月の薬師は魔法使いの夢を見るか?   作:十六夜××

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第九話 魔法使いの街

 ロンドンへ帰省した次の日。私は朝自分のベッドの上で起きると、身支度を済ませて自分の部屋を出る。

 そして洗面所で顔を洗い、朝食を食べにダイニングへと顔を出した。

 

「あらセレネ。お帰りなさい。昨日はお迎えに行けなくてごめんなさいね」

 

「ただいま戻りました。お母様。いえ、お母様がお忙しいのは私も承知の上ですので」

 

 私は椅子に座ると、用意されていた朝食を食べ始める。

 ヴァルブルガはそんな私を愛おしそうに見ながら紅茶を飲んでいた。

 

「そう言えば昨日の夜クリーチャーが言っていたけど、今日はダイアゴン横丁へ遊びに行くらしいじゃない。珍しいわね。貴方が自分から外に出ようだなんて」

 

「そうでしょうか……ホグワーツに通い始めて、少しずつではありますが、私も変わってきているのかもしれませんね」

 

 確かにホグワーツに入学する前までは、殆ど外出することなく自分の部屋に閉じこもって生活していた。

 

「ダイアゴン横丁には貴方一人で行くの? それとも、誰かお友達と?」

 

「ホグワーツで仲良くなった友達と一緒に行く予定です」

 

「そう、それならいいのだけれど……」

 

 ヴァルブルガはほっと息を吐くと、改めて私に聞く。

 

「そう言えば、ホグワーツでの話を聞いていなかったわね。聞くまでもないとは思うけど、勿論寮はスリザリンよね?」

 

「はい。お父様やお母様と同じスリザリンです」

 

「そう、そうよね」

 

 ヴァルブルガの顔に安堵の表情が浮かぶ。

 まあ、それもそのはずだ。反骨心の塊である兄のシリウスは家の伝統とは異なりグリフィンドールに組分けされた。

 ヴァルブルガは私もスリザリン以外に組分けされるのではないかと心配していたのだろう。

 

「スリザリンと言えば、マルフォイ家のご子息が監督生を務めているはずね」

 

「ルシウス監督生ですね。はい、よくして頂いています」

 

「家の付き合いもあるし、彼とは仲良くなさい。……そういえばセレネ。貴方お友達と一緒にダイアゴン横丁に行くと言っていたけど、そのお友達はどこの家の子なの?」

 

「スリザリン寮のルームメイトですよ。純血の家の子です」

 

「そう、ならいいわ」

 

 あえて名前は言わなかったが、ヴァルブルガは納得した。

 彼女からしたら大切なのは、スリザリンかそうでないか、純血かそうでないかの二つだけだ。

 

「お小遣いはいる? 暗くなる前に帰ってくるのよ?」

 

「ご心配ありがとうございます。夕食までには帰ってくる予定ですので」

 

 私は食パンを一斤食べ終わると、紅茶で喉を潤す。

 そしてナフキンで口を拭い、席を立った。

 

「それじゃあ行ってまいります」

 

「気を付けるのよ。何かあったら、ブラック家の名前をしっかり出して、『私は純血です』って言うのよ?」

 

 ヴァルブルガの言う通り、死喰い人に襲われそうになった場合はそのような対処の仕方が正解だろう。

 死喰い人にはブラック家に縁のある者も多い。私がブラック家の人間だということをはっきり伝えれば、彼らも私に手出しはしないはずだ。

 

「はい。心得ております。それでは」

 

 私はヴァルブルガに一礼すると、ダイニングを後にする。

 そして一度部屋へ戻り鞄を手に取ると、階段を下り玄関ホールから家を出た。

 

 

 

 

 

 家を出た私は昨日歩いた道を辿るようにしてレイセンの泊まっているホテルへと向かう。

 クリスマスも近いにも関わらず、ロンドンの街は忙しそうに動いていた。

 道路には多くの車が走り、労働者を職場へと運んでいく。

 歩道を歩くマグル達も、皆腕に付けた時計を気にしながらせかせかと歩いていた。

 私はそんなマグル達を横目に見ながらレイセンの泊まっているホテルのエントランスへと入る。

 そして受付にいる女性へと声を掛けた。

 

「すみません。友達がここに泊まっていると思うのですが」

 

 受付の女性は読んでいた新聞を畳むと、訝し気な表情を私に向けてくる。

 

「その友達の名前は?」

 

「レイセン」

 

 女性は手元のバインダーに指を走らせると、手慣れた手つきで受話器を取り番号をプッシュする。

 十秒ほどの沈黙の後、面倒くさそうな口調で女性が話し始めた。

 

「あー、レイセンさん? 貴方の友達を名乗る白い髪の女の子がフロントに来てますが? あー、はい。通していいんですね?」

 

 女性はガチャンと受話器を置くと、新聞を広げ始める。

 

「三〇二号室」

 

 そして端的に部屋の番号を伝えた。

 

「ありがとうございます」

 

 私は女性に対してぺこりと頭を下げると、エレベータに乗り込み三階へと上がる。

 そして少し通路を歩き、三〇二号室の扉をノックした。

 

「今開けます!」

 

 扉の奥からそんな声と共にバタバタといった足音が聞こえてくる。

 そして軋むような扉の開閉音と共に、下着姿のレイセンが顔を出した。

 

「すみません。フロントからの電話で起きたばかりでして」

 

「ホグワーツで自堕落な生活を送りすぎているんじゃない? まあいいわ。ゆっくり準備なさい」

 

 私は部屋の中へと入ると、先程までレイセンが寝ていたのであろうベッドに腰かける。

 レイセンはいそいそと服を着こみながら言った。

 

「そういえば、今日はどこへ行くんです?」

 

「ダイアゴン横丁……魔法使いの店が立ち並ぶ通りよ。そこで心当たりをいくつか回る予定」

 

「魔法使いの横丁ですか。ロンドンにそんな通りがあるんですね。普通の人間は不思議に思わないんでしょうか」

 

「ホグワーツ同様隠されているわ。魔術結社が数多く残るイギリスではあるけど、流石に本物の魔法使いの存在を受け入れられるようなマグルばかりではないわ」

 

 もっとも、そのような魔術結社に本物の魔法使いが紛れ込んでいないという保証はないが。

 マグルたちが考える以上に魔法使いというのはマグルの街に紛れ込んでいるものだ。

 

 

 

 

 レイセンの準備が終わるのと同時に、私たちは一度ホテルを後にしロンドンの街を歩く。

 ホテルからダイアゴン横丁の入り口まではそう遠く離れているわけではない。

 特に会話もないまま歩くこと数分、私たちは寂れたパブの前に到着した。

 

「漏れ鍋……。ええっと、この店ですか?」

 

 レイセンは今にも外れそうな表札を見上げながら言う。

 確かにこの店は営業しているような雰囲気をまるで出していない。

 だが、それはあくまでマグル避けのためだ。

 実際にはこのパブはダイアゴン横丁で一番有名なパブだと言っても過言ではないだろう。

 私は少々引き気味なレイセンを引き連れて店の中に入った。

 店の中はマグルの街から見た外見とは裏腹に店内は隅々まで掃除が行き届いている。

 テーブルやカウンターでは宿泊客で有りそうな魔法使いが何人かがパンを限りながら紅茶を飲んでいた。

 

「へぇ、なんだか不思議な感じですね」

 

 レイセンは店の中を物珍しそうに見回している。

 その様子を不審に思ったのか、店主であるトムがカウンターから声を掛けてきた。

 

「お嬢ちゃんたち、ご注文は?」

 

「え? えっとあのその……」

 

 レイセンは分かりやすく慌てふためき、助けを求めるように私の方を見る。

 私は心の中で小さくため息を吐くと、コートの内ポケットに差している杖を少し見せながら言った。

 

「店の奥に用事があって」

 

「ああなんだ。学生さんかい? そうか、ホグワーツは昨日からクリスマス休暇か。あんまり遅くならないようにな。それと、できれば帰り際にまた一声かけていってくれ」

 

「はい。わかりました」

 

 私は店主に頭を下げると、レイセンの手を引いて中庭の方へと進む。

 そしてほっと胸を撫でおろしているレイセンを尻目に、コートから杖を取り出して目の前のレンガの壁に魔法を掛けた。

 その瞬間レンガの壁の表面が変化し、樫の木の扉がはめ込まれる。

 私は扉のドアノブを掴むと、ゆっくりと扉を押し開けた。

 

「さて、ここから先は魔法使いの街よ」

 

「おお……確かに全然雰囲気が違いますね」

 

 レイセンは珍しいものに釣られるようにふらふらと通りを進み始める。

 私は無理矢理魔法で変質させた扉を元のレンガに戻すと既に迷子になりそうな様子のレイセンの後を追った。

 

「ホグワーツの近くにも魔法使いの村がありましたが、そことはまた全然雰囲気が違いますね」

 

「この通りにはグリンゴッツもあるし、それにイギリス魔法省も近いしね。辺境のホグズミードと比べてはダメよ」

 

 まあそれでも、ヴォルデモート卿と名乗る闇の魔法使いが台頭する前に比べると随分活気は落ちているらしいが。

 

「さて、それじゃあ聞き込みを始めましょうか」

 

「どうします? 二手に分かれて手当たり次第に──」

 

「というわけにはいかないわ。知ってそうな人に絞って聞き込みを行うべきよ」

 

 魔法界のことを何も知らないレイセンが一人でフラフラと聞き込みを行なったら、九割九分の確率でトラブルに巻き込まれる。

 それならばまだ見た目の幼い私の保護者の役を演じてもらった方がまだいい。

 私はレイセンの手を握ると、一つずつ心当たりを周り始めた。

 

 

 

 

「書店、時計屋、薬の材料屋、杖屋、銀行のゴブリン……うーん、思った以上に成果が得られませんね」

 

 聞き込みを始めて三時間経った昼過ぎ。

 私とレイセンはアイスクリーム屋の日当たりのよいテラスで紅茶とクッキーを食べながら集めた情報を整理していた。

 

「それっぽい話はゼロ。うーん、期待はしていなかったけど、思ったようにいかないものね」

 

「心当たりは先程の銀行で全部なんですよね? だとすると、ここにはもう手掛かりはなさそうですか?」

 

 レイセンはクッキーを齧りながら私に聞く。

 私は手に持っていたティーカップをソーサーに置くと、頬杖をついた。

 

「ダイアゴン横丁の心当たりはこれで終わり」

 

「そうですか……だとしたら今日はもうホテルに──」

 

「いや、実を言うと本命はこれからなの。この横丁のすぐ近くにノクターン横丁っていう違う横丁があるわ。そこに私の父親が贔屓にしている古物商がある。最後にそこに顔を出すことにしましょう」

 

 私はクッキーの残りを口の中に放り込むと、紅茶で胃の中へと流し込む。

 それを見てレイセンも慌てて紅茶を飲み干した。

 

「あ、そうだ。一応用心として姿を隠していきましょう」

 

「姿と音を消して……ということですよね」

 

「ここと比べると少し治安の悪い通りだから。それに私の容姿はどうしても目立つし。私がブラック家の娘であることを知っている者は手を出してこないとは思うけど」

 

 それに、私がノクターン横丁に出入りしていたという噂が流れるのも出来るだけ避けたいところだ。

 私とレイセンはアイスクリーム屋に代金を払い、人目のつかない路地裏へと移動する。

 そしてレイセンに対して右手を差し出した。

 

「ん」

 

「あ、はい」

 

 レイセンはその手を握ると、能力を使って自分と私の姿を透明にする。

 私は自分の姿が完全に消えたことを確認し、レイセンの手を引っ張って宙に浮きあがった。

 

「通りを歩いたら人にぶつかる可能性もあるし、目的の店まで空を飛んでいくわよ」

 

「あ、はい! 手を離さないでくださいね」

 

 私の手を握るレイセンの手に力が籠る。

 確かに空中で手を放してしまったら合流するのに時間が掛かってしまう。

 私もしっかりとレイセンの手を握り直すと、贔屓の古物商、ボージン&バークスへと飛び始めた。

 

 

 

 

 空を飛んでいるということもあり、ボージン&バークスへは五分もしないうちに到着した。

 私たちはまた人の気配がしない路地裏へと入り込むと、そこで透明化を解除する。

 そして何食わぬ顔で路地裏から出て、向かいにあるボージン&バークスへと入った。

 

「……、──ッ!? これはこれはいらっしゃいませセレネお嬢さま。本日はお日柄もよく……」

 

 店主であるボージンは店に入ってきたのが私であることに気が付くと、カウンターから飛び出してくる。

 滅多に外に出ることがない私だが、父親に連れられてこの店に顔を出したことは何度かあった。

 

「お久しぶりですボージンさん。お変わりないですか?」

 

「おかげさまで。貴方の御父上とは良き商売をさせて頂いております。……本日はオリオン氏はご一緒じゃないので?」

 

 ボージンは私の横にいるレイセンの方をチラ見しつつそう聞く。

 レイセンはその視線を受けて、私の陰に隠れるように一歩引いた。

 

「お父様はお仕事です。今日はボージンさんに聞きたいことがあって──」

 

「聞きたいこと、ですか。お力になれるとよいですが……ああ、私としたことが! すぐに何か温かいものを──」

 

「いえ、先程フローリアン・フォーテスキューでお茶してきたばかりですので遠慮させて頂きます。それよりも……」

 

 私は店内に人がいないことを確認すると、ボージンに対して聞いた。

 

「日本にある秘境の話について何かご存じなことはありませんか?」

 

「日本……日本でございますか。浮世絵や陶磁器などを取り扱ったことはありますが、詳しい話となると何とも……」

 

「ボージンさんでもダメですか……だとしたら日本人の知り合い、もしくは日本魔法省などにコネクションなどは?」

 

「生憎そのような知り合いは私の周囲にはおりません。ですが……いや、これはあまりにも参考にならない」

 

 ボージンは何かを思い出したようだが、すぐに首をブンブンと振ってしまう。

 私はその様子から手掛かりの匂いを感じ取り、すぐさまボージンに聞いた。

 

「些細なことでもいいんです。何か心当たりが?」

 

「ああいえ、よく東洋のものを買っていかれる客がいるというだけでございまして。セレネお嬢さまのお力になれるような情報ではないと……」

 

「どのような方なのです?」

 

 ボージンは少々迷うように視線を泳がせる。

 だが、私の視線に負けたのか、諦めたように話し始めた。

 

「若い女性です。長く赤い髪に女性にしては長身。顔つきからして東洋人だとは思われますが……」

 

「名前や、どのような仕事をしているかなどは?」

 

「いえ、そこまでは。ですが、結構な金額の物でも値引き交渉もせずに買っていかれるので相当な富裕層であることは確かでございます」

 

 女性で、東洋人で、赤髪で、富裕層。

 それだけの特徴があれば、人を探すには十分だ。

 

「ありがとうございます。やっぱりボージンさんを頼って正解でした」

 

 私はボージンに対してニコリと微笑む。

 ボージンは恥ずかしそうに視線を逸らすと、こめかみを指で掻きながら言った。

 

「この程度のことでしたらいつでもお申し付けください」

 

「ええ、今後とも贔屓にさせて頂きます。これは少ないですがお礼です」

 

 私はコートのポケットから金貨の入った小袋を取り出すと、ボージンに手渡す。

 ボージンは小袋の中身を確認し意地汚い笑みを浮かべた。

 うん、これぐらい自分の欲望に正直な人間の方が扱いやすいというものだ。

 

「それじゃあ、今日の所は失礼させて頂います。レイセン、行くわよ」

 

「あ、はい!」

 

 いつの間にか店の奥に置いてあるキャビネットを弄っていたレイセンが私の方へと駆けてくる。

 私はもう一度ボージンに軽く頭を下げ、ボージン&バークスを後にした。




プチコラム

ヴァルブルガ・ブラック
 シリウスとセレネのお母さん。反骨心の塊のようなシリウスとは違い、セレネのことは溺愛している。

漏れ鍋
 マグルの街と魔法使いの街を繋いでいるパブ。ダイアゴン横丁の入り口の店なだけあってそこそこ有名な店。

魔法で無理やりレンガの壁を突破するセレネ
 その行動に特に意味は無い。

アイスクリーム屋でクッキー
 流石のセレネも真冬にアイスは食べないし、アイスクリーム屋も冬場はカフェのようなメニューになる。

ノクターン横丁
 闇の魔術に関する店が多い通り

ボージン&バークス
 闇の魔術に関する品を多く取り扱っている古物商
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