月の薬師は魔法使いの夢を見るか?   作:十六夜××

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第七話 兎の引っ越し

 時計の針が天辺で重なる頃。私は上空からこっそり禁じられた森に入り、レイセンの穴ぐらを訪れていた。

 

「さあレイセン、引っ越しよ」

 

「えぇ!? 引っ越しですか? 随分いきなりですね……」

 

 開口一番にそう宣言した私に対し、レイセンがわかりやすく困惑する。

 

「そりゃウサギは穴の中で暮らす生物だけど、玉兎である貴方がそれに倣う必要はないでしょう? 城の中に隠し部屋を用意したわ。そこに移り住みなさい」

 

「あのお城の中には……ですか? 誰かに見つかってしまうんじゃ──」

 

「目立つようなことをしなければ大丈夫。家具は既に準備してあるから、大切なものだけまとめてしまいなさい」

 

「りょ、了解です!」

 

 レイセンはビシっとした敬礼を私に返すと、大慌てで鞄に荷物を詰め込み始める。

 私はそれを傍目に見ながら部屋の隅に積まれている壊れた月の機械を手に取った。

 

「そういえばこれ、どうするの? 貴方修理出来る?」

 

「あー、いや、私は機械工学は専門じゃなくて」

 

「まるで他に専門分野があるかのような言い方しないの。でもそうね……いらないなら私が引き取ってもいいかしら? 機械工学は専門じゃないけど、これぐらいなら修理出来ると思うわ」

 

「専門……は薬学ですもんね」

 

 レイセンは月の羽衣を大切そうに鞄に仕舞いながら言う。

 あの手つきからして、やはりレイセンも月に未練を残しているようだった。

 月へ未練がないのなら、あんな羽衣など燃やしてしまえばいいのだから。

 十分もしないうちにレイセンの準備は終わり、私たちは穴ぐらの外へと出る。

 そして穴ぐらの入り口を丁寧に隠した。

 

「さて、それじゃあ城へ向かいましょうか。レイセン、貴方自分以外の姿も消すことが出来る?」

 

「おまかせください!」

 

 その瞬間、レイセンと私の姿がぶれ始め、かき消える。

 私は自分の体越しに真下の地面を確認し、完全に体が消えていることを確かめた。

 

「目くらましの呪文以上ね、これは。っと、それじゃあ着いてきて」

 

「あ、待ってください! 何処にいるかわからないので、手を繋いでもいいですか?」

 

「あー、そうね。そうしましょうか」

 

 私は声を頼りにレイセンがいる方向へ向けて手を伸ばす。

 その後、何度かペチペチとレイセンの手が触れたかと思うと、手を握られた感触がした。

 

「大丈夫です。掴めました」

 

「それじゃあ行きましょうか」

 

 私はレイセンの手を軽く引っ張るようにして空へと飛び立つ。

 レイセンもそれに合わせて浮き上がったようで、重量物を引き上げるような手応えは最初だけだった。

 私たち二人は一度数百メートルほどの高度まで上昇し、ホグワーツ城の一番高い塔へと舞い降りる。

 そして手を繋いだまま階段を降り、城の中へと入った。

 

「そう言えば、足音や話し声なんだけど──」

 

「周囲三メートル以上に拡散しないように波長を調整してあります。ですので普通に喋って頂いて大丈夫です」

 

「便利ね。綿月のところでも重宝されたんじゃない?」

 

 波長を操る能力を使えば、偵察活動がかなりやりやすくなる。

 それに戦闘にも応用出来るかなり強力な能力だ。

 

「そう、ですね。依姫様はよく私に地上への斥候を命じました。アメリカの宇宙開発局に潜入して資料を写してこいとか」

 

「ああ、それじゃああの資料は貴方が」

 

「ご存じで?」

 

「依姫がよく桃と一緒に大量の資料を持ってうちを訪ねてたわ」

 

「依姫様が言っていた航空宇宙工学に詳しい知人ってセレネ様のことだったんですね」

 

 私は玄関ホールへと続く階段を下りる。

 

「そうね。他にも誰かに相談していたかもしれないけれど。依姫は頭は悪くないけど専門は神学だし。でもそういう意味では豊姫はそこそこ詳しいはずよね? あの子の専門は量子力学でしょ?」

 

「ああ、いえ。そういった難しい話は聞いたことがなく……。でも、お二人で話をされているところは何度か見ましたね」

 

 まあ、豊姫の能力的にロケットにはあまり興味がないのかもしれないが。

 豊姫は月の都でもトップクラスの移動に関する能力を持っている。

 量子的な振る舞いをマクロな世界に適用させ、限りなく可能性の低いところに物質をワープさせる。

 彼女がその気を出せば、月の都を丸ごと地上へワープさせることも可能だろう。

 

「なんにしてもその能力があれば昼間にホグワーツを出歩いても大丈夫そうね。走り回る生徒にぶつからなければだけど。今までも大広間でこっそり生徒のご飯をつまみ食いしていたんでしょう?」

 

「森での狩りも試してみたんですが……やっぱり自らが生きるために何かを殺すというのは本能的にできないです」

 

 月で生まれ、月で育った者は穢れに対して強い抵抗感を示すものが多い。

 生きること、死ぬことが罪であるとされている月において自らが生きるために他者を殺す行為はその最たるものだ。

 自分勝手に他人を殺す方がまだ穢れは少ない。

 まあ、それでも玉兎は月の民に比べるとその身が穢れることに関して無頓着な者も多いが。

 

「まあ、それは仕方がないわね。文明のレベルや価値観があまりにも違いすぎるし。これからは……そうね。何か考えるわ」

 

 食事の時間にこっそりレイセンの分の食事を取ってくるというのもありだが、私のような少食の人間が多くの料理を抱え込んでいたら流石に怪しまれる。

 だとしたら厨房から直接食事を持ってくる方が効率的か。

 私たちは地下へ下りると、果物の絵画のぶどうを撫でる。

 その瞬間、背後でカチンという金属音が響き、壁の一部が開いた。

 

「こんな感じでこの絵画のぶどうを撫でると隠し部屋に入れるわ」

 

「凄い巧妙に隠してますね……なんで学校にこんな仕掛けがあるんでしょう?」

 

 私たちが部屋へ入ると一人でに魔法のランタンに炎が灯る。

 その淡い光はぼんやりと部屋全体を照らした。

 

「あまり広い部屋じゃないけど我慢して頂戴」

 

「そんな! 素敵な部屋だと思います!」

 

 レイセンが能力を解いたのか、扉が閉まると同時に透明になっていた私の姿が元に戻る。

 レイセンは部屋のあちこちを見て回ると、キラキラと目を輝かせた。

 

「お城の地下にこんな部屋が……凄いですね。要人用のセーフハウスでしょうか?」

 

「いえ、それはないでしょうね。私の予想ではここは使われなくなった食糧庫よ」

 

「食糧庫ですか? でも、なんで食糧庫にベッドや机が……」

 

「昨日私が用意したのよ。気に入った?」

 

 私がそう言うと、レイセンは首を傾げる。

 

「は、はい……でも、用意ってどうやって?」

 

 私は小さくため息をつくと、ローブから杖を取り出す。

 そして近くの壁に向けておもむろに杖を振った。

 その瞬間、壁の一部が変化し、小物置きへと変化する。

 レイセンはその様子を見て目を丸くした。

 

「壁が、変形した……それがセレネ様の能力……」

 

「違うわ。魔法よ。イギリス魔法界では変身術と呼ばれる技術。この部屋にあるあらゆるものは変身術によって作り出されたものよ」

 

「便利ですね魔法」

 

「便利なのよ魔法」

 

 レイセンは石材を変身させて出来たベッドのマットレスを何度か押し込み硬さを確認する。

 まあ、変身術で作った家具にももちろん弱点はある。

 修復呪文で修理が出来ないし、何より数十年もすれば魔法が解けて石材へと戻ってしまう。

 だが、少しの間だけ使用するなら必要十分だ。

 

「まあ、というわけでしばらくはここで生活しなさいな」

 

「しばらく……というと?」

 

「貴方の定住地が見つかるまで。どこか良い場所があるといいんだけど……希望はある?」

 

 レイセンはベッドの脇に背負っていた鞄を降ろすと、首を捻り始める。

 

「そうですね……言葉が通じて、人間じゃなくても迫害を受けなくて……過ごしやすい気候のところがいいですね」

 

「言葉が……って、貴方何語なら話せるの?」

 

「今喋っている英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語……それと月の都の公用語です」

 

「じゃあ日本語も話せるのね」

 

 英語が話せるなら結構な数の国を選択肢にあげることが出来るが、月の都と一番生活のスタイルが似ているのは日本だろうか。

 日本と言えば敗戦後高度経済成長を遂げ、今ではかなり裕福な国になっている。

 アメリカという大きな後ろ盾と憲法による戦争の放棄。

 戦いが嫌いなレイセンにはピッタリの国かもしれない。

 

「だとしたら日本に絞って考えましょう。あの国は月と生活様式が似ているし。それに──」

 

 あの国には結界に隠された人ならざる者たちの理想郷がある。

 幻想郷と呼ばれるその土地は、かつて月に侵攻を仕掛けてきた妖怪、八雲紫が管理する妖怪のための土地だ。

 マグルが暮らす日本社会にレイセンを放り込むよりかは、その幻想郷へ放り込んだ方が窮屈な思いをせずに生活出来るだろう。

 問題はその土地が日本の何処にあるか、結界を越えるにはどうすれば良いかがまるでわからないことだろうか。

 

「日本……ですか。日本というと、ここイギリスと同じ島国ですよね」

 

「そうね。極東にある島国よ」

 

「なるほど……でも、そこまではどうやって?」

 

「飛行機で行くのが無難でしょうね。私は未成年だからまだ匂いが付いてるし。それに日本で居住地を探すとしたら結構時間が取れた方が良いから……来年の夏休暇かしら」

 

「夏……それじゃあ、まるっと一年ぐらいはここで生活することになるということですね」

 

 一週間ほどしかないクリスマス休暇では、日本に渡って幻想郷を探すには少々短すぎる。

 それならば、来年の夏まで幻想郷の情報を収集する方がいいだろう。

 

「あ、そうだ。食料問題が解決していなかったわね」

 

「セレネ様のことですから何か秘策があるんですよね?」

 

「秘策ってほどじゃないけど……レイセン、波長を操る力で私そっくりに変身出来る?」

 

「セレネ様にですか?」

 

 レイセンは私の周りをくるくると回って全身を観察する。

 

「セレネ様の髪、ほんと綺麗ですよね。白くてサラサラで……。そう言えば、お姿は月にいた頃とあまり変わりませんね」

 

「流石に身長は低くなってるけどね。この姿は私の魂に刻まれた形だから、転生したところで大きくは変わらないわ。でも、一年で何センチも身長が伸びるのは流石に気持ち悪いけど」

 

 穢れのない月では成長も老化もしない。

 厳密には少しずつ歳を取ってはいるのだが、その速度も地上の何千分の一だ。

 

「その辺の感覚はよくわかりません。玉兎は普通に成長しますし、寿命で死にますから」

 

「それでも地上にいる人間よりかはかなり長生きなんだけどね。玉兎の寿命は三百年ぐらいだったかしら」

 

 何故私や綿月のような月の民とは違い、穢れのない月で玉兎が寿命で死ぬのか。

 それは至って簡単な理由で、玉兎の食事に老化を促進する薬を混ぜているからである。

 玉兎の寿命は月の民たちによってコントロールされているのだ。

 

「よし、それじゃあ行きますよ」

 

 その瞬間、レイセンの姿が空間ごとブレ始める。

 そのブレが収まる頃には私と瓜二つの存在へと姿が変わっていた。

 

「と、こんな感じでどうでしょうか?」

 

 レイセンは私と同じような声で言った。

 

「ええ、いいわね。これなら十分騙せるわ」

 

「騙す? 誰をです?」

 

 私は扉の奥、廊下を挟んで反対側にある厨房の方向を指差す。

 

「厨房の住人たちをよ」

 

「厨房? それでは、そこから直接食べ物を手に入れるということでしょうか」

 

「その通り。魔法界には屋敷しもべ妖精と呼ばれている、好きで奴隷階級にいる魔法生物がいるの。彼らは人に尽くすのが好きで、厨房の中に入るとかなりの歓待を受けられるわ」

 

「奴隷でいることが好きだなんて、変わった生物ですね」

 

 玉兎も同じようなものだとは思うのだが、レイセンが気にしていないなら特に言及はしないでおこう。

 

「私も何度か顔を出してるし、その姿で厨房へ入れば彼らは貴方をセレネ・ブラックだと認識するでしょうね」

 

「なるほど。流石はセレネ様です。それで、厨房へはどのように……」

 

「この部屋に入る時に触った絵画があるでしょう? さっきはぶどうを撫でたけど、厨房へ入るには洋梨をくすぐるの。そうすると絵画が扉のように開く。その中が厨房よ」

 

 レイセンは洋梨、洋梨と何回か呟く。

 

「あと注意すべきは……そうね。私の兄と鉢合わせにならないように気をつけなさい」

 

「兄……ご兄弟がいらっしゃるのですか?」

 

「シリウス・ブラック。ブラック家としての兄よ。きっと彼らもそのうち厨房への入り方を見つけるわ。だからまあ、そうね。厨房へ顔を出すのは授業中の方がいいかもね」

 

 レイセンの姿がぶれ、元の姿に戻る。

 レイセンは意外そうな顔をしつつも頷いた。

 

「わかりました。セレネ様のお兄様には十分注意します」

 

「さて……と。こんなものかしら。着替えに関してはホグワーツの制服を何着か用意しておくから……これで衣食住揃ったわね」

 

「はい! 何から何までありがとうございます!」

 

「定期的に顔を出すようにするから何かあったらその時に。それと、ずっと閉じこもっていろとは言わないから、出歩く際は能力で姿を隠しなさいね」

 

「はい!」

 

 これで、当分の間は大丈夫だろう。

 あとは来年の夏に向けて幻想郷の情報を探るだけだ。

 私はレイセンに別れを告げると、隠し部屋を後にした。




プチコラム

セレネの魔法の技術
 大体の魔法は何不自由なく無言呪文で扱える程度。魔法というものを学問としてではなく原理的に理解しており、魔法で可能だと思うことは大抵実行出来る。逆に言えば、セレネの発想にない魔法は使えない(口からナメクジを吐かせる等)

何ヶ国語も話せるレイセン
 月で餅をついているだけの玉兎は日本語しか話せないものも多いが、綿月姉妹から英才教育を受けていたレイセンは何ヶ国語も話すことが出来る。

幻想郷の存在を知っているセレネ
 かつて地上の妖怪を率い月の都に侵攻を仕掛けた八雲紫を月の民は危険視しており、今でも監視を継続している。そのため、八雲紫が管理している幻想郷に関しても存在自体は知っていた。

老化を促進する薬を飲まされている玉兎
 月の民としては、玉兎にあまり長生きしてほしくないと考えている。奴隷身分の玉兎にあまり知識や力を付けさせないため。

波長を操りセレネそっくりに擬態するレイセン
 ただ透明にするよりも他人に化けるほうが難しい。しっかりと観察しなければ他人に化けることは不可能。声も同様で、消すよりも真似する方が難しい。
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