をつけてるでしょ? 逆転時計を手にしていそうな学生はいないの?」
「その名前で呼ぶな」
「リドルの方がよかった?」
リドルという名前を呼ばれて、ヴォルデモートは呪いでも掛けてきそうな顔で私を睨む。
私は肩を竦めると、皮肉混じりに訂正した。
「はいはい。名前を言ってはいけないあの人さん。で、実際のところどうなの?」
「一人いる。スリザリン生で、学年ではとびきり優秀な三年生だ。だが、家がな……」
「家? マグル生まれとか?」
「そいつはクラウチ家の一人息子だ。現当主のバーテミウス・クラウチ・シニアは魔法法執行部の部長を務めている」
意外な名前が出てきた。
クラウチ家の一人息子ならよく知っている。
私のクローンとも仲のいいバーティのことだ。
「バーテミウス・クラウチね。暴力には暴力を。死喰い人を捕えるためなら手段を選ばない過激派だという話よね。息子も似たような思想を?」
「いや、ルシウスの話ではこちら寄りらしい。多少危険ではあるが、早めにこちらに引き込んでおくのも悪くはないかもしれない」
逆転時計の件もあるしな、とヴォルデモートは付け加える。
「何にしても、長期休暇中は逆転時計を教員に預けることになっている。接触するとしたらホグズミード行きの日を狙うのがいいだろうな」
「そう。じゃあ早速クローンに次のホグズミード行きの日を聞かないと」
私は踵を返して研究室に戻ろうとする。
だが、ヴォルデモートにガッチリと肩を掴まれてしまった。
「待て。お前が直接行ったら碌なことにならない気がする。クラウチ・ジュニアの引き込みは俺に任せろ」
「酷い言い草ね。まあ、でも、そういうことなら任せようかしら」
ヴォルデモートがバーティを仲間に引き込みたいのだとしたら、私は手を出さない方がいいだろう。
「それじゃあ、ホグズミード行きの日だけ聞き出しておくわ」
私は今度こそキャビネットを潜り、研究室へと戻った。
次の日、エバンスが死亡したという連絡がエバンスの妻から入った。
告別式は二週間後の日曜日に行われる予定らしい。
私は告別式には参加しない旨をお悔やみの言葉と添えて伝え、静かに電話を切った。
「貴方の前任者が死んだわ」
「どうやらそうみたいだな」
オリオンはベッドに横たわっている死体を解剖しながら返事をする。
今オリオンが解剖しているのは例の人間牧場で取れた一番初めの人間だ。
この後、各臓器や筋肉、脳などを検査し、天然の人間と比較を行う予定である。
「まあ、私が殺したんだけどね」
「どうやらそうみたいだな」
「貴方のこともきっといつか殺すでしょうね」
「どうやらそうみたいだな」
オリオンは受け答えをしながらも、解剖の手を止めることはない。
「面白い命乞いをしたら助けてあげるかもしれないわよ?」
「それはいい。では殺さないでくれ」
「三点。百点満点中ね」
私は牧場で育てられた人間の脳を魔法で浮かし、シナプスがどのように接続されているかを観察する。
「そんなんじゃ貴方も数年後に殺すことになるわ」
「そうか。それは残念だ」
オリオンは表情を変えることなくそう言った。
やはり、人形との会話はそう面白いものではない。
こんなことなら、弟子という形でレイセンを手元に置いておけばよかったと少し後悔する。
私は今解剖している死体から抽出した生命力で作り上げた命の水を一口飲むと、摘出した脳を保存液に浮かべた。
プチコラム
蓬莱の薬の最終工程
蓬莱の薬は調合後、永遠の時を経て完成する。有限の時を生きながら永遠という概念を取り扱うには、時間を操る能力が不可欠。
蓬莱山輝夜の能力
『永遠と須臾を操る程度の能力』。永遠を操るというのはつまり、対象を変化させなくする術であり、須臾を操るというのはつまり、対象の時間をごく僅かな時間へと変化させる術。この能力を応用すれば、未完成の蓬莱の薬の永遠の熟成を、須臾の時間へと押し込めることができる。
処分されるエバンス
研究が一区切りついたため、一度助手を入れ替えることに。
オリオン・ブラック
セレネの実の父であり、貿易業を営んでいる。セレネに襲撃され、激戦を繰り広げたが敗北し、操り人形に。また、営んでいる貿易業で出た利益はセレネの研究室に横流しされることに。
逆転時計
時間を移動するための魔道具。精神だけが移動するのではなく、肉体ごと移動するため、同じ時間に自分が二人いるという状況が生起することもある。
遅い更新頻度
更新頻度が遅いのは、私の筆が遅いからというよりかは、あんまり早いと追いついてしまうため。これからも段々更新頻度が遅くなると思いますので気長にお待ちください。