月の薬師は魔法使いの夢を見るか?   作:十六夜××

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巻頭小話「負けるなクローンちゃん」

ホグワーツ特急のコンパートメントにて
バーティ「九月にはもう最上級生か。早いもんだな」
クローン「そうですね。あっという間の七年間だったように感じます」
バーティ「……なぁ、休暇中なんだけど、一緒に買い物に行かないか?」
クローン「あら、デートのお誘いですか?」
バーティ「そそそそんなんじゃねーよ! ただ新学期に向けた買い出しにだな……」
クローン「冗談です。では、ホグワーツからの手紙が届いたら日付の打ち合わせをしましょうか」
バーティ「あ、ああ! そうだな。うん、それがいい」
クローン「楽しみにしていますね。デート」
バーティ「だからそんなんじゃねぇって!」


第二十三話 肉の塊

 逆転時計を入手してからしばらくの間研究を続けたが、時間を操る魔法の研究は暗礁に乗り上げている。

 初めのうちは逆転時計の機能を拡張し、時間の操作が行えるようにしようとした。

 だが、そもそもの仕組みが大きく違うため、一から新しく設計した方が手っ取り早いことに気がつく。

 言ってしまえば、飛行機に潜水機能をつけるようなものだ。

 潜水機能しか必要としていないのに、飛行機をベースにする必要はない。

 次のアプローチとしては拡大呪文を時間を操る魔法に変化させようとした。

 時間と空間は密接に関わり合っている。

 時間が変化すればそれに合わせて空間も姿を変える。

 逆に空間が変化すればそれに合わせて時間が変化する。

 魔法界にはすでに空間を変化させる魔法が存在している。

 ならばそれの応用で時間の操作も可能なはずだ。

 私のこの考えは割と的を射ており、数ヶ月の研究で多少ながら時間の操作が可能な魔法が完成した。

 だが、本当に多少なレベルだ。

 体感出来るほどの時間の変化はなく、精密に測定すればほんの少しだけ時間が早くなっている程度のものだ。

 このレベルではとてもじゃないが蓬莱の薬を完成させることなどできない。

 時間の変化量を大きくするには、それと釣り合うだけの空間の変化が必要になる。

 一般的な拡大呪文は鞄の中を部屋ほどの大きさにする程度の拡大率だ。

 そのレベルの拡大率では時間の変化は高が知れている。

 それこそ鞄の中の空間が無限に拡張し続けるほどの拡大率が時間を操る魔法には必要になってくる。

 だが、それほどの魔法ともなればそれ相応の魔力が必要になってくる。

 イギリス魔法界中の魔法使いから魔力を吸い上げたとしても到底足りないだろう。

 そんな研究をしているうちに、一年が過ぎ、二年が過ぎ、気がつけば一九七八年の夏になっていた。

 この頃になると死喰い人もかなりの勢力となり、魔法省やダンブルドア率いる不死鳥の騎士団と真っ向からぶつかってもいい勝負ができるほどになっていた。

 毎日のように私の研究室には怪我や呪いに掛かった死喰い人たちが転がり込んでくる。

 その人数は数年前の比ではない。

 私はそれらの人間を完全に治療しては、また戦場へと送り返す。

 死喰い人という名前には、「死を喰らい、克服する」という意味が込められているとヴォルデモートから聞いたことがある。

 なるほど、死を喰らう者か。

 私がこちらの陣営にいる限り、死喰い人は死なない。

 どのような怪我を負ったとしても、一日あれば完全に回復させてみせる。

 魔法省や不死鳥の騎士団の団員からしたら恐怖そのものだろう。

 死に至るような負傷を負わせた相手が次の日には無傷で目の前に立っているのだから。

 

「オリオン、お茶を入れなさい」

 

「わかった」

 

 研究室の机の上でカルテを整理していた私はオリオンに指示を出す。

 オリオンは部屋の隅へと歩いていき、いそいそと紅茶を淹れ始めた。

 実の父親であるオリオン・ブラックを操り、助手として使い始めてからもう数年が経過しただろうか。

 今のところオリオンは特に問題なく助手をこなしている。

 もうしばらくは使い物になるだろう。

 

「そういえば、シリウス・ブラックがホグワーツ卒業と同時に不死鳥の騎士団入りしたんだって? とんだ血の裏切り者ね」

 

「今更な話だ。奴はホグワーツに入学する前から反抗的だった。もう血族とも思ってはいない」

 

「それじゃあ、ブラック家はセレネ・ブラックが継ぐことになるのね?」

 

 つまりは私のことだが、ブラック家を背負って立ち上がるほど私は暇ではない。

 ブラック家はそのまま私のクローンに継いでもらうとしよう。

 私はオリオンが用意した紅茶にゆっくり口をつけると、ふう、と小さく息を吐く。

 その瞬間、ガタガタという物音と共に、姿をくらますキャビネットが震え出した。

 何者かがこの研究室へと向かっているのだろう。

 十中八九怪我人だ。

 私は紅茶のカップを机の隅に置くと、オリオンに患者用のベッドを用意するように指示を出す。

 それと同時にキャビネットの扉が開け放たれ、数人の人影が研究室に雪崩れ込んできた。

 

「頼む! 今にも死にそうなんだ!」

 

 研究室に入ってきたのはベテランのアントニン・ドロホフとホグワーツの制服姿のバーテミウス・クラウチ・ジュニアだった。

 バーティは背中に血まみれの女性らしき塊を背負っている。

 微弱に魔力を感じるためまだ死んではいないようだが、持ってあと数分の命であることは確かだ。

 

「巨人とクィディッチでもしたの?」

 

 私は冗談交じりに言いながら患者をベッドの上に寝かせるように促す。

 バーティはそんなことを言っている場合ではないと言わんばかりの口調で私に叫んだ。

 

「怪我してるのはあんたらの娘だ! セレネ・ブラックだよ!!」

 

 それを聞き、私は患者の赤く染まった髪をかきあげ、顔を確認する。

 バーティの言う通り、運ばれてきた患者は私のクローンだった。

 ぶふ、ぶふ、と血の泡を噴きながら、か細い呼吸を続けている。

 私は杖を取り出すと、クローンの気道内にある血液を消失させる。

 そして備蓄してある命の水を口の中に流し込み、ぐちゃぐちゃになっている手足の修復作業を始めた。

 

「聖マンゴじゃなくてこっちへ連れてきて正解だったわね。向こうに運んでいたら間に合わなかったわよ」

 

 私は折れ曲がった足の骨を一直線に並び替えながら研究室の床にへたり込むバーティに言う。

 バーティは私の言葉に返事をすることはなく、ただ悔しそうに自分の膝を叩いていた。

 

 

 

 

 クローンの怪我の処置は一時間もしないうちに終了した。

 私は血まみれのベッドを魔法で綺麗にすると、研究室にある洗面台で手を洗う。

 私と同じ遺伝子情報を持つ血液が水道水に溶け出して下水へと流れていった。

 手術の最中に片手間にドロホフから話を聞いたが、どうやらクローンはバーティとの買い物中に闇祓いと死喰い人の戦闘に巻き込まれ、倒壊した建物の下敷きになったらしい。

 戦闘が起きた場所はダイアゴン横丁のすぐ近くらしく、聖マンゴより死喰い人のアジトから私の研究室に運び込んだほうが早いとバーティは判断したそうだ。

 

「戦闘があったってことは、追加で何人か運ばれてくる?」

 

「それはない。襲われた張本人がここにいる」

 

 ドロホフが自分自身を指差す。

 

「ムーディだよ。あのイカレ頭だ。白昼堂々襲いかかってきやがった。何が仲間の仇だよ」

 

 アラスター・ムーディ。

 闇祓いの中でもベテラン中のベテランだ。

 

「そいつがやたらめったら魔法を撃ちまくったせいでお嬢さんはご覧の有様さ。にしても、あの時会った少女とこんな形で再会することになるとはな」

 

 ドロホフは懐かしそうに腕を組む。

 ドロホフからしたら、私とレイセンがロジエールたちに捕まったあの日からセレネ・ブラックとは一度も会っていないことになっているのか。

 私の正体がセレネ・ブラックであることを知っているのはヴォルデモートとクローンだけだ。

 ドロホフは元通りになったクローンの顔を覗き込むと、私の顔と見比べる。

 そして一瞬躊躇う素振りを見せた後、私に聞いた。

 

「この際だから聞いておくが……ホワイト、お前はこいつの母親か?」

 

「ご想像にお任せするわ。でも、全く関係ないと言えば嘘になるわね」

 

 ドロホフは私とオリオンの顔を交互に見て、やれやれと肩を竦める。

 

「ヴァルブルガが知ったらなんて言うか」

 

「知ったことではないわ」

 

 実際のところ、私とオリオンとの間に身体の関係はない。

 確かに目の前にいるクローンはヴァルブルガの子供ではないが、私はヴァルブルガが腹を痛めて産んだ子供であることは確かだ。

 だが、今の私の存在を理由付けるのに、オリオンの不倫相手というのは説得力があり過ぎる。

 何故オリオンとヴァルブルガどっちにも似ていない子供が産まれたのか。

 何故クローンと私が瓜二つなのか。

 何故オリオンを助手として引き連れているのか。

 私がオリオンの不倫相手であり、セレネ・ブラックはオリオンと私の間に出来た隠し子であったとしたら全てが綺麗に説明出来てしまう。

 もう、そういうことにしてしまったほうが手っ取り早いかもしれない。

 そんなことを考えていると、ベッドの上のクローンが小さく呻きながら目を開ける。

 そしてゆっくり身体を起こすと、周囲を見回し始めた。

 

「ここは……病院ですか?」

 

 どうやらまだ視界がボヤけているようだ。

 クローンは目をシバシバさせながら私の方を見る。

 そして、小さく悲鳴を上げて固まった。

 

「あら、随分な反応ね」

 

「あ、いや……その……お久しぶりです」

 

 クローンは自らが作られた存在であることを今思い出したかのように軽く目線を逸らしながら私に挨拶する。

 そんなセレネの様子に、バーティが意外そうに口を開いた

 

「セレネ、もしかしてお前知ってたのか?」

 

「知っていた? なんのことです?」

 

 クローンはバーティの方を振り向いたあと、私の顔を見て、そして私の横にいるオリオン・ブラックを見る。

 そして若干目を白黒させた後、何かを悟ったかのように呟いた。

 

「ああ、なるほど」

 

 どうやらクローンは、クローンと私の関係をバーティがどう考えているか理解したらしい。

 私がベースになっているだけあって、頭は良いようだ。

 

「知らなかったと言えば嘘になります。以前にお会いしたこともありますし」

 

 クローンは視線を私からオリオンへと移す。

 

「でも、どうしてお父様がこちらに? というか、ここはどこですか? マグルの病院かと思いましたがどうにもそうではないみたいですし」

 

「ここは私の研究室よ。そして、貴方のお父さんは私の下で研究の手伝いをしているわ」

 

「……心配して駆けつけた、というわけではないんですね」

 

 クローンは少し表情に影を落とす。

 

「何を言う。心配したとも。運ばれたのがここではなかったら、お前は死んでいた。そうなった場合、私は娘の死に目に立ち会えなかっただろう」

 

「いや、何言ってるのよ。死んだ方が良かったでしょ」

 

 私は随分適当なことを言うオリオンの言葉を否定する。

 やはり服従の呪文で操られているものには若干の知能の低下が見られるようだ。

 

「死んだ方が良かったってどう言うことだ?」

 

 そんなことを考えていると、クローンの近くに立っていたバーティが少し声を荒げた。

 どうやら服従の呪文に掛かっていないにも関わらず、バーティにはその理由が理解できないらしい。

 

「考えてもみなさい。この女学生はあくまで一般人。今回は戦闘に巻き込まれただけなんでしょ。そして、建物の倒壊の原因を作ったのは闇祓いのアラスター・ムーディ。つまりはムーディの周りの安全を顧みない危険行為が招いた事故ということになる」

 

 しかも、今回ドロホフに戦闘の意思はなかった。

 必要以上に死喰い人を深追いした結果、ホグワーツの生徒を一人巻き込んだのだ。

 

「ここで貴方が死んでくれていたら、調子に乗っている闇祓いの鼻っ面をへし折ることが出来たのに。ブラック家の権力でゴリ押せばムーディを免職にすることだって出来たはずだわ」

 

「けどそれじゃあセレネは!」

 

「でも実際そうでしょう? 正義の味方というのは、正しくあらねばならない。純白のドレスにシミを作るのは簡単よ。そして、シミだらけのドレスに価値などない」

 

 私はベッドに腰掛けているクローンの肩にそっと手を置く。

 

「貴方もそう思うでしょう? セレネちゃん」

 

「……は、はい。その通りだと思います」

 

「ほら! セレネちゃんもこう言ってるし」

 

 私はニコリとバーティに微笑みかける。

 バーティは言葉が出ないと言わんばかりの表情で歯を食いしばっていた。

 

「まあ、過ぎたことを悔いても仕方がないわね。で、今後どうするの?」

 

 私はクローンにそう質問する。

 クローンは質問の意味がわからないと言わんばかりに首を傾げた。

 

「どう、とは?」

 

「貴方の意思ではなかったにしろ、貴方は死喰い人のアジトを経由し、極秘中の極秘である私の研究室まで入ってきてしまった。もう後戻りは出来ないわよ? この場で死ぬか、死喰い人になって闇の帝王に忠誠を誓うか。二つに一つね」

 

 バーティは咄嗟に身を乗り出し口を開きかけたが、結局一言も発することなく歯を食いしばる。

 バーティのそんな様子を見てドロホフが言った。

 

「忘却術じゃダメなのか?」

 

「忘却術が完全じゃないことは貴方もよく理解してるでしょ? 何のために磔の呪文が存在してると思ってるのよ」

 

 忘却術は本当に記憶を消し去っているわけではない。

 忘却術はその名の通り、記憶を思い出せないようにする魔法だ。

 脳や精神に強い刺激が加わったり、強力な魔力干渉があると忘却術自体がかき消されてしまうこともある。

 そもそも、磔の呪文は元々は拷問用の呪文ではない。

 脳に直接魔力を送り込み、掛けられた忘却術を無理矢理かき消すために考案された呪文だ。

 今ではもっと穏便に忘却術を打ち破る方法が考案されているため、磔の呪文は拷問用途にしか使われないが。

 

「というわけよ。セレネちゃん。貴方、死喰い人になりなさい」

 

「……はい」

 

 クローンは少し当惑した表情で頷く。

 バーティもそれしかないかと渋々納得したようだった。

 

「決まったな。怪我が治ったなら、すぐにでも我が君の元へ向かうぞ。だが、何の問題もなく死喰い人入り出来るかは保証できない」

 

「大丈夫よ。私も一緒に行くわ」

 

 ドロホフは私の顔をチラリと見ると、少々苦々しげな笑みを浮かべた。

 

「ついてくるな、とは言えんな。我が君に物怖じせず意見できるのはホワイトぐらいだ」

 

「というわけで、お留守番よろしくね。オリオン」

 

「ああ、わかった」

 

 オリオンは私の言葉に静かに頷く。

 

「実の父親は置いていくのか……」

 

 そんなオリオンの様子に、ドロホフがボソリと呟いた。




プチコラム

闇癒者ホワイト
 ヴォルデモートと協力関係にはあるが、実は死喰い人というわけでもなく、手に死喰い人の刺青も入れていない。ヴォルデモートはホワイトのことを部下ではなく対等な存在であると認識している。だが、ヴォルデモートの部下の死喰い人たちからは、死喰い人だと認識されている。
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