月の薬師は魔法使いの夢を見るか?   作:十六夜××

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第五話 満月の夜の邂逅

 十月の半ば。身の丈ほどの大きさのあるかぼちゃが実っている畑を横目に、私とバーティはホグワーツの校庭を歩いていた。

 

「こんなに沢山の大きなかぼちゃ、どうするのかしら。全部かぼちゃパイにするとか?」

 

「多分ハロウィン用だな。くり抜いて飾りにするんだよ」

 

 確かにハロウィンまであと一週間と少しだ。

 ブラック家ではハロウィンやクリスマスなどのイベントを楽しむという文化がなかったため、かぼちゃとハロウィンが結びつかなかった。

 それでいえば月にもハロウィンを祝う風習はない。

 十月といえば月にいる神たちもひと時出雲へと集まるので、少々静かになるぐらいだ。

 私たちはかぼちゃ畑を抜けると、禁じられた森のすぐそばにポツリと佇む小屋を目指す。

 

「おい、本当に行くのか? そもそも知り合いですらないんだろう?」

 

 情けないことをいうバーティを無視し、私は小屋の扉の前に立つ。

 扉の横には私がすっぽりと中に隠れられそうなほど大きなオーバーシューズが無造作に転がっていた。

 

「ハグリッドさん、いらっしゃいますか?」

 

 私は拳を握りしめ、小屋の扉を力一杯叩く。

 するとあまり時間を置かずに小屋の扉が開かれた。

 

「ん? 誰だ? 俺っちに用か?」

 

 中から出てきたのは巨人と人間を足して二で割ったような大男、ルビウス・ハグリッドだ。

 ハグリッドはキョロキョロと何度か周囲を見回し、ようやく足元にいる私たちに気がつく。

 

「ん? ホントに誰だ? みねぇ顔だな」

 

「新入生のセレネ・ブラックとバーテミウス・クラウチです。少し聞きたいことがあってハグリッドさんを訪ねました」

 

「ブラックとクラウチ? クラウチは……魔法省の部長さんの息子か。ブラックは……ナルシッサの妹か?」

 

「いえ、シリウスの妹です」

 

 ハグリッドはそれを聞き、目をパチクリとさせると、ニコッと笑う。

 

「あのクソ坊主にこんな可愛い妹がいたとはな。まあ二人とも入れ。茶ぐらい出すぞ」

 

 私たちはハグリッドに招かれるままに小屋の中に入ると、質素な丸テーブルへ案内される。

 ハグリッドは暖炉にヤカンをかけ、戸棚から紅茶の缶やティーセットを取り出し始めた。

 

「お前のお兄さんらを禁じられた森から追い出すのに相当苦労させられとる。確かに森は面白いもんに溢れちょるが、それ以上に危険だって何度も言っとるんだがなぁ」

 

「そういう人ですので」

 

 私とバーティは待ってる間小屋の中を観察する。

 ハグリッドは城には住まず基本的にこの小屋で生活していると聞いている。

 小屋の奥には大きなベッド、そしてベッドの周りにはハグリッドの生活用品で溢れていた。

 

「で、聞きたいことがあるっちゅう話だったが、何を聞きてえんだ? 言っとくが俺は森のこと以外はあんまり詳しくねえぞ」

 

 ハグリッドはマグカップに紅茶を注ぎ、私たちの前に差し出してくる。

 私はそのマグカップで手を温めながらハグリッドに聞いた。

 

「赤い目のバケモノの噂をご存知ですか?」

 

 私がそう切り出した瞬間、ハグリッドは眉を顰める。

 

「お前さんらもそれを調べとるのか?」

 

「どうも兄たちがこの件でご迷惑をお掛けしているようですね」

 

 ハグリッドはやれやれと言わんばかりに後頭部を掻くと、大きなため息をついた。

 

「まあ、勝手に森へ入らず、まず俺のところにきたことは褒めるべきところだな」

 

「まさかまさか。許可もなく森へなんて入りませんよ。私はただ赤い目の噂について話を聞ければ、それで満足して帰るのですから」

 

 ね、とバーティに目配せすると、バーティもコクコクと頷いた。

 

「……まあ、ええだろう。勝手にコソコソやられるよりかはな。赤い目のバケモノだがな、いることは確かだ」

 

 ハグリッドはそう断言する。

 

「その目で見たと?」

 

「ああそうだ。多分俺が一番だろうな。あれは確か今年の八月だ。新学期が始まる少し前、少しばかり霧が出た夜。空からキラキラしたもんが森に落ちたのを見たんだ」

 

「キラキラ? 隕石とか?」

 

「いんにゃ、そんな速度じゃなかった。もっとふわっとした何かだ。きっと不死鳥かなんかが森に不時着したんだと思ってよ。怪我してるといけねぇんで様子を見に行ったんだ。そんでもって落ちた辺りに行ってみたんだが……」

 

「そこで赤い目のバケモノを見たと」

 

 ハグリッドが頷く。

 

「ハグリッドさんは赤い目のバケモノの正体を見ましたか?」

 

「それが覚えてねぇんだ。何かこう、俺より一回りもデカいバケモノだったっちゅう記憶があるんだが、細部が全く思い出せん。それに、俺はその後小屋まで逃げたんだが、それも不可解だ。俺がそんな面白そうな生物を見て、観察するよりも先に逃げ出すとは到底思えん」

 

 ハグリッドは首を傾げながら紅茶を飲む。

 

「それから先も何度か森へその生物を探しに行っとるんだが、見つからなくてな。どうにも避けられとるようだ。これは俺の予想だが、その生物は人を惑わす能力を持ってる可能性が高いな。小さな体を大きく見せるような、強い恐怖心を相手に与えるような魔法を使うのかもしれん」

 

「なるほど……ではその後の目撃証言はハグリッドさんではなく生徒が目撃したということですね」

 

「三年生以上は森のそばで授業を行うこともあるからな。上級生になると研究のために森へ立ち入る生徒もいる。そういう生徒が目撃しちょる。最近は城内でも赤い目を見たっちゅう話が出てきとるようだが、それは多分噂好きの生徒が流したでまかせだろうな」

 

「では、赤い目のバケモノはまだ森の中にいると?」

 

 私の問いにハグリッドは頷いた。

 

「姿は見てねぇが何かがいるのは確かだな。ロナン……森に住むケンタウルスも明らかに森の住民が増えていると言っとった」

 

 私はハグリッドから聞いた話を脳内で整理する。

 ハグリッドが見たという空から飛来した何かが赤い目のバケモノだとしたら、赤い目のバケモノはどこからか禁じられた森へ飛んできたということになる。

 赤い目、人を惑わす、空から飛来……。

 

「あ」

 

「あ?」

 

 私は赤い目のバケモノの正体に気がつき、気の抜けた声を出してしまう。

 もし、赤い目のバケモノが私の予想通りなら早急に探しにいったほうがいいだろう。

 私はマグカップの紅茶を一口飲むと、頭の中で今夜の月齢を計算し始めた。

 

 

 

 

 その日の夜。私は同室の女の子たちが夢の世界へと旅立つのを見送ると、寝巻きを脱いで動きやすい服へと着替える。

 そしていつものようにローブに目くらましの呪文をかけると、暗視の魔法薬を一気飲みした。

 

「さて」

 

 私は姿見の前で自らの姿を確認し、不備がないことを確かめる。

 そして女子寮の窓を開け、一気に上空へと飛び上がった。

 空には綺麗な満月が浮かび、煌々とホグワーツ城を照らしている。

 私はそのままかなり高い位置を飛びながら禁じられた森の方へと近づく。

 そしてハグリッドの小屋が見えないほどの位置まで移動すると、木々の隙間から森の中へと降り立った。

 

「あとは見つけるだけだけど」

 

 私は杖を取り出すと、広範囲に探知の呪文を走らせる。

 私の予想が正しければ、あまり森の奥にはいないはずだ。

 それこそケンタウルスなどの縄張りよりずっと手前にいるはずである。

 五分ほど探知の魔法を走らせていると、ハグリッドの小屋から一キロメートルほどの位置に少し大きな生物が寝転んでいる反応が返ってくる。

 人の住処のすぐ近くに大型の動物が住処を構えるはずがない。

 十中八九赤目のバケモノの住処だ。

 私は草木を掻き分けながら、半ば来た道を戻るような形で反応のあった地点を目指す。

 そして五分ほど戻ったところで、森の木に少し不自然な箇所があるのを発見した。

 

「この枝、明らかに根元から折られているわね」

 

 森に無数に生えている木のうちの一本の枝が、明らかに人為的に折られているのを発見する。

 ハグリッドがもし薪に使うために切ったのだとしたら、木の根元からバッサリと行くはずだ。

 枝だけを折るなんてことはしないだろう。

 私はその周囲を観察し、不自然な箇所を探す。

 すると五メートルほど先に周囲と比べて植生のおかしな箇所を発見した。

 何かを隠すように枝や木が地面に積み重なっている。

 私は大きな枝を引きずるようにして退かすと、その下にある穴を覗き込む。

 その瞬間、穴の中から高速で何発もの弾丸が私の顔を掠め、上に生い茂っている木々に穴を開けた。

 私は咄嗟に飛び退き、穴から距離を取る。

 そして穴の中に向かって杖を構えた。

 

「そこにいるのはわかってるから出てきなさい。大丈夫、襲ったりしないわ」

 

 穴に向かって声を掛けるが、返答はない。

 私はため息を吐くと、もう一度呼びかけた。

 

「出てこないのならば穴の中を水で満たすわよ」

 

 そう脅した瞬間、穴の中からバタバタと慌てたような物音が聞こえてくる。

 私は目を瞑り、赤い目のバケモノが穴の中から飛び出すのを待った。

 その瞬間、空気を切り裂く音と共に何かが穴の中から飛翔する。

 

「──ッ!? 目を──」

 

「開けるわけないでしょ!」

 

 私は杖の先から包帯を出現させると、音を頼りに相手の目に巻き付ける。

 それと同様に手首、足首と拘束していき、相手が地面に落ちる頃には相手は身動き一つ取れなくなっていた。

 

「ぐっ……穢れた地上の民の分際で──」

 

「やっぱりあんたか」

 

 私は目を開け、地面に転がる赤い目のバケモノを確認する。

 イギリスのカレッジスクールのようなブレザー姿に、紫がかった長い髪。

 頭からは長い二本の耳が生えている。

 間違いなく、月のうさぎ……玉兎だ。

 私は目くらましが掛かったローブを脱ぐと、倒れている玉兎をその場に座らせる。

 玉兎は先程は威勢の良いことを言っていたが、私が少し体に触れただけでガクガクと震え始めた。

 

「ひ、ひぇえ……命だけはお助けを……」

 

「殺さないわよ。全く……これだから玉兎は」

 

 玉兎という単語を聞き、玉兎の耳がピクンと動く。

 私は玉兎の正面に同じように座り込むと、玉兎の目隠しを解いた。

 

「馬鹿め! 夜が明けるまで満月に狂うと良いわ!」

 

 目隠しを解いた瞬間、玉兎の目が赤く光り視界がブレ始める。

 それと同時に玉兎は包帯を引き千切り、巨大なバケモノの姿へと変貌した。

 

「がおー、さっさと逃げないと食べちゃうぞー!」

 

「……思い出した。貴方綿月のところのペットね」

 

 巨大なバケモノを見上げながら私はポンと合点を打つ。

 巨大なバケモノはそれを聞き目をパチクリとさせると、すぐに拘束された玉兎の姿へと戻った。

 

「地上の民の分際でどうして綿月様の名前を……貴方、一体何者?」

 

「この顔に見覚えはない?」

 

 私は杖から光の玉を出し、空中に浮かべる。

 光に照らされた顔を見て、玉兎は文字通りひっくり返った。

 

「あ、貴方は月の薬師の──」

 

「セレネ・ブラック。ここではそれで通ってるわ」

 

 玉兎は私の顔を見ながら口をパクパクとさせている。

 私は玉兎にニコリと微笑むと、手足の包帯を解き始めた。

 

「色々話も聞きたいし、貴方の住処へお邪魔しても良いかしら?」

 

「そんな、月のお姫様をこんな穴ぐらに招待するわけには……」

 

「今は穢れた人間よ。気にしないわ」

 

 私は玉兎よりも先に穴の中へと飛び込む。

 玉兎は慌てて私の後を追ってきた。

 

 

 

 

 穴の中は私が思った以上に居住環境が整っていた。

 壁や天井は木材で補強されており、床には絨毯が敷かれている。

 中央には手作りの大きな机と椅子。壁には暖炉が埋まっており、煙が目立たないよう煙突にはいくつかの触媒が噛ませてあった。

 そして穴の至るところにホグワーツでよく見る生活用品が転がっている。

 ベッドに敷かれている毛布はもちろんのこと、皿などの食器、ランタンなどどれにもホグワーツの校章が入っていた。

 

「どどど、どーぞこちらへ……あ、椅子が一つしかない」

 

 玉兎は机と椅子の位置をバタバタと動かし、ベッドを椅子がわりに使えるようにする。

 

「えっと確か厨房からくすねてきた紅茶の缶がこの辺に……」

 

「今何時だと思ってるのよ。お茶は良いわ。寝れなくなっちゃう」

 

「そ、そーですよねー……あ、クッキー食べます? 確かまだ箱の中に……」

 

「いいから座りなさい」

 

 玉兎はビクリと震えると、おずおずと私の正面に座る。

 そして俯きながら暫くモジモジすると、かなり遠慮がちに口を開いた。

 

「あの、い……あ、いや、セレネ様は、どうしてこんなところに?」

 

「それはこっちのセリフなのだけど……まあ良いわ。私は蓬莱の薬を研究した罪で地上に堕とされたの。文字通り、人の子としてね」

 

「逮捕されたという話は聞き及んでいましたが……地上に堕とされていたのですね」

 

「まあ、そういうこと。で、貴方は? まさか私の監視に来たわけじゃないんでしょう?」

 

 私の問いに、玉兎は小さく首を横に振る。

 

「あの、えっと……私の名前はレイセンと言います。ご指摘の通り、月の使者のリーダーを務めている綿月様のペットです。ペット……でした」

 

「で、綿月のところのペットが何故地上に?」

 

 レイセンは何かを思い詰めるようにグッと押し黙る。

 だが、覚悟を決めたように顔を上げ、口を開いた。

 

「私は……月の仲間を見捨てて逃げ出したのです!」

 

「……へぇ」

 

 私の気の抜けた返事が穴の中に響く。

 これはまた面倒臭い話になりそうだった。




プチコラム

ルビウス・ハグリッド
 数十年前にホグワーツを退学になってから今までずっとホグワーツの禁じられた森の門番をやっている大男。少々鈍臭い一面もあるが、誰にでも優しい。ダンブルドアのことを深く敬愛し、信頼しており、ダンブルドアもまた、ハグリッドのことを信用している。

レイセン
 玉兎。綿月姉妹のペット。東方projectで言うところの鈴仙・優曇華院・イナバだが、この頃はまだ「レイセン」

綿月姉妹
 八意永琳が月を去ってから月の使者のリーダーを任されるようになった月のお姫様姉妹。綿月豊姫と綿月依姫。

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