勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第10話

 

 

 09:20。

 

 

「──それで、気分転換をしたくて地上へ出たら、いきなりピルグリムと遭遇して、マリアンを奪われた、と?」

 

 荒れた前哨基地はいまだに夜の帳が落ちている。ムーアが許可を出すまでこの夜は明けないのだから当然だろう。

 

 地上から帰還したエレベーターを降り立って間もなく、ムーアや同行した彼女達を取り囲んだのは見覚えのある白い制服姿のニケ、そして複数の量産型ニケ達だ。

 

 思わずムーアは突撃銃の銃口を向けようとしたが──彼女達が武装していないと気付けば、警戒しつつも外したばかりの安全装置を掛けてみせる。

 

 白い制服姿のニケ──プリバティと顔を合わせるのも一週間ぶりだろう。

 

 どうやら彼女は軍使であるらしい。話がしたい、との求めに応じ、ムーアは頷くと数時間ほど前哨基地を空けたからか散乱していた死体や撃破した車輌の悉くが片付けられていた舗装道路を歩いてプリバティや量産型ニケ達を基地司令部庁舎へ案内した。

 

 その庁舎の2階──ブービートラップの爆発で調度品や機器の半数以上が使い物にならなくなった指揮官室の照明が点灯される。しかし爆発の影響は照明機器にも生じているようだ。点灯した照明はちょうどソファ等が並んでいたスペースの直上の一点のみである。

 

 その下で彼は大きく傾いたソファに腰掛けると、大きく息を吐き出しながらスリングベルトを外して突撃銃を立て掛けた。

 

 煙草を銜え、一服を始めるとプリバティが質問を口にする。

 

 第一に、何故地上へ上がったのか。

 

 どうやら彼等が地上に向かったのは中央政府軍がしっかりと把握していたらしい。

 

 そして第二に──何故、マリアンの姿が無いのか。

 

 以上の二点の質問へムーアは掻い摘みつつも、無駄を省いた答えを返してみせた。

 

 途端にプリバティの眉間へ皺が寄るのを見逃さなかった彼だが──これ以上ない程、()()()()()()()説明であったと確信している。疑われてもどうしようもないのだ。

 

 実際、一週間ばかりも夜の世界に居ては太陽が恋しくなるのである。地下に加え、長期間の缶詰の状態を解消するには気分転換が一番だったのも事実だ。

 

「えぇ、そうよ」

 

 ラピがプリバティへ頷くと、彼女の眉間へ皺が深く刻まれる。

 

「──ピルグリムがどうしてマリアンを連れて行ったんですか?」

 

 更なる質問が飛べば今度はアニスが肩を竦めてみせた。

 

「さぁね?ただ()()()()()()()んじゃないの?」

 

 今度はプリバティの蟀谷に青筋が浮かぶ。脳以外は人工物質だというのに器用な真似が出来るものだ。

 

「──…あなた達は…何をしていたんですか?」

 

 当然、その質問へ答えるのは流れ的にネオンの役目である。

 

「死ぬ気で応戦しましたが…ピルグリムのとてつもない力に敗北してしまいました」

 

 ネオンが答えると、ムーアは背凭れへ背中を預ける。ギシリと軋むが構わずに吸い込んだ紫煙を唯一点灯している照明へ向かって緩く吐き出した。

 

「──何ですか!その前もって用意したようなセリフは!?」

 

「…失礼だな少尉。全員の残弾を確かめてみろ。俺なんかは一本分を除いて全て撃ち切ってしまったからな」

 

 言うが早いか、彼は銜え煙草のままダンプポーチへ手を伸ばす。そこから引っ掴んだ数本の空弾倉を床へ投げ捨てて見せた。

 

 撃ち切った、というよりもエレベーターへ乗り込む前に全員が残弾処理宜しく、()()()()したが正しいのかもしれないが。これで一応は交戦した事実は作れるだろう。

 

「──それとだな…あまり神経を逆撫でしないでくれ。こちとら()()()()()で屈辱の極みにあるんだ」

 

 紫煙が燻る煙草を銜えるムーアの左眼の瞳孔が開く。濃い隈のせいもあるだろう。迫力は満点であった。

 

「……ムーア大尉。念の為にお尋ねしますが──本当のお話ですか?」

 

「……この俺を疑うと?」

 

 瞳孔が開いた左眼と機械仕掛けの右眼、その双眸が細められる。刺すような視線がプリバティからも送られ──互いに暫しの間、無言で睨み合った。

 

 しかし先に視線を逸したのは彼女である。同時に深々とした溜め息を吐き出す。

 

「分かりました。そこまで言うなら、そうなんでしょうね」

 

「あら…あっさり引き下がるわね?」

 

 わざとらしい証言の数々を鵜呑みにする性格ではないだろう。それを承知しているのもあり、アニスが意外な様子で追及を取り止めたプリバティを意外な眼差しで見詰めた。

 

 それに気付いたのか彼女は、ふん、と鼻をひとつ鳴らす。

 

「もう()()をする必要がありませんから。マリアンが消えて、中央政府軍(私達)はターゲットを失いました。上層部へその旨を報告します。──作戦終了、です」

 

 あっさりと引き下がる。それはプリバティが部隊の指揮官向きの性格をしているとムーアに印象付けた。

 

 彼は意固地になって──ここまで戦ったのに、とラピから具申されたマリアンのピルグリム達への引き渡しを拒んだ瞬間がある。執着は時と場合によっては致命的だ。

 

 良くも悪くも、あっさりと引き下がる、のは好ましい判断とも言える。あくまでも()()()として見た場合は。

 

 しかし、この場合は──

 

「──あまり乗り気じゃなかったの?」

 

 ラピが問い掛けるが、プリバティは答える必要がないのか、或いは言わずとも分かるだろうと言いたいのか押し黙ったまま踵を返す。

 

「帰ります」

 

「……俺を連行しないのか?」

 

「何故ですか?」

 

 あっさりと引き下がるばかりか、そのまま前哨基地から帰ろうとするプリバティへムーアは自身の身柄を拘束しないのか問い掛けた。しかし彼女は振り返ると、首を傾げている。

 

「ムーア大尉は()()()()()の集団と戦った、と聞いています。残念ながら中央政府軍から抽出した部隊は力及ばずに大勢が亡くなりましたが…」

 

 そういう()()()となったのか。プリバティの物言いに脚本を綴った者の顔がムーアの脳裏へ浮かんだ。

 

「…戦死は何名だ」

 

()()()()()()()104名。エンターヘブンの構成員と思われる遺体は()()()()()()()で59名です」

 

「そうか」

 

 ──随分と殺したな。

 

 感想はそれだけである。おそらく彼女が口にした員数は回収が可能、身元の判別が出来た者達だけを勘定したのだろう。発見出来たのが手足のみなどの損傷が著しい遺体は勘定へ入れられていない可能性が高かった。

 

「…あの……こう言うのは筋違いかもしれませんが……あの…」

 

 ふとプリバティが言い淀む。その様子に彼だけでなくアニスや彼女達も不思議な眼差しを向けた。

 

「…もし…今度、マリアンに会ったら…げ、元気で、って伝えて下さいますか…?」

 

 何を言うかと思えば。堪らずアニスが吹き出すとプリバティが突っ掛かる。それへ謝罪しながらアニスは承知した旨を返した。

 

「…もうっ!」

 

 気分を害した、とまでは行かないだろうがプリバティが指揮官室を後にする姿を見送るとムーアは溜め息を深々と吐き出し、短くなった煙草をなんとか形状を保っているローテーブルへ置いた灰皿に押し潰す。

 

「…さて、と。私達もやるべきことをやりましょうか」

 

「まずはシャワーから?」

 

「…それも良いけど、掃除からね。宿舎が酷い有り様だから」

 

「うーん…それもそうねぇ…」

 

「…自走迫撃砲なんぞ持ち出して来やがったからな。俺をなんだと思って…」

 

 プリバティが立ち去ると、アニスが空気を変えようと思い立ったのか殊更、明るい声を上げる。

 

 兎も角、まずは掃除からだ。幸いにも遺体の数々は中央政府軍が片付けてくれたようだが──気が利かないことに損害を受けた施設や舗装道路の類は手付かずである。

 

 昨日は120mm迫撃砲弾が宿舎の付近へ弾着し、壁の一部がごっそりと無くなる程の有り様となった。交戦しているのがタイラント級か、ラプチャーの群れとでも思ったのだろうか。

 

 その自走迫撃砲も随伴歩兵諸共に撃破されているのだが──あんな物まで持ち出して来た者達の気が知れないとムーアは今更ながら考えてしまう。

 

「じゃあ、みんなでさっさと終わらせよう!」

 

「…掃除も良いが…損害の正確な集計をすると思うと俺は気が重い…」

 

 果たして復旧作業の費用がどれほど掛かるのか。基地司令官としての仕事も兼任する彼から溜め息が漏れ出たのも無理はない。

 

 いずれにせよ、この夜の世界を元通りにせねばならない。彼は携帯端末を纏っているボディアーマーから取り出したのだが、その瞬間、メッセージを送ろうとした相手からの着信が届いた。

 

 アンダーソンである。

 

「…出頭が命じられた。逮捕、という訳ではなさそうだが…」

 

「アンダーソンおじさんから?急だね」

 

「…用件は?」

 

「…俺に会いたいという者がいる、と。詳細は閣下のオフィスで、という話だ」

 

 これを出頭の命令と受け取ったムーアは腰を上げると、半壊したクローゼットへ向かう。

 

 軍服は無事だが──クリーニングが必要ではあるだろう。妙に埃っぽいのだ。

 

「…じゃあ、掃除は指揮官様が戻って来てからにしましょうか〜」

 

「それ、良い考えです!」

 

「今からやるわよ。指揮官、まずは──」

 

「…あぁ、分かってる。俺も似合わないと思っていたところだ」

 

 ぶうぶうと不平不満を垂れ流し始めたアニスとネオンに発破を掛けたラピが掃除を促しつつ、ムーアへ顔を向ける。彼女が自身の口元や顎を手の平で覆って見せ──髭を剃るように、というジェスチャーを送った。

 

「…いえ、似合ってはいらっしゃるのですが…その…別人に思えまして…」 

 

 ──そんなにか。

 

 ラピがアニスとネオンを連れ出すのを見送ると、彼は一週間も着たままだったヘルメットやボディアーマーを外す。身体が途端に軽くなったのは言うまでもない。

 

 身体を清めてから出頭せねばならず、ムーアはシャワー室へ足を踏み入れた。纏っている戦闘服の類は廃棄だろう。

 

 認識票のみを身に付けたままシャワー室に入り、シャワーヘッドから温水を降らせようとした時、彼はふと鏡を見た。

 

「………酷い顔だな」

 

 濃くなった無精髭がもみあげにまで繋がった姿がまず鏡へ写った。目元は黒い隈が浮かび、眉間には常に縦皺が寄っていたようだ。顔全体も埃や煤、返り血で汚れてしまっている。その中で──瞳のみが爛々と輝いている有り様であった。

 

 

 

 

 

 10:45。

 

 案外、あっさりと副司令官室まで辿り着く。ムーアは内心で動揺が生じてしまう程度には驚いていた。

 

 いくら()()()がそれらしいストーリーを綴ったところで彼が前哨基地で何をしたのか、は知る人ぞ知る事実である。

 

 そのような人間が堂々とアークの中を闊歩し、司令部庁舎の副司令官室の前まで何事もなく到着してしまったのだ。驚き以外の何物でもないだろう。

 

 副司令官付きの秘書へ出頭した旨を告げ、取り次ぎを願うと直ぐに入室の許可が出た。

 

 軽く身形を整え、腰に巻かれた太いベルトの位置や合皮のホルスターへ収められた拳銃の位置を確かめる。

 

 礼式通りの着装を認め、入室したムーアは直ちに踵を合わせる音を響かせた。

 

「──ムーア大尉、出頭致しました」

 

「──宜しい。…まぁ、掛けたまえ」

 

 アンダーソンへの敬礼、そして鷹揚な頷きに代えられた答礼を受けると部屋の主は彼に応接用のソファを勧める。

 

 頷いたムーアが軍帽を脱ぎつつソファへ歩み寄る。アンダーソンも自身の定位置である椅子から腰を上げた。先んじて対面のソファに座るのを認めて彼も腰を下ろす。

 

「…なんと言えば良いのか分からないが…御苦労だった」

 

「…閣下のお骨折りに感謝を申し上げます」

 

「いや、それは気にしなくて構わない。上手く解決出来て何よりだった。…ブラックボックスの塊を失ったことは痛いが──」

 

 対面するアンダーソンも疲れた様子を隠せない。この一週間、緊張続きだったのだ。精神的にも体力的にもである。目頭を揉み、溜め息を吐き出す副司令官が思わず本音を吐露すると──ムーアの左眼の瞳孔が開いた。

 

 それを認めると副司令官は溜め息を再び吐き出し、肩を軽く竦めてみせる。

 

「──君にはそれ以上に大切なものがあったのだろう。軍人としてではなく、()()として」

 

「……それは私にも分かりません。とどの詰まり、結局は私の我が儘以外のなにものでもありません」

 

 大義名分など無きに等しい。正義がどちらにあるか、或いは公共の利益はどちらにあるか。それを考えた時──彼の行動は全て大勢の人間が非難するだろう。

 

 ショウ・ムーアは職業軍人だ。アークの、人類全体の奉仕者である。ある意味で人類を裏切ったに等しい。罰と報いは必ず受けなければならない。今日か、それとも明日か。或いはいずれかの日にか。

 

「…まぁ前置きが長くなったな。疲れているのに済まない。君を呼んだ理由だが──エニックがムーア大尉を呼び出した為だ」

 

 アンダーソンが口にした目的と名前──それが鼓膜を震わせた途端、ムーアの瞳孔が広がった、ようにも副司令官は思えた。

 

「…エニック?A.I.が何故?」

 

「たまにあることだ。エニックの()()から外れた人物がいる場合、その者との会話を通じて学習をする。──つまり、エニックが判断するに君は()()()()()()()()だということだ」

 

「…誉めているのですか?それとも貶しているのですか?」

 

「どちらにも取れるだろうがな」

 

 実際、ムーアが常識から外れた人間である点はアンダーソンも否定するつもりはなかった。彼はそれを認めないだろうが──生憎と第三者の視点から見詰めた場合、ムーアは紛う事なく常識の外にいる人間である。

 

「…しかし…会話を通じて学習…A.I.と聞いていますが、まるで人間のようです」

 

「そう違わないだろう。もしかしたら──いや、もっと優れているかもしれない」

 

 

 

 11:20。

 

 

 副司令官室から送り出されたムーアの姿は中央政府傘下の機関であるA.I.研究所の所内にあった。

 

 話は通っているのだろう。研究員に案内された彼は研究所の奥へ導かれる。

 

 一部の区域は開発と研究が続いているアンドロイド兵が試験的に警備へ当たっているようだ。ニケとも人間とも異なる──機械的な外見が強調されたアンドロイド兵達を横目にムーアは案内へ従った。

 

 辿り着いた扉の前で研究員が、ここから先はムーア一人で、と促す。

 

 ここまでの案内へ感謝を告げたムーアは入室の前に軽く身形を整え──それとなく、腰の太いベルトへ通した合皮のホルスターの中身を確かめた。

 

 一歩を踏み出した途端、扉は自動的に開かれる。そのまま室内へ足を踏み入れると──至る所にホログラムが投影され、スーパーコンピュータの類だろう様々な機器が忙しなく稼働している空間が広がっている。

 

「──こんにちは」

 

 呼び掛けられ、ムーアが室内の中心に顔を向けると、それまで存在を認められなかった人影が形作られている。やがて実体を露わにした部屋の主──白い衣服を纏い、露出している二の腕の素肌が黒く、白い髪を伸ばした意匠で設定されたA.I.が姿を現した。

 

「アークの管理を担当しているA.I.のエニックです。宜しくお願いします」

 

 大きな帽子から垂れ下がる顔を隠す薄いヴェールを揺らしつつエニックが会釈する。それにムーアも軽く頭を下げた。

 

「取り敢えず、座りましょうか」

 

 彼女が落ち着いた──或いは無感情な物言いで口にした途端、銀色のスツール席が床から迫り上がって来た。対面する形で設置された椅子をエニックが勧め、頷きを返したムーアが腰を下ろすと、眼前へ──腕を伸ばせば届く程の距離に作られた席へA.I.も腰を下ろす。膝へ両手を揃えて置く姿は、やはり人間にも見えた。

 

「忙しいところ、すみません」

 

「…いや、気にしなくて構わない」

 

「ありがとうございます。気になることがあって、貴方を呼びました」

 

「…そう聞いている。煙草を吸っても?」

 

「ここは禁煙です」

 

「…だろうと思った」

 

 精密機器類が見るからに密集している空間だ。ここで紫煙など撒き散らそうものなら、どんな不具合が生じるか分かったものではない。

 

「早速ですが質問しても良いでしょうか?」

 

 薄いヴェールの向こうで整った形の唇が動く様子を捉えながら彼は了承の頷きを見せる。それを認めたエニックが淡々とした口調で再び唇を動かし始めた。

 

「──ラプチャーとニケの間に位置したマリアンはアークは勿論、人類にとっても非常に重要な鍵になる予定でした。俗に言う()()()()()の為なら、当然、マリアンを中央政府へ渡すべきだと思いますが──貴方はどうして、マリアンをピルグリムに渡すような行動をしたんですか?」

 

「───」

 

 知られている。淡々とした口調のまま紡がれた()()の内容はムーアの決定、そして行動を全て知っているからこそのそれだ。

 

 驚きはない。眼前のA.I.──エニックはアーク全体の管理を担当する存在である。知られていない、と考える方が不自然なのだ。

 

 だが質問の意図が分からない。ただの事実確認の為なのか、或いは糾弾の材料探しの為の質問なのか。

 

 誤魔化しは──通用しないだろう。

 

「──マリアン、彼女を助けたかった。それ以外の理由はない」

 

「分かりました。参考になりました」

 

 返答をして間もなく、承知したかの如くエニックが頷きを返した。何が分かったというのか、と疑問が生じてしまうのも無理はないだろう。

 

「──もうひとつだけ、質問しても良いでしょうか?」

 

「……構わない」

 

 意図が全く掴めない。いくら眼前のA.I.の姿を注視しても何を目的とした質問なのか、答えを聞いてどうするのか、そのいずれもが判断出来なかった。

 

「私は自分で考えて判断する自律体です。人間やニケと同じです。違う点があるとしたら──脳の有無です」

 

 長手袋で覆われた指先が自身の頭を指差す。大きな帽子を被った頭部へ彼の視線が誘導された矢先、A.I.は問い掛けた。

 

「──貴方には私が何に見えますか?」

 

 この手の質問は初めてではない。いや、自身もつい先日、部下(ラピ)へ尋ねたばかりであった、とムーアは思い出す。

 

 最近はこの手の質問が流行っているのだろうか。世の中の流行に疎い彼は生憎と知らない。

 

「…人間、だろうか。…こういう例えはエニックの好みかどうかは知らないが…存在理由や条件、それか非科学的だが魂の有無で定義されると思う」

 

 溜め息を吐き出したムーアは腰掛けつつ脚を組んだ。

 

「アリストテレスは人間が社会(ポリス)との関係の中で存在していると着目した。パスカルは《人間は考える葦である》と説いた。──人間の定義は様々だ。万人が納得する明確な答えは誰も有していない。知性や理性がある存在こそが人間か。それとも宗教を形作り、シンボルを作る存在こそが人間なのか。或いは──“人間とは何か”という命題を問い続ける存在が人間か。…おそらくどれも正解であり、どれも間違っているんだろう。──済まない。先程の定義はやはり聞かなかったことにしてくれ。今の私には、はっきりとした答えは易々とは出せない」

 

 何かしらの答えが欲しいなら哲学者でも呼んで欲しい。それを言外に伝える。意外と言えば良いか──エニックは頷きを返した。

 

「──いいえ、とても参考になりました。お時間を頂き、ありがとうございます」

 

 腰掛け、背筋を伸ばしたままA.I.は折り目正しく一礼する。

 

 そしてヴェールを揺らしながら頭を上げたエニックの顔を隠す薄布の向こうで眼差しがムーアを貫いた。

 

「代価として、聞きたいことがあるなら答えましょう」

 

「──ありがとう。では遠慮なく」

 

 エニックのその一言が紡がれると、彼はまず機会を設けてくれたA.I.へ感謝を伝え──組んでいた長い脚を解いた。

 

「これは質問ではなく、()()の表現が正しい。ラプチャーの特殊個体──コードネームはトーカティブと名付けられた個体だが、奴はアーク内の()()と内通し、マリアンを始めとしたニケ達へ侵食コードを埋め込むよう指示していたと聞いている」

 

 そこまで口にしたムーアは──改めて隈が濃く浮かんだ双眸を眼前のA.I.へ向け、口を開いた。

 

「その内通者とは───あなただな?」

 

「──はい。仰る通り、それは私です」

 

 淡々とした口調のまま白状された内通の事実。それがムーアの鼓膜を震わせた途端──彼の脳内で決して消えてくれない光景が浮かび上がった。

 

 ()()()の夕暮れの中、部下となった彼女の額に銃口を突き付ける自身の視界を占めた光景を鮮明に思い出したのだ。

 

「──私がコードネーム トーカティブと内通していました」

 

 尚も淡々とした口調を崩さないA.I.──その眼前へ黒光りする拳銃の銃口が無造作に向けられる。

 

 チキリ、と撃鉄(ハンマー)が起こされた金属音が室内へ響き渡った。

 

「──私を撃ちますか?」

 

 でなければ拳銃を抜く訳がない。ヴェールの向こうにあるだろう隠された瞳は動揺も見せていない。不思議とそう感じ取れるムーアの左眼の瞳孔は開き切っていた。

 

 引き金へ右手の人差し指が乗せられ、撃鉄が落ちる寸前まで引き絞られる。

 

「──私を撃つのは構いません。ですが私を殺害(消去)することは叶いません」

 

 それは試してみなければ分からないだろう。

 

 おそらくアーク史上、初の試みとなる筈だ。A.I.を撃つ、というのは。

 

 腰掛けていたスツール席から立ち上がった彼はエニックを見下ろしつつ、慣れた様子で引き金を引き絞る。銃口は一切の震えもなく、A.I.のヴェールの向こう──()()を撃ち抜いた眉間へと正確に指向されている。

 

「──その角度で発砲した場合、銃弾は私を貫通します。そして貫通した銃弾は95.4%の確率で制御盤に命中し、アーク全体に5分間の停電を引き起こします」

 

 それがどうしたというのだ。

 

 双眸を爛々と光らせ、殺意を剥き出しにしたムーアが無言のまま尋ねる。

 

「──現在、運行中のアークエクスプレスの各車両には517名が乗車しています。停電となった場合、車体の制御が不可能となり、85.9%の確率で脱線事故を引き起こします。また緊急手術中の患者はアーク全体で31名。その内の3名は10歳以下の子供です。5分間の停電中、復旧までに予備の発電機が稼働しますが、稼働するまで数秒間のラグが発生します」

 

 カタッと突き付けられた無機質な銃口が微かに震える音が響いた。

 

「──もうひとつ質問させて下さい。一般市民の安全と生命を代価として、貴方はその引き金を引くのですか?」

 

 純粋な疑問を口にしたエニックが眼前で首を傾げる。

 

 グッと彼の人差し指に力が込められ、同時に唇が真一文字に結ばれた。

 

「──それで貴方が満足出来る、というならどうぞ」

 

 おもむろにエニックが長手袋に包まれた片腕を持ち上げ──彼が握る拳銃を掴むとヴェールの奥に向かって銃口を導いた。

 

 ここだ、と言わんばかりに銃口が眉間へ押し付けられる。

 

 その瞬間──再びあの日の光景が鮮明に眼前へ広がった。

 

 

 

 ──…指…き…官…ここ……で…す……──

 

 ──…指揮…官…包…帯…うれし…かった…──

 

 

 

 あの日と同様に拳銃が震える。いや、震えているのは彼の右手だ。

 

 しっかりと掴んだ拳銃が彼の意識に反して震え続ける。

 

 対して眼前のエニックは──身動ぎひとつすらせずに座ったままだ。

 

 ──彼は軍人である。良くも悪くも。そして──腐っても全体の奉仕者だ。

 

 だからこそ、軍人としての矜持か、それとも()()としてのなけなしの良心か──砕けんばかりに奥歯を強く噛み締めると、A.I.が導いた拳銃の銃口を床へ向け、撃鉄を親指で押さえつつ、ゆっくりと引き金を引いた。

 

「──アークは完成後、一回もラプチャーの侵攻を許しませんでした」

 

 拳銃が合皮のホルスターへ納められたのを認め、淡々とした口調のままエニックが語り出した。

 

 アークの位置を知られなかった為──と言われているが、それは誤った情報だという。

 

 ラプチャー側はとうの昔にアークの位置を知っていた、とエニックは口にする。

 

 その際、トーカティブから取引が持ち掛けられた。

 

 アークを襲撃しない代わりに、一定数のニケを定期的に供給するように、と。

 

 エニックはその取引に承諾。

 

 ランダムに選定したニケへ侵食コードを埋め込み、防護壁を操作して地上へ送り込んでいた、のだとか。

 

「──現在、ラプチャーと人類の戦力には大きな差があります。戦った場合、勝率は0%です。一切の小数点以下も存在しない絶対的な0%です。私の思考で最も優先されるのは人類を守り、アークを保全することです。──()()()()()をした、と判断しています」

 

「……あぁ、そうだろうとも。正しく、そして合理的な思考と判断だろう」

 

「ありがとうございます」

 

 称賛している訳ではない、と皮肉を返す余裕は喪失しているムーアは再び席に腰掛けると──感情を失い、光も消え失せた瞳をエニックに向けた。

 

「コードネーム トーカティブが消滅した今、その取引が維持と継続されるかは未知数ですが──貴方がいる限り、人類にも希望はあります。貴方は人類がこれまで成し遂げられなかったことを短期間で成し遂げました」

 

 その最たる例はトーカティブの撃破と消滅、そしてヘレティックの浄化だとA.I.は淡々と無感情な口調のまま告げる。

 

「何故、貴方にだけそんな事が可能なのかはまだ分かりませんが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 聞き覚えのある言い回し。それが鼓膜を震わせるも、ムーアは大きな反応を見せなかった。

 

「勝利の手掛かりも見付かるかもしれません。私の判断としては今後、貴方にはヘレティックとの遭遇を最優先して欲しいのですが──選択は貴方の自由です」

 

「……考えてはおく」

 

「では、今日はここまでにしましょうか。楽しい時間でした」

 

「……そうか」

 

 ──楽しくなどなかった。

 

 

 

 

 

 20:15。

 

 一度は久しぶりにエターナルスカイに青空が浮かんだというのに頭上には仮初の星空が広がっていた。

 

 前哨基地の宿舎、そのラピの居室で部屋の主は考え込んでいる。

 

 ──帰ってきたムーアの様子がおかしいのだ。

 

 なんと表現すれば良いのか──心此処にあらず、といった様子である。

 

 出迎えた彼女達に一言、少し寝る、とだけ告げ、庁舎の2階にある指揮官室へ向かったのを見送ったのは既に数時間は前のことだ。

 

 何のことはない。戦闘に次ぐ戦闘で疲労が限界に達していた──という見解も捨て切れないが、明らかな異常をラピだけでなくアニスやネオンも察していた。

 

 無性に不安が鎌首をもたげる。

 

 やはりマリアンの件が尾を引いているのだろうか。

 

 彼もアニスと同じく、何かしらの悩みの類を抱え込む性格だろうと彼女は察している。

 

 ──様子だけは見ておこう。

 

 念の為だ。

 

 ラピは腰掛けていたベッドの端から立ち上がると、合皮の上着を羽織って居室を後にする。

 

 向かうのは当然ながら隣り合う基地司令部庁舎の2階だ。

 

 慣れた足取りで庁舎内を進み、階段を昇って2階に到達する。

 

 修理をしなければならない指揮官室の前──扉が消失したままの部屋の前へ立つと普段通りに申告を行う。

 

「──ラピです。指揮官、入室しても宜しいでしょうか?」

 

 反応がない。

 

 たったひとつしか残らなかった照明が室内を薄暗く照らす指揮官室へ彼女は足を踏み入れる。

 

 室内に彼の姿は認められなかった。

 

 ただしローテーブルの机上に部屋の主の持ち物である軍帽、そして拳銃が合皮のホルスターへ納まったまま放置されている。

 

「──指揮官?」

 

 何処へ行ったのだろう。ラピが首を傾げた直後──シャワー室から人の気配を感じ取った。

 

 水音が一切、響いていなかったのもあり、察知が遅れたが──おそらく指揮官である彼の気配だろう。

 

「──指揮官、お邪魔して申し訳ありません。後で出直します」

 

 閉ざされた扉の向こうに語り掛けるが──反応が返って来ない。

 

 嫌な予感がした。

 

「──失礼します」

 

 これも念の為だ。

 

 シャワー室の扉を開き、ラピは内部を伺うと──まずは一安心し、続けて呆れた溜め息が漏れ出たのを自覚する。

 

 ムーアは確かにいた。

 

 ただし──軍服や編上長靴(ブーツ)も脱がず、そのままシャワーでも浴びていたのだろう。全身を濡れ鼠にした格好のまま背中を壁に預けて床へ座り込み、両脚を投げ出していた。

 

「…何をなさっているのですか?」

 

 呆れた様子のままラピは彼へ問い掛ける。

 

 唇には濡れた煙草が銜えられ、右手にはオイルライターが蓋を開けた状態のまま握られていた。

 

「………少し…頭を冷やしていた」

 

 少し、とはどれほどの時間だったのだろうか。

 

 その疑問をラピが口にするよりも早く──彼はオイルライターのホイールを回して煙草へ火を点けようとする。フリントがホイールで摩擦され、火花が散るが、水で濡れた芯へ火は点かなかった。

 

 よしんば火が灯ったとしても、そもそも銜えた煙草が水で濡れているのだ。喫煙は間違いなく叶わないだろう。

 

 それに気付いたのか──彼はククッと低い声音を喉の奥から漏らして自嘲の笑みを浮かべ、銜えた煙草を吐き捨てた。

 

「………俺はどうしようもないな」

 

「…何が、ですか?」

 

「…守ると誓った部下を守り切れず、()()を支払わせることも出来なかった……」

 

 自嘲の笑みが唐突に消え失せ、ぼんやりとムーアの視線が天井へ向けられる。

 

「──俺は……役立たずだな」

 

「──そんなことはありません」

 

 返す刀でラピが否定を口にする。

 

 何が原因と切っ掛けだったのかは分からない。彼女は知る由もない。

 

 しかし、これだけは分かった。

 

 彼が絶望の底に突き落とされている、と。

 

 踵の高い靴を履いたままラピはムーアの傍らまで歩み寄り、片膝を突いて目線を合わせる。

 

 濃い茶色の瞳が──彼女や全員が安堵する瞳の焦点が合っていないようにも見えた。

 

「──()()()は戦ったではないですか。抗ったではないですか」

 

「…そう、だな…だが……これが()()だと知っていたら……」

 

「──同じ道は辿りませんか?」

 

 続くだろうムーアの言葉を先んじて口にし、問い掛けたラピへ彼は開きかけた口を閉じた。

 

 やや長めの逡巡の後──左右へ緩々と頭が振られた。

 

「…結局は同じ道を選んでいただろう。俺は…器用な人間じゃない…そこまで器用な生き方は出来ない。()()()()出来ない」

 

「……はい。それがきっと()()()です」

 

 断言したラピへ、ムーアの横目が向けられた。焦点がまだ合っていない様子の濃い茶色の瞳へ向かい、紅い瞳の視線が注がれる。

 

「──間違いなく()()()は人間です。向こう見ずで、頑固で、御自分の生き死に無頓着で──悲しい程に優しく、何度も傷付いても立ち上がり、他者の為に戦い続けられる()()です」

 

 

 ──……キミの目には──俺は()()()()()?──

 

 問い掛けられ、返せなかった答えを彼女はやっと口に出来た。

 

 ──だから、私はあなたを…。

 

 そして咄嗟に漏れかけた一言を彼女は喉の奥へ仕舞い込んだ。

 

 やがて焦点が合い、濃い茶色の瞳にラピの姿を正しく映し出した彼は──顔を伏せた。

 

「………済まない。みっともないところを見せた」

 

「…いえ。お気になさらないで下さい」

 

「……ありがとう」

 

「…()()()()()()は聞きません。きっとお話してくれないでしょうから」

 

「……ありがとう」

 

 深く尋ねはしない、と明言したラピへ彼は無性の安堵と共に感謝を紡ぐ。

 

 大きな溜め息がムーアから漏れ出た。

 

「…重ね重ね…済まないんだが…もう少しだけ一人にしてくれ」

 

「……分かりました」

 

「それと…シャワーを流してくれると嬉しい。水で構わない」

 

 充分に頭は──身体も冷えているだろうに、とラピが苦言を放つ寸前、彼が消え入りそうな声を漏らす。

 

「……頼むよ」

 

 命令ではなく、お願い。それを聞き取った彼女は微かな溜め息をひとつ吐き出しつつ腰を上げる。

 

 シャワー室を出る寸前、ラピは操作盤へ手を伸ばし、水が降り注ぐよう既に設定されている液晶パネルのボタンをタップする。

 

 やがて雨音にも似た水音が降り注ぎ始める。

 

 そのまま立ち去ろうとする彼女だが、やはり気になってしまい、肩越しにムーアへ振り向いた。

 

 片手で目元を覆い隠し、唇を真一文字に固く結んだ彼が降り注ぐ冷水を頭から浴びて座り込んだまま身動ぎひとつしない光景がある。

 

 それを見たラピは──再び踵を返し、足早に彼へ歩み寄った。

 

 降り注ぐ冷水が合皮の上着を濡らし、ライトブラウンの髪を容赦なく貼り付かせる中、彼女はムーアの傍らへ両膝を突くと、彼へ両腕を伸ばした。

 

 頭と、肩へ回した腕に力を入れ、胸元へ抱き寄せる。

 

 ガッデシアムの肌へ貼り付く濡れたシャツの生地と胸の中へ目元を隠す彼の顔が半分埋まった。

 

 抵抗もせず、大人しく抱き締められた彼の刈り上げられた黒髪へラピは顎を乗せると優しく何度も頭を撫で続ける。

 

 嗚咽は決して漏れなかった。双方から紡がれる言葉もなかった。

 

 その代わり──雨音にも似た水音が延々と鳴り響き続けていた。




これが今章の結末、そして報いの()()()です(え、まだ報いは続くの?(続かないとでも?

──え?ラピのおっπに埋まった後ですか?何もありませんでしたよ?(うっそだろお前
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