月の薬師は魔法使いの夢を見るか?   作:十六夜××

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第二十九話 名もなき赤子

 私の放った死の呪文が、全速力で闇祓いから逃げるクローンの背中に当たる。

 その衝撃でクローンは大きくバランスを崩すと、そのまま力なく地面へと倒れ伏した。

 そして、それと同時に赤子の泣き声が周囲に響く。

 どうやら私の予想通り、赤子を抱えていたようだ。

 

「まったく。予想以上に手間を掛けさせられたわ」

 

 まさかクローンがここまで自分の赤子に執着するとは思ってもみなかった。

 こんなことなら自分の卵子で赤子を作るべきだったか。

 私は地面にうつ伏せに倒れているクローンを足で蹴とばしてひっくり返すと、腕に抱えている赤子を拾い上げる。

 そのままの勢いで地面に倒れたせいか、赤子には複数個所の骨折と擦り傷が確認できた。

 

「あらあらまあまあ」

 

 私はクローンの死体の横にしゃがみ込み、赤子の治療を始める。

 この赤子にここで死なれては困るのだ。

 ヴォルデモートが健在ならばいくらでも代わりを作ることが出来るが、ヴォルデモート亡き今そういうわけにもいかない。

 替えは利かないのだ。

 

「待て! 何者だ?」

 

 だが、私が赤子の治療を始めようと杖を取り出したその瞬間、後ろからクローンを追いかけていた闇祓い二人が追いついてくる。

 私は赤子の治療に取り掛かりながら、現れた闇祓い二人……フランク・ロングボトムとアリス・ロングボトムに言った。

 

「さて、私は一体何者でしょうか? この顔に見覚えは?」

 

 骨を繋ぎ、皮膚を再生させ、すっかり怪我が治った赤子を抱きかかえながらフランクとアリスの両名に向かい合う。

 フランクとアリスは油断なく杖を構えながら、じりじりと私との距離を詰め始めた。

 

「見覚えもなにも……セレネ・ブラックだな?」

 

「待ってフランク。足元に誰か倒れてる」

 

 アリスは私の足元に倒れているクローンの姿に気が付くと、眉を顰めてじっとクローンと私を観察する。

 そして、何かに気が付いたのか、唖然とした表情になった。

 

「ねえ。地面に倒れている人……さっきまで私たちが追っていた──」

 

「正解」

 

 私は魔法でクローンの体を持ち上げ、私の横へと並ばせる。

 そして顔がよく見えるようにクローンの髪の毛をかき上げた。

 

「貴方たちが追っていたセレネ・ブラックは死んだわ。私が殺した」

 

「殺した? そもそも、お前は一体何者だ?」

 

「私? 私の名前はセレネ・ブラックよ。それがこの世界での正式な名前」

 

 私は魔法で持ち上げていたクローンの死体を二人の前に放り投げる。

 二人はその死体から少し距離を取ると、クローンと私の顔を見比べ、混乱したように顔を見合わせた。

 

「ねえ、フランク……全く状況が呑み込めないんだけど」

 

「奇遇だな。俺もだ。セレネ・ブラックは双子だったのか?」

 

 まあ、双子というのもある意味では間違いではない。

 クローンは私の遺伝子を完全に受け継いでいる。

 そういう意味では子供より双子の方が近い存在だろう。

 

「まあ似たようなものだと考えてもらえればいいわ。なんにしても、貴方たちが追っていたセレネ・ブラックは死んだ。きっとショック死ね。それか急激な運動による心臓発作かも? よかったわね。逮捕する手間が省けたわよ?」

 

「何を言っている……さっき私が殺したって……」

 

「それじゃあ、私の顔を見てびっくりして死んだのかもね」

 

 私は腕の中で泣き続ける赤子を魔法で眠らせる。

 フランクは杖を固く握りしめながら私を睨みつける。

 対照的にアリスは地面に転がるクローンをじっと見つけていた。

 

「一体何が目的だ? お前も死喰い人か? 双子なのだとしたら、お前もブラック家の人間だな?」

 

「死喰い人……なのかしらねぇ。その子と違って、闇の印は入れてないし、ヴォルデモートに忠誠を誓った覚えもない」

 

 私は赤子を抱えながらそっとローブの袖を捲り、手首の裏をフランクに見せる。

 そこには闇の印は無く、白く透き通る皮膚があるだけだ。

 フランクは私の手首に目を凝らす。

 

「確かに闇の印は無いようだな」

 

「ふふ、あはははは。ごめんなさい。少しからかい過ぎたわね」

 

 私はにこやかに笑うと杖を仕舞い、二人の方へと近づく。

 二人は急に態度を変えた私に目を白黒させた。

 

「ごめんなさい。実は私も捜査の関係者よ。貴方たちのチームリーダー……ガウェイン・ロバーズと共同でセレネ・ブラックを追っていたの」

 

「ロバーズ隊長と?」

 

 私は服従させている闇祓いの名前を出して嘘の身の上話を語り始める。

 

「初めまして。フランス魔法省の闇祓い、ルナ・ブラックよ。父親が死んだという知らせを受けて帰郷してたんだけど、まさかこんな事件に巻き込まれるなんて」

 

「フランス魔法省の? そんな話は聞いていないが……」

 

「聞いていないもなにも、貴方たち復職したの今日じゃない。そりゃ何の説明も受けていないでしょうよ。まあでもこの通り、貴方たちが追っていたセレネ・ブラックは死んだわけだし、私もこうやって赤子を取り返すことが出来た。一件落着ね」

 

 私は赤子の背中を軽く撫でる。

 

「その赤子は?」

 

「私の娘よ? お母様に預かってもらっていたんだけど、この駄妹が人質代わりに連れ去ってしまったの。少し見ない間に闇の魔法使いになっているなんて……シリウスお兄様とも連絡がつかないし」

 

「シリウス? シリウスなら──」

 

 アリスが口を開きかけた瞬間、フランクがそれを制止する。

 そして、杖をゆっくりと下ろしながら言った。

 

「その話が本当だとして……何故殺した? 実の姉妹なんだろう?」

 

「実の妹だからこそよ。幸い、イギリスでは死喰い人に対しては許されざる呪文の使用が許可されているんでしょう?」

 

 私は地面に転がるクローンの死体に視線を向ける。

 そして、吐き捨てるように言った。

 

「こんな別れになるなんて……」

 

 フランクとアリスはどうすればよいかわからないといった様子で杖を下げる。

 

「とにかく、ロバーズ隊長に確認を取ろう。セレネ・ブラックが死んだという話も報告しないと」

 

「それなら既にロバーズには守護霊を飛ばしてるわ。すぐにでもこの場に駆け付けると思う」

 

 まあ、私は守護霊の呪文を使えないが。

 なんにしてもロバーズから直接話を聞かないことには二人は警戒を解くことはないだろう。

 だが、一瞬……ほんの一瞬油断させるだけでいい。

 一瞬の隙さえあれば……

 私は二人から見えないように赤子の皮膚をつねる。

 私の腕の中で眠っていた赤子は急に走った痛みに驚き大声で泣き始めた。

 

「あらあら、どうしたのかしら。お腹が空いたのかしらねー」

 

 私は自分で泣かせた赤子をあやし始める。

 

「あ、そうだ。確か鞄の中に作り置きのミルクが……ちょっと抱いててくれない?」

 

 私は半ば強引に赤子をアリスに押し付けると、ポケットの中に小さくして入れておいた鞄を取り出し中を漁り始める。

 アリスはいきなり赤子を押し付けられて少し呆然としていたが、すぐに我に返って赤子をあやし始めた。

 

「可愛い赤ちゃんですね。今おいくつで?」

 

 フランクも赤子をあやすのを手伝いながら、そんな質問を飛ばしてくる。

 

「一歳と少しよ」

 

「ならうちの子と同い年だ。学校はボーバトンに?」

 

「イギリスに帰郷しようかとも考えてるから、もしかしたらホグワーツかも」

 

「そうですか……この子、名前は?」

 

 アリスの質問に、私は少し黙り込む。

 そういえば、赤子に名前を付けていなかった。

 それはそのはずだ。

 この赤子は大人になるまで培養槽の中で成長する予定だったのだから。

 

「名前は──」

 

 私は鞄の中に隠していた予備の杖を掴むと、鞄越しに失神呪文を放つ。

 失神呪文の赤色の閃光は革の鞄に容易に穴を開けると、フランクの頭部へ直撃した。

 

「フランク!?」

 

 アリスは赤子に集中していたため、状況を把握するまでに一瞬の隙が生じる。

 私はその隙を逃さず、アリスにも失神呪文を放つ。

 赤子を抱いていたアリスはろくに回避行動も取れずに失神呪文を喰らい、そのまま膝から地面に崩れ落ちた。

 

「はいお疲れ様。貴方意外と役に立つわね」

 

 私はアリスの腕から赤子を奪い取ると、再度魔法を掛けて眠らせる。

 そしてクローンの死体と共にフランク、アリスの二人を宙に浮かせ、そのまま路地裏へと運び込んだ。

 もともと人通りのない通りではあるが、今から行うことは人に見られてはまずい。

 私は失神しているフランクとアリスを地面に横たわらせると、順番に記憶の改変作業を始めた。

 

「そうね。私は死んでいた方が都合がいいし、この二人が殺したことにしましょうか」

 

 復帰明け早々に大手柄だ。

 私はフランクから杖を奪い取ると、クローンの死体に向かって死の呪文を放つ。

 これで直前呪文による調査が入っても大丈夫だろう。

 私はフランクに杖を返したあと、赤子を拾い上げる。

 そして記憶の改ざんが終わった二人を魔法で覚醒させ、すぐさま姿くらましでその場を後にした。

 

 

 

 

 この赤子は成長しきるまで培養槽で育成する予定だった。

 だが、一度肺呼吸を覚えてしまった今、培養槽に戻すことは出来ない。

 今培養槽に戻しても溺れてそのまま死に至るだけだろう。

 こうなってしまった以上、大人になるまで育てるしかない。

 そして、育てるといっても檻に入れて家畜のように育てるわけにもいかないのだ。

 培養槽の中で健康状態を徹底管理出来ていた時とは違い、そのような育て方をすればすぐに病気になるか、精神状態を崩して死んでしまう。

 少々面倒だが、普通の子供と同じように育てるのが一番健康にはよいだろう。

 大人になったら血液を全部自分に輸血するのだ。

 そう考えると下手な育て方はできない。

 クローンを殺し、赤子を取り戻してから丸一日が経過した十一月の五日。

 私は赤子を抱きながらロンドン駅近くの通りを歩いていた。

 赤子は私の腕の中でスヤスヤと眠っている。

 私によく似て落ち着きのある利発的な赤子だ。

 教育次第では相当優秀な魔法使いに育つだろう。

 

「でも、後継者は別に求めていないのよねぇ」

 

 月の都にいた頃は結婚も考えた。

 私の家は立場的にもあまり上ではないし、婚姻は血の繋がりを強くするという観点から見てもかなり重要だった。

 だが、今の私には何もない。

 今の生まれであるブラック家も、私の代で終わりだろう。

 先日新聞に実の兄であるシリウス・ブラックがヴォルデモートの手下としてアズカバンに投獄されたという記事が掲載された。

 もちろん、シリウスはヴォルデモートの手下ではない。

 記事を読む限り真の裏切り者であるピーター・ペティグリューが大勢のマグルと共にシリウスに殺されたらしい。

 その辺の行き違いがあり、シリウスが逮捕されたのだろう。

 

「っと、ここに来るのは久しぶりね」

 

 私は通りに面した、古びた建物の前で立ち止まる。

 錆びて外れかけれいる表札には『ウール孤児院』と書かれていた。

 数年前、クローンの材料を入手するために立ち寄った孤児院だ。

 私は孤児院の門を潜り、玄関の扉をノックする。

 しばらく待っていると初老の男性が玄関口に現れた。

 

「どなたですかな?」

 

 初老の男性は私の顔を見た後、そのまま視線を下げ赤子に目を向ける。

 そして何かを察したような顔をした。

 

「お話だけでも伺いましょうか」

 

 初老の男性は玄関の扉を開き、私を招き入れる。

 孤児院の中は碌な管理がされていないのか、あちこちに埃が積もり、ところどころ壁紙が剥がれていた。

 扉の陰からこちらの様子を伺っている子供たちも皆ボロボロの服を着ており、どこかやつれているように見える。

 どうやらここの環境はあまり良くはないようだ。

 初老の男性は廊下を進むと、応接室と書かれた表札が掛けてある部屋へと私を案内する。

 応接室はそこそこ使用感があり、机や来客用のソファーは最低限手入れがなされているようだった。

 

「今お茶の準備をしてきますので、少々お待ちください」

 

 初老の男性はそう言って応接室を出ていく。

 私は赤子をソファーの上に寝かせると、応接室をぐるりと見まわした。

 

「何もない。ほんとに最低限って感じね。まあ、最低限の備品もかなりボロボロだけど」

 

 かなり資金繰りに苦労しているように見える。

 しばらく待っていると、先程の初老の男性が紅茶の入ったティーポットとティーカップ二つをお盆に乗せ部屋へと戻ってきた。

 

「それで……まあ、大体事情は察するところではありますが」

 

 初老の男性は私の前に紅茶の入ったティーカップを差し出しながら口を開く。

 

「っと、その前に自己紹介をしなければなりませんな。私はジャック・テイラー。ここの院長をしております」

 

 初老の男性はそう自己紹介をする。

 どうやら、彼がここの責任者らしい。

 

「院長さんでしたか。私の名前はセレネ・ブラック──」

 

 私は院長に対し隠すことなく本名を名乗る。

 

「魔法使いです」

 

 そして、自分が魔法使いであることを院長に告げた。




プチコラム

ガウェイン・ロバーズ
 セレネが服従の呪文で支配している闇祓い。将来闇祓い局長まで出世する。

シリウス・ブラック
 原作通りペティグリューに一杯食わされ、アズカバンに投獄される。セレネとしては冤罪であると分かっているため、一週間ぐらいで疑いも晴れ釈放されるものだろうと踏んでいた。

ウール孤児院
 セレネがクローンを作る際に材料となる子供を調達した孤児院。
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