勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
〈──見える!?あの青い空!眩しい太陽!全部、文字通り実物だよ☆〉
職探し中:お、おおおお!!!
ゾーン:え!?マジ!?本物!?
やったぁです:地上!地上じゃないか!!
まだ朝も早い時間帯だというのにショッパホリック・チャンネルのオープンチャットは大盛況の盛り上がりそのものだ。
配信者でもあるルピーが突如としてライブでの配信を始めた為、物見遊山がてら登録者達が眠い目を擦りつつ携帯端末やPC画面へ視線を向けたところ──なんと彼女がいるのはアークのロイヤルロードではない。
荒廃した市街地が画面へ映り込み、やがて晴れ渡った青空が画面上へ映し出されるとオープンチャットのコメントが凄まじい勢いで流れて行った。
そして画面の光景が揺れ動いたかと思えば、配信者であるルピーの尊顔が一杯に映る。今日も彼女の笑顔は弾けんばかりだ。
〈──このままずーっとラプチャーを倒して行って、目標地点に到達すると〜!──なんと!半世紀以上も地中に埋まっていた超ハイテクノロジーのアーティファクトを手に入れることが出来るの〜!〉
物は言い様だ。
とはいえ彼女のその言葉巧みな宣伝──無自覚なそれ──へ気付く者は幸いにもオープンチャットには存在しなかったようだ。
画面が揺れ動き、視聴者達のそれぞれの画面上にはいずれも女性──ドラーやヤンが映し出され、続けて周辺警戒中なのだろうラピ、アニス、ネオンの姿も捉えることが出来た。
ニケ好き:今日はニケちゃんが一杯いる〜
Madness:こんな綺麗で可愛いのに毛嫌いしてる奴らの気がしれねぇわ
www:↑よう、兄弟
視聴者達はルピーがニケであることを知っている。度々、ニケフォービアの思想を持つ者が乱入して来るが──大概の場合、一致団結した彼女のファン達によってコメントは迅速に流されていくのが半ば風物詩となりつつあるが、どうやら今日は平和的なコメントが多いらしい。
〈──危ないけど、心配することないよ!〉
再び画面が揺れ動く。
おそらくはルピーが所持している携帯端末のカメラを用いて中継しているのだろう。そのレンズで映し出された彼女の尊顔が消えてしまったのは少しばかり視聴者達のテンションを下げてしまったが──次に映し出されたのは鉄筋コンクリートの破片へ腰掛ける人影だ。ボディアーマーを纏い、首と右脇下へ通したスリングベルトに繋がった突撃銃を携行する人物である。
ブーツの靴紐を結び直している人影は体格的にも間違いなく男性──となれば身分を察するのは視聴者も容易かっただろう。
〈──私達ニケは、ここにいる若くて有能なイケメンの指揮官のお兄ちゃんが守ってくれる筈だから!ご紹介しま〜す!本日のゲスト!地上奪還分隊 カウンターズを指揮しているショウ・ムーア大尉で〜す!!〉
〈──……なんだ?〉
やったぁです:待って待ってw声からしてカッコいいんだけどw
shopping:休憩中なのかな?
視聴者の画面へ映り込み、ルピーが明るい口調で紹介したのも束の間、指揮官──ムーアはボディアーマーのポーチから引き摺り出した煙草の一本を銜え、オイルライターで火を点けた。
小休止中なのだろう彼へルピーが歩み寄っているのか次第にムーアの姿が大きくなっていく。
〈──お兄ちゃんは本当にイケメンなんだよ☆ほら、見て見て!〉
〈──返してくれないか?〉
細い腕がヘルメットを被る彼の顔へ伸び、おもむろに掛けているサングラスが外されてしまう。眉間へ縦皺を刻んでいる為、強面の感は拭えないが、それでも精悍な顔立ちが露わとなる。
#Number:ファッ!?
やったぁです:イケメェェェン!説明不要!!
イケメン○ね:#不適切なコメントにつき削除#
Man:いや、イケメンっていうか男前?
shopping:それだ!!
〈──ほらほら、お兄ちゃん!皆、イケメンだって!──あ、質問来てる。ムーアさんは何歳ですか?彼女いますか?だって〉
〈──22歳だ。彼女…恋人ならいない。募集もしていない〉
奪われたサングラスを奪還しつつも面倒臭そうな様子が声音からも察せられる。しかしその態度は視聴者達からすれば──有り体に言えば
やったぁです:22!?うっそだろお前!?
dragon:嘘だッ!!
イケメン○ね:#不適切なコメントにつき削除#
shopping:22歳って若い身空で地上に行ってるってのにお前らと来たら…
やったぁです:↑おっ?自己紹介かな?
視聴者達の反応も上々だ。コメント欄を確かめたルピーは手首を返して、自身へ携帯端末のレンズを向けると弾けるような笑顔を浮かべた。
「──とにかく!今日はこのイケメンのお兄ちゃんに守られて超ハイテクノロジーのアーティファクトを手に入れることが出来るのかどうか!──皆、チャンネルはそのまま!最後まで見・て・ね☆」
彼女が眼前で何をしているのか──概ね察せられるが、唐突なことである。ムーアはサングラスを元の位置へ掛け直すと、近くで目と鼻の先へ空中に投影したホログラムで目標座標までのルートを確かめているドラーに声を掛けた。
「…彼女、何を撮ってるんだ?」
「──放っておけ。オンラインショピングモールのオーナーが時々やるアレだから」
「…生憎とそちらの方面は素人だが…マーケティングの一種か?」
「あぁ。テトラTVの配信者を兼ねて本人のショッピングモールの宣伝広告。ルピーはああ見えて、アークで最も大きいショッピングモールの代表だからな」
「…それは知らなかった」
というよりもルピーとはまだ初対面も良いところだ。ムーアはあまりそちらの方面には世辞にも詳しいとは言えないのもあり、知らないのも無理なかろう。
「まぁ、それもあるし──最近は感情に訴えるマーケティングが流行っとるさかい」
「…感情に訴える?」
ドラーとムーアの会話へ割って入ってきたヤンは、やや角張った印象を受ける発射器を携えつつ片手で扇を広げると自身へ向かって風を送り始める。
「せや。つまり、物にストーリーがあればもっと高くなるんやけど──地上であらゆる逆境を突破して持ってきたーってゆうと飛ぶように売れるもんやから」
パチンと広げた扇を閉じると、ヤンはその先端を指示棒宜しくルピーの背中へ向けた。
「──あいつがカメラの前で、ああやっておもろい姿を見せとけばうちらに分けられるパイのピースも大きくなる訳や」
「もう…金の亡者なんだから」
「…どうでも良いが、パイと聞いたらミートパイが食いたくなってきた」
呆れた眼差しと声をアニスがヤンへ向ける最中、紫煙を燻らせ、左手首の内側へ文字盤が来るよう巻いた腕時計の時刻を彼は確かめる。小休憩開始から15分。最後の一口を大きく吸い、肺まで送り込むと緩く紫煙を吐き出しつつ携帯灰皿へ吸い殻を投げ込んだ。
「──出発しよう」
腰を上げ、突撃銃の握把を握ったムーアが前進を促す。
今回の先導はラピ、そしてアニスである。二人が進み始めたのに合わせ、間隔を空けて彼やネオン、そして商人連合の3名も歩み出した。
「──師匠、コンディションは大丈夫ですか?」
「…俺は問題ないが…ネオンは?」
「…ちょっとお腹が空いてますけど…」
なんとか食事については3食を配食できるよう予算は確保しているが、増加食や嗜好品の配給は減少の傾向にある。たかが嗜好品、されど嗜好品だ。嗜好品の有無は士気に直結する。
「…ガム、食べるか?」
「…頂きます」
かくいうムーアもここ最近は減煙中である。同時に世話となり始めたのは──件の刺激物たっぷりのガムだ。
戦闘服のパンツのポケットから取り出した10粒入の包装。それの一粒を傍らのネオンへ手渡し、彼自身も一粒を口腔へ放り込む。
師弟がほぼ同時に咀嚼を始め──やがてなんとも言えない表情を浮かべた。
「…師匠…これ…美味しい、ですか…?」
「…世辞にも美味いとは言えないが、刺激成分が強いから…少しは気が紛れる」
あくまでも、の話なので喫煙衝動を無視できるかは別の問題ではあるのだが。
互いに口腔へ投げ込んだガムを咀嚼しながらの前進が続く。
小休止を終えて出発してから15分ほど経過しただろうか。
不意に先導していたラピが左手の握り拳を掲げ、後続へ停止を促す。アニスが彼女の傍らで片膝を突いた様子を捉えるとムーアとネオンは姿勢を低くしながら彼女達へ駆け寄った。
「──どうした?」
「──あれを」
かつての交差点には放棄された車輌や、周囲の建造物から剥がれ落ちた建材の大きな破片が転がっている。
身を隠す遮蔽物に困らないのは幸いだ。錆びた乗用車の物陰から荒れた舗装道路の先を伺っている彼女達へ駆け寄ったムーアへラピは9時の方向を注視するよう声を掛けた。
目を凝らすと──確かに
彼はボディアーマーのポーチを漁り、双眼鏡を取り出すと指示された方角へ対物レンズを指向する。
「…見えますか?多くのラプチャーが移動しています」
「うん。それもアリの群れのように一列に並んでるわ」
「…捉えた。…随分といるな」
ラプチャーである。それも一機や二機の騒ぎではない。
一列縦隊──としか表現出来ないが、その隊形を保ったまま移動する数十機のラプチャーの群れの存在をムーアも捉える。
「──ん?待って。何かを運んでるみたい」
「…何か光ってるのは見えるが…ネオン、見えるか?」
間隔を空け、鉄筋コンクリートの大きな破片へ身を隠したネオンに彼は尋ねるが──彼女は左右へ頭を振った。その師弟はいまだにガムを噛んでいるようで頻りに咀嚼を繰り返している。
「詳しくは見えませんが…凄くキラキラしていますね。宝石か…それとも電子部品、その類の物だと思います」
「…なるほど。まぁ宝石はないだろうがな」
ラプチャーが宝石の類へ興味を示すとは考え難い。貴金属や希土類等であれば分からないでもないが──などと彼が考えていた矢先、背後に商人連合の3名が立った。
「──匂いがするわ」
「ルピーもピンと来た☆」
「……冷水でも我慢してシャワーは浴びてるぞ?」
「んなボケは要らんねん」
鋭いツッコミがムーアを襲う。
その様子を横目に捉えながらもドラーは遮蔽物へ身を隠しつつ、携えた狙撃銃の照準眼鏡を覗き込む。投影される周辺地図と予想されるラプチャーの群れの行き先を照らし合わせ──やがて彼女の口角が緩んだ。
「あの行列の行く先に大当たりがある。ちょうど先頭が向かっている方向も私達が目指す目標地点と一致する。──果たしてこれは偶然か?」
「気になるから付いて行こ──」
ルピーが進み出そうとした瞬間、彼女の腕が横から伸びた大きな手で掴まれた。そのまま引き寄せられたルピーは至近距離からムーアの顔を覗き込む形となってしまう。
「──不用意に動くな。発見されたらどうする」
「ご、ごめんなさい…」
「…次からは気を付けろ。あまり性急になるな」
静かだが、怒っていることを察せられる低い声音にルピーはエメラルドの瞳を伏せるも──ポンとグローブが嵌められた大きな片手が彼女の頭を撫でた。
──え?え?ちょっ…い、いつもお兄ちゃんってこんな感じなの…?
商人連合の一員としてショッピングモールや大手オンラインショッピングサイトを経営しているが、ルピーもニケである点は変わらない。原則としてニケは指揮官へ絶対服従のそれが課せられている。
有り体に言って主従関係のそれが強制的に課せられるのだが──先程と言い、そしてカウンターズの面々とのやり取りと言い、ムーアはやたら
不快とは思わない距離の近さと態度。胸の奥が──ルピー的な表現をすると“キュンキュン”してしまう。
「なんや?早く追い掛けんと見失ってまうで?」
「私達は機会をみすみす逃すつもりはないぞ?」
「ちょっと…あなた達、正気なの?何の作戦もなく、事前調査もしていない状況で商人連合の
「シフティー──オペレーターもいないからな。尾行した先にロード級が大量に、或いはタイラント級なんぞが出て来た日には
商人連合としては一刻も早くラプチャーの群れの尾行を始めたいのだが、アニスとムーアはあくまでも慎重に行動を進めたいらしい。
ムーアの言葉にも一理はあるのだが──
「でも、でも、師匠…アニス…」
──思い詰めた様子でリーフグリーンの瞳を揺らすネオンが交互にムーアとアニスへ視線を向ける。
「もし…もし…あの群れの行く先に本当に
──貧乏。その形容が胸に突き刺さったのだろう。基地司令官と分隊指揮官を兼任する彼はその場で顔を俯かせてしまう。同時に深い溜め息も漏れ聞こえた。
「…正直…前哨基地が
「……そう、だな……」
「電気もガスもギリギリで…この前は水道管が破裂して……」
「嗚呼……」
「ネオン…やめて…指揮官が…」
声なのか溜め息なのか分からないそれを漏らすムーアを気遣い、ラピは彼の肩を軽く擦る。ネオンへ発言に気を付けるよう促すが──どうやら彼女は聞いていないようだ。
「シャワーも冷水しか出ない…のは前からですけど…食事の支給が減ってしまって──もう人の
「ちょっと、あなただったの!?いつも私のオヤツ盗んでるのは!?」
第何次かすら定かではないアニス対ネオンの諍いが、まさかこのような状況で勃発するとは彼も予想していなかっただろう。
むしろ──次から次に胸へ突き刺さる言葉の弾雨に晒されたムーアは被っているヘルメットの重さもあってか深く項垂れてしまった。
「…なぁ…大尉はん。…あんた、この子達にどんな生活させてるんや?」
「……予算が……」
地の底から響くような低い声が彼の唇を通じて大気を震わせた。その一言で概ねを察したのか、それとも昨夜の泰然な雰囲気と態度からは想像出来なかった姿が面白かったのか、ドラーが小さな笑い声を上げる。
「まぁ、正面から行かなくても…静かに付いて行って
ここでじっとしていても何も始まらない。ドラーが項垂れる彼が被るヘルメットを軽く握った拳で小突き、前進を促した。
「最近、指揮官達の士気が芳しくないな…レクリエーションでも企画してみるか」
アンダーソン副司令官の発案で企画される指揮官のみの運動会──そんなネタが熱に苛まれながら脳裏によぎりました。