月の薬師は魔法使いの夢を見るか? 作:十六夜××
一九七八年、十二月。
時間操作能力者を人工的に作る基礎研究が終了した。
結局のところ、私の血中にある時間操作の因子だけを取り出し、それを増やしていくのが一番手っ取り早いということがわかった。
まず初めに行ったのは血液の人工培養だ。
私の血液を人工的に増やし、その中から時間操作の因子を抽出していく。
いい方法だと思ったが、これは上手くいかなかった。
人工的に培養した血液には全くと言っていいほど時間操作の因子が含まれなかったのだ。
どうやら体内で生成したものでなければならないらしい。
そうなると私の体の中で増やしていくしかないのだが、それも限界がある。
私の血液中に含まれる時間操作の因子はほんの僅かだ。
私の計算では、時間を意のままに操るには少なくとも時間操作の因子を持っている血液が血中に九十パーセントはないといけない。
私の体から血を抜き、その中から時間操作の因子を持つ血液だけを体に戻すという方法で少しずつ血中の因子量を増やすことは可能だが、計算上では一万年ほどの時間が掛かる。
流石にこの方法では時間が掛かり過ぎだ。
初めから時間操作の因子が百パーセントの状態で、そこから増やしていくのが一番望ましい。
だが、それをするには一度体内の血液をゼロに近い状態にしなければばらない。
そんなことをしたら失血で私の命はない。
どうすれば効率よく時間操作の因子を増やすことが出来るだろうか。
研究が行き詰まった時、私の頭の中に一つの疑問が浮かぶ。
そういえば、何故蓬莱山輝夜は時間操作の能力を持っているのだろうかと。
彼女の両親にそのような能力は無かったはずだ。
それを考えた時、一つの仮説が浮かんできた。
輝夜の両親のうち、どちらかが血中に微量の時間操作の因子を有しており、その微量な時間操作の因子が胎児の頃の輝夜に流れ込み、増えていったのではないだろうかと。
もっとも、胎児は血液を母親と共有している。
そのためそこまで単純な話ではないだろうが、遺伝子を少し弄り、子供に時間操作の因子を体内に留めるフィルターのようなものを作ってしまえば効率よく時間操作の因子の濃度を高めることが出来る。
因子の濃度が少しでも高い状態で産まれ、そこから成長していけば数年もしないうちに体内の因子濃度がかなり高くなるだろう。
「つまりは、子供を作って、その子供の中で時間操作の因子を増やせばいい。……あはは、私ってやっぱり天才だわ」
道は見えた。
あとは辿るだけだ。
「というわけで、貴方の卵子を使わせてもらうわね」
次の日、クリスマス休暇で実家に帰ってきていたクローンを研究所へと呼び出した私は、今までの研究結果と合わせて今から行うことをクローン一通り説明した。
方法としてはこうだ。
まず初めに、クローンから卵子を取り出し、その中を時間操作の因子で満たす。
その後、強い魔力を持った男性の遺伝子と掛け合わせて受精させ、その受精卵を研究所の培養槽で成長させる。
大人と同じ大きさになったら培養槽から取り出し、血液を全て私の体内へと輸血する。
私の理論が間違っていなければ、これで私は時間操作能力を得ることが出来るはずだ。
「それはえっと何というか……ご自身の卵子を使われては?」
クローンは私の話を最後まで聞くと、おずおずと質問をする。
「ちょうど時期が合わなくてねぇ。次を待つのも面倒だし。その時思い出したのよ。自分と同じ遺伝子を持った存在がいるって。別にいいでしょう? 腕を一本もぎ取るって話じゃないんだから」
「まあ、確かにそうですけど……」
どうにもクローンの歯切れが悪い。
クローンは私の顔色を伺うように少しモジモジしながら口を開いた。
「そ、それって私の子供ということになりません?」
「は? えぇ、まあ。そうなるのかしら? でも最終的には血液を全部抜いて私に輸血するわけだし、人間牧場の食用人間と扱いは変わらないわよ?」
私はため息交じりに肩を竦める。
「そもそも貴方は私じゃない。結局のところ何も変わらないわ」
「でも、強い魔力を持った男性の遺伝子と掛け合わせるって……それってつまりその男性と子供を作ることになりません?」
「まあ、捉え方によってはそうなるのかしら? でも、それが何だっていうのよ。別にその男と結婚するわけでも、そのままその子供を育てていくわけでもないのよ?」
「それはそうかもしれませんけど……」
クローンはまだ何か引っ掛かっているのか、目を泳がせる。
私は小さくため息をつくと、ポケットの中から小瓶を取り出した。
「まあ、もう抜き取ったんだけどね」
「ええ!? いつのまに……」
「貴方がこの部屋に入ってすぐよ。魔法って本当に便利よね。外科手術も必要なし。何なら、開腹することなくお腹の中に手を突っ込むことだって出来ちゃうんだから」
「そんな勝手に……」
「何に使うか説明しただけ感謝して欲しいところだわ。秘密裏に行っても良かったんだから」
私は小瓶に保存魔法をかけて棚の中に仕舞う。
クローンは半ば諦めたようにため息をつくと、改めて口を開いた。
「で、その魔力の強い男性っていうのは……もしかして、バーティ……とか?」
「は? あんな雑魚のを使うわけないでしょ。使うのはトム・リドル、ヴォルデモート卿の遺伝子よ」
「え? それって大丈夫なんです? 絶対に許可しないと思うんですけど……」
「適当に髪の毛採取して、勝手にやるから大丈夫よ」
たとえ蓬莱の薬を作るためとはいえ、ヴォルデモートがそんなことを許可するはずがない。
だが、時間停止の因子を効率よく増やすには、高い魔力量を持った肉体が必要だ。
「私のクローンである貴方だから話したのよ。そこのところを理解しておきなさい」
「……はい」
クローンは渋々といった表情で頷く。
それを見て、私は話は終わったと言わんばかりに立ち上がった。
「もう帰っていいわよ」
「はい、失礼します」
クローンは私に対して小さく頭を下げると、キャビネットの方へと歩いていく。
そして、キャビネットの目の前で立ち止まると、こちらを振り返って言った。
「また、様子を見に来ていいですか?」
「成長のってこと? まあ、それぐらいなら全然いいわよ。でもどうして?」
「薬学を研究する身としては、少々興味深いですから」
クローンはそう言い残すとキャビネットを潜っていく。
私はその後ろ姿を見届けると、部屋の隅でティーカップを洗っていたオリオンに話しかけた。
「どう思う? やっぱり子供ってことになるのかしら」
「俺にそんなことを聞くな。お前の望む答えが返ってこないことぐらいはわかるだろう?」
オリオンはティーカップを洗う手を止めることなく返事をする。
「何言ってるのよ。服従の呪文の効果が薄れてきていることぐらい、貴方も実感しているでしょう? 当初と比べたら随分と思考がクリアになっているんじゃなくて?」
マグルのエバンスの時もそうだった。
服従の呪文を掛けた当初はまるで機械のような返答しか返さないが、数年も経つと人間らしい返事をするようになってくる。
服従心だけは脳に直接植え付けているので私の命令に逆らうことはしないが、オリオンはもうすでにかなり正常な思考を取り戻しているのではないだろうか。
「さて、どうだろうな」
「そういう返事が出来てしまうあたり、もう限界かもね。そろそろ切り時かしら」
私は冗談めかしてオリオンに笑いかける。
オリオンは少し困った様子で後頭部を掻きながら言った。
「死ぬ前に、孫の顔ぐらいみたいものだが」
「あら、貴方でもそんなこと思うのね」
私は小さく笑うと、棚から小瓶を取り出して軽く振った。
「それじゃあ、これの顔がハッキリするぐらいまでは生かしておいてあげる」
「やっぱりお前も子供だって思ってるんじゃないか」
「私にとっては何でもいいわ。どうせ殺す存在なんだし」
さて、卵子自体は手に入った。
あとは卵子に時間操作の因子を詰め込み、遺伝子操作を施したあと、ヴォルデモートの遺伝子を組み込んで育てるだけだ。
大人一人分の血液量が採取できるだけのサイズ、要は大人になるまで育てないといけない。
百パーセントの濃度で血液を輸血できるようになるまでには、長い時間が掛かるだろう。
だが、数百年、数千年という時間に比べたら十数年など須臾に等しい。
一九八〇年、二月。
培養槽で育て始めた赤子はかなりの大きさになり、表情もハッキリしてきた。
人間で例えると生後四ヶ月。
厳密には産まれたという定義はおかしいから、育成を始めて一年と二ヶ月と言ったところだろうか。
赤子は普通の人間と同じペースで順調に成長している。定期的に体内の時間操作の因子濃度を計測しているが、かなり高い数値が出ていた。
このまま順調に育てば、問題なく血液を採取できるだろう。
「随分大きくなりましたね。赤ちゃん」
クローンは培養槽の中にいる赤子に対して手を振ると、ニコリと微笑む。
クローンは、ここのところ毎日のように私の研究室にある培養槽の置かれた部屋へと来ていた。
「もう目も開いてますし、もしかしたらこちらが見えているかもしれませんね」
「見えてるわけないでしょ。向こうは水中にいるんだから」
「それでも、ぼんやりとは見えてるはずです。それに音だって」
クローンは人差し指で培養槽をコツンと叩く。
それに反応するかのように、培養槽の中の赤子はクローンの叩いた場所に手を伸ばした。
「ほら、反応してますよ。こっちを認識してるんです」
「そりゃ、生きてるし、それに五感も正常に働いてるんだから反応ぐらいするわよ」
私はクローンのそんな反応にため息をつく。
クローンは私の態度が気に入らなかったのか、少し膨れっ面になった。
「こんなに可愛いのに、ホワイト様は冷めてますね」
「あのねぇ。そりゃ可愛いに決まっているでしょう? 私の遺伝子を引き継いでいるんだから」
私は培養槽の中の赤子を覗き込む。
私と同じく真っ白な髪に青い瞳。
赤子ながらかなり整った顔立ちをしており、将来は私と瓜二つになることが用意に想像できた。
「そういう意味ではなくてですね……愛着とかないんです?」
「論外よ。私には養豚場の豚を愛でる趣味はないの」
私はそう言って肩を竦める。
「それに、こうしてこれを見にくるのは貴方の勝手だけど、大きくなったら殺して血を全部抜くってことを忘れないように。これが培養槽から出る時は、死ぬ時よ」
「それは……わかってますけど」
「わかってないように見えるから言っているのよ」
あまりにも愛着心が強いようなら、クローンをこの部屋から閉め出したほうがいいだろう。
だが、クローンはつまらなさそうに腕を頭の後ろで組むと、培養槽から数歩下がった。
「わかってますよ。この子はあくまで時間操作の因子を作り出すためだけの存在。大きくなったら殺されるってことぐらいは」
「わかってるなら、これにあまり執着しないことね」
私は培養槽の照明を切り、目隠しの幕を下ろす。
クローンは机の隅にある赤子に関する資料に手を伸ばすと、ペラペラと捲った。
「健康状態は良好そうですね。成長が遅れている箇所もなし。凄いですね。この培養槽はほぼ完璧に子宮と同じ役割をこなしている」
「当たり前でしょう。私を誰だと思っているのよ。既存のレシピを弄ることしかできない小娘とは違うのよ」
「それ私のこと言ってます?」
「他に誰がいるのよ」
クローンがホグワーツで研究していたテーマの一つが、既存の魔法薬のレシピの改悪だ。
レシピを改良し簡易化するのではなく、効能が変わらない範囲で可能な限り複雑にするのだ。
まるで、お前にこのレシピが再現できるかと言わんばかりに。
「そんな研究、生産性のかけらもないじゃない」
「誰かの役に立つような研究はしたくなかったんです。私は、私の魔法薬の腕を示せればそれでよかったから……」
「捻くれてるわねぇ」
ホグワーツを卒業したクローンは、死喰い人の一人としてヴォルデモートの配下の一人となった。
クローンの仕事は基本的にスネイプが行っている魔法薬の量産の手伝いと、アジトの家事だ。
特に死喰い人には積極的に家事を行おうとするものがいない。
そんな中で自分から進んで家事を行うクローンの存在はかなり重宝されていた。
そして何より、クローンはヴォルデモートに気に入られている。
ヴォルデモート曰く、クローンは俺の心の癒しだそうだ。
馬鹿馬鹿しい。
「基礎研究の大切さはホワイト様も良くご存知でしょう?」
「車輪の再発明をする趣味は私にはないわ」
私はクローンから赤子に関するデータを取り上げると、軽く整頓して棚の中に入れる。
その時だった。
「おい、ホワイト! ……あれ? いねぇな」
キャビネットの置いてある部屋からマルシベールの声が聞こえてくる。
急患だろうか。
私は培養槽の置かれた部屋の照明を落とすと、キャビネットが置かれた研究室へと移動した。
「どうしたのよ」
研究室へと戻った私は、キョロキョロと研究室内を見回すマルシベールに声を掛ける。
マルシベールは私が見つかったことにほっと息をつくと、少々早口に言った。
「スネイプのやつが何か重要な情報を入手したらしい。闇の帝王がお呼びだ」
「そう。行くわよセレネ」
「は、はい!」
私は白衣を脱いで椅子に掛けると、白衣代わりの白いローブを身につける。
そして黒いローブをいそいそと着込んでいるクローンを引き連れて姿をくらますキャビネットを潜った。
プチコラム
最強の遺伝子
ホワイトが求める魔力量を持った魔法使いは、ヴォルデモートかダンブルドアぐらい。
服従の呪文の効果
ホワイトが得意とする脳に直接かける絶対服従の呪文も、次第に効能が薄れてくることがわかった。ただ、服従しなくなるのではなく、服従はするが自分の意思を取り戻していく。
培養槽の中の赤子
普通の赤子なら既に産まれているが、この赤子は大人になるまで子宮代わりの培養槽を出ることはない。