勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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『我々は兵士や戦士を造るのではない。戦闘機械、いわば生体戦闘兵器を造るのだ。これを我々はクラトス計画と名付ける』

─中央政府所蔵の遺失物【とある科学者の手記】より抜粋─





第7話

 

 

 

 

 

 

 17:30。

 

「…なんとか帰って来れたのは良かったけど……これで終わると思う?」

 

「…終わらないでしょうね」

 

 仮初の空──エターナルスカイが夕焼け色に染まる前哨基地。エレベーターから降り立ったカウンターズ一行がムーアを先頭に基地司令部庁舎へ向かって歩く最中、隣り合うアニスとラピが言葉を交わしていた。

 

「…更なる手口でマリアンを確保しようとするはず」

 

 溜め息混じりに分隊のリーダーであるラピが予想を呟くと、アニスは被ったベレー帽を取り、亜麻色の髪を乱暴な手付きで掻き毟る。

 

「…うーん…じゃあ、私達はどうすれば良いんですか?」

 

「──諦めるか、最後まで守り切るか……ふたつにひとつよ」

 

 この場合、最も穏当に済ませられる解決策はないのかとネオンが僅かな期待を込めてラピに尋ねるが、彼女が返した答えは極端なものばかりだ。

 

「…“最後まで”とは、“死ぬまで”ですよね?」

 

「…えぇ。あっちは諦めないでしょうから」

 

「こっちの副司令官の()()()()が後ろ盾になってくれてるのに?」

 

「相手も副司令官、同格の相手よ。片方がその気になって押し進めれば、()()()()使()()()()()()止められないでしょうね。──そして、その武力の水準にも限界があるはずだし」

 

 ヘッドセットが無くなり、明瞭に彼女達の会話を聞き取れるムーアはソフトパックをポケットから取り出した。中身は──これで最後である。

 

 乾燥気味の唇へ吸い口を銜え、オイルライターで火を点けると空のソフトパックを握り潰してポケットへ捩じ込んだ。

 

「…何よりも()()()()()()()は、意見が一致したようだから。──マリアンを開ける、と」

 

「…困ったね…」

 

 濃い茶色の瞳を細めた彼は細く紫煙を吐き出す。それはさながら──溜め息の如くであった。

 

 ムーアの視線は無人の警衛所を通過する際、赤い触媒で濡れた舗装道路の路肩へ向けられる。そこで立ち止まった彼が銜え煙草のまま紫煙を燻らすと、不意に背負った背嚢が軽く叩かれ、続けて左手が細い手の平へ包まれた。

 

「──指揮官、行きましょう」

 

「──指揮官」

 

 ラピが促し、マリアンがぎこちなく笑みを浮かべると、彼は小さく頷きを返す。とはいえ、基地司令部庁舎への足取りは重いものであった。

 

 まだ硝煙や流れ出た血液、残り香が漂っていそうな惨状が庁舎前の駐車場に広がっている。

 

 手榴弾が炸裂した拍子に飛び散った破片や衝撃波が庁舎の窓ガラスを何枚か砕き、壁に突き刺さった鋭利な破片が認められる。

 

 次いでムーアの視線は2階へ向けられた。指揮官室の窓が全て内側から吹き飛んだのだろう。路上に散乱するガラスの欠片の正体はそれのようだ。果たして誰が勝手に侵入したのか。

 

 眉根が更に寄るが、それはさておき──

 

「…エリシオンの?」

 

 見覚えのある高級車が駐車場の片隅に停められているのが気になった。

 

 司令部庁舎へ足を踏み入れると、内部も荒れている。それもそのはずだ。

 

 1階──特に階段と正面玄関口のロビーの間では激しい銃撃戦が、そして手榴弾の炸裂も手伝って至る所の壁が大きく傷付き、大口径の太い薬莢が床へ散らばっている有様が広がっている。

 

 これはどうやって修理すべきか、ともムーアは思うが──床の上に泥の付いた足跡が残されていると気付けば首を傾げる。それもひとつやふたつではない。

 

 貸与、支給される兵士のブーツのそれではないと直ぐに分かった。足跡は2階へ続く階段に向かっている。

 

 カチリ、と彼の携行する突撃銃の安全装置が外された。煙草を携帯灰皿に投げ込み、右肩へ宛てがった突撃銃を構えつつクリアリングを行いながら2階に向かう。

 

 階段を昇り切り、廊下へ辿り着くと直ぐに指揮官室の扉があるのだが──

 

「……誰かペンキでもぶち撒けたか?」

 

 指揮官室前の壁一面が赤黒い血で染まっている。

 

 肉片らしき代物も貼り付いているのが分かったが、やはり万が一の()がしっかりと作動したようだ。

 

 とはいえ、警戒は解けない。ムーアの背後から歩み寄ったラピも突撃銃を構えつつ、準備が整ったことを報せるように彼の肩を軽く叩く。

 

 それを合図に換気が抜群となっている指揮官室の扉の横へ付いた彼がカッティングパイの要領で死角を処理して行き、やがて室内へ突入すると──

 

「──失礼しました」

 

「──いや、構わない。邪魔しているぞ」

 

 室内も散々の有様だ。旅客用のバス一台を丸々吹き飛ばせるだけの高性能爆薬(C-5)が仕掛けられていたのだ。内部からの爆発の衝撃波は窓ガラスを容易く打ち破り、室内の調度品の類を全て半壊もしくは全壊とするのは当然だ。

 

 室内でなんとか半壊で済んだソファ──大きく傾いているが、それへ腰掛けつつ脚を組むイングリッドの姿を認めるとムーアは銃口を下げた。

 

「…教官?」

 

「あ、社長!お久しぶりです!」

 

「…いつから居たの?」

 

「2時間ほど前から。エンターヘブンがここを襲撃したと聞いて」

 

 アークの外縁──アウターリムで活動している武装テロ組織。AFX列車テロ事件などの重大テロ事件を引き起こしている。その組織が掲げるのは認識チップを持たないアウターリムで生活する人々の人権保護やアウターリムの自治権、アークへの出入りの許可。

 

 いずれにせよムーアとは関わりのない組織なのだが──何故、前哨基地という軍部の施設を襲撃したのか、と疑問符が浮かんだが、ひとつの可能性へ思い至ると、アニスやネオンの背後へ佇むマリアンに視線を向けた。

 

「──マリアンが狙いだった、と?」

 

「…理解が早くて助かる。まぁ私が部隊を率いて来た頃には──ほとんど死んでいたがな」

 

 そこで、とイングリッドは顎で指揮官室前の壁を示す。ブービートラップの炸裂と同時に壁へ叩き付けられたのだろう、と想像するのは容易かった。

 

「…何故、エンターヘブンのような組織がマリアンを?情報は機密だったのでは?」

 

「…既にマリアンの存在はアーク内に知れ渡っている。勿論、知る人ぞ知る、という奴だが……中央政府を始め、あらゆる奴等が彼女の存在を認識し、狙っている」

 

 一難去ってまた一難、とはこの事なのかもしれない。

 

 突撃銃へ安全装置を掛けたムーアは勝手知ったる自身の部屋の隅へ向かう。クローゼットは爆発でひしゃげているが、なんとか扉は開いた。尤も開いた拍子に蝶板が壊れてしまい、溜め息を吐き出しつつ彼は扉を床へ投げ捨てた。

 

「誰かが意図的に情報を流したとしか考えられない。その正体が誰であれ、マリアンを確保さえすれば力ずくで、再び奪うことの出来る人物がな」

 

「…そんな過激な方法を選ぶ人物はバーニンガム副司令官以外には思い付きませんが」

 

 確認を兼ねてラピが尋ねると、答えに窮したのかイングリッドは彼女から視線を逸してクローゼットの中身を漁るムーアへ眼差しを向ける。

 

「…ノーコメントだ」

 

「──分かりました。ありがとうございます」

 

 それだけで充分すぎる答えだ。ラピの礼が向けられるも、イングリッドは僅かに瞳を伏せた後、再びムーアへ視線を遣る。

 

 クローゼットの中身を漁っていたのは、仕舞っていた煙草を取り出す為であったらしい。手の内へ収まる大きさのソフトパックを掴み、セロファンや銀紙を外し、トントンと指先で軽く叩いて煙草の吸い口を飛び出させている彼へ女傑が声を掛ける。

 

「──ムーア大尉。マリアンを君へ押し付けた私が言うことではないのかもしれないが……事態がこうなっている以上、無理かもしれない」

 

「──無理、とは?」

 

 銜えた煙草の先端へオイルライターの火を点けた彼が尋ね返す。言わずとも分かっているだろう、とイングリッドは眉根を寄せる。それを自身の口から説明しろと言うのか、と女傑は一瞬だけ瞼を閉じた。

 

「…これからは時間と場所を問わず、大勢の者が君達を襲うだろう。アークが、マリアンを欲している。私とアンダーソンが力を貸すが…アーク全体を相手にすることは出来ない」

 

 そしてなにより──大義名分は()()()にある、とまで告げることをイングリッドはしなかった。そこまで酷な人物ではなく、またその性格も有していない。

 

「…つまり…自分が仲介をするから、マリアンを渡せ。そう仰るのですか?」

 

 彼の右手が右脚へ巻かれたレッグホルスターに伸びる。それを見たイングリッドは自身の遠回しな表現がこの状況では不適切だと悟る。

 

「──違う、そういう意味ではない。方法を探せ」

 

「無責任すぎるんじゃない?」

 

 アニスが割り込んで口を挟む。その指摘に女傑もぐうの音も出ないが──こればかりはこう返すしかなかった。

 

「…信じているからだ。君は今まであらゆる問題を解決して来た。今回も出来ると信じている──」

 

 不意に室内へバイブレーションの微かな音が響く。それはイングリッドの懐からだ。女傑が胸元を漁り、携帯端末を取り出すと画面へ表示された受信相手を一瞥し、通話をタップする。片耳へ宛てがうと聞き慣れた声が鼓膜を擽った。

 

「…あぁ、私だ。…前哨基地にいる…ムーア大尉ならいるが?…分かった。──大尉、君にだ。アンダーソンからだ」

 

 わざわざ保留にする程、気遣いが必要な相手ではない。イングリッドは自身の携帯端末を大きく傾くソファへ腰掛けながらムーアへ向かって差し出した。

 

 彼が銜え煙草のまま歩み寄り、それを受け取ると右耳へ宛てがう。

 

「──はい」

 

〈──私だ。君の番号に掛けても出ないから、もしやと思ってイングリッドに掛けてみた〉

 

 電話口の向こうで緊張を隠し切れない様子のアンダーソンの口調が気になったが、それを無視してムーアは自身の携帯端末を取り出す。──確かに何度かアンダーソンからの不在着信が表記されている。

 

「…申し訳ありません。気付きませんでした」

 

〈──いや、それは構わない。…君の心境を察すれば、気付かないのも道理だ〉

 

「…それで御用件は?」

 

 自身の携帯端末をポケットに仕舞い込むと、彼は床へ視線を向け、灰皿を探した。ステンレスで作られた円型のシンプルな卓上灰皿だ。

 

〈──…バーニンガムだが…彼は諦めないようだ。自分が持つ全ての手を使ってでもマリアンを開ける。殴られても、銃を向けられても諦めない、とも言っていた〉

 

「…私はバーニンガム閣下を少し過小評価していたようです。中々、肝の据わった方だ。私の好む相手です」

 

〈──……そうだろうな〉

 

 やっと見付けた。窓際の壁に落ちていた。吸い殻が散乱しているが、構わずに灰皿を拾い上げ、窓枠へ置くと溜まった灰を叩き落とす。

 

〈──…私も可能な限りは君の支援を行いたいが……〉

 

「…お気遣いは嬉しく思いますが、閣下も大っぴらには動けないでしょう。あまり目立つと閣下にも悪影響が及びます」

 

 彼が淡々とした口調のまま電話口の向こうへ語り掛けると、小さな溜め息が漏れ聞こえた。肯定のそれとムーアは感じ取る。

 

 火消しと後始末を頼む為にも、アンダーソン自身の上層部からの評価をあまり下げられては困る。交渉の窓口、或いはこれから()()()()()()惨状へ対するカバーストーリーの脚本を書いて貰わなければならない。

 

〈──…何か望みはあるかね?〉

 

「…いくつか」

 

〈──言ってみなさい〉

 

 彼は促されるままいくつかの要求をアンダーソンへ述べた。

 

 第一に、アークから前哨基地へ通じるエレベーターを()()として運行中止の布告を出すよう求めた。

 

「…その()()を無視して上がって来た場合は──これが第二です」

 

 第二に、それでも前哨基地へ侵攻して来た者、或いは者達は所属の如何を問わず()()()()()、もしくは()()()の認識を徹底するよう彼は願った。

 

「…第三は…空──エターナルスカイについてです」

 

 本日の日の入りの時刻から、彼が要請するまで前哨基地内は()()()()()にして欲しいとの要望が告げられる。

 

「…そして第四です」

 

 最後は、アンダーソンを介してバーニンガムへ対する要求だ。攻めて来るのは構わないが、既婚者、恋人がいる者は除外する点を求める。勿論、志願者の場合はその限りではない。

 

「……以上です」

 

〈──…伝えておこう。聞いてくれるかは分からないが…〉

 

「…それで結構です。──ついでに、こうもお伝え下さい。こちらは実質的な戦力は1()()()()。死ぬ気で掛かって来い、と」

 

〈──……何をする気か、聞いても構わないか?〉

 

「…決まっているでしょう」

 

 問い掛けられると、ムーアは短くなった煙草を灰皿へ押し潰し、肺に残っていた紫煙を吐き出しながら宣言する。

 

「──戦争ですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 23:45。

 

 

──ア"ア"ア"ア"ア"!!ガ ア"ザア"ア"ア" ン"ン"!!!

 

 気化した燃料が業火と変化し、全身を焦がしながら母に助けを乞い願う若い兵士の断末魔の響きが執務室を揺らす。

 

 やがて気管が焼き潰され、意識が途絶した兵士がネックレスの如く首に掛けられた古タイヤの重さへ負けて上体を折った。

 

 このまま黒くなるまで灼かれることだろう。

 

 その光景を後頭部から撃ち抜かれ、事切れた軍曹の死体へ立て掛けられた携帯端末からビデオ通話で見せ付けられたバーニンガムは目を逸したくとも逸らせない程の衝撃に打ちのめされた。

 

 腫れ上がった顔へ氷嚢を当てる副官──パピヨンまでもが表情を強張らせている。

 

〈──バーニンガム閣下。()()は守って頂けなければ困りますな。アンダーソン閣下から連絡は行っている筈です〉

 

 画面の先に広がる惨状。それに似合わない落ち着いた低い声音が淡々と語る。不意に画面が揺れたかと思えば──額を中心に大きな風穴が空き、瞳をカッと見開いたまま事切れた軍曹の顔がバーニンガムの持つ携帯端末の液晶画面へ広がった。

 

〈──ジョンソン3等軍曹、でしたか。たった今、未亡人となった奥方にはなんと説明するおつもりで?テロリストとの戦闘で亡くなった、とお悔やみの手紙でも書かれるのですか?〉

 

 淡々とした口調のまま画面へ顔を見せないムーアの声が問い掛ける。なんと返せば良いのか──適切な言葉を吐き出そうとするも、バーニンガムの腫れた唇は震えるだけで役に立たない。

 

〈──次は分隊ではなく、小隊を送り込んで下さい。なんなら装甲車両でも構いません。──これでは()()にもならない。物足りないのですよ〉

 

「──し、正気か…!?ほ、本気で……!?」

 

〈──無論。()()()()私は諦めない。ではバーニンガム閣下。楽しい夜をお過ごし下さい。私も楽しい夜になりそうだ〉

 

 ブツン、と携帯端末の画面が黒く染まり、液晶のそれへバーニンガムの顔が映り込む。

 

 額と言わず、顔の全体へ汗が浮かんだそれは──決して暑いからではなかった。

 

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