月の薬師は魔法使いの夢を見るか?   作:十六夜××

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第二十八話 死の呪い

「……っ、追って、きてない?」

 

 すぐにでもホワイト様が追ってくるものだと思ったが、今のところその気配はない。

 山のように仕掛けた罠の一つに運よく掛ったのか?

 いや、オリジナルがそんなにマヌケだとは思えない。

 すぐにでも追いつかれると思った方がいいだろう。

 

「彼は……一体どこに?」

 

 私は夜のゴドリック村を走る。

 この村のどこかに予言の子が匿われている家があるはずだ。

 あの人は……あの子の父親は予言の子を殺しにこの村を訪れているはずだ。

 

「あの人なら……あの人ならこの子を救える。あの人がこの子を認知してくれれば……ホワイト様もこの子に手出しは出来ない」

 

 あの人はどこに……どこにいるの!?

 ロンドンの路地裏に置いてきた子供のこともあり、あまり時間をかけることは出来ない。

 息を切らし、村の中を走り回る。

 そして、私は見つけた。

 何もない空き地の上空に浮かび上がる闇の印を。

 あの人が襲撃を行う際に打ち上げる闇の印を。

 

 

 

 

 

 周期的な電子音が聞こえる。

 周囲の人間の、唸るような声が騒がしい。

 私は手足を動かそうと試みるが、手足どころか全身の感覚がなかった。

 ああ、なるほど。全身麻酔が掛けられている。

 私はぼんやりとした視界とくぐもる音のみで周囲の状況を観察する。

 周囲の医師たちの手つきや表情を見るに、どうやら私は傷の手当てを受けているようだ。

 運がいい。私は実に運がいい。

 あの建物が現役で人が働いている製薬会社で良かった。

 きっと建物内に応急処置が出来る医療従事者がいたのだろう。

 救急隊を待っていたらきっと私の命は助かっていなかったはずだ。

 私は天井からぶら下がる照明をじっと見つめる。

 照明にはうっすらと、ベッドに横たわる私が映っている。

 それを見る限りでは、私は腹部に深い傷を負っているようだ。

 

『出血が酷い……』

 

 私の横で治療を進める医師が呟く。

 彼らに治療を任せてもいいが、現在時刻が分からない今、ここでのんびりしているわけにもいかないのだ。

 照明に反射する自分の体を見ながら、私は体内の魔力を操作して傷を塞いでいく。

 

『……ッ!? なんだ!?』

 

 医師の驚く声が聞こえる。

 それはそうだろう。

 目の前で、患者の体が勝手に修復されていくのだ。

 私は大きな血管を繋ぎ直すと、体内に残ってる手榴弾の破片を魔法で消失させる。

 そしてきっと目の前の医師が開腹したのであろう腹部をぴったりと閉じ、回復魔法を使って全身麻酔を解除した。

 

「う、いたたたたた」

 

 麻酔によって麻痺させられていた痛覚が戻り、私はついそんな弱々しい声を上げてしまう。

 

「先生! 患者が……!」

 

 手術の助手を務めていた看護師が悲鳴に近い叫び声を挙げる。

 私はお腹を押さえながら起き上がると、指先を杖に見立てて医師と看護師に錯乱呪文を掛けた。

 杖を使った魔法を比べると効果は落ちるが、マグルを少し錯乱させるだけなら問題ない。

 錯乱呪文を掛けられた医師と看護師はとろんとした表情になると、手術室に置かれている椅子に腰かける。

 私は自らの体内に治癒魔法を重ね掛けし、服を取りに一度研究室へと姿現しした。

 

「今何時かしら。まんまとクローンの罠に引っかかったわ」

 

 私は研究室に設けている仮眠室のクローゼットから私服を取り出すと、手術着から着替える。

 そして予備の白いローブを身に纏い、杖を探しに製薬会社の最上階へと姿現しした。

 マグルにとって杖は棒切れだ。

 爆発の衝撃で部屋の隅に吹っ飛ばされたら、拾われている可能性は低い。

 私は爆発の跡が残る室内を軽く歩き回り、黒く細い私の杖を見つけ出す。

 爆発の影響で折れていないかが心配だったが、どうやら杞憂だったらしい。

 私は少し埃の被った杖を服の袖で綺麗にすると、クローンの逃亡先について考える。

 私のクローンということもあり、クローンは馬鹿ではない。

 何の考えも無しに私と鬼ごっこを始めようとは思わないだろう。

 

「何か逃亡先に当てがあるのか。あるいは頼れる相手がいるのか……」

 

 誰か人に頼るとしたら、中途半端な相手ではないだろう。

 クローンは、私が何者かを知っている。

 私に対抗できる魔法使いで、クローンとある程度の親交がある人物……。

 

「……いるわね。一人」

 

 トム・マールヴォロ・リドル。

 ヴォルデモート卿ならその条件に当てはまる。

 

「もしクローンが赤子を連れてヴォルデモートに会いに行ったら……少々面倒くさいことになるわね」

 

 私は壁に掛けられている時計を見上げる。

 私が気を失ってから三時間は経過している。

 クローンはもう既にヴォルデモートと接触しているはずだ。

 

「もしヴォルデモートが自分の赤子を認知していたら、それはそれで厄介ね」

 

 だが、そうなっていたとしても方法はある。

 私は全身に目くらまし呪文や探知魔法を無効化する魔法を掛けると、ノクターン横丁にある死喰い人のアジトへと姿現しした。

 

 

 

 

 アジトのすぐそばに姿現しした私は、建物の中を探知魔法で探る。

 きっとヴォルデモートは予言の子を始末し、とっくにアジトへと帰ってきているはずだ。

 もしヴォルデモートの魔力の近くにクローンの魔力があれば、既にヴォルデモートはクローンから赤子の話を聞いている可能性がある。

 その場合は機会を伺うために一度アジトを離れたほうがいいだろう。

 

「……いないわね。どちらも」

 

 だが、私の予想に反してアジト内にはヴォルデモートの魔力もクローンの魔力も存在しなかった。

 私は目くらましの魔法を解くと、アジト内へと足を踏み入れる。

 

「誰だ! ……って、ホワイトか」

 

 見張りのために玄関ホールに立っていたバーティが咄嗟に杖を構え、そしてすぐに警戒を解く。

 

「研究室にいないと思ったら外に出ていたのか」

 

「あの人は?」

 

「何も知らないのか?」

 

 クラウチは信じられないような顔をすると、何かを振り払うように首を振る。

 

「何も知らないのかって……何かあったの?」

 

「我が君がお戻りにならない」

 

「まだ予言にあった子供を殺しに行ってるんじゃないの?」

 

「それにしては遅すぎる。ゴドリックの谷に闇の印が上がっていることは他の死喰い人が確認済みだ」

 

 つまり、襲撃自体は既に行われている。

 なのにまだヴォルデモートがアジトに戻っていないとなると……。

 

「既に接触している可能性が高いわね」

 

「何がだ?」

 

「こっちの話よ。なんにしても、少し心当たりをあたってみるわ」

 

 私はバーティに軽く手を振ると、アジトから出る。

 こうなったら、手当たり次第にクローンを探すしかない。

 

 

 

 

 まさか、まさかまさかまさか!

 あり得ない……あり得るはずがない!

 だけど、闇の印の真下に急に出現した瓦礫の山。

 そこから聞こえる赤子の泣き声は、あの人の敗北を意味していた。

 

 

 

 

 あの後すぐに数年前にロンドンで服従させた闇祓いに連絡を取り、セレネ・ブラックが死喰い人であるという証拠を魔法省に提出させた。

 それと同時にオリオン・ブラックの死体もその服従させている闇祓いに発見させ、犯人がセレネ・ブラックであると報告させている。

 これにより闇祓い局では急遽セレネ・ブラックを捕えるための緊急チームが発足。

 死喰い人という組織は基本的には秘密結社だ。

 死喰い人が活動を行う際は黒いローブと仮面で姿を隠しており、魔法省としても死喰い人のメンバーを把握しきれていない。

 いや、むしろ主要な幹部に至っては名前さえわかっていないことも多いのだ。

 そんな中、ヴォルデモート卿にかなり近い位置にいる死喰い人の名前と身元が判明したとなったら、魔法省はその死喰い人を捕まえることを第一優先にする。

 死喰い人を一人生きて捕らえることが出来れば、芋蔓式に他の死喰い人の身元が判明する場合が多いからだ。

 服従させた闇祓いには、セレネ・ブラックはヴォルデモートのもとで違法な魔法薬の製造や、毒物の精製を行っていると報告させている。

 それに、ブラック家と言えば魔法界でも有数の名家だ。

 その本家の人間が死喰い人となれば、死喰い人内でもかなり上のポジションである可能性が高い。

 そういうこともあり、闇祓い局はセレネ・ブラックの捜索にかなり力が入っている。

 私が服従させた闇祓いを中心にして十名ほどがクローンの捜索に割り当てられた。

 と、ここまでは私の思惑通り。

 だが、クローンが赤子を連れて私の元から逃げた次の日の昼。

 私は服従させている闇祓いから少々信じられない話を聞かされた。

 

「その話、信憑性はあるの?」

 

「崩壊した家屋内でポッター家の子供が生き残っていたことは確かです」

 

 闇祓いは無表情で淡々と語る。

 

「ポッター家の上空には闇の印が掲げられていました。ジェームズ・ポッターとリリー・ポッターの死体も確認されています。例のあの人がポッター家に襲撃を仕掛けたことは間違いないでしょう」

 

「そして、崩壊した家屋には赤子だけが残された……」

 

 闇祓いは頷く。

 

「魔法省はポッター家の子供、ハリー・ポッターが例のあの人を討ち破ったものと見て調査を進めています」

 

「それはいささか軽率な気はするけどね」

 

「ですが、例のあの人が赤子一人殺せず逃げたのは確かです」

 

 私は腕を組み、路地裏の壁にもたれかかる。

 あのヴォルデモートが敗れた?

 しかも、一歳の赤子に?

 

「……まあ、そのことについてはこの際置いておきましょう。セレネ・ブラックの捜索に関して影響はありそう?」

 

「それに関してはあまり影響はありません。例のあの人の勢力が拡大したならまだしも、いなくなったことで死喰い人を一網打尽にしようという動きが出てきています」

 

「セレネ・ブラックを捕まえることが出来れば、他の死喰い人の正体も掴めるということよね」

 

「はい。その通りです」

 

 ヴォルデモートが赤子に敗れたという話は到底信じられないが、少なくともクローンの捜索には影響はなさそうだ。

 

「この件に託けてセレネ・ブラックの捜索を強化しなさい」

 

「はい。わかりました」

 

 闇祓いは無表情で頷くと、姿くらましでその場から消える。

 私は闇祓いから聞いた情報を頭の中で整理しながら路地裏を後にした。

 

 

 

 クローンが赤子を連れて逃げ出してから数日後。

 研究室の片付けや製薬会社が爆破された件のゴタゴタを処理していた私の元に服従させた闇祓いからフクロウにて連絡が入った。

 なんでも、セレネ・ブラックをロンドンの街で見つけ、現在追跡中らしい。

 私は椅子に掛けてある白いローブを羽織ると、姿現しで闇祓いとの打ち合わせ場所の路地裏へと移動する。

 闇祓いはフクロウを送ってすぐに路地裏で待機していたらしく、既にその場に立っていた。

 

「セレネ・ブラックを見つけたっていうのは本当?」

 

「はい。現在フランク・ロングボトムとアリス・ロングボトムの二名が追跡しております」

 

「ロングボトム夫妻が? 二人は確か休職中だったわよね?」

 

 ロングボトム夫妻の間に生まれた子供も予言の赤子に該当する。

 そのため表向きは体調不良という形で隠れていたはずだ。

 

「今日の昼過ぎに復職しました。そして、そのまま私の班に配属されたのです」

 

「……まあ、そのへんはどうでもいいか。で、セレネの現在地は?」

 

 闇祓いはロンドンの地図を取り出すと、小さなチェス駒を二つ地図の上に置く。

 するとチェス駒は地図上をひとりでに動き出した。

 

「駒の速度的に道の上を走ってると思われます。姿現しを使ってないのは少々不自然ですね」

 

 私は地図上を滑るように動くチェス駒を見る。

 なるほど、きっとクローンは今赤子を抱えている。

 姿現しは魔法の難易度もさることながら、体への負担も大きな魔法だ。

 赤子、それも培養槽から出たばかりの体では耐えることができないだろう。

 クローンもそれが分かっているから姿現しで逃げないのだ。

 

「できない事情があるんでしょうね。とにかく、私は先回りするわ。貴方は魔法省に戻って自分の仕事をしなさい」

 

「わかりました」

 

 闇祓いは姿くらましでその場からいなくなる。

 私は先程の地図を頼りに、先回りするようにノクターン横丁へと姿現しした。

 

 

 

 

 

 ノクターン横丁に姿現しした私は、杖を取り出して周囲の魔力の流れを探る。

 魔法の撃ち合いはしていないようだが、こちらへと進む大きな魔力の塊を三つ感じ取ることが出来た。

 

「あと十秒もしないうちにこの路地に突っ込んでくるわね」

 

 私は息を殺すと、建物の陰に移動する。

 すると、路地の奥の方からクローンが何かを抱えながらこちらへと走ってくるのが確認できた。

 その背後にはロングボトム夫妻だと思われる二人組の姿もある。

 

「ちょうどいいわね」

 

 私はクローンが私の横を通り過ぎた瞬間に死の呪いをクローンに向かって放つ。

 私の杖から放たれた緑色の閃光は、クローンの無防備な背中に直撃した。




プチコラム

姿現しによる負荷
 原作でも描写があった通り、慣れないものが付き添い姿現しを行うとかなりの負荷が掛かる。
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