ふたたり   作:くにむらせいじ

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 まえがき

 ふたりが、いにしえの遊びを始めたようです。
 


第3話 「カタチで遊ぼう」

 

 真っ黒な空間に、『点』が一つ現れた。

 

 そこを始点にして、『直線』を引く。

 線の長さを固定して、始点を中心に回転させてみよう。いわばコンパスだ。でも、紙が無いから、線の終点は、前後左右上下、3次元で全ての方向にグルグル回る。

 

 線の終点が無限個存在する……とすると、『点』の集合が『線』や『面』になる。

 *1

 

 斜め上から光を当てると、灰色の『球体』が浮かび上がった。

 少し下に地面……いや、ただの白い平面があって、そこに楕円形の影が落ちた。

 

 球体は、とてもきれいだと思う。一つの点と半径だけで定義できる、どこにも隙がない均一な曲面。でもシンプルすぎるかな。

 

 おもちのように球体を引き延ばす。楕円形……一定だとつまらないから、ちょっと変化をつけてみよう。卵型?

 

みかん 「もっともっと」

 みかんが、カタチに触れた。

 カタチは、さらに伸びていく。

 

 とがった流線形になった! これもきれい。

 

 わたしとみかんは、カタチをコピーして増やし、ぐにゃぐにゃ変形させて遊ぶ。

 

 かたまり と かたまりを くっ付けるのは、カタチの足し算。穴をあけたり削ったりするのは、カタチの引き算。ぼってり盛って、シャープに削って、スムーズにならして、ディテールを作り込み……粘土細工や彫刻と同じだ。

 

 作ったカタチの中が詰まっている、と考えて、『体積』と『重さ』を与えると、物体の真似事ができる。

 あとは……硬さとか、色とか、質感とか、熱とか、においとか……そういうのは、みかんの得意分野だ。おまかせしよう。

 

 こんな面倒なことしなくても、思い浮かべるだけで瞬時に何でも作れる。でも今は、手間がかかるやり方で遊びたい。

 そうだよね? と、みかんがいじっているモノを見た。

 

 ……かたまりが、太い棒状に伸び、バナナのように反って、ピンク……

 

 わたしは、あわてて『みかんスタンプ(果物のマーク。シンプルなイラスト)』を宙に浮かべ、みかんの作品を隠した。カメラ側から見えないように。このかわいいスタンプは、モザイク修正の代わりなのだ。

 

おもち 「みかんの えっちっち!」

 またこういう方向に行っちゃう……。ナニを作ろうが自由だけどさ。

 

 恐る恐る、みかんスタンプの向こう側をのぞいてみると……。

 

おもち 「うわぁ……」

 わたしは、ちょっと赤面してしまった。

 

おもち 「職人だねぇ……」

 そして苦笑い。

 

 残念ながら、これはアウトだ。

 『小学生男子のイタズラ』*2 レベルの造形ならセーフだけど、みかんは才能のかたまりだ。

 リアルすぎて、みなさまにはお見せできません。

……みなさまって誰? 

 

 みかんは、造形物を二つにコピーした。わたしも、みかんスタンプをコピーして、生々しいモノを隠し続ける。

 

みかん 「あげる」

 みかんは、造形物を一つ、手渡してくれた。

 ずっしり重くて、硬いゴムみたいな感触で、温かい。

おもち 「あ……ありがと」

 これは……引き出しにしまっておこう。

 

 目の前に、みかんが立って……浮かんでいた。濃紺のデニムパンツに、絵の具で汚れた大きな作業用のエプロン。後ろに束ねた髪が新鮮かわいい。熟練職人(マイスター)……の弟子みたいだね。

 そしてもちろん、わたしの手も見える。

 ふたりは、カラダの存在を思い出したのだ。モノを手渡したことで。

 

おもち 「次は何を作ろうか?」

 

 みかんが持っていたアレな棒が、変形して丸くなった。

 もう安全安心だね。わたしは、みかんスタンプを消した。

 

みかん 「アッヒルゥちゃ」

 不思議に愛らしい発音。

 

 黄色いプラスチック光沢……。

 

おもち 「アヒルゥちゃん?」

 

 これは、お風呂に浮かべる、かわいらしいアヒルのおもちゃ。ラバー・ダックだ。

 

みかん 「ほっ」

 ラバー・ダックが二つに分裂した……いや、カタチも体積も同じだから、『分裂』ではなく『複製』かな。

 

 2×2=4 、 4×2=8 、 8×2=16 、 16×2=32 、 32×2=64 、 64×2=128 ……

 1秒に3回ほどのペースで、倍々に増えていくラバー・ダック。

 

おもち 「さすが、芸術家はやることが違う」

 天才の考えることは、わたしのような凡人には理解できないのだ。

 

 ………… 2,048×2=4,096 、 4,096×2=8,192 、 8,192×2=16,384 、

 16,384×2=32,768 、 32,768×2=65,536 、 65,536×2=131,072 …………

 増殖のペースが上がっていく。

 

 …… 16,777,216×2=33,554,432 、 33,554,432×2=67,108,884 、 67,108,884×5 ……

 

 危険だ。

 

おもち 「止めて止めて! ストーップ!」

 

 手遅れだった。ラバー・ダックは観測不能な数まで増え、世界を黄色く埋めつくしていた。

 もはや、『数』ではなく『量』と言うべきか。 *3

 

 ふたりは、ラバー・ダックの海に、ずぶりズブリと半身を沈めた。

 ゴロゴロ当たって、地味に痛い。こんな遊び場あったよね。ボールプールだっけ?

 

 みかんのお下げのヘアゴムが切れて、髪がふわっと広がり、いつものボサボサに戻った。やっぱりわたし、この自然な髪型が好きだな。

 

 甘美な白桃の香りが、わたしの鼻をくすぐり、視界をピンク色にかすませる。

 ラバー・ダックの海に、島のように浮かぶ、裸の肩と鎖骨が、ほっそり色っぽくて……

 ……って!

 

おもち 「なんで脱いでるの!?」

 全く意味がわからない。

 

 7割ほど沈んで隠れたカラダ。ラバー・ダックの隙間から見えるのは、すべすべで健康的なお肌だけ。みかんスタンプが不要なのは助かるけれど、妙に想像力をかきたてる。

 みかんの近くに、作業用エプロンと、グレーの靴下の片方と、薄い水色の小さな布 が浮いていた。他の服はラバー・ダックの海に沈んでしまったのだろうか。服を脱ぐ動作が見えなかったから、脱いだのではなく『転送した』あるいは『消した』もしくは『溶かした』のかもしれない。

 

みかん 「おふろ」

 

おもち 「ああ! アヒルちゃん風呂ね!」

 全力スマイルで無理やり自分を納得させた。お湯が無い、ラバー・ダックだけのお風呂だ。

 ……お風呂というより お宇宙だけど。

 

 みかんの胸元から、パイナップルの香りがする。胸がチクチクするのは……なぜ?

 

 パイナップルの刺激で、自分も全裸であることに気付いた。いつの間にか脱がされていたらしい。お風呂だからね……。いや、始めから裸だったのかも。どうりで気持ちぃ……痛いわけだ。やわらかい肌に、ラバー・ダックのクチバシがぐりぐり食い込んでいるのだ。

 

 アヒルちゃんで構成された黄色の世界に、全裸の変態がふたり浮かんでいる。

 これが、シュールエロイズムか……。

 

 

 みかんが、ラバー・ダックを一つ、つまみ上げた。

 うにょーんと変形していく。プラスチック感はそのままに、曲面を伸ばし、流線形に整え……。

 

 造形物は、自動車のおもちゃになった。全長は20cmほど。ちょっとレトロな、オープン2シーターのスポーツカー。ぬるっとした丸みがある流線形のデザインに、イタリアンな赤。車種は分からないけど、かわいいかも。

 

みかん 「たべて」

 みかんは、自動車のおもちゃを手渡してくれた。硬くて、ひんやり冷たい。

 

おもち 「いいの? せっかく作ったのに」

 これ食べられるの? という疑問に意味は無い。食べようと思えば何でも食べ物にできるのだ。

 

 わたしは思い切って、自動車のおもちゃをかじった。

 

 ぶちゅるっ!! っと白いものが噴き出し、わたしの顔に盛大にかかった。甘いバニラの香り。表面は硬いけれど、予想外にもろくて、押しつぶしてしまったのだ。

 

みかん 「おいし?」

 愛くるしく首をかしげ、すこし上目づかいになるみかん。

 

おもち 「んふふ……おいしひ……」

 確かに、すっごくおいしい。

 自動車のおもちゃの外側は、薄いチョコレートのコーティングだった。カカオの香りと苦みが感じられて、パリパリの食感。中身は、ふわっふわのスポンジケーキ。よく見たらバニラビーンズが入っていた。さらにその中に、甘さ控えめだけど濃厚な生クリームが、たっぷり詰まっていた。体積的に収まらない異常な量で。

 

 みかんが、ぐいーっと、純真無垢な顔を近づけてきた。とがらせた唇にドキドキする。

 

みかん 「じゅるるるーーー!!」

 みかんは、掃除機のように、わたしの顔に付いた生クリームを吸い取ってくれた。

 色気のかけらもないなぁ……みかんらしいけど。

 

みかん 「へへ……」

 屈託なく、にぱーっと笑うみかん。この笑顔を見た人は、健康寿命が1年ほど伸びるだろう。

 *4

 

 

 無数のラバー・ダックが、一斉に変形を始めた。

  ……草木、建物、人、自動車、昆虫…………。

 

 

 中途半端に生クリームが付いたまま、放置されるわたし。

 犬みたいに ぺろぺろ舐めてくれるのを期待したんだけれど……残念。

 

 

 住宅街が広がった。新古が入り雑じる無数の民家。遠くに高層マンション。緑豊かな公園。遊具で遊ぶ子供たち。バイクのエンジン音。鳥の声。アスファルトと土のにおい。救急車のサイレン。

 

 

おもち 「嘘と狂気にあふれる、カオスな世界?」

 そんな解釈が浮かんだ。理由は無い。

 

 

みかん 「……ん…ふ……」

 みかんが、ふらっと倒れかけた。

 

おもち 「みかん!」

 わたしは、それを抱き止める。

 

 わたしは、パチンっとシャボン玉を割るように、世界を消した。

 真っ黒だとさびしいから、さわやかな空色にした。わたしたちのカラダはそのままに。

 ……合成に使うブルーバックみたいだね……。

 

 ぐったり疲れた様子のみかんを、ぎゅーっと抱きしめた。

 

おもち 「無茶しちゃだめ。ね?」

 この ちいさな神様は、ちょっぴり本気を出してしまったのだ。

 

 

 裸で抱き合ったまま、目を閉じて、黙り込むふたり。

 

 

 うすーい汗のにおいが、ほわわーんと心地よい。

 ……こんな誘惑で、わたしは落ちないよ。

 

 わたしは、みかんの耳元でささやいた。

おもち 「ねぇ、みかん……」

 

 しっとり塩味で、ぷにぷに熱い。皮膚の下を血が流れる音まで聞こえそう。

 お互い、裸は見慣れているけれど、こんなに素肌を密着させたのは初めてかも。

 

おもち 「思い出、作ろっか?」

 

 

 みかんは、こくん、っと、うなずいた。

 

 

 

 

 つづく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
 これには異論もあります。『点はどれだけ集まっても点であり、線や面にはならない』という。

 でも、『点の集まり』と考えた方が分かりやすいです。コンピューター上でも、その方が扱いやすい場合があります。複雑な数式で定義された3次元の曲面は、そのままではレンダリングや強度解析などがしにくいので、曲面に近似したポリゴンメッシュ(小さな平面の集まり)に置き換えますが、ポリゴンメッシュの正体は点群なわけで。(厳密にはこの説明も間違いのような……)

*2
 粘土でふざけて作って、先生に怒られるやつです。

*3
 『数』と『量』の違いを、数学的・物理学的に説明するのは難しいようです。

 感覚的・慣習的な使い別けでは、『数えられるものは数、数えられないものは量』です。実際に数えなくても、『推定○○個』などと言えるなら『数』で表せるモノです。

 液体や粉末などは、体積か質量……つまり『量』で表します。『水の分子が○○個』とも言えますが、普通は数えないですからね。

*4
 ※個人の感想です。




 あとがき

 読んでいただきありがとうございます。

 ふたりの思い出作りを邪魔しないように、カメラを止めました。

 この話は、『ふたたり』を初めて投稿してから1年以上経って追加したものです。
 出来事の前後関係(時系列)が狂ってる? と思われそうですが、これでいいのです。時間の流れ方も、ふたりが決めることなので。


 次話は、人体の不思議的な話……ではありません。


 [ 初投稿日時 2023/11/22 22:44 ]
 
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