月の薬師は魔法使いの夢を見るか? 作:十六夜××
「私も魔法使いなの」
私は懐から魔法の杖を覗かせながらサクヤに囁く。
サクヤはまったく予想していなかったと言わんばかりの表情を見せたあと、目を輝かせた。
「そ、そうなんだ。それじゃあセシリアさんも魔法が──」
「いいからついてきなさい。ここじゃまずいわ」
私はサクヤにウィンクを飛ばし、右手を握る。
そして先ほど上ってきた階段を下り、私の部屋へとサクヤを連れ込んだ。
「私、セシリアさんの部屋に入るの初めてかも」
サクヤは物珍しそうに部屋の中を見回しながら呟く。
私はサクヤが部屋を見回している隙に扉を施錠した。
「こっちよ」
部屋の隅に置かれているキャビネットの扉を開ける。
そしてサクヤの手を取り、キャビネットの中に潜り込んだ。
キャビネットを抜けた先は私の研究室になっている。
サクヤはキャビネットを抜けて研究室の床に降り立ち、不思議そうに首を捻った。
「あれ? これどうなってるの?」
私は物珍しそうに研究室の内部を見回しているサクヤに失神呪文を掛ける。
サクヤは頭に失神呪文を喰らい、そのまま前のめりに倒れた。
「まさかホグワーツがそこまで強引な手段を取ってくるなんて」
私は魔法でサクヤを浮かび上がらせ、隣の部屋に移動する。
そして部屋の中にある椅子にサクヤを座らせ、頭蓋骨に穴を開けてサクヤの脳を露出させた。
「まずは現状を把握しないと」
私は脳から直接サクヤの記憶を盗み見る。
どうやらサクヤはプライマリースクールの個人用のロッカーの中でこの手紙を見つけたらしい。
「しかも同級生に手紙のことを話してる……うわ、それにこの子、サクヤと一緒の学校に進学する子じゃない。仲がいいのは結構だけど、この子はもうダメね」
顔と名前はサクヤの記憶から確認した。
あとで交通事故に見せかけて殺しておこう。
「ここまで強引な手段を取ってくるということは、きっとこの件にはダンブルドアが関わっている。とすると、ホグワーツ行きを回避するのは難しそうね」
だとしたらどうするか。
私はサクヤの右脳と左脳の間に杖を差し込む。
そして魔法で記憶や価値観を少しずつ丁寧に改変していった。
この子は少し冒険心に溢れすぎている。
このままでは魔法界に行かずともどこかで命を落とす危険性がある。
危ないことに首を突っ込まないように、どこまでも平穏な日々を望むようにしよう。
それに、先ほどポロッと口にしてしまう程度には時間停止の能力のことを軽視しているらしい。
時間を操作する能力は、マグルの世界でも魔法界でも類を見ない能力だ。
この能力だけは周囲から秘密にしておかなければならない。
私はサクヤに能力が周囲にバレることへの強い忌避感を植え付ける。
なんなら、この子の血液を私の体内に入れるまでの間、時間操作能力を知る者がいないほうがいいぐらいだ。
万が一時間停止のことを知られたら、その相手を殺してでも情報の流出を食い止めてもらおう。
サクヤの能力を使えば死体の処理にも苦労しないだろう。
「あとは……そうね。もしもの時に備えて家族愛でも植え付けておきますか」
血の繋がった家族に無条件で心を許してしまうようにしておこう。
そうすれば、将来的に何かしらのミスでサクヤと敵対するようなことになっても、私が親であると発言するだけで心を許してくれるようになる。
大人になってから血液を抜き取るのにサクヤが油断していたほうがいくらかやりやすい。
「こんなところかしら。あとは……そうね。ホグワーツに入学するなら、マグルの知り合いはいないほうがいいわ」
たとえホグワーツに入学しても、クリスマスや夏休暇には孤児院に帰ってくることになる。
その時にマグルの学校に通っていた頃の友達と遊びに行くようなことになると面倒だ。
サクヤと仲の良かった同級生は殺してしまうとして、サクヤ自身にもプライマリースクールでの出来事は忘れてもらったほうがいいだろう。
一通りの改変を終えた私は、サクヤの頭蓋骨に開けた穴を完全に塞ぐ。
そして失神しているサクヤを抱きかかえると、キャビネットを潜って私の部屋へと移動する。
そしてそのままサクヤを抱えたまま、自分の部屋を後にした。
七月の終わり、不意に孤児院の扉がノックされた。
私が孤児院の扉を開けると、扉の前には見覚えのある女性が厳格な表情で佇んでいる。
ホグワーツの副校長であり、変身術の教授も務めているミネルバ・マクゴナガルだった。
「ストーンウォールの学生課のものです。入校に差し当たっての案内をするために訪問させていただきました」
「あら、それはそれはご丁寧にありがとうございます。ストーンウォールですと……サクヤちゃんですわね。立ち話もなんですからどうかお上がりください」
私は何も知らないふりをしてマクゴナガルを孤児院の中に招き入れる。
「申し遅れました。私はここの職員をしておりますセシリア・ウィルソンです」
孤児院の廊下を歩きながら私はマクゴナガルに挨拶をする。
「これはこれはご丁寧に、私の名前はミネルバ・マクゴナガルです。それで、ミス・ホワイトの私室は?」
「応接室へご案内する予定でしたが……サクヤの部屋で話されます?」
「込み入った話になりますので、それが良いでしょう」
この時点で怪しさ満点だ。
きっと最後に魔法で誤魔化して仕舞えばいいと考えているに違いない。
私は納得したフリをしながらマクゴナガルを二階に案内する。
そしてサクヤの部屋の扉を叩こうとしたその瞬間、扉の向こうからガラスの割れる音が聞こえてきた。
「──っ!?」
いきなりのことに、私は少し身をすくませる。
そして大慌てでサクヤの部屋の扉をノックした。
「サクヤ!? 凄い音がしたけど何かあったの!?」
「今開けます」
扉の向こうから聞こえるサクヤの声は落ち着き払っている。
そして、その言葉の通りすぐにサクヤの部屋の扉は開かれた。
部屋の中に踏み込んだ私は、すぐに何があったのか状況を理解した。
部屋の窓には大きな穴が空いており、床にはガラス片が散らばっている。
部屋の中にはフクロウが一羽、元気に暴れ回っており、サクヤの手には見覚えのある手紙が握られていた。
どうやら強引なフクロウが窓ガラスを突破してサクヤの部屋に侵入し、手紙を届けたようだ。
既に手紙の封が開けられているところを見るに、サクヤは時間を止めて手紙の内容を読んだのだろう。
状況を理解した私はサクヤに駆け寄り、怪我がないか確かめる。
サクヤはホグワーツからの手紙を後手に隠すと、表情を取り繕いながら言った。
「セシリア先生、私は大丈夫ですので……そちらの女性は?」
「え? ああ、こちらの女性は貴方に用事があるみたい。詳しい話は直接聞いて頂戴」
私は床に散らばるガラスを片付けようと部屋に足を踏み入れる。
その時、横にいたマクゴナガルが私の前進を阻んだ。
「ウィルソンさん、ここから先は私一人で大丈夫ですので、貴方は通常勤務に戻ってはいかがですか?」
マクゴナガルはそう言いながら私に錯乱呪文を掛けてくる。
まあ、きっともうサクヤのホグワーツ行きは避けられない。
だとしたらあとは教師と生徒で話をしてもらおう。
私は錯乱呪文に掛かったフリをして二階から一階へと下りる。
きっとマクゴナガルは院長であるテイラーへは話をつけにくるはずだ。
私は院長室へと向かい、ノックもなしに部屋へと入る。
そしてその先の机の上で事務仕事を進めているテイラーへと声を掛けた。
「私の部屋へ移動しなさい。許可を出すまで出てきてはダメよ」
「ああ、わかった」
テイラーは私の命令に従い、院長室から退室していく。
私はテイラーが私の部屋に入った頃合いを見計らって着ていた服を全て脱ぎ、テイラーの髪の毛を入れたポリジュース薬を飲み干す。
そして全身の変化を感じながら院長室のクローゼットの中にあるテイラーの服を身につけた。
私の予想通り十分もしないうちにバチンという破裂音が院長室の外に響く。
姿現しで降りてきたということは、マクゴナガルはカッコつけてサクヤの前から姿をくらませたに違いない。
私は気が付かないフリをして、先ほどまでテイラーが進めていた事務仕事に手をつける。
その瞬間、部屋の扉が数回ノックされた。
「どなたかね」
私は扉の向こう側へ呼びかける。
「ホグワーツ魔法魔術学校副校長のミネルバ・マクゴナガルです。ミス・ホワイトのホグワーツ入学に差し当たってのお話をしに参りました」
「ホワイト……サクヤの? ふむ……少々お待ちくだされ」
私は椅子から立ち上がり、部屋の扉を開ける。
そしてマクゴナガルを部屋に招き入れると、院長室にあるソファーへと座らせた。
「私はジャックテイラー、ここの院長をやらせていただいております。えっと、マクゴナガル先生でよろしいかな?」
「構いません、テイラー院長」
私はマクゴナガルの正面に座り、腕を組んで少し唸る。
そして、ハッと顔を上げた。
「ああ、思い出した。ホグワーツ。どこかで聞いた名だと思っていたところです。それにしても、サクヤが? あの子は、魔法使いなのですか?」
「これは驚きました。テイラー院長、貴方は魔法使いの存在をご存知なのですね」
マクゴナガルの厳格な表情が少し崩れ、意外そうな顔をする。
私は昔を懐かしんでいるかのような雰囲気を醸しつつ、目を細めて何度か頷いた。
「過去にもいたのです。ホグワーツに入学した子供が。でも、サクヤがそうだとは……何かの間違いではないのですか? 私は、あの子が魔法を使っているところを見たことがありませんし、あの子の周りで何かおかしなことが起きたこともありません」
「ですが、彼女の体内には間違いなく魔力が存在しています。それに、魔法省のデータベースにもしっかり登録されている。彼女が魔法学校に通うことはあの子に与えられた権利であり、義務なのです」
マクゴナガルは有無を言わせないと言わんばかりの態度だ。
「いや、間違いでなければそれでいいのですが……入学金や学用品に関しては──」
「ホグワーツでは入学金を徴収しておりません。また入学に際して必要な学用品の購入費用も寄付金で賄えます」
「それはそれは……詳しい話をお聞かせ願えますかな?」
私は無知なフリをしてマーリン基金の説明をマクゴナガルから受ける。
マーリン基金とは、主にマグル生まれや戦争で孤児になったものに対し給付という形で与えられる奨学金だ。
帳簿の管理が少し面倒くさいが、返済の必要がないのはかなり大きいメリットとも言える。
少し疑問点があるとすれば、マーリン基金への登録は簡単ではないことだ。
給付を受けるにあたって、奨学金を受け取る学生への面接や書類検査、そして現在の居住状況の調査などが入るはずである。
サクヤがそのような調査を受けたとは思えないし、マーリン基金の職員も孤児院を訪れていない。
つまりは、権力を持つ誰かがゴリ押しで申請を通したに違いない。
マクゴナガルではない。
彼女の立場ではそこまでの権力はないし、彼女の性格的に彼女自身がそれを許さないだろう。
だとしたら、やはりダンブルドアか。
ダンブルドアがサクヤを気にかける理由はなんだ?
この前サクヤの記憶を読んだ限りでは、サクヤとダンブルドアに接点はないはずである。
だが、何にしても……
「なるほど、お話はわかりました。こちらとしても是非お願いしたいところです」
「全て私たちにお任せください。奨学金の受け取りや学用品の買い出しは明日行います。早朝にまたここへ伺いますのでそのつもりでいらしてください」
「それはそれは……」
やはりマーリン基金の申請は既に通っている。
マクゴナガルは話は終わったと言わんばかりにソファーから立ち上がると、簡単な挨拶と共にその場から消えた。
「まずいわね。下手をすると、ダンブルドアはあの子の出生や能力のことを理解している可能性がある」
私の目的にまでは勘付かれてないはずだが、それに関しても確証はない。
しばらくはサクヤの記憶を通じてダンブルドアを探ったほうがいいだろう。
私はポリジュース薬の効果切れに合わせて服を着替え、自室へと戻る。
そして中で待機していたテイラーに仕事に戻るように言いつけると、そのまま部屋を施錠しサクヤのいる二階へと上がった。
「私が……魔法学校に?」
階段を上っていると、サクヤの絶望にも近い声が聞こえてくる。
私が施した価値観の改変は上手く働いているようで、サクヤは平穏とは程遠い環境にありそうな魔法学校への入学にかなりの拒否感を抱いているようだ。
私は何も知らないふりをしてサクヤの部屋の扉をノックする。
「サクヤちゃん? お客様は?」
「先ほど帰られましたよ」
扉の向こうから帰ってきた声に動揺の色は感じない。
「そう。まだいらっしゃるようなら紅茶でもと思ったのだけど」
私はサクヤの部屋に入ることなく、階段を下り始める。
その時、ガチャリと音がしてサクヤが扉の隙間から顔を出した。
「セシリアさんはホグワーツってご存知ですか?」
「ホグワーツ? いいえ、知らないわね。どこかの地名? それともお店の名前?」
「いえ……なんでもないです」
サクヤは引っ込め、静かに扉を閉める。
なんでもないとは言っていたが、表情はかなり不満げだ。
課題は多いが、これなら大きな問題なく平穏な学校生活を送ってくれそうである。
私は一人安堵の息を吐くと、孤児院の二階を後にした。
この作品をどこまで続けるか。それが今一番の悩みどころ