月の薬師は魔法使いの夢を見るか? 作:十六夜××
「で、重要な話って何よ」
ロンドンのノクターン横丁にひっそり立つ死喰い人の隠れ家の一室。
私は多くの死喰い人が緊張した面持ちでヴォルデモートの言葉を待っている中、躊躇なく口を開いた。
ヴォルデモートは慌てるなと言わんばかりに軽く手を挙げると、勿体ぶった様子で口を開く。
「我が下僕のスネイプがホグズミードで大きな情報を掴んだ。俺に関する予言だ」
予言? 予言とは……占い学とかで言うところの予言か?
「その予言では、今年の七月に、三度俺に抗った者から俺を撃ち破るかもしれない子供が産まれるらしい」
ザワリ、と死喰い人の間に動揺が走る。
私も、あまりのことに少し動揺してしまった。
「な、なにメルヘンチックなこと言ってるのよ。ティーンエイジャーじゃないんだから」
私は大きなため息を吐きながら椅子にもたれかかる。
ヴォルデモートはそんな私の態度を見て、不敵に笑った。
「まあそう言うなホワイト。俺もこの予言が新聞雑誌に掲載されたようなチンケなものなら相手にしていない。重要なのは、この予言を聞いたのが誰かということだ」
「スネイプなんじゃないの?」
私は大きなテーブルの末席近くに座っているスネイプを見る。
スネイプはわかりやすくびくりとすると、恐る恐る口を開いた。
「俺は盗み聞いただけです。この予言は、シビル・トレローニーという魔女がダンブルドアに対して語った予言なのです」
ダンブルドアという名前に、またテーブルがざわつく。
ヴォルデモートは、これで分かっただろうと言わんばかりに口を開いた。
「と言うことだ。この予言の真偽は別にしても、ダンブルドアはこの条件に合った子供を探し、特別な何かを授けるかもしれん。そうなれば、俺の脅威となる可能性もある」
「考えすぎだと思うけど……」
まあでも、ヴォルデモートの言わんとすることもわかる。
人間というものは、役割を与えられるとそれになりきるという性質がある。
英雄として育てられた子供が、英雄になり得る可能性は十二分にあるのだ。
「俺に三度抗った者はそういないはずだ。魔法省の闇祓いか、騎士団の連中か。徹底的に調べ上げろ。孕んでいる魔女を洗い出すんだ」
ヴォルデモートはその後も詳細な指示を死喰い人たちに与えていく。
まあ、そのようなことに手を回す余裕があるというのはいいことだろう。
賢者の石から精製される命の水によってヴォルデモートの魂はかなり回復している。
年相応の老化は感じるが、容姿が大きく崩れるようなことも起きていない。
やはり、人間牧場を作って正解だったと言えるだろう。
「ホワイト、お前はいつも通りだ。怪我人の治療と例の薬の調合を急げ」
「順調よ。道筋は立ったから、あとは待つだけ」
私は椅子から立ち上がると、ヴォルデモートに軽く手を振って部屋を後にする。
クローンもそれに合わせて立ち上がったが、ヴォルデモートに呼び止められて部屋に残った。
私はそのまま隠れ家の中を進み、キャビネットの扉を開ける。
その時、不意に後ろから声を掛けられた。
「ホワイトの姉御さんじゃないですかい」
私はキャビネットの扉に手を掛けながら後ろを振り返る。
そこには人狼のリーダーを務めているフェンリール・グレイバックの姿があった。
「あら、グレイバックじゃない。ここにいるのは珍しいわね」
「魔石の容量が一杯になっちまったもんで」
グレイバックはそう言ってポケットから賢者の石をいくつか取り出す。
と言ってもグレイバックはこの石が賢者の石であることは知らないが。
「牧場の調子はどう? 生産効率は落ちてないかしら」
私はグレイバックから魔力の溜まった賢者の石を受け取ると、代わりの石を手渡す。
グレイバックは石を無造作にポケットの中に突っ込むと、得意顔で言った。
「生産効率自体には変化はないんですがね、人喰いの種族の中である程度知名度が出てきたといいますか、プレミアがついちまって。需要と供給のバランスが釣り合ってないってのが現状ですわ」
「プレミア? 養殖の人間が?」
「ええ、人狼や吸血鬼の間でえらい人気なんでさぁ。そこでもう少し牧場の規模を広げようと思ってましてね。その相談がしたかったんですが……お時間どうです?」
確かにグレイバックに管理させている人間牧場では賢者の石の魔力充填に必要な分の人間しか生産させていない。
私としてはこれ以上の規模はいらないのだが、増える分には何も問題はない。
私は少し考えるフリをしてからグレイバックに言った。
「私としては今の規模で十分なんだけど……そうねぇ。どれぐらいの規模が必要なの?」
「今の倍……いや三倍は管理出来ますぜ。それ以上になったら人を増やさないと厳しいですが」
「じゃあ三倍にしましょうか。そのうち空間の拡張と機材の搬入を行うから、従業員を少し増やしておきなさい」
「従業員を? 三倍までなら大丈夫だって──」
私は分かりやすくため息をついてみせる。
「一人当たりの仕事量が増えるってことでしょう? あんまりブラックな経営だと従業員に逃げられるわよ」
「これでも姉御の髪色と同じぐらいホワイトな職場環境を心掛けているんですがね」
グレイバックは参ったなと言わんばかりに後頭部を掻く。
まあ実際、グレイバックはよくやっている方だと言えるだろう。
人間牧場の管理から人肉の販路、経営まで器用にこなしている。
どうやらグレイバックには商売の才能があったようだ。
「まあ私としては引き続き魔石に魔力を充填出来ればなんでもいいわ」
「そいつに関してもおまかせくだせぇ。何に使うかは存じませんがね」
「私自身そんなに魔力量が多くないから。その補充のためよ。魔法使いの研究ってびっくりするほど魔力を消費するの」
グレイバックはわかったようなわかってないような仕草で曖昧に頷く。
牧場さえ拡張されればあとはなんでもいいといった様子だ。
まあ、それぐらいの方が御しやすくて都合がいいが。
グレイバックが信仰しているのは純血主義でも、ましてやヴォルデモートでもない。
グレイバックは自らの利益のためにしか行動していない。
きっとヴォルデモートが滅びるようなことがあれば真っ先に姿をくらますだろう。
「それじゃあ姉御。また近いうちに」
グレイバックは不器用に愛想笑いを浮かべると、のそのそと廊下を歩いていく。
私は新しい設備の設置に掛かる費用を計算しながら研究室へと戻った。
一九八○年、八月。
私が研究室で培養槽の中の赤子のバイタルを取っていると、いつものようにクローンがキャビネットを潜って私の研究室に入ってきた。
「お疲れ様です。赤子の調子はどうですか?」
「どうもこうも、至って健康よ。誰が管理していると思ってるのよ」
私は軽く拳を握ると、手の甲で培養槽のガラスをコツコツと叩く。
「血中にある時間操作の因子の割合もかなり高い。このまま成長すれば予定通り血液を採取できるでしょうね」
「……そうですか。それは何よりです」
クローンはローブを脱ぎ椅子に掛けると、代わりに白衣を身に纏う。
そしてクローン用に用意している机につき、データの整理を始めた。
「そういえば、予言の子供の候補が二人まで絞れたみたいです」
クローンは机の上に積まれた書類の整理を進めながら私に話を振ってくる。
予言の子供……そういえばそんな話を数か月前にヴォルデモートがしていたな。
「そう。よかったじゃない。それじゃあその二人の子供を親族諸共皆殺しにしてその話は終わりでしょう?」
「それが、そう簡単な話でもないみたいで」
簡単な話ではない?
「どういうこと?」
「予言を聞いたのはかのアルバス・ダンブルドアです。予言に当て嵌まっている家庭を巧妙に隠してしまったみたいで」
「まあ、簡単にはいかないでしょうね。で、その予言の子供っていうのはどこの家の子供なの?」
私は部屋の端で掃除をしているオリオンを呼びつけると、二人分の紅茶を淹れるように指示を出す。
オリオンは雑巾片手に流しの方へと歩いていった。
「ポッター家とロングボトム家です。どちらも不死鳥の騎士団のメンバーですよ」
「……そう。ポッター家とロングボトム家ね」
ロングボトム家は夫妻どちらも闇祓いというエリートの家庭だったはずだ。
その二人の間に生まれた子供なら、確かにヴォルデモートを打ち倒す可能性もあるかもしれない。
それに比べるとポッター家はそこまで強い印象は受けない。
ジェームズ・ポッターは確かに優秀な魔法使いではある。
だが、その妻のリリー・ポッターは平凡な魔女という印象だ。
「まあなんにしても、ダンブルドアが守護しているのだとしたら赤子を殺すのは一筋縄ではいかないでしょうね。魔法省にスパイを何人か潜り込ませているみたいだけど、騎士団内部に死喰い人を潜り込ませないと殺すのは難しいんじゃない?」
「あのお方も同じ考えのようです。というよりかは、騎士団員を篭絡させて情報を探る予定のようですが」
「騎士団員を篭絡ねぇ。簡単には行かないだろうけど、トム坊やの性には合ってるか」
ヴォルデモートの強みは強大な魔力と圧倒的なカリスマ、そして精度の高い開心術だ。
開心術で心を開き、相手の弱みに付け込んで自分の意のままに操る。
抵抗する気力すらなくすほど相手の心をグズグズに溶かし、屈服させるのがヴォルデモートのやり方だった。
「あ、でも手始めにスネイプ先輩をホグワーツへと送り込むみたいですよ」
「スネイプを?」
「はい。魔法薬学の教授としてホグワーツで働くことになったらしいです」
スネイプは学生の頃から闇の魔術に傾倒していた。
ダンブルドアとしてもスネイプが死喰い人であることは知っているだろう。
そんなスネイプをホグワーツへ招き入れるとは思えないのだが。
私の疑問を察したのか、クローンは少し首を傾げながら言う。
「あのお方の話ではスネイプは三重スパイとして働かせるということみたいです。ダンブルドア側へ寝返ったように見せてこちらに情報を流す……みたいな」
「それ、本当に裏切られてるんじゃないの?」
私は肩を竦めるが、クローンは首を傾げたままだった。
「さあ。ですが、その程度のことをあのお方が考えていないわけないと思うので、何か考えがあるんでしょうね」
まあ、ホグワーツの教授として働くということは、ホグワーツに住み込みになるということだ。
こちらからあまりスネイプに情報を与えなければさほど大きな問題にはならないだろう。
ヴォルデモートも同じ考えに違いない。
「まあなんでもいいけど……というか、スネイプが担当していた魔法薬製造の仕事は誰がするのよ」
「その話なんですが……私に一任したいとあのお方はおっしゃっていまして」
「まあ、そうなるわよね」
死喰い人に魔法薬のスペシャリストは少ない。
私を除けば、スネイプかクローンぐらいしか担当できる魔法使いがいないのが現状だ。
「それじゃあ、ここでの仕事を離れて隠れ家で薬の調合を担当することになったのね」
「えっと、そういうことになりますかね?」
「はっきりしないわね。私としては構わないわよ。元々私一人でも十分回る仕事だし、雑用はオリオンがやってくれるし」
私はいいタイミングで紅茶を持ってきたオリオンからティーカップを受け取る。
クローンはオリオンに小さく頭を下げると、同じようにティーカップを受け取った。
「そういうわけですので、ここへ来る頻度は低くなると思います」
「低く? 来なくなるの間違いでしょ?」
私の雑用という仕事がなくなるのでもうここへは用事はないはずだ。
私がそういうと、クローンは培養槽に一瞬視線を向けてから言った。
「そう、ですよね……ですが、いかんせん初めてのお仕事にはなりますので……相談に来てもよろしいですか?」
「そういうのは前任者に……って、連絡が取れなくなるんだったわね。ええ、それぐらいなら別にいいわよ。あなたは私の半身のようなものだし」
私がそう言うと、クローンは少し頬を赤くして頭を下げる。
「実際に仕事を引き継ぐのは九月の頭です。それまでは引き継ぎを行いつつこっちにも顔を出すと思います」
「別に今日からいなくなっても私としては構わないんだけどねぇ」
「そんな、寂しいこと言わないでくださいよ」
「クローンの貴方にそういう感情があることに驚きだわ」
まあなんにしても、九月からはまた私とオリオンの二人きりか。
それはそれで今まで通りに戻るだけなのでなんの問題もないだろう。
私はオリオンの淹れた紅茶を一口飲むと、培養槽の中の赤子を見る。
赤子は何を考えているのか、それとも何も考えていないのか。
ただぼんやりと培養液の中に浮かんでいた。
プチコラム
予言の子
ハリー・ポッターとネビル・ロングボトムの二人のこと。第三者から見れば、ネビルの方が本命に見える。
三重スパイスネイプ
リリーに恋をしていたスネイプは、ヴォルデモートがポッター家を標的に定めたことをキッカケにダンブルドアへと寝返った。ヴォルデモートはスネイプのことを三重スパイと思っているが、実際はそれすらも嘘であり、本質は四重スパイ。