月の薬師は魔法使いの夢を見るか?   作:十六夜××

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第八話 家出少女の集うホテル

 クリスマスが近づいてくるにつれて、ホグワーツの校庭は次第に雪で埋もれていった。

 スリザリンの談話室は地下にあるためそこまで冷え込むことはないが、それでも暖炉の近くには多くの生徒が集まっている。

 

「そういえば、セレネはクリスマスは帰るのか?」

 

 談話室の隅、暖炉から一番遠く離れたソファーに腰掛けていた私に、同級生のバーティが聞いてくる。

 私は羽ペンに魔法史の課題を終わらせるよう魔法を掛けると、バーティに対して言った。

 

「帰ろうと思っているわ。入学一年目だし。両親も学校での生活のことを聞きたいでしょうしね」

 

「へぇ、意外だな」

 

「意外って、何がよ」

 

 私は腰まで伸ばしている白い髪の先端を弄りながら聞き返す。

 バーティは私の横で忙しなく動く羽ペンを見ながら言った。

 

「セレネの口から両親に気を使うような言葉が出てくる事がだよ。もっとドライな印象がある」

 

「両親ぐらい人並みには慕っているわ。この歳まで育てられた恩義もあるし。それに、一つ上の兄は家には帰らないでしょうしね」

 

 私は羽ペンが処理し終わった魔法史の宿題に目を通し、羊皮紙を丸めて鞄の中に仕舞う。

 そしてまた新しい羊皮紙を取り出すと、今度は変身術の課題を終わらせるために羽ペンに魔法を掛けた。

 

「ああ、あの有名な兄さんな。スリザリンじゃ悪名高きって感じだけど」

 

「正義とか勇気とか聞こえの良いことを並べてるけど、実際はただの悪ガキよね。知ってる? お兄様たち、最近スネイプ先輩をいじめて遊んでいるそうよ」

 

「スネイプ先輩って……二年生のセブルス・スネイプ?」

 

「そう」

 

 スネイプはスリザリンの二年生だ。

 どういう因縁があるのかは知らないが、事あるごとにグリフィンドールの四人組からちょっかいを掛けられている。

 そして、それをグリフィンドールのリリー・エバンスというマグル生まれが諌めるというのが最近よく見る流れだった。

 

「なんでスネイプ先輩は絡まれるんだろうな? あの人、普通に優秀じゃないか?」

 

「さあ、その辺の評価は知らないけど……そういえば、バーティは実家に帰るの?」

 

「ん? うん。親父が帰ってこいってうるさくて」

 

 バーティの実家、クラウチ家は魔法界でも有数の名家だ。

 特にバーティの父親は魔法省で高い地位にいる。

 家同士の付き合いなど、色々忙しいのだろう。

 そういう意味ではブラック家は落ち目だ。

 父親のオリオン・ブラックはなんとかブラック家を復興させようと奔走しているが、所詮は血の繋がりしか取り柄の無いような家だ。

 長男のシリウスもきっとろくな相手を見つけないだろうし、私に至っては結婚する気などさらさらない。

 もしかしたらブラック家の本家は私たちの代で終わるかもしれない。

 

「クラウチ家のお坊ちゃんは大変ね」

 

「ブラック家のお嬢様に言われたくはないね。ところでだけど……」

 

 バーティは先程からずっと眺めていた羽ペンを指さす。

 

「それ、どこで売ってるの?」

 

「欲しいならあげるけど」

 

 私は羽ペンを手に取ると、バーティに手渡す。

 バーティは羽ペンをしげしげと眺めると、大切そうにローブに仕舞った。

 まあ、種明かしをすると、羽ペン自体に自動筆記機能があるわけではない。

 羽ペンは、私の意思通りに動いていただけだ。

 私は鞄の中から新しい羽ペンを取り出すと、もう一度魔法を掛けて変身術の宿題を再開させた。

 

 

 

 

 クリスマス休暇当日。

 私はホグワーツ特急のコンパートメントの一つに人払いの魔法を掛け、そこにレイセンと一緒に乗り込んでいた。

 レイセンは落ち着かないようにそわそわとあちこちを見回している。

 月の都に列車はないため、このようなローテクな移動手段が珍しいのだろう。

 

「でも、意外でした。私はホグワーツでお留守番だと思っていたので」

 

 レイセンは窓の外から視線を戻すと、ほっとした表情で言う。

 

「でも良かったんでしょうか。実家への帰省へお供させていただいて」

 

「あのねぇ。貴方のためにロンドンへ帰るのよ。私が実家に帰るためじゃないわ」

 

 ポカンとしているレイセンに、私はため息交じりに説明する。

 

「今回帰省する一番の理由は幻想郷の手掛かりを探すためよ。ホグワーツの図書室は禁書の棚まで一通り探してみたけど、結局幻想郷の手掛かりを得ることは出来なかった。まあ、あまり期待してはなかったけど」

 

「だとすると、どのように調べるのです? ロンドンにもっと大きな図書館があるとか?」

 

「いや、書物を調べるのはもうおしまい。これ以上どれだけ本を読み漁ろうが、幻想郷の手掛かりは掴めなさそうだし」

 

「では、どうするのです?」

 

 首を傾げるレイセンに、私は言った。

 

「ここから先は聞き込み。つまり、知ってそうな人に聞くのよ」

 

「知ってる人に聞く……って、思った以上に原始的ですね」

 

「これが意外と馬鹿にできないものよ。本に書くまでもない、書き残すにはあまりにも不確かな情報というものもある」

 

 幻想郷とは隠された異世界だ。

 そもそも本に書き残すほど確かな情報が出回っていないのかもしれない。

 まあ、イギリスの魔法使いが日本に興味がないだけかもしれないが。

 

「まあなんにしても、本で探すよりかは情報を得られやすいはず」

 

「なるほど……」

 

 レイセンは分かったかのような顔で頷いているが、あの様子ではきっと半分も理解出来ていない。

 こんな様子では本当に一人で幻想郷へと送り出していいか不安になるが、かと言って死ぬまで私が面倒を見るわけにもいかない。

 まあこれでもアメリカの航空宇宙局に単独で潜入したりもしていたようだし、一人じゃないと才能を発揮できないだけだろう。

 私は小さくため息を吐くと、お菓子の移動販売が来るのを待った。

 

 

 

 

 キングズ・クロスに降り立った私とレイセンは、人混みから逃れるように駅の外へと移動すると、そのままロンドンの街を歩く。

 ホグワーツでは部外者でしかないレイセンだが、耳さえ隠してしまえば何処にでもいるようなハイスクールに通う少女だ。

 マグルの街ではそこまで目立つことはない。いや、むしろ私の方が目立つぐらいである。

 

「この後私はどうすればいいですか? セレネ様は実家へと帰られますよね?」

 

 レイセンが私の少し後方を歩きながら聞いてくる。

 私は薄汚れた孤児院を横目に見ながら、レイセンに革製の小さな財布を手渡した。

 

「これは?」

 

「マグルのお金よ。いいホテルを紹介するから、この冬はそこに泊まりなさい。私は家の事情もあるし、グリモールド・プレイスにある実家から通うことになるわ」

 

 レイセンは歩きながら財布を開き、中に入っている金額を確認する。

 

「レイセン貴方、スターリングポンドは分かる?」

 

「一ポンドで二百四十ペンスですよね?」

 

「去年まではね。今は一ポンド百ペンスになったわ」

 

 なるほど、とレイセンは財布をブレザーのポケットに仕舞う。

 

「ということは、シリングは廃止ですか?」

 

「ええ、補助単位はペニーだけよ。まあ、まだ変更されて日も経ってないから、多少間違えてもそこまで恥をかくということもないと思うわ。っと、ここね」

 

 私は大通りから少し外れた位置にあるホテルの前で立ち止まる。

 そしてエントランスの階段を少し上り歩道を開けると、レイセンに言った。

 

「ここは身分の確認がおおざっぱというか、お金さえ持っていれば子供でも部屋を借りることができるって有名なホテルよ。取り敢えずこの冬、ホグワーツに戻るまではここで宿を取ればいいわ」

 

「え? それって色々大丈夫なんです?」

 

「大丈夫でしょ。きっとよくいる家出少女の一人ぐらいにしか見られないわ」

 

 レイセンは半信半疑といった顔をしながらホテルの中に入っていく。

 

「明日の朝迎えにくるわね」

 

 私はそんなレイセンの背中に声を掛けると、自分の家のある方へと足を向けた。

 家のあるグリモールド・プレイスまではそんなに遠くはない。

 私は一度大通りに戻ると、今度は人通りの少ない路地へと入っていく。

 そのまま何度か道を曲がり、十分も歩かないうちに家の前へと辿り着いた。

 

「さて」

 

 私は家の扉を開き、中へと入る。

 そこには、私と比べても半分ほどの背丈しかない魔法生物、屋敷しもべ妖精のクリーチャーが立っていた。

 

「おかえりなさいませ、お嬢様」

 

「あら、クリーチャー。元気にやってる?」

 

 私は提げていた鞄をクリーチャーに手渡すと、玄関ホールを抜け階段を上る。

 クリーチャーは私の後ろを歩きながら私の質問に答えた。

 

「クリーチャーめには勿体ないお言葉です」

 

「あら、そんなことないわ。貴方が倒れたら、誰がこの家の家事をするの? お父様にはそんな時間はないし、あのお母様に家事ができるとも思えないし」

 

「クリーチャーめがいなくなったとしても、すぐに新しい屋敷しもべ妖精が現れるでしょうとも」

 

 それはどうだろうか。

 ひと昔前ならまだしも、今のブラック家に屋敷しもべ妖精が新しく住み着くほどの権威があるとは思えない。

 きっとここに居るクリーチャーがブラック家に住み着く最後の屋敷しもべ妖精になるだろう。

 

「そうだとしても、体は労わらなくてはダメよ。ということで、改めて聞くわ。病気や怪我をしていないでしょうね?」

 

「クリーチャーめはいたく健康でございます」

 

「そう。それは何よりね」

 

 私はクリーチャーを引き連れたまま二階にある自分の部屋へと入る。

 クリーチャーは私の鞄を机の横に丁寧に置くと、私の部屋を後にしようとした。

 

「そう言えば、お父様とお母様は? お父様はきっと仕事よね?」

 

「お察しの通りオリオン様はまだお仕事からお戻りになられておりません。本日もいつもと同じように帰りは遅くなることでしょう。ヴァルブルガ様はマルフォイ家の御家様と食事に行かれております。こちらも何時にお戻りになられるかまでは……」

 

「そう。まあどうでもいいわ。しばらくしたらダイニングへ下りるから、夕食の準備をしておいて頂戴」

 

「かしこまりました。本日も腕を振るわせていただきます」

 

 クリーチャーは恭しく頭を下げると、私の部屋を出ていく。

 私は小さく息を吐き、ベッドに横になった。

 父親のオリオン・ブラックは貿易業を営んでいる。

 仕事の内容は主に魔法薬の材料の輸入、輸出だ。

 魔法薬の調合に使う材料の中にはイギリスでは取れない素材も数多い。

 そのようなものを仕入れたり、逆にイギリスでしか取れない材料を国外に輸出したりしている。

 故に国外に出張していることが多く、週に一度家に帰ってくればいいほうだ。

 反対に母親のヴァルブルガ・ブラックは専業主婦だ。

 基本的には夫のオリオンに代わって親戚付き合いや社交界への出席など、家に関わることで動いていることが多い。

 今日の食事会もそのようなことの一環だろう。

 夫に代わって家を背負っているという自覚があるせいかは分からないが、ブラック家の家訓や純血主義に否定的なシリウスとは仲が悪い。

 なんとか矯正できないかと苦心しているようだが、もう遅いだろう。

 ホグワーツに行く前ならまだしも、ホグワーツに入学されてしまっては親というものは子供の教育に殆ど影響を残すことができない。

 ヴァルブルガが何を言おうが、ホグワーツに戻ればそんな言葉はあのグリフィンドールのお仲間たちが塗りつぶしてしまうだろう。

 

「まあ、そうなるように仕向けたのは私だけど」

 

 私はベッドから起き上がると部屋を出てダイニングへと向かう。

 ダイニングには数多くの料理が美味しそうに湯気を立てており、今まさにクリーチャーがカトラリーを並べ終わったところだった。

 

「いままさにお食事の準備が整いましたとお部屋に伺うところでございました」

 

「そう。いいタイミングね」

 

 私は椅子に座り、ナイフとフォークを手に取る。

 そして順番に皿の上に盛られた料理を片付け始めた。

 

「そういえば、ホグワーツで貴方のお仲間に会ったわ」

 

「あの城には多くの屋敷しもべ妖精が住み着いております故。それに、多くの屋敷しもべ妖精は権力者の屋敷に住み着く前にホグワーツで修業を行うものです」

 

「ああ、なるほど。貴方もホグワーツで働いていたことがあるの?」

 

「大変昔の話でございます」

 

 だとしたら、クリーチャーの料理が美味しいのにも納得がいくというものだ。

 

「そう。……そう言えばクリーチャー。貴方、日本にある隠された秘境の話は知っている?」

 

 私はふと思い立ち、クリーチャーにそんな質問を飛ばす。

 クリーチャーは少し頭を捻ったが、フルフルと首を横に振った。

 

「いえ、不勉強ながらそのような話は聞いたことがございません」

 

「ふーん。ま、そうよね。特に期待してはいなかったから別にいいわ。あとそれと、明日は朝からダイアゴン横丁へ遊びに行くから。もしお母様が帰ってきたらそう伝えて頂戴」

 

「かしこまりました」

 

 私はクリーチャーが頭を下げたのを確認すると、夕食を食べるのに集中した。




プチコラム

羽ペンを自動で動かす魔法
 実はなんてことはないロコモーター、物体操作の魔法。手を動かす延長で、魔法で羽ペンを動かしているだけ。セレネはかなりのマルチタスク。

スネイプ先輩
 この頃のスネイプの他の生徒からの印象は、優秀ないじめられっ子。

クリーチャー
 ブラック家の屋敷しもべ妖精。少々老齢だが、働けなくなるほどの歳ではない。

オリオン・ブラック
 貿易業を営んでいるというのはこの小説のオリジナル設定。原作では職業不明。
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