勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
私はラピですね
第1話
「──第78工兵連隊、第29機械化歩兵連隊との通信途絶!!」
「──連隊本部より伝令!連隊長戦死!これより副長が指揮を執られるとのこと!」
「──最終防衛線が破られる…!」
「──対空機関砲を急いで据えろ!水平射撃だ!」
人類の総力を結集した──或いは余力を振り絞った最後の作戦は儚くも散華した。無辜の市民が日々の営みを過ごしていた市街地は戦火の真っ只中にあって建造物の多くが倒壊し、栄華の残り香すらも容赦なく鼻を突く硝煙と血潮や脂の臭いが掻き消している。
「──師団司令部より通信!現時刻を以て残存兵力は“アーク”へ退却せよ!」
「──決心しやがったか…上の連中は…!」
大小の火器が唸りを上げ、轟音が響き渡る最中、彼方で一瞬の閃光が走る。次の瞬間──最終兵器である原子の焔の柱が天を焦がす勢いで燃え上がった。強烈な爆風が市街地を襲い、衝撃波も加わって土煙を巻き起こす中、幾千の将兵は事前通達に従って地下深くへ通ずるエレベーターへと殺到した。
「──こっちはダメだ!満員だ!」
「──向こうのエレベーターは破壊されてる!」
「──おい、こっちだ!急げ!その無反動砲は捨てろ!少しでも生きてる奴を乗せるんだ!」
残り僅かとなりつつあるエレベーターへ将兵達が次々に乗り込む。満員ギリギリまでに達するとボタンが押され、鋭い音と共に扉が閉まり、落下にも近い勢いで地下へ向かって滑り落ちて行く。
「──生き残りはこれで全員か!?閉めるぞ!」
「──ッ!待ってください中隊長!」
将校が満身創痍の部下達が──半数以下にまで減った下士官や兵卒の員数を確認し、閉扉のボタンを押そうとした刹那、年若い兵卒が外を指差す。
「──待ってくれ!」
「──この人を載せてくれ!!俺達の小隊長なんだ!!」
体格の良い下士官に担がれた将校と思しき“ボロ雑巾”と、その随伴の十数名の歩兵が駆け寄って中隊長へ懇願する。
「──バイタルは低下してるがまだ生きてるんだ!」
「──1等軍曹、済まないが…」
チラリと少尉の階級章が襟に見えるボロ雑巾を一瞥した中隊長は眉間へ皺を寄せた。右腕は二の腕辺りから半ば千切れ、白い骨を覗かせている。脇腹も裂け、内臓の一部が溢れ落ちている有様だ。戦闘服は黒褐色の“血液”や己が流したであろう鮮血で染まり、元の色を覆い隠している。
今にも心停止し、
まだ若いであろう小隊長には気の毒であり、彼をここまで連れてきた指揮下の者達には心苦しいが捨て置けと命じようとする中隊長を察して少尉を担ぐ軍曹が声を荒らげた。
「──この人だけは死なせちゃならねぇんだ!俺達の席は要らねぇ!小隊長だけを載せてくれ!!」
「──任せましたよ!軍曹!奴等が来ます!!」
「──来やがったか!!行くぞ野郎共!死ぬ準備は万端か!!」
担いで来た小隊長を押し付ける形でエレベーターに載る将兵へ預けた軍曹は擲弾発射器が付けられた大振りの突撃銃を握ると残存の下士官、兵卒へ命じ、その全員が火器を構えつつ駆け出して行った。
「──投入された連中の回収は出来たかね?」
「──回収は間に合わなかったそうで…
「──ほう…これはこれは…大した損傷具合だ」
「──肋骨は全て折れ、内臓も破裂。肺にも骨が突き刺さっています。大腸と小腸の一部は体外に露出。浅達性Ⅱ度熱傷にⅢ度熱傷もあちこちに…」
「──右上腕は千切れ掛けているな。これでショックも起こさずに生きているとは…」
「──流石は───と言ったところですか」
「──だとしても凄まじい生命力だ。
「──一部に破損が見受けられましたので修復作業に入っています」
「──ところで
「──貴重なサンプルだ。外科的な治療を終えたらポッドへ入れておけ。いずれ人類の役に立つ時が来るだろう。いずれな」
どうやらツキにも見放されたらしい。
二十歳そこそこの青年は達観した様子で座席へ腰掛けていた。というよりも大人しく腰掛けているしか出来ないのだ。
──なにせ搭乗している輸送機が墜落中とあってはパイロットでもない人間は大人しく座っているしかない。
「──メーデーメーデーメーデー!!」
「──畜生!APUが作動しない!!操縦桿が…!!」
操縦席ではパイロット達が必死の操縦で機体を立て直そうとするが、推力と電力を喪失した機体では難しいだろう。見る見る間に地表が眼前へと迫っている。
最早、これまでだ──
「──本当にツイてない……」
小さく呟く青年の声は輸送機が地表へ激突した瞬間の轟音に掻き消された。
──か──し──ん──しき─
誰かの悲痛な声が聞こえる。
「指揮官!!」
誰かが身体を揺らしている。
それに応えたいが、身体が動かない。
「AED…AED…!失礼します指揮官!」
ドンッと全身が跳ねる程の衝撃が加わったかと思えば、胸骨が何度も押され始める。除細動器の電気ショックが掛けられ、胸骨圧迫による拍動の再開が促されたのだ。
「──ッ!?ゴホッゴホッ!!」
「指揮官!!」
心臓の鼓動が再び始まった瞬間、意識が浮上した青年は激しく咳き込む。
「私の声が聞こえますか!?聞こえるなら笑ってみて下さい!」
瞳を開ければ、眼前の視界は白黒の不明瞭な状態。しかし仰ぎ見ているのだろう青年の視界一杯には不安と安堵が入り混じった表情のまま見下ろしている美しい女性の顔が映った。
求められるままに──笑ってはみたが、どうにも頬の筋肉が痙攣を起こしているらしく、ぎこちない笑みであった。
しかしそのぎこちない笑みであっても眼前の美女は心底安堵したように溜め息を吐き出す。
「…所属先を言ってみて下さい」
「…中央政府…ニケ…管理部所属…コードは…」
「無理はなさらないで!そのまま頭の上まで手を上げて下さい!」
なんだか降伏するようで嫌な格好だが、などと内心で考える青年だが女性を無闇に心配させる趣味は少なくとも持ち合わせていない。望まれる格好をしてみせれば、今度こそ美女はホッとしたらしい。
「良かった…無事で…!」
彼の視界に色彩が戻ってきた。白と青を基調にした服を纏い、穏やかな性格を如実に示している顔立ちの美女に指揮官と呼ばれる青年はその場で上体を起こすと周囲を見渡す。
「…指揮官、良く聞いて下さい」
「…言わなくても分かる。輸送機が墜落したんだろう?」
「はい。作戦区域に移動中、対空火器によって…」
「…撃墜されるとはな。昨日、士官学校を卒業したばかりだというのに前途は生憎と良くないらしい…。生存者…パイロット達は?」
上体を起こしたまま彼は除細動を掛けるためにボタンが外された軍服やワイシャツを正して傍らの女性──今朝に離陸前の駐機場で初対面したばかりのマリアンへ問い掛けた。
だが彼女の答えは左右へ振られる頭の動きで概ね察せられるものだ。
青年が視線を移すと、墜落した機体の残骸が無惨な状態で晒されている。
随分と派手に墜落したというのに良く生きていたモノだ、と青年は自身の肉体の頑丈さに感謝するしかない。
「…
「いえ、既にラプチャーが集まって来ています。墜落の衝撃で混乱しているかとは思いますが今から私を指揮して下さい!」
「…了解した」
「ダメです!頭を上げては──」
「頭を上げなきゃ敵が見えん!──12時方向より敵接近!そこの遮蔽物に身を隠せ!マリアン、200m先にある乗用車の残骸が見えるか!?」
「──はい、見えます!」
「そこが
遮蔽物とした鉄筋が剥き出しのコンクリート。路上に転がっているかつてはビルか何かの一部であっただろうそれへ身を隠しながら青年は指示を飛ばした。
号令を聞き逃すことなくマリアンと呼ばれた彼女は握った機関銃の槓桿を引き、初弾を薬室へ送り込むと照準器を覗き込んだ。その先には接近を続ける敵の姿がある。
「──撃て!!」
発せられたそれに反応し、彼女の細い指先が引き金を引き切った。