月の薬師は魔法使いの夢を見るか?   作:十六夜××

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第三話 針と鍋

 変身術とは、その名の通り物体や生物を違うものへと変化させる術のことだ。

 物体を生物に、生物を物体に変化させることができるこの術は、呪文学などで習う魔法よりも高度なものとなる。

 まあ、そうでなければ呪文学とは別枠にはならないだろう。

 変身術も大きく見れば呪文学の一部と言える。

 だが、習得難易度が他の魔法と比べ著しく難しいため、別枠となっているのだろう。

 入学式の日に私たちをホグワーツへ招き入れた魔女、ミネルバ・マクゴナガルが黒板の前で厳格な表情で言う。

 

「そのようなこともあり、変身術はホグワーツで学ぶ魔法の中でも最も複雑で危険なものの一つです。この授業でふざけたものは即刻教室を出ていってもらいますし、二度と教室へは入れません」

 

 マクゴナガルは授業の注意点をいくつか説明し終えると、机に魔法をかけ小豚に変えてみせる。

 私は生徒たちの拍手を聞きながら、変身術によって小豚へと変化した机を注意深く観察した。

 豚のように鳴き、動いてはいるがアレからは魂を感じない。

 つまりあの豚の本質は机のままなのだ。

 生きているように振る舞っているだけの机。

 きっと殺して食べるようなことは出来ないだろう。

 マクゴナガルは豚を机に戻すと、生徒一人ひとりにマッチ棒を配り始める。

 全員にマッチ棒が行き渡ったところで、マクゴナガルが口を開いた。

 

「本日の課題はマッチ棒を縫針に変えることです。ただいまからやり方をお教えするので、よく聞いておくように」

 

 マクゴナガルは黒板にマッチ棒を縫針へと変化させる過程で注意するべき点を書きながら、実際に説明を始める。

 そして一通りの説明が終わったところで実習の時間になった。

 教室の生徒たちは一斉に杖を取り出し、マッチ棒に魔法をかけ始める。

 私はマッチ棒を手の中で転がすと、机の上に垂直に立てようと試み始めた。

 マッチ棒の持ち手の先端は真っ直ぐ切られているわけではないので普通に立てただけではすぐに倒れてしまう。

 私は息を止め、全神経を指先に集中させる。

 いや、息を止める程度ではダメだ。

 私は意識的に心臓を止め、更に神経を集中させる。

 心臓を止めていられる限界は十秒。それ以上止めると意識が飛んでしまう。

 勝負はこの十秒ッ──!!

 

「ミス・ブラック?」

 

 不意に声を掛けられ、そのショックで私の心臓が動き出す。

 私は大きく深呼吸をして脳内に酸素を送り込むと、可能な限り平静を装って振り向いた。

 

「なんでしょうマクゴナガル先生」

 

「なんでしょうではありません。杖も出さずに、何をそんなに集中していたのです?」

 

 私はマクゴナガルとマッチ棒を交互に見る。

 

「ああ、えっと。どのように変化させるか検討してました」

 

 そして咳払いを一つすると、ローブから黒く細い、真っ直ぐな杖を取り出した。

 黒壇、三十センチ。非常に硬く、しならない。

 芯材にはグリムの毛を使っているらしいが、それの真意は不明だと杖職人のオリバンダーが言っていた。

 なんでも、現職のオリバンダーが作った杖ではないらしい。

 先代が知り合いからグリムの毛だと言って渡された何の動物の毛かもわからない黒い毛で作った杖がこれなんだとか。

 もちろん、この杖を買う際両親は猛反対した。

 当たり前だ。そんな得体の知れない杖を子供に持たせたがる親などいない。

 だが、最終的にはこの杖を買うことになった。

 店中の杖を振った結果、私に合う杖がこれしかなかったのだ。

 私は机の上にマッチ棒を置くと、杖の先端で軽く小突く。

 するとマッチ棒はみるみるうちに湾曲し、鋭く尖り始める。

 そして最終的には私のイメージ通りの縫合針になった。

 マクゴナガルは私が変身させた縫合針を手に取り、観察し始める。

 そして感心したようにメガネの位置を直した。

 

「色も細さも、そして鋭さも完璧です。スリザリンに五点差し上げましょう。湾曲していなければ完璧だったのですが……」

 

「え、あ。そうか……」

 

 縫合針は魔法界では一般的ではないのだ。

 そもそも魔法使いは傷口を縫合しない。

 針と糸で傷口を縫い合わせるという行為は魔法使いの目には野蛮で原始的に映るらしい。

 私は縫合針を一度マッチ棒に戻すと、今度は裁縫用の針へと変身させ、マクゴナガルに手渡す。

 マクゴナガルは私が変身させた裁縫針を受け取ると、私に対して優しく微笑みかけた。

 

「追加でもう五点差し上げましょう。随分筋がいいですが、家で事前に予習を?」

 

「まあそんなところです」

 

「貴方もお兄様に似て優秀なようでなによりです」

 

 マクゴナガルは私に針を返すと他の生徒のところへと歩いていく。

 それにしても、兄に似て優秀……か。

 むしろこの程度が出来ないとあっては恥ずかしいレベルだと思うのだが。

 私は裁縫針をマッチ棒に戻すと、今度こそ机に垂直に立てるために集中し始めた。

 

 

 

 

 変身術の次の授業は魔法薬学だ。

 授業が行われる地下牢の教室内には既に色とりどりの煙が立ち込めており、独特の臭気が鼻を突く。

 私は教室の隅の方の席に腰掛けると、煙の発生源の方を見た。

 そこにはでっぷりとしたお腹にセイウチのような髭の初老の魔法使いが額に軽く汗を掻きながら大鍋をかき回している。

 どうやら授業で使う魔法薬を今まさに調合しているらしい。

 それにしても酷く原始的な製法だ。

 アレでは嫦娥様の贖罪のために薬を搗いている玉兎と大差ないだろう。

 

「っと、もうこんな時間か。スリザリンに、グリフィンドールの諸君らも集まっているかね」

 

 鍋をかき混ぜていた魔法使いは額の汗を拭うと、大鍋を火から下ろす。

 そして教卓の前へと移動し、名簿を取り出して出欠を取り始めた。

 にしても、そうか。魔法薬学はグリフィンドールと共同授業なのか。

 どおりで教室に人が多いはずだ。

 

「よし、全員いるようだな。さてさてさて……」

 

 魔法使いは値踏みするように生徒を見回し、咳払いを一つして話し始める。

 

「ようこそ、魔法薬学の教室へ。私はホラス・スラグホーンだ。少なくともNEWTまでの五年間、希望する者には更に二年間、君たちに魔法薬学を教えることになる。もっとも、ホグワーツで大きな人事異動がなければだがね。よろしく頼むよ」

 

 スラグホーンはセイウチ髭を指で弄りながら話を続ける。

 

「さて、魔法薬学という学問について、全く何も知らないという生徒が殆どだろう。マグルの世界で育った者はもちろんのこと、魔法界で育った者も、実際に魔法薬を調合したことがあるというものはかなりの少数派のはずだ。なに、難しく考える必要はない。なにせこの授業では杖を振って呪文を唱えるようなことはしないからな。リスト通りに材料を揃え、指定された通りに刻み、潰し、手順通りに鍋で煎じていく。お菓子作りのようなものだ」

 

 スラグホーンは手元の大鍋を杓子でぐるりとかき混ぜる。

 

「授業を始める前に、君たちが魔法薬についてどれほどの知識を持っているかを披露してもらおう。なんでもいい、知っている魔法薬はあるかな?」

 

 スラグホーンの問いに、教室の数人が手を挙げる。

 スラグホーンは手始めにグリフィンドールの女子生徒を指した。

 

「では、君」

 

 女子生徒は立ち上がると少し顔を赤くして答える。

 

「愛の妙薬」

 

 スラグホーンはそれを聞き小さく頷いた。

 

「素晴らしい。強力な魔法薬の一つだ。飲ませた相手の心を支配し、虜にする。だがまあ、本物の愛が生まれるわけではないがね。他には?」

 

 また数人が手を挙げ、スラグホーンは今度はスリザリンの男子生徒を指した。

 

「真実薬です」

 

「ほっほう。さては親に嘘をついたら真実薬を飲ませると脅されたクチだね? 魔法使いの家庭では常套句だ。真実薬とは、無味無臭の液体で、飲まされたものは自分の意思とは関係なく、どんな質問にも答えてしまう。強力な自白剤だ。それ故に使用に関しては魔法省で厳しく管理されており、また調合法も複雑で完成までに長い時間を要する」

 

 ああ、確かによく聞くフレーズだ。

 兄のシリウスと父のオリオンが喧嘩をしたとき、よく父が口にする。

 実際、真実薬は強力な自白剤だ。

 だが、解毒薬が作れないわけではない。

 それが薬である限り、必ず解毒薬を作ることができる。

 スラグホーンはそのあとも何人かの生徒を指しては、生徒が発言した魔法薬を解説していく。

 

「ふむ、そうだな……ミス・ブラック、どうかね?」

 

 そしてついには手を挙げてない私にも質問を飛ばしてきた。

 私は頬杖をついていた顔を持ち上げると、適当に言った。

 

「そうですね。不老不死の薬……なんてどうです?」

 

 私がそう答えると、スラグホーンは眉をピクリと動かす。

 

「不老不死の薬……近しいものならある。十四世紀に錬金術師のニコラス・フラメルが錬成に成功した賢者の石。この石を触媒にして生み出す命の水を飲み続ける限り、寿命で死ぬことはなくなる。事実、ニコラス・フラメル氏は今もご健在だ。去年のイースターに一緒にダイアゴン横丁へ遊びに行ったのだが……と、いかんいかん。脱線するところだった」

 

 スラグホーンは軽く頭を振る。

 

「今発表してもらった魔法薬は魔法薬の中でも有名なものだ。君たちが真面目に勉強し、七年生の時に行われるNEWT試験に合格するほどの実力を身に着けることができれば、今名前が挙がった魔法薬の殆どを煎じるだけの力が身についていることだろう。さて、今日に関してはおできを治す薬を煎じてもらう。魔法薬の中では初歩的なものだ。レシピは黒板に、材料はあそこの棚だ」

 

「先生、質問よろしいですか?」

 

 早速実習に取り掛かろうとするスラグホーンに、グリフィンドールの生徒が質問を飛ばす。

 

「先生が今混ぜている鍋の中身はどんな魔法薬なんですか?」

 

 スラグホーンは、まさにその質問を待っていたと言わんばかりに得意げな顔になった。

 

「ほっほう。これは頭冴え薬だ。一口飲めば、三時間は頭が冴えわたる。溜まった宿題を片付けるにはちょうどいい量だ。今から行う実習で、上手におできを治す薬を煎じることができた生徒にこの小瓶を贈呈しよう」

 

 スラグホーンは大鍋の中身を匙で掬い、小瓶の中に移す。

 そしてコルクでしっかりと栓をした。

 

「時間はたっぷりある。難しい課題でもない。多くの者が小瓶を手にできることを私は願っておるよ。それ、はじめ!」

 

 スラグホーンの掛け声とともに、生徒たちが材料棚に群がり始める。

 私は黒板に書いてあるレシピに目を通すと、頭の中でレシピの手直しを始めた。

 はっきり言ってこのレシピでは無駄がありすぎる。

 干イラクサはこんなに入れる必要はないし、ヘビの牙より毒虫の頭の方が効力が強くなる。

 それに手順も無駄に複雑だ。火加減を弱く、その分水の分量を少なくすればヤマアラシの針なんて入れなくとも魔法薬は完成する。

 私は殆どの生徒が自分の席に戻り干イラクサの計量を始めたタイミングを見計らって材料棚に近づく。

 そしてレシピとは大きく異なる分量の材料を手に取ると、自分の席で好き勝手に調合を始めた。

 干イラクサを水で戻している間に毒虫の頭をすり潰してそのエキスを鍋の中に入れる。

 そしてそのエキスが入った鍋で角ナメクジを茹で、その煮汁を匙で軽く混ぜる。

 最後に干イラクサを潰し、鍋の中へ入れた。

 その瞬間、泥のような見た目をしていた鍋の中身が途端に透き通り、淡い青色へと変化する。

 私はその液体を指で掬うと、隣にいるバーティのこめかみに塗り付けた。

 

「冷たっ……って、なにすんだよ」

 

「こめかみにニキビができてたから」

 

 バーティは薬を塗られたこめかみを手でペタペタと触る。

 そして感心したように頷いた。

 

「ほんとだ。治ってる。……にしても僕のと随分見た目が違うな」

 

 私はバーティの鍋の中を覗き込む。そこには黄土色の軟膏のようなものがへばりついていた。

 

「貴方失敗したんじゃないの?」

 

「そんなまさか。レシピ通りのはずだ。最近できたニキビで……って、それはもう治っちゃったんだ」

 

 バーティは自分の顔を探るように顔を触り始める。

 私は調合した魔法薬を小瓶に入れると、スラグホーンへ提出した。

 

「ん? 随分透き通っているな。ヤマアラシの針を入れ忘れたんじゃないか?」

 

「はい。ヤマアラシの針は入れていません」

 

 スラグホーンはやれやれといった表情で小瓶の中身を匙で掬い、魔法薬を試験する魔法具に塗りつける。

 そして試験結果を見て、何度か目をパチクリさせた。

 

「ん? ふむ……効果はある、のか? だがしかし見た目はあまりにも……」

 

 スラグホーンはその後も臭いを嗅いだり、実際に肌に塗り付けたりして効果を確かめた後、首を傾げながら私に頭冴え薬の小瓶を差し出した。

 

「よろしい。運を味方につけるのも、ある意味では才能であるからな」

 

 私は小瓶を片手に自分の席に戻る。

 そして手にした頭冴え薬の栓を開け、一気に飲み干した。

 

「あれ? 今飲んじゃうのか?」

 

 隣で小瓶におできを治す薬を詰めているバーティが意外そうな顔で言う。

 私は頭冴え薬を舌の上で転がすと、飲み込む前に軽く鼻から息を吐いて臭いを確認した。

 味覚と嗅覚から薬の成分を分析した私は静かに頭冴え薬を飲み込む。

 若干の頭の冴えを感じながら、私は口を開いた。

 

「少し効力が弱いみたい。イモリの脾臓の量を調整してあるわね。まあ聖マンゴで処方するような頭冴え薬をポンポン生徒に渡さないか」

 

「少し詳しすぎやしないか?」

 

「あら、私は薬の専門家よ?」

 

 私がそう言うとバーティは首を傾げる。

 なんにしても魔法薬学の時間は少々楽しめそうだ。

 私は既存のレシピのダメ出しと改良したレシピを書き込み、教科書を閉じた。




プチコラム

ミネルバ・マクゴナガル
 変身術の教授、副校長、グリフィンドールの寮監を兼任している魔女。猫の動物もどき。

医者と癒者
 マグルの世界で言うところの医者(ドクター)は、魔法界では癒者(ヒーラー)と呼ばれている。また、魔法で傷口を塞ぐことができる魔法使いから見れば、傷口を針と糸で縫ったり、治療のために体に穴を開ける外科手術は非常に原始的で野蛮に見える。

心臓を止めるセレネ
 何万年も生きていると内臓や心臓までも自らの意思で動かせるようになってくる。

先代オリバンダー
 今のオリバンダーほど経営状態は芳しくなく、杖の芯材を手に入れるのに苦労していた。故に様々な芯材の杖が作成されたが、それらの杖は現職のオリバンダーになってからは倉庫の奥の奥で眠っている。現職のオリバンダーは杖の芯材に不死鳥の尾羽、ユニコーンの毛、ドラゴンの心臓の琴線を使用しており、それ以外の芯材の杖は作っていない。

グリムの毛
 そもそも見たら死ぬのにどうやって毛を入手したの? バカなの? という代物。本物である可能性は限りなく低いが、杖としては機能している。

ホラス・スラグホーン
 魔法薬学の教授、スリザリンの寮監を兼任している魔法使い。かなり昔からホグワーツで勤務している。

賢者の石
 錬金術師であるニコラス・フラメルが14世紀に錬成に成功した石。賢者の石は卑金属を黄金に、水を不老の薬である命の水に変えることができる。また、賢者の石は魔力を溜め込む性質があり、魔力タンクとして雑に賢者の石を扱っている魔法使いがいるとかいないとか。

命の水
 飲めば不老不死になる薬。だが、持続性はなく、定期的に飲み続けなければならない。また、ある程度の怪我ならば治すことができるが、即死するような怪我(頭が取れる等)をすると普通に死ぬ。蓬莱の薬がもたらす完全な不老不死には程遠い。

作った薬を他人で試すセレネ
 月の民は地上の民を道具のように見ているため、他人が犠牲になることに抵抗がない。
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