月の薬師は魔法使いの夢を見るか? 作:十六夜××
ホワイト様から初めてその話を聞かされた時は、とんでもない話だと思った。
薬を完成させるために人工的に人間を一人育てるなんてスケールの大きな話だ。
それに、時間もそれ相応にかかる。
ホワイト様が不老不死の薬を作ろうとしていることは知っていた。
なんだか、大変そうな話だなぁと、自分自身の卵子を提供しておきながらどこか他人事のように感じていた。
だが、豆粒のような細胞が次第に人の形を成していき、私に対して微笑みかけた時、私は気が付いたのだ。
ああ、この子は私の子供なんだと。
培養槽の中ですくすくと育つ我が子を見ていると、複雑な感情がこみ上げてくる。
この子は、死んでなお研究室の外の景色を見ることが出来ない。
ただ時間操作の因子を増やすためだけの肉袋。
ホワイト様はこの子にそれ以上の価値を見出していない。
このままでは、この子は養豚場の豚よりも悲惨な人生を送ることになる。
この子には私しかいない。
私以外には助けられない。
私が何とかしなければ。
私が……。
一九八一年、十月三十一日。
私はヴォルデモートからの呼び出しを受けてノクターン横丁の隠れ家へとやってきていた。
部屋の中にはヴォルデモートと私の他に、小太りの青年が立っている。
私はそのどこかで見たことがあるような青年を横目にヴォルデモートに話しかけた。
「で、話って?」
ヴォルデモートはソファーに座りながら足を組み直す。
「ずっと捜索を続けていたポッター家の所在がついに判明した」
「なんだっけ……ああ、あの予言の赤子ね」
ここ一年以上、ヴォルデモートはスネイプが入手した予言の情報を元にその予言に当てはまる子供を探していた。
私は赤子の管理と怪我人の治療に専念していたため捜索に加わることはなかったが。
「というか、そんなことにかまけていていいの? 魔法省陥落まであと一押しってところまで来てるんでしょ?」
実際、それに比例するように研究室に運ばれる怪我人の数も増えてきている。
戦争もかなり激化しているのだろう。
「それを盤石にするために予言の子を探していたのだ」
ヴォルデモートは横に立つ小太りの青年の方を見る。
私が視線を向けると、青年はわかりやすく視線を逸らした。
「で、この男性は?」
「ピーター・ペティグリュー。不死鳥の騎士団のメンバーの一人であり、俺に忠実を誓った下僕だ」
「ペティグリュー? ……ああ、見覚えがあると思ったら」
ジェームズ・ポッターやシリウス・ブラックの腰巾着か。
まだホグワーツにいた頃、何度か目にしたことがある。
「まあ、このまま一生ポッターやブラックの腰巾着として生きていくよりかは、こっちについた方がいいわよねぇ」
私はヴォルデモートの向かいのソファーに座る。
「で、それだけ? それだけのことで私を呼びだしたの?」
「それだけとは随分な言い草だな」
「暇じゃないのよ。昼も夜もなく次々に怪我人が運ばれてくるし」
四肢断裂程度の軽傷ならばオリオンが対応するが、もうほぼ死にかけているような場合私が処置するしかない。
魔法省が死喰い人に対する死の呪いを解禁したと言っても、まだ抵抗感が強いのか物理的な魔法による怪我が多い。
結果として即死する死喰い人がかなり少ないため、戦闘による死喰い人の死亡率はかなり低いと言っていいだろう。
「というわけで私はこれで失礼させてもらうわ。貴方はこれからポッター家を襲撃に行くんでしょう?」
「ああ、そのつもりだ。不確定要素は早急に潰した方がいい」
「気を付けなさいよ? ダンブルドアほどではないにしろ、ジェームズもリリーも相当な手練れでしょう? 貴方の手当なんてしたくないわよ私」
「手を捻る赤子の人数が一人から三人に増えただけだ。俺が敗れる道理などない」
「あ、そう」
私は肩を竦めると、ソファーから立ち上がる。
そしてペティグリューを一瞥すると、ヴォルデモートのいる部屋を出る。
そのまま廊下を進み、姿をくらますキャビネットを潜って研究室へと戻った。
研究室に戻った私の目に最初に飛び込んできたのはオリオン・ブラックの死体だった。
私は杖を引き抜くと、オリオンの頭を何度かつま先で蹴る。
反応はない。
私は周囲を警戒しながらオリオンの死体を魔法で調べる。
外傷もない。どうやら死の呪いで殺されたようだ。
「ここの場所を知っているのは死喰い人だけ。そして死喰い人ならばここに金目のものがないことは知っているはずよね」
つまり強盗殺人ではない。
オリオンに私的な恨みがあるものの犯行か?
私は警戒を解くことなく研究室の中を確認していく。
室内に争った形跡はない。
机の上に置かれている物の配置もそのままだ。
「ここじゃないとしたら……まさか」
私は真っ直ぐ培養槽の置いてある部屋へと向かう。
通路を進み培養槽の置かれている部屋の扉を押し開けた瞬間、私は全てを理解した。
割られた培養槽、床に飛び散る培養液。
その中心で浮かんでいなければいけない赤子の姿がどこにもない。
「オリオンを殺した魔法使いは、赤子が目的だったのね」
赤子の存在を知っている人間は私とオリオンの他に一人しかいない。
クローンがオリオンを殺し、赤子を連れて逃亡したのだろう。
「私の研究成果を盗み出すなんていい度胸じゃない」
一体何が目的だろうか。
いや、目的なんて一つしかない。
時間操作能力だ。
「迂闊だったわ。あの肉人形にそこまでの欲があったなんて」
クローンがどこかへ姿を眩ませて子供を育成した場合、私が今から新しく赤子を育てたとしても一年以上出遅れることになる。
つまりはクローンの方が先に時間操作能力を手にするのだ。
そうなれば、オリジナルの私を殺すことなど容易だろう。
「面倒くさいけど、探すしかないわよねぇ」
盗まれたのが賢者の石程度なら放っておいてもよかった。
ホグワーツを卒業した今、クローンに利用価値などない。
いてもいなくても特に研究に支障のない存在だ。
そもそもクローンが死喰い人としてヴォルデモートの仲間になり、私の研究に合流すること自体が予想外の事態なのだ。
「私としては、魔法省にでも就職して欲しかったんだけど……」
ホグワーツで仲良くなった同級生と恋に落ちて、結婚して、子供が産まれて。
そんな普通の人生を歩んで欲しかったのだが……。
「まあ、いくら考えても事態は解決しないし。探しに行くか」
私は杖を一振りし培養槽を元通りに修復する。
そして床に零れた培養液を綺麗に消滅させると、一度キャビネットの置かれている研究室へと戻った。
「あ、そうだ」
床に転がっているオリオンの死体、これの処理も必要だろう。
適当に焼却してしまってもいいが、そうなると行方不明扱いになってしまう。
それよりかはノクターン横丁の路地裏にでも放置したほうが都合がいい。
死体を発見したものが表の人間でも裏の人間でも最終的にはヴァルブルガの耳まで届くはずだ。
私はオリオンに杖を向け、魔法で小さくする。
そして小さくした死体を拾い上げると、ビニール袋の中に入れて輪ゴムで口を結んだ。
「ん? どこかにいくのか?」
私がキャビネットを潜って隠れ家へと移動すると、隠れ家にいたクラウチが声を掛けてくる。
私が研究室を留守にした時間は十分程度だ。
クローンはその間にオリオンを殺し、赤子を盗み出したことになる。
私は隠れ家の廊下で足を止めると、クラウチの方に振り向いた。
「セレネを見なかった?」
「セレネ? 研究室にいないのか? ついさっきキャビネットを潜っていったのを見たが」
「そう」
キャビネットを潜って、その後出てきていないということは研究室内で姿くらまししたということだろうか。
だとしたら研究室に残る魔法の残滓を追跡したほうがいいだろう。
「見かけたら教えなさい」
私はクラウチにそう命令し、一度隠れ家から出る。
ノクターン横丁の中を少し歩き、特に人通りの少ない路地裏にオリオンの死体を投げ捨て、元の大きさに戻した。
「ブラック家ももう終わりね。シリウス・ブラックが正当に家を継ぐとは思えないし。クローンを殺したらセレネ・ブラックに復帰しようかしら」
ブラック家の遺産には興味がない。
だが実の父親であるオリオン・ブラックの不倫相手として認知されているのは少々気分が悪い。
「肉体年齢的には成人したばっかりなのに、失礼な話よね」
私はゴミのように地面に転がるオリオンを見下ろすと、隠れ家へと戻る。
そしてキャビネットを潜って研究室へ移動した。
研究室に降り立った私は、先程までオリオンが倒れていた位置を中心に、入念に魔法の残滓を探る。
取り敢えず強く反応が残っているのは死の呪いだ。
それ以外には私が普段多用している浮遊魔法や消失魔法、そして治癒魔法の痕跡が見つかる。
だが、姿くらましの痕跡はまったくといっていいほど見つからなかった。
「この部屋じゃない」
私は魔法の残滓を探りながら場所を培養槽のある部屋へと移動していく。
道中に魔法の痕跡はない。
そして培養槽のある部屋までやってきたが、そこに残っているのは先程私が使用した修復魔法と消失魔法だけだった。
つまり、クローンは研究室で姿くらましを行っていない。
クラウチが嘘をついているのか?
その可能性も考えたが、私は一つ大きな見落としに気が付く。
私は急ぎ足でキャビネットのある部屋まで戻ると、研究室の入り口の扉のドアノブを捻る。
すると、普段鍵を掛けているはずの扉のドアノブは何の抵抗もなく回った。
施錠されていない。それが意味することは一つだ。
クローンは姿くらましではなく、歩いてこの研究室を後にしたのだろう。
「私もすっかり魔法使いか」
月の都にいた頃なら、真っ先に扉の指紋を調べただろう。
その発想に思い至らないあたり、私の思考回路は魔法使い寄りになっているようだ。
私は椅子に掛けてある白衣を羽織り、数年は開けていない扉を押し開け、研究所の廊下へと進む。
ここの製薬会社の社長には服従の呪文を掛けてある。
所長の権力を使い、研究所入り口の監視カメラのテープを入手しよう。
クローンは魔力を辿られないように、極力魔法を使わないように移動しているはずだ。
だとしたら、研究所の入り口の監視カメラに映っているはずである。
私はエレベーターに乗り込み、最上階のボタンを押す。
エレベーターは扉が閉まると同時に小さな機械音を立てながら上昇を始めた。
「魔法省のエレベーターと比べるとマグルのエレベーターは静かよね」
月の都にあるエレベーターはそもそも音を立てないが。
いや、そもそも玉兎含め大体の者が空を飛ぶことが出来るため人員用のエレベーターは設置されていない。
そんなことを考えているうちに、軽やかなベルの音と共にエレベーターの扉が開いた。
「さて、社長さんに会うのも久しぶりね」
私は特に何も考えずエレベーターの外に足を踏み出す。
その瞬間、私の足が何かに引っかかった。
「ん?」
私は違和感の正体を探るために足元に視線を向ける。
そこにはワイヤーが結ばれている金属ピンと、ダイナマイトがいくつも巻きつけられた手榴弾が転がっていた。
「あ」
私は姿くらましをするためにその場で回転を始める。
だが、改造されていたのか、手榴弾が爆発する方が早かった。
爆音と共に爆風と金属片が私の全身を襲う。
私はそのままエレベーター内に押し込まれるように吹き飛ばされると、そのまま壁に叩きつけられた。
プチコラム
手榴弾
安全ピンを抜き、安全レバーを放した数秒後に爆発する手投げ爆弾。レバーを放した瞬間爆発するように改造することもできる。