勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
08:41。
数多の銃声、連続の擲弾の炸裂する爆発音が廃墟と化した市街地に鳴り響く。
銃弾と散弾が盛んにラプチャーの群れへ撃ち込まれ、足が止まったところに擲弾が弾着して炸裂する。
たちまち敵機の群れが残骸と成り果て、全機の撃破を認めた瞬間、青年の声が張り上げられ、撃ち方止めが命じられた。
「──よーし!これなら素晴らしいレベルじゃない?」
「──戦闘方面は問題なさそうですね!」
明るい声を上げるアニスとネオンが遮蔽物とした鉄筋コンクリートの大きな破片から身を起こし、視線の先に広がる光景を認めると何度も頷いた。
「──損害報告」
「──総員に損害はありません」
「──損害なし、了解。……久しぶりの戦闘だが、なんとかなるものだな」
分隊を率いるムーアが突撃銃から弾倉を抜き、残弾の確認を済ませる。再び弾倉を挿入口へ叩き込み、安全装置を掛けながら立ち上がる。
ラピの報告に頷きを返し、今回の地上へ上がった目的──マリアンの帰還後、初の実戦投入の結果を肉眼で捉える。ついでに言えば彼自身も久しぶりの戦闘だ。以前のリハビリ──ルドミラの送迎となった任務でもラプチャー数機と交戦になったがムーアが発砲するよりも早く、ラピとアニスが撃破していたのもあって総力戦から数えて約1ヶ月ぶりの本格的な戦闘となった。
彼自身の評価としては──概ね可、といったところだろう。
「マリアン。大丈夫か?」
彼も改めて全員を見渡し、大小関係なしに負傷等が見受けられないと認めてからマリアンへ視線を向ける。
彼女も問題はないだろうと分かっているものの念の為に尋ねるが──全く反応が返って来ない。
視線を向けた先では青と白を基調にした服を纏うマリアンが機関銃を携えて立っている。彼女はその格好のまま──撃破されて間もないラプチャーの群れであった残骸を呆然と眺めていた。
「──マリアン?」
眺めていたかと思えば、マリアンがゆっくりと歩き出す。
向かったのは──残骸となったラプチャーの群れだ。
彼女はその中でも
「──マリアン?」
「──ッ!…し、指揮官…?…え…わ、私…何を…!?」
膝を突いたままラプチャーを撫でている彼女の姿はラピ、アニス、ネオンも捉えていた。何をしているのか、と半ば呆然とした様子で見詰める中、歩き出したムーアが彼女の傍らへ辿り着くと細い肩へ手を置いた。
その途端、ハッと弾かれたようにマリアンが彼を見上げる。同時に自身が何をしているのかを理解したのか、慌てた様子で立ち上がった。
「…大丈夫か?」
「…は、はい…平気です…問題…ありません」
「…なら…良かった。──撤収しよう」
「──…はい」
マリアンが頷く。それにムーアも頷きを返すと分隊のリーダーであるラピへハンドサインを送り、撤収の合図を出す。
一番近いエレベーターまで20分程だ。帰り道を歩き出す分隊の先導をラピが務め、最後尾をアニスとネオンが固める。ちょうど真ん中を歩くことになったムーアとマリアンだが、彼女は思い詰めた様子で顔を俯かせている。
「──どうした?」
隣り合って歩くマリアンへ横目を向けながら彼が尋ねる。
彼女は濃い茶色の瞳から向けられる視線を受け、なんと説明したものかと逡巡してしまう。何度か口を開いては閉じ──表現と言葉を探して適切なそれをやっと紡いだ。
「…可哀想…だと感じてしまったんです」
「…可哀想?」
「…はい」
つまりラプチャー──敵機へ対してであろう。それを感じ取ったムーアは何故、彼女が説明を躊躇って逡巡していたのか察する。左側を歩いているマリアンの背中に左腕を伸ばし、軽く何度か叩いた。
「…キミは優しいからな」
「違います…そうではありません!前は…前は…こんなことは…!」
ラプチャーは不倶戴天の敵である筈だ。なのに攻撃を受け、撃破されたラプチャーを見た途端、憐憫の情が芽吹き、気付けばあのような態度を取っていたのだとマリアンは一息に語る。
「…わ、私…いったい…!」
「……あまり気にするな。最近、検査やシミュレーション訓練で大変だったんだろう?」
疲れも出ていた筈だ。あまり思い詰める必要はない、とムーアは更に何度か背中を叩いた。
11:35。
昼食の時間が間もなくである為、報告は時間を置いた方が良いだろうかとは考えたが、この手の報告はさっさと済ませるに限る。
司令部庁舎のアンダーソンへ宛てがわれた副司令官執務室。その前室となる秘書室で仕事をしていた副司令官秘書の女性へ軍服姿のムーアが目通りを願い出ると、思いの外、あっさりと入室の許可が出た。
入室と同時に視界へ入ったのは二名の男女だ。すなわち部屋の主であるアンダーソンとエリシオンCEOのイングリッドである。
ムーアは礼式に則ってアンダーソンへ対して挙手敬礼。副司令官が答礼の鷹揚な頷きを返し、彼は腕を下ろしながら軍帽を脱いだ。
久々に顔を合わせるイングリッドへの対応もそこそこに彼は報告を済ませる。
今回の地上へ上がった目的──マリアンの
しっかりとムーアの指示と命令へ従い、ラプチャーに対しての攻撃を躊躇わなかった点を強調して報告するが──懸念事項として、やはり報告せねばならない点があった。
「──マリアンがラプチャーに同情した?」
「──意識的な同情や憐憫…というよりも潜在的、或いは無意識の行動かと思われます」
彼の報告へまずアンダーソンが眉間へ皺を寄せながら反応を示す。
「──こんなケースは予想できなかったな…」
続いて反応を見せたのはイングリッドだ。女傑はソファに腰掛け、脚を組みながら柳眉を寄せて思案の様子となる。
「…ラプチャーと融合していた影響ではないのか?」
「それは分からない…。ムーア少…
「それ以外は何も」
「ふむ…様子を見るしかないのか…」
整った顎へ指を添えながらイングリッドが呟く。
ニケからヘレティックへ。そしてヘレティックからニケへ──或いは全く別の
「…ムーア大尉。いずれにせよ…良く気にかけてくれ」
「分かっております」
処分──その言葉が出なかっただけで満足だ。とはいえ彼女は協力的かつ献身的である。それこそヘレティックとなる以前と同様にだ。未知の技術で身体が構成された存在でもある彼女だ。易々と処分などするのは短絡的であると副司令官や女傑も理解しているのだろう。
「…だが…まさかとは思うが…万が一、万が一だ。
「──アンダーソン」
「……これだけは譲れない。ムーア大尉、理解はしているな?」
しかし──副司令官としての職責を担うアンダーソンはムーアへ釘を刺さねばならない。瞬間、濃い茶色の瞳の瞳孔が開く。
イングリッドが言葉を選ぶよう副司令官へ暗に促すが、分隊へ異動の許可を出した責任がある以上は譲れない一線は存在するのだ。
「…理解はしております。万が一の際は──彼女の指揮官としての
「……分かった」
瞳孔が開かれたまま頷きを返したムーアへアンダーソンも小さな頷きを見せる。
「…ムーア大尉。私からもひとつ情報を教えておこう」
「社長、なんでしょうか?」
「──アーク内の動きが怪しい。人員の移動が確認されている」
「…人員…つまりは──兵力?」
胸の下で腕を組んだイングリッドがムーアへエリシオンで掴んだのだろう情報を提供すると、彼は怪訝な様子で更に眉間へ縦皺を追加で刻んだ。
「中央政府軍でしょうか?」
「そのようだ。心当たりは?」
「…無い、と言えば嘘になります」
「…そうか。気の所為だと良いが…気を付けるように」
13:15
中央政府軍の兵力が動いている。その目標としてまず考えられるのは──マリアンだとイングリッドは語った。
アンダーソンとイングリッド、軍部の副司令官の一名とエリシオンのCEOという無視出来ない存在が支援する特殊別働隊の隊員である彼女を確保しようとする。
気軽に手を出すのは不可能に近い──という点を強調しているに等しいが、それでも彼女をなんとしてでも確保し、実験台へ乗せたいと考える者は少なからず存在している。
しかしエリシオンのCEOが懸念する程の兵力の移動──果たしてどれほどの人員が動員されているのか。そして
前哨基地司令部の庁舎内。その指揮官室でムーアが溜め息を吐き出した。
少しばかり遅めの昼食として戦闘糧食を平らげた彼は空になったパウチ等を片付け、纏めてゴミ箱へ投げ捨てると食後の一服として煙草を銜える。
オイルライターの蓋を金属音を響かせて開き、ホイールを回転させる。
散った火花が揮発したオイルへ引火し、火が灯るとそれへ煙草の先端を近付けた。炙られた煙草の先端から紫煙が薄く立ち昇る。吸い込んだそれを肺の隅々まで行き渡らせ、緩く紫煙を吐き出しつつ蓋を閉じた。
──さて、どうするか。
思案の為、ムーアは窓際へ歩み寄り、開け放ったままの窓から紫煙を吐き出した。
幸いにも敵──或いは
侵入、或いは浸透──いずれにせよ仮想敵が前哨基地へ部隊を輸送し、作戦行動を展開する為にはエレベーターを使用する他ない。
その窓口が限定されるのは有り難い話だ。対処も楽である。
問題はこれを破壊した場合、後々に補給、その他諸々の問題が発生する点だ。破壊は出来ない。
増援を許す事となる上に──そして最も懸念として残るのは基地要員である
必要とあらば可能なのだろう。その制限を刷り込んだNIMPHが存在しなければ──ラピやマリアンならば防衛の戦力の勘定へ含めても構わない筈だ。
「──駄目だ」
脳裏に浮かんだその思考をムーアはただちに打ち消す。
御大層な
しかし──彼女達に、人間を護るよう生まれた彼女達に、そのようなことはさせたくない。
人間を攻撃することによって存在理由の人間の生命の保護という原理原則が崩壊し、矛盾が発生。思考転換すら起こりかねない。──本音へ、そのような拙く穴だらけの
深い溜め息を吐き出すと同時に紫煙が窓の外へ流れて行く。
その紫煙の向かう先を何気なく視線で追っていた時──ムーアの眉間へ皺が寄った。
「……巡察?」
遠目だが、数名の人影が建造途中で放棄されたビルの物陰に見えた。
てっきり警衛隊の巡察の時間かと考えたが──今日の警衛隊司令はイーグルだ。定時の15時にはまだ早い。前倒しで巡察を済ませるような性格ではないだろう。
──ではあの人影はなんだ。
煙草を銜えたままムーアは指揮官室の片隅へ設けられたデスクトップの横に置かれている電話の受話器を掴み上げる。
背後のローテーブルには整備を始めようとしていた突撃銃が雑毛布の上で待っているが後回しだ。
警衛所へ繋がる番号をタップし、通話を試みる。
──繋がらない。
こんなことは有り得ない。
警衛隊司令の席にある電話が鳴り響き、数コールも掛からず上番しているイーグルが応答する筈なのだ。
明らかな異常発生である。
ムーアは続いて前哨基地全体へアナウンスをする無線機のマイクへ歩み寄り、そのスイッチを押して起動させた途端──
「───チッ!!」
司令部庁舎の外から多数の銃声が鳴り響き、咄嗟に彼は床へ伏せた。