月の薬師は魔法使いの夢を見るか?   作:十六夜××

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第三十話 歪んだ愛情

「魔法使い……ですか」

 

 院長は一瞬キョトンとした表情になると、何かを思い出すかのように目を細める。

 だが、すぐに咳ばらいを一つして表情を取り繕った。

 

「それで、その魔法使いのブラックさんがうちに何の御用で? まあ、察するところではありますが……」

 

 院長は私の腕の中で眠る赤子を見る。

 私は赤子の背中をポンポンと叩くと、院長に言った。

 

「はい。赤子を預かってもらいたいと思いまして」

 

「でしょうな」

 

 院長は赤子を見ながら大きなため息をつく。

 その表情から色々と読めることもある。

 どうやら、この孤児院はかなり余裕がないようだ。

 それこそ私が口にした『魔法使い』という単語すら意識できないほどに。

 

「どうにも経営はかなり苦しいようで」

 

 私は紅茶の入ったティーカップをスッと持ち上げるとゆっくりと机の上で傾ける。

 ティーカップ内の紅茶は重力に従って机の上へと落ちていった。

 

「な、なにを──ッ!?」

 

 だが、机の上に落ちた紅茶は見えない器に受け止められたかのように空中で丸く球状になる。

 私はその紅茶越しに院長を覗きながらニコリと笑った。

 

「私でよければお手伝いしますよ?」

 

「な……は、え?」

 

 院長はわけがわからないと言わんばかりの目をこちらに向ける。

 

「子供を預けに来たのではないのですか?」

 

「そうよぉ。でも、赤子だけをここに置いておく気はないのです。私も一緒に雇ってくださいな。見たところ、貴方以外に職員はいなさそうですし。人手が足りてないのでは?」

 

「そりゃ人手は足りていませんが……いや、無理だ。人を雇用できるような余裕はうちにはない……!」

 

「お給金は要りませんわ。むしろ、私ならこの孤児院の経営難をなんとかできる。何せ、魔法使いですもの」

 

 私は宙に浮かび続ける紅茶をティーカップで掬い取る。

 そして静かに紅茶を口に含んだ。

 院長は何度か目をぱちくりとさせると、何かを懐かしむように息をつく。

 そして私の抱えている赤子を見ながら言った。

 

「この子、名前は?」

 

「え? あ、うーん……」

 

 そういえば考えていなかった。

 私は赤子に視線を落とす。

 赤子は、泣くこともせずじっと私の顔を見上げていた。

 

「咲夜……そう、ね。この子は咲夜よ」

 

「サクヤ……ですか」

 

 特別な由来は無い。

 ただ、ふと思いついた名前がこれだった。

 院長は何かを考えるようにじっと目を瞑る。

 

「魔法使い。懐かしいですな」

 

「関わったことがおありで?」

 

「昔少しね。もう随分と昔の話になる。この孤児院にも一人いたんだよ」

 

 だとしたら話が早い。

 魔法使いに多少の理解があるのなら、こちらとしてもやりやすいというものだ。

 

「わかった。いいでしょう。どうやら特殊な事情がありそうだ」

 

「ありがとうございます。院長先生」

 

「でも少し腑に落ちないこともある」

 

 院長はやっと落ち着いてきたのか、ティーカップを手に取る。

 

「どうしてこんな寂れた孤児院なんかに? 貴方たちがここの世話になる理由は何もない。貴方がこの子を育てられないというならまだしも、そういうわけでもないようだ」

 

「どうして……ですか。まあ、理由はいくつかあるんですけどね」

 

 私はニコリと微笑む。

 

「孤児院なら、多少子供が増減しても誰も気にしませんから」

 

「……? それはどういう──」

 

 私は懐から杖を取り出すと、無言呪文で院長を硬直させる。

 そして頭蓋骨に穴を開け、杖を突き刺した。

 

「インペリオ。服従せよ」

 

 

 

 

 

 私が孤児院を隠れ家に選んだ理由はいくつかある。

 まず一つ。シングルマザーの家庭が一つ増えるよりも、孤児院に孤児と従業員が一人増えたほうが行政的には自然であること。

 マグルの世界に私の戸籍は無い。

 魔法界にいたっては私は死んだことになっている。

 勿論、魔法を使えば戸籍を偽装することなどは容易い。

 役所の職員を混乱させ、偽の戸籍を登録させればいい。

 だが、それで誤魔化せるのはマグルだけだ。

 腕のいい魔法使いが本腰を入れて捜査を始めればすぐにその違和感には気がつく。

 その点、孤児院の職員となれば、院長さえ服従させてしまえば住むところには困らない。

 家を借りる必要もないし、行政的な手続きは全て孤児院を通して行うことが出来る。

 それに捨て子ということにすれば咲夜の戸籍も違和感なく取得できる。

 自然であるというのは魔法的な誤魔化しが少ないという意味だ。

 そして第二に、役所の職員さえ誤魔化してしまえば孤児院にいる子供が多少増減しても違和感が少ない。

 今後の実験に子供が必要になれば孤児院の子供を利用すればいいし、足りなくなったら近くの家庭の大人を殺して補充すればいい。

 そういう意味で孤児院は隠れ家にするには非常に丁度いい環境なのだ。

 

「ああ、早く大きくならないかなぁ」

 

 私は新調したベビーベッドの上で眠る咲夜の頭を撫でる。

 この子が大きくなるまで……クローンの成長具合を見るに十七歳ぐらいだろうか。

 

「貴方の血を、そっくりそのまま私の血と入れ替える日が本当に楽しみね」

 

 それまでの間、この子は徹底的に管理しなければ。

 きっとそう遠くない未来、この子の能力が覚醒するはずだ。

 時間を操作する能力。

 そんなものを使われて襲われてはひとたまりもない。

 この子との関係は出来るだけ良好に。

 血を入れ替えるその時まで、気取られるわけにはいかない。

 

「うふふ、仲良くしましょうね」

 

 その時、咲夜が私の顔を見てキャッキャと笑う。

 目の前にいるのが実の母親を殺した相手だとも知らずに。

 

「まあ、そっくりだし見分けなんてつかないか」

 

 だが、この先この目立つ顔を晒して生きるわけにはいかない。

 私のこの白髪と整い過ぎている顔はマグルの世界ではいささか目立ちすぎる。

 私は長く伸びた白い髪を肩に触れる程度まで短くし、ブロンドに着色する。

 目の色は目立たない茶色がいいだろう。

 顔立ちも少し崩した方がいい。

 あとはレンズがまん丸の眼鏡でも掛ければ……

 

「うん。いい感じに地味になったわね」

 

 私は部屋にある姿見の前で変形させた顔に違和感がないかを確認する。

 この顔ならば私をよく知るものが見ても私だということは分からないだろう。

 

「……さて、お仕事しに行きますか」

 

 私は咲夜を抱きかかえると、自室を後にした。

 

 

 

 

 

 私と咲夜が孤児院に転がり込んでから二年の月日が経過した。

 体の成長具合で言えば三歳ぐらいだろうか。

 

「せちりあ! せちりあ! こっち、こっち!」

 

 今日も咲夜は狭い孤児院の中をあっちへこっちへと走り回っている。

 私は洗濯物の山を抱えながらその後を追った。

 せちりあ……私は現在セシリア・ウィルソンという偽名を使っている。

 流石にセレネ・ブラックという名前のまま生活するわけにもいかないからだ。

 

「はいはい。サクヤちゃんちょっと待って」

 

 私が洗濯物を広間の一角へと置いた瞬間、咲夜はその洗濯物の山にダイブする。

 そして洗濯物を散らかしながらケラケラと笑った。

 

「あははははは! せちりあ!」

 

「はいはい。もう、サクヤちゃんは元気ね」

 

 サクヤ・ホワイト、それが今のこの子の名前だ。

 父親の名字を取るならサクヤ・リドルだろうが、あの人は自分の名前を嫌っていた。

 私と同じブラック姓でもよかっただろう。

 だが、魔法界においてブラックという名前はそれ相応の意味を持つ。

 この子がこの先魔法界と関わることはないだろうが、おいそれとそんな名前を付けるべきではない。

 それに、白髪碧眼でブラック姓という特徴だけでセレネ・ブラックとこの子を結びつける者も出てくるはずだ。

 だからこそ、ホワイト姓。

 この子は私だ。

 かつてホワイトと呼ばれた私の血液を培養する器。

 

「ウィルソンさん、新しく納入する備品なんだが……」

 

 私が洗濯物を畳んでいると、院長であるジャック・テイラーがバインダーを片手に話しかけてくる。

 まあ、院長なんていうのは肩書だけだ。

 ここの孤児院の実質的な管理を行っているのは私だ。

 テイラーには服従の呪文を掛けている。

 普段は強く支配はしていないが、命令次第ではここにいる子供たちを皆殺しにさせることも可能だ。

 

「そうですね……洗濯用の洗剤の備蓄が少なくなってました」

 

「そうか。ではそれも追加するとしよう」

 

 テイラーはバインダーに挟んでいる紙に万年筆で書き込むと、院長室のある方へと戻っていく。

 私は洗濯したてのタオルで遊んでいる咲夜からタオルを引っぺがすと、手早く畳んで床に積み上げた。

 

「サクヤ~、セシリアさんの邪魔しちゃダメでしょ」

 

 既に中等教育に進んでいる子供がサクヤを抱え上げ、私にぺこりと頭を下げてから庭の方へと走り去っていく。

 私は近くにいる子供に畳んだ洗濯物の収納を任せ、夕食の準備をするためにキッチンへと向かった。

 

 

 

 

 孤児院に転がり込んでから四年が経過した一九八五年の九月。

 ついに咲夜がプライマリースクールに入学する時が来た。

 私は階段を上がり、咲夜が使っている部屋の扉を叩く。

 そしてそっと扉を押し開けた。

 

「ちゃんと準備してる? サクヤちゃん」

 

「あ、セシリア。うん、大丈夫」

 

 部屋の中では咲夜が同室の上級生と一緒に持ち物の点検を行っているところだった。

 私はベッドの上に広げられている荷物を見回すと、何度か頷く。

 

「準備万端ね。サクヤちゃん、学校は楽しみ?」

 

 私はしゃがみ込んで咲夜の顔を覗き込む。

 咲夜の瞳には若干の不安の色があったが、笑顔で頷いた。

 

「うん。たのしみ!」

 

「そう。それはよかったわ」

 

 私は咲夜の頭を優しく撫でる。

 そして、同室の上級生に向かって言った。

 

「サクヤのこと、よろしくね」

 

「大丈夫ですよ。サクヤちゃんは頭もいいし、運動神経だって抜群です。すぐにクラスのヒーローになれますよ」

 

「私は……別に……」

 

 咲夜はスッと視線を床に向ける。

 照れているのか、それとも他に不安なことがあるのか。

 まあ、生死に関わるほどの問題になる前に介入すればいいだろう。

 私は立ち上がると、咲夜に軽く手を振って部屋を後にする。

 

 まだ、咲夜の能力は覚醒していない。

 

 

 

 

 

 一九八六年。ついに咲夜の能力が覚醒した。

 いつもより態度がよそよそしいというか、何かを隠しているような雰囲気があったので開心術を掛けてみたが、ビンゴだった。

 また、意識を集中させてようやく時間を停止させることが出来る程度ではあるようだが、無事能力が発現できたようで何よりである。

 私の研究がまた一つ進んだ瞬間だ。

 

「実験は成功ね」

 

 研究室に設置してある顕微鏡で咲夜の血液を観察しながら私は呟く。

 私の血液に微量に存在している時間操作の因子を効率的に増やすためにあの子を作った。

 時間が止められるということは、今の咲夜の血中には時間操作の因子が九十パーセント以上は含まれているということだ。

 あとは、私と同じサイズにまで成長するのを待つだけである。

 

「咲夜が大人になるまで、あと十一年」

 

 長いようで短い十一年になるだろう。

 私は流しの方向に向かって杖を振る。

 すると流しに置いてあるティーセットが自動的に動き出し、紅茶の準備を始めた。

 

「……ふぅ。助手の一人でも作ろうかしら」

 

 現状、子供の世話と研究を一人でこなしている。

 メインの研究である蓬莱の薬の調合は咲夜の成長を待つだけの段階に来ているため多少暇ではあるが、日中は基本的に孤児院で子供の世話に追われているため研究が進められるのは夜の間だけだ。

 

「そういえば、グレイバックから設備のメンテナンス依頼も来てたんだっけ」

 

 私は机の上に置いてるメモ帳を手に取る。

 ヴォルデモートが滅んだあの後もグレイバックは人間牧場を経営し続けている。

 それに関してはこちらとしても大助かりだ。

 人間牧場は元々賢者の石に魔力を充填するために作った施設だ。

 あの牧場は今でもその役割を全うしている。

 

「と言っても設備の殆どをオートメーション化してるからメンテナンスもなにもないんだけどね。律儀にメンテナンス周期を守るところは馬鹿正直というか、ただの馬鹿というか」

 

 まあ、軽く点検するだけで莫大な金と魔力充填済みの賢者の石が手に入るのだ。

 ほぼ不労所得のようなものである。

 

「明日あたり時間を作りましょうかね」

 

 卓上にあるカレンダーにチェックを入れ、白衣を脱いで椅子に掛ける。

 今日のところはこの辺でいいだろう。

 私は自動的にこちらに飛んできたマグカップを空中で掴むと、部屋の隅にあるキャビネットの扉を開ける。

 そして、紅茶を溢さないように気をつけながらキャビネットの中を潜り、孤児院にある自分の部屋へと戻った。




プチコラム

ジャック・テイラー
古くからこの孤児院で働いている男性。トム・リドルが孤児院にいた頃から勤務を続けている。

プライマリー・スクール
日本でいうところの小学校。

同室の上級生
孤児院は狭く、基本的には複数人で一つの部屋を使用している。ホワイトの贔屓で咲夜の部屋は二人部屋。

時間操作の因子
血中の時間操作の因子量が一定以上に達すると時間を操る能力が発現する。

人間牧場
ヴォルデモートが滅びた後も変わらず稼働を続ける人間牧場。イギリス全土の食用人肉の需要を満たしている。経営はグレイバック。
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