勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
13:10。
警衛隊が詰める警衛所。24時間交代での勤務となる警衛に上番する者はここで仮眠や食事を行いながら、前哨基地内の定時の巡察、モニターの監視等を実施するのが任務だ。
時には侵入してきたラプチャーとの交戦と撃退も発生するが、迷い込んで来た敵機の性能はそれほど高くはない。
造作もなく彼女達で対応出来るのだが──ラプチャーよりも脆弱な者達によって制圧されてしまったのは皮肉以外の何物でもない。
「──拘束しろ」
指揮を執る人間──中央政府軍の部隊所属であることを示すワッペンを戦闘服の袖へ付けた
わざわざチタンマター製の手錠を持って来た彼等は警衛所へ詰めていた
随分と一方的な展開だ。誰一人として抵抗しない。それもその筈で──彼女達はそれが出来ないのだ。人間を傷付けてはならない、という意識が刷り込まれている以上は抵抗、そして反撃は不可能なのだ。
嫌悪感の類いが募り、抵抗しようと試みるも──やはり
「──これはなんの真似ですか?」
手を出すよう兵士に促されるが、警衛隊司令へ上番した量産型ニケ──イーグルが眼前の兵士へ目的を尋ねる。
しかし兵士は鼻を鳴らしたかと思えば──スリングベルトで首から吊るしていた小銃を掴み、その床尾板でイーグルの腹部を殴り付ける。
「──躾がなってねぇ
──痛いのは間違いないが、我慢出来ない程ではない。
身体を折ることを耐えてみせた彼女だが、我知らずの内に双眸が鋭くなる。無理もない。目的を尋ねただけで理不尽に打撃を加えられるとは思うまい。それも正規兵に、である。
「──…なんだその目は」
「──どうした?」
「──この
指揮官であろう下士官が歩み寄って来ると兵士がイーグルを視線で指し示す。すると──
「──馬鹿野郎。反抗的なニケはな…こうやれば命令を聞くんだ」
おもむろに指揮官は抜き取った拳銃の安全装置を外す。消音器が取り付けられた銃口がイーグルの腹部へ向けられ──引き金が躊躇なく引かれた。
消音器の効果で抑圧された銃声が警衛所の中へ響き渡り、撃ち出された拳銃弾が腹部に命中した彼女は今度こそ床へ倒れ込む。
「──グッ…!」
「──もう2、3発撃っとけ」
「──はい、軍曹」
見本を示した分隊長へ頷いた兵士が床に崩れ落ちたイーグルの右腕を足で踏み付けながら、右手の甲へ銃口を向けるや否や引き金を引く。いくらガッデシアムの肌とはいえ、そして対人用火器のそれとはいえ、これほど至近から発砲されては肌とその下の人工筋肉も貫通してしまう。
意識して痛覚センサーをオフにする彼女だが──屈辱が心中で芽生え、顔を上げると右腕を踏み付ける兵士を睨んでしまった。
「──なに見てんだよ?なんだその目は?気に入らねぇな」
今度は銃口が頭へ向く。その銃口を臆すことなく睨み付ける彼女の反抗的な視線が癪に障ったのか──兵士は苛立たしげに爪先と靴底へ鉄板が仕込まれたブーツで頭部を力一杯、蹴り飛ばす。
「──軍曹、全然ダメです」
「──なにやってんだ……なんだお前達?」
警衛所の内部で拘束が済んだ筈のニケ達から刺すような視線を向けられていると今更ながら気付く分隊長は舌打ちを鳴らし──おもむろに自身の部下達を見渡した。
「──…チッ。おい、お前ら…ストレス発散だ。こいつらに躾をしてやれ」
「──了解」
「──外に出ろ!早くしろ!!」
兵士達が銃口をニケ達へ突き付け、蹴り飛ばしながら彼女達に警衛所の外へ出るよう命じた。
指示へ従わない者達には容赦なく銃床打撃や銃撃で言うことを聞かせ、少しずつ警衛所を空にしていく。
イーグルの態度が伝染したのか、他の彼女達の双眸は敵意の色へ染まっていた。
13:18
「──何処の阿呆共だ…!」
司令部庁舎の外、かなりの近くから銃声が響き渡り、加えて装輪装甲車らしきエンジン音まで聞こえている。それも複数台のようだ。
最初の銃声が響いたと同時に床へ伏せた彼はそのまま匍匐前進でローテーブルまで辿り着くと、机上で整備を待っていた自身の突撃銃を握る。
まだ残弾を弾薬庫に返納する前で良かった。弾倉へ込められたままの状態である。
弾倉を掴み、機械仕掛けの右脚へ叩き付けて雷管を揃えると挿入口に装填。槓桿を引き、ボルトフォアードアシストを掌底で叩く。
一連の動作は慣れたものだ。
頭部にヘッドセット、半袖の黒いシャツの上へこちらも手入れ前のボディアーマーを着込み、拳銃が収められたレッグホルスターを右脚に巻き付ければ準備完了。
銃声が鳴り止むと同時にムーアは身体を起こして灰皿に煙草を押し潰すと窓際へ歩み寄った。
「……約30名。小隊規模か。
壁へ背中を付けながら窓から外を──司令部庁舎前を伺う。掴みで約30名の武装した兵士の姿を認める。おそらく見えないだけで前哨基地に他の人員も存在するのだろう。
「…何処の部隊──トライアングル、中央政府軍か」
目を凝らして観察するまでもなかった。見覚えのある三名の姿を捉える。ユルハ、アドミ、そしてプリバティである。
ムーアは戦闘服のポケットから携帯端末を取り出す。何の真似事か、とユルハへ問おうとしたのだが──
「…こっちもか…」
液晶画面へ表示されているアンテナが立っていない。電波妨害でも受けているのか、どうやら携帯端末は役立たないようだ。先程の電話の様子を見る限り、電話線やケーブルの類も切断されているのだろう。有線であるのが裏目に出た。
無線は──と彼はヘッドセットを操作し、宿舎にいるだろう分隊の部下達との交信を試みる。
「──ラピ、聞こえるか?」
小隊規模の兵力が動いているのだ。無線まで使えなかったら作戦に支障を来たすのは明白である。使えるだろうと見込んで交信を試みると──
〈──指揮官。ご無事ですか?今は何処に?〉
「無線は使えるか…良かった。俺は大丈夫だ。指揮官室にいる。宿舎か?損害は?」
〈──分隊は私を含めてアニス、ネオン、マリアンが揃っています。非番の
「あぁ、招いてはいない筈なんだがな。トライアングルだ。兵力は歩兵が見える範囲で約30名、一個小隊規模。
無線越しにラピへ報告するムーアの視線は宿舎へ向けられる。どうやら先程の銃声──射撃は宿舎へ対してであったようだ。
揃いの戦闘服や装備を身に着けた人間の兵士達が宿舎の正面玄関前へ陣取り、銃口を向けている。
しかし司令部庁舎の中にもおそらくは侵入してきているのだろう。
「脱出は出来るか?」
〈──なんとかやってみます〉
「無理はするなよ。クリアリングの訓練に使っている廃ビルで合流だ」
眼下ではプリバティが宿舎へ向かって進み出そうとした矢先、一発の銃声が響き渡ったからかその場で立ち止まる様子が見えた。──今の銃声はラピの突撃銃だろう。
「…くれぐれも無理はするな」
〈──ラジャー。指揮官、お気を付けて〉
「そっちも」
そうと決まれば早速、行動に移らなければならない。彼は慎重に窓際から離れようとするのだが──
「──ん?」
直線距離にして約400m。前哨基地司令部庁舎の前を通る舗装道路の遥か先には警衛所が設置されている。そこで
ピントを合わせ──視界に映った光景を認めた途端、彼の眉間へ深い縦皺が刻まれた。
ニケは原則として人間を攻撃出来ない。強い殺意や反撃の意思さえあればNIMPHが機能していたとしても、それは可能なのだろうが、原則としては不可能である。そう
それを良く知っているのだろう。だからこそ──彼の部下達に対して一方的な暴行が加えられるのだ。
護身用の拳銃には実包が込められているのだろう。消音器付きのそれを向け、引き金を引いて腹部を撃ち抜く。敢えて頭を撃たない理由は分からないが、知りたくもない。どうせロクな理由ではなかろう。体の良いサンドバッグ代わりといったところか。
携行する小銃の打撃で頬を力一杯、殴り付ける兵士達もいる。何人かの列を作り、代わる代わる殴り付けているのは──誰が殴れば一番大きくニケの身体が揺れるかを競う為か。
いずれにせよ──双眼鏡を下ろしたムーアの瞳から感情が消え失せる理由となるには充分過ぎた。
音が立たないよう、ムーアの手で慎重に窓が開けられる。
片膝を床へ突き、突撃銃を窓枠に預けての依託射撃の姿勢を取った彼の指先が動く。静かに安全装置が外され、単射に切り替えられた。
「──わん!わんわんわん!ガルルッ…!わんわんわんわん!!」
随分と可愛らしい犬の鳴き声が大気を震わせてムーアへ届く。声音からしてアニスだろう。
──今度、目の前でやってもらうか。
彼の口角が僅かに綻ぶ。だが直ぐに唇は真一文字へ結ばれ、肺から息を全て吐き出した時、引き絞られた引き金が引き切られた。
撃針が雷管を叩き、薬莢内で炸薬が燃え上がる。その燃焼で押し出された弾頭が銃身内で回転しつつ銃口から飛び出す。排莢口から蹴り出された薬莢が宙を舞う最中も弾頭は緩い孤を描きながら飛翔を続けていた。
その弾頭が庁舎前へ集まるトライアングルの頭上を飛び越え、舗装道路の上空に至った瞬間──反応を見せた者達がいた。プリバティ、ユルハ、そしてアドミが反射的に身を屈める。流石はニケといった所か。いち早く反応しながら彼女達の視線が司令部庁舎の2階へ向けられた。
彼が発砲した弾頭が向かった先は脚を撃ち抜かれ、路上へ膝を突いているイーグルが被るヘルメットを脱がせ、薄ら笑いを浮かべつつ拳銃の銃口を額へ押し付けようとする兵士だ。
直線距離にして約400m。その距離を瞬く間に飛翔した弾頭は兵士の拳銃の右手を──血煙と肉片に変えた。
手首から先が一瞬の内に消え失せ、一拍遅れて激痛が走ったのだろう。兵士が左手で逆の手を庇いながら悲鳴と絶叫を奏で上げる様子が光学照準器の中に映る。
夥しい出血を始めた兵士へ駆け寄る他の者達へもムーアは引き金を引いた。次弾は足元の道路へ弾着し、アスファルトの破片が飛び散って、肌にめり込むだけで終わってしまったが──
しかしこれでムーアの位置がバレてしまう。
とはいえ──考えようによっては願ったりだ。
「──援護する。脱出しろ」
無線を介してラピに命じるや否や、立ち上がった彼は窓から身を晒しつつ眼下へ突撃銃の銃口を向ける。切替レバーが指先で操作され、連射となった瞬間、引き金が引かれた。
連射の銃声が響き渡り、舗装された路上に弾痕が刻まれ、破片が飛び散る。
──撃って下さい、と言わんばかりに開けた場所へ立っている方が悪いのだ。
射撃訓練の標的と同等に狙い易い格好の兵士達へ銃撃を見舞うも、混乱に乗じて宿舎からの脱出を図る彼女達の援護が目的なのもあって狙いは大雑把。破片で兵士達に傷を付けるだけに留まるが──宿舎の裏手から十数名の人影が飛び出たのをムーアは認めた。
もっと時間を稼ぐ必要がある。
彼がポーチを漁り、手榴弾を抜き取ると射撃の手を止めた。握り込んだそれのピンを引き抜き、砲丸投げの要領で手榴弾を投じる。
「──手榴弾!!」
落下し、路上へ転がった手榴弾を発見するや否や、兵士のいずれかが警告を発した。兵士達が蜘蛛の子を散らすように手榴弾から反射的に遠ざかりながら路上へ伏せた数秒後、炸裂したそれが周囲に破片を撒き散らす。
効果の確認は行わず、ムーアは直ぐに窓際から離れるとローテーブルの近くへ置いていた背嚢を背負った。
指揮官室を抜け出る前には──普段と同じく
指揮官室の施錠を手早く済ませると、彼は突撃銃を構えながら廊下を進み始める。エレベーターは使わず、階段へ辿り着くと階下で複数の足音が聞こえた。
「──
念の為に彼は声を張り上げる。合言葉なのだが──反応はない。その代わりに階段を駆け上がって来る気配を捉えれば、
彼がボディアーマーのポーチから残り僅かの手榴弾を取り出し、それのピンを引き抜いて階下へ投げ捨てる。
階段を転がり落ちる音が響く中、彼ではない別の男の声が「手榴弾!」と叫んだ。
ややあって屋内であるのも手伝って爆発音が大きく反響した。炸裂を認め、階段を降り始めるムーアは突撃銃を構えながら臨戦の姿勢を崩さない。
1階へ辿り着くと──少しだけ即応が間に合わなかったのか手榴弾の爆風と破片を浴びた数名の兵士が壁へ叩き付けられた格好、或いは床へ倒れ伏した姿を晒していた。
微かな呻き声を漏らしているのでまだ生きてはいるのだろう。辛うじて、だが。
このまま頭に1発──と考えた矢先、正面玄関から突入して来た複数の足音をムーアはヘッドセット越しにも捉え、銃口を向けるや否や引き金を引いた。
とはいえ、トライアングルの兵士達も鍛えられた軍人と兵士の集団だ。彼の銃撃から身を守る為、遮蔽物へ隠れながらの応射となれば司令部庁舎内はたちまち戦場の様相を呈した。
──修理費が嵩むな。
今更のことを考えながらムーアは突撃銃の弾倉を交換する。午前中の任務で余った残弾を返納していなかったのは幸いだが、手持ちは生憎と少ない。背嚢の中にいくらかは納めているが節約せねばならぬだろう。おそらく弾薬庫も制圧されている筈だ。
と、その時、彼は違和感に気が付く。その違和感を確かめる為、ヘッドセットのハウジングをずらして敵の銃声へ耳を傾けると──どうやら実包のそれではない。
──ナメられたもんだ。
ならば──とムーアは身を隠していた階段の壁から躍り出ると背嚢やボディアーマー、そして対ラプチャー用のテトラライン製突撃銃を持っているとは思えない素早さで廊下を駆け出した。
何発かゴム弾が身体へ命中し、或いは掠めていくが、怯むことなく肉薄する。
おそらく敵からすれば、恐怖以外のなにものでもなかった筈だ。
瞳孔が開いた双眸を爛々と光らせた長身かつ大柄の男が突っ込んで来るのだ。それも何発かのゴム弾──人間であれば間違いなく死なない代わりに骨折や打撲と言った激痛が走るだろう代物を喰らっても怯む様子がない。
肉薄したムーアは──2階から見えた光景の
兵士の一人のボディアーマーに守られた腹部を突撃銃の銃口で刺突し、その衝撃で身体をくの字に曲げ、壁へ叩き付けられるや否や、床尾板で強打したのだ。腹部の内側で
濃い茶色の瞳を爛々と光らせながら彼は次の獲物を認める。
「──久しぶりだな、
いつぞやの中央公文書館での調べ物の最中、失礼にも将校を脅迫した下士官の姿を捉えた彼は肉薄すると挨拶を一方的に済ませ──構えられた小銃の銃口を突撃銃で払い除ける。
ムーアが握る突撃銃の銃身が伍長の右脇へ通されたかと思えば、そのまま身体を半転させられ、肘と肩の関節が
別に
伍長が纏うボディアーマー──その肩と背中に突撃銃を依託しながら前へ進むよう促す。少しでも抵抗しようものなら右腕が
「──ムーア大尉!!」
正面玄関から堂々と舎前へ姿を現したムーアにトライアングルの隊員達の銃口が向けられるが──
プリバティが彼の名を呼ぶが、ムーアは鼻を鳴らす。
「こんなに早く再会出来るとは思わなかった。──あぁ、俺の部下に随分と手酷い真似をしてくれたな。アレが中央政府軍の流儀だというなら…これが俺の流儀だ」
「…
「あぁ、とぼけなくて良い。流儀には流儀で返さんと失礼だからな…」
訳が分からぬ様子のプリバティに構わずムーアが左手で握るファイティングナイフが伍長の皮膚を切り裂き、血が滲み始める。徐々に食い込んで来ているのだろう刃の冷たい感触のみを捉えてしまう程、伍長は顔面蒼白のまま歯の根をガタガタと鳴らす。
「ムーア大尉!伍長を解放して下さい!これは警告です!」
「──なら俺も警告だ。俺が預かっている
歩け、とムーアは伍長へ命じる。ついでとばかりに、ほんの数mmほどナイフの刃を更に肉へ食い込ませながら告げると伍長は大人しく従って彼が指示する通りに動き始めた。
イーグルは一応は無事でした。
とはいえ、これだけでもムーア大尉の殺る気スイッチはONとなりますので…まぁ大丈夫でしょうか。