勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
ラプチャーの群れを尾行すること既に20分。
まだ幸いにも気付かれてはいないようだ。
視線を向ける先で複数の駆動音を響かせながら一列の隊列を保ったまま進み続けるラプチャーは、やはりアリの群れにも見えてしまう。
「──ねぇ、急に気になったんだけど…あなた達はどうして地上に来る気になったの?商人連合ともなると、こんな危ないことしなくても充分、お金持ちでしょう?」
その尾行の最中、アニスは後ろを付いて来る商人連合の3名へ率直な疑問を呈する。
先導を務めていた彼女と交代したムーアはラピと共に先を進むラプチャーを監視しつつの前進を続けている。頼りになる二人が先導役を務めているからこそ、アニスも疑問が湧く程度の心の余裕が出来たのだろう。
「──ニュースも見てへんのかいな?」
尋ねられた商人連合の3名のニケ達は互いに顔を見合わせる。そしてヤンが代表し、事情も察せられないのか、と暗に問い掛ける始末だ。
意味が分からぬ様子でアニスが首を傾げる傍らでは、その問い掛けを額面通りに受け取ったネオンが口を開く。
「見てますけど?
馬鹿にするな、と言わんばかりにネオンはやや憤慨した調子で言い返すが──ドラーは溜め息を吐き出した。
「
そんなもの、と表現するドラーだが──さもありなん。実際、視聴者層はかなり偏っているだろう点は想像に難くない。
「最近、結構騒がしかったんだぞ。ミシリスの株価が暴落して、投資者達や株主達も膨大な損失を出したと」
「え?あのクソガ──シュエンの会社が?」
「それっていつの話ですか?」
「ほんの二週間ぐらい前かな。本当に知らない?」
意外な報せはアニスやネオンも初耳である。念の為にルピーが尋ねるも彼女達は揃って頭を横へ振った。
それもそうだろう。──その頃は前哨基地が別の意味で騒がしかった時期だ。それこそ一般時事を取り扱うニュースなど観る余裕は皆無であった程に。
「そして…残念なことに私達も損失を負った投資者の一人だ。損失分を急いで補填するにはある程度のリスクは負うしかなかった。──例えば、地上へ上がって来るとか」
「…だから指揮官様──私達と行動を共に?」
ドラーが掻い摘んだ事情を説明すると、察した様子でアニスが問い掛ける。それへドラーだけでなく彼女達も頷きを返した。
渡りに船だった、という訳だ。片や急ぎで前哨基地の復旧に関わる予算を確保したい。片やミシリスの株価が暴落した割を食らい、損失分の補填を行いたい。両者共に利害が一致した形である。
ミシリス・インダストリーは押しも押されもせぬ三大企業の一角だが、その資本は大勢の株主、或いは出資者によって支えられているとも言える。それはエリシオンやテトララインも同様だが──今回の株価暴落はいくつかの原因が絡み合って引き起こっている。
まずミシリスの看板分隊であったメティスは全員が侵食を起こし、現在もコールドスリープの処置が続いている。その後に続いた総力戦でもミシリスは量産型を除き、精鋭と呼べる分隊を参戦させていない。これは企業が抱える精鋭、メティス分隊が侵食されたことから致し方ないのだが──市民達の受け取り方は異なるだろう。エリシオンとテトララインは身を切ったというのに、という疑惑の目が注がれた形だ。
また侵食を起こしたメティスへ対して記憶消去──現在唯一、侵食を治療出来ると明確化されている処置が実施されていないと世間に知れ渡ってしまった。
侵食状態を抱えたまま──それも量産型とはスペックが異なるニケ達がコールドスリープの処置がされていたとしても、アークに存在している。
その事実は市民達へ恐怖と不信を抱かせるには充分だったのだろう。
「──正直、シュエン社長がメティスを溺愛してんのは有名な話やったし、あの人があいつらの記憶を保存したがるのも分からんくもないわ。同じニケとしても、何とか他の方法を探して欲しいしな」
──ただし、投資者の立場からすると話は変わって来る。
彼女達も自らが抱える企業がある。利益を求める実業家の一人として──個人としてはミシリスやシュエンの事情こそ理解はするが、実業家としては理解に苦しむのだろう。
ヤンはそれを、複雑な気持ち、と表現した。
溜め息を吐き出す彼女達へなんとも言えない視線をアニスとネオンが向けた時──先導を担っていたムーアとラピが戻って来る。
「──様子がおかしい」
彼女達が醸し出す雰囲気を敢えて察していないのか、ムーアが全員へ異常発生を告げる。
何が起こったのか、とアニスが尋ねると──彼は自身の携帯端末を引き摺り出し、周辺地図を液晶画面へ映し出した。
その画面を注視するアニスは──あ、と小さな声を上げる。
「…ずっと同じところをグルグル回ってる?」
「どうもそのようだ。見覚えのある看板があったからな。気になって確かめたら案の定だ」
アニスへ頷きを返した彼が携帯端末をボディアーマーのポーチへ仕舞う。
「…方向センサーが故障したんでしょうか?」
「あんなに沢山の個体が一斉に?」
「…まぁ可能性としては有り得ない話ではないが…」
それにしては隊列を維持し、等間隔を空けながら行進を続けているのは道理に合わない。
単なる故障ではないとムーアが暗に告げる中、ヤンは傍らのドラーへ声を掛けた。
「ドラー。今までのラプチャーの移動経路、全部記録したか?」
「もちろん」
彼女は頷くと左耳へ片手を翳す。起動させたイヤフォン型のガジェットが眼前へ周辺地図を投影し、それを一瞥したドラーが口を開いた。
「──記録に基づいて推測すると、あのラプチャー達は何の意味もなく同じ場所を回っている訳ではない。むしろ私達が目標としている座標…そこを誰かから守る為に巡回していると見た方が良いだろう」
「…そこまで御大層な物なのか?」
「さてな」
ラプチャー達の価値基準がどの程度の物かは生憎とムーアは分からない。分かっていたなら、それはそれで作戦計画を立て易くなるのだろうが。
とはいえ
となれば、少しばかりマズい状況だ。
「さて、どうする?このまま強行突破するか?それとも──ここで諦めて帰るか?」
二択をドラーは彼を見上げつつ尋ねる。
この現場の指揮を執るのはムーアである。一行の前進と退却は彼に決定権が一任されている。
とはいえ、彼女達との
契約があろうとなかろうと、この場合は大事を考えての退却が最善策である。
オペレーターが不在の仕事だ。下手に選択を間違えれば、大損害を物理的に負うのは目に見えている。余計なリスクを背負うのは危険の一言だ。
退却──その一言を発しようとしたムーアの脳内へ不意にネオンの声が響き渡った。
──正直…前哨基地がテロの攻撃に遭ってからは大変じゃないですか
──電気もガスもギリギリで…この前は水道管が破裂して……
──もう人の
──人 の オ ヤ ツ で 食 い 繋 ぐ 生 活 は
──あ な た だ っ た の !? 私 の オ ヤ ツ を 盗 ん で る の は !
ついでとばかりにアニスの声まで脳内で反響し続ける中──彼は無意識の内に携えた突撃銃の安全装置を指先で解除する。
「──
「──ん?」
ズキリと脳内で鈍痛が走るが、構うことなくムーアが顔を上げる。その瞬間、ドラーは何故かサングラスの奥に隠れているだろう濃い茶色の瞳──その瞳孔が開いているように思えた。
「強行突破する。分隊、撃鉄を起こせ」
「ちょっ!?指揮官様、本気!?」
「俺はいつだって本気だ」
サングラスの奥の瞳が据わっているようにもアニスは思ったが──彼の正気を疑ってしまう。
とはいえ、ムーアはこれ以上ない程に正気だ。そして本気でもある。
「──ラピ。アニスと…商人連合にも働いて貰うぞ。ヤンを連れて左側面へ回り込め」
「うちもかいな?」
「
「ラジャー」
「質問は?──無いなら始めるぞ。ラピ、二人を連れて移動しろ」
頷いたラピがアニスを、そしてやれやれ、と言わんばかりに頭を振るヤンを連れて駆け出す。
それを見送るとムーアは遮蔽物へ身を隠しながら突撃銃の上部へ据えられた
「…えっと…お兄ちゃん。ひとつ質問いい?」
「…なんだ?」
「もし失敗したら?」
先程、質問の余裕は設けたが場の雰囲気に飲み込まれ、問えなかったルピーがムーアの真横へしゃがみ込みつつ尋ねる。
「…安心しろ。万が一の時はキミ達だけでも逃がす」
「えぇ…?」
「…もう少し離れておけ。敵の攻撃が直撃したら、纏めて吹き飛ぶぞ」
かなり極端な言い方にルピーがなんとも言えない表情を浮かべる中、彼はレティクルに最後尾のラプチャーを捉える。
「ドラー、先頭の敵機を仕留めろ。タイミングは任せる」
「──了解」
倒壊しかけのビルの中へ駆け出すドラーの気配を察しつつ最後尾の敵機に狙いを定め続けた。
やがて彼女が狙撃位置へ就いたのだろう。乾いた銃声が一発響き渡ると同時に先頭を進んでいた敵機が核を撃ち抜かれ、撃破される。
その光景を目撃したラプチャーの群れが銃声が聞こえた後方──ムーア達が身を潜める方向へ赤い単眼を向けた。
「──撃て!」
注意が向いたと確信し、彼が号令を発する。
ムーアが引き金を引いたと同時にルピーの突撃銃からも同一の銃声が響き渡った。
真正面から雨が叩き付けられているかの如く、銃撃の弾幕が張られたラプチャーがその中へ突っ込んで行く度に機体を構成する部品が銃弾で砕かれては路上へ転がる。
これが生身の人間であれば──と彼は何気なく考えた。
痛覚が機能していれば痛みで多少は怯み、或いは絶叫で周囲の戦意を喪失させる。しかし相手は機械の塊である。そのような機能は有していまい。
精々がシステムエラーを起こして駆動が緩慢になるか停止する程度だ。
殺り難い、と率直な思考が彼の脳裏に過ぎった。
やがて側面へ回り込んでいたラピ達が攻撃位置へ到達したらしい。擲弾の炸裂を一度、二度と敵中で認めるや否や、彼は遮蔽物から立ち上がる。
「──ネオン、付いて来い!掃討するぞ!」
「──はい、師匠!!」
鋭い指示に反応したネオンが一足先に駆け出す師の背中を追い掛ける。
その姿を見たルピーは──
「え?え!?ちょっと!?」
──困惑を隠せないまま二人を見送るしかなかった。
側面、そして真正面から同時の攻撃。
そして射程へ入った瞬間に始まった
「──状況終了!」
「──良くやってくれた。損害は?」
「──うわぁ…」
ドラーと共に彼等へ歩み寄るルピーは思わず路上に転がるラプチャーの残骸へ視線を向けた後、その眼差しをムーアに移動させる。
まさかここまで戦えるとは思っていなかったらしい。
「し、死ぬかと思ったよ…」
「…大丈夫か?」
その彼は側面からの攻撃を始めた直後、一斉に赤い単眼が向けられた瞬間が脳裏に蘇ったのだろうアニスの背中を何度か軽く叩いていた。
「でも、ここさえ耐え抜けば浴槽付きの私だけのスイートルームが手に入ると思ったら最後の火力まで振り絞ることが出来ました!」
「ネオンらしいわね。まぁ私も…」
苦笑を漏らすアニスも彼から背を叩かれたのもあって気を取り直したらしい。
「──もう夜中に温水を求めて指揮官室に忍び込まなくて良いと思ったら、何処からか力が湧いてきたわ」
同時に気が緩んだのだろう。彼女が笑顔を浮かべて口走ったその言葉に──商人連合の3名が一斉に視線を向けた。その眼差しはありありと、信じられない、と物語っている。
一方のムーアは深夜にこっそりと彼女がシャワーを浴びにやって来ているのを知っている。足音の判別は出来る為、目的を察し、ベッドで寝返りを打ち、背を向けて知らないフリをしていた程だ。
「な、何よ!私だけじゃないんだからね!?」
突き刺さった視線とその意味を感じ取り、アニスが狼狽したまま亜麻色の瞳をネオンへ向ける。
ネオンは彼が起きている間にシャワーを浴びに来るのである意味、堂々としているのはここだけの話だ。
「な、なんですか!?私だけじゃありませんよぉ!!」
今度はネオンに突き刺さるいくつのも視線。それに耐えかねた彼女は──リーフグリーンの瞳をラピへ向ける。
ラピも時々、申し訳なさそうにシャワーを借りに指揮官室を訪れるが、ムーアは先の二人と比較すれば頻度は少ないと感じる。
「──指揮官様が警衛に出てる時とかこっそりシャワー浴びてるでしょ!?」
「──そ、そうですよ!知ってましたか師匠!?」
「…そうだったのか?まぁ別に構わないんだが…別に堂々と入ってくれても…」
「………ノーコメント、です」
「…今更だろう。それにこの前、一緒にシャワーを──あの時は面倒を掛けて申し訳なかったが…」
ここでムーアも要らぬ一言を口走った。或いは要らぬ情報を与えた、とも言える。
特にルピーの反応が顕著である。
彼女の脳内で提供された情報を元に情景が組み上げられて行く。
ラピが紅い瞳の視線を逸し、黙秘を貫こうとしたのは──恥ずかしがってだろう、と推測される。
それにムーアが一緒にシャワーを──その一言はルピーの妄想を逞しくした。
「──しょ、しょ、しょ……衝撃スキャンダル来たぁぁぁぁ!!」
配信者の性か。ルピーは無意識の内に携帯端末を取り出すと自身へレンズを向けて撮影を始めてしまう。
「──皆、衝撃スキャンダルだよ!一見、クールで硬派に見える指揮官のお兄ちゃん☆──しかしその裏の顔は!?夜中に貧しい若いニケ数人を連れ込んで──温水でシャワーさせた後、
長身の逞しい肉体を惜しげもなく晒し出し、恥ずかしがってか顔を俯かせる彼女達を強引に抱き寄せては湯煙の中へ消える──そのような妄想がルピーの脳内へ湧き上がる。
やったぁです:は?
shopping:はい?
イケメン○ね:詳しく…説明して下さい
ニケlove:は?許されないんだが?
突如として再開した中継に視聴者達は──コメント欄へムーアに対する怨嗟の声を上げて行く。そのような破廉恥極まることが許されるとは羨ま──もとい許されざる行為だ。指揮官は節度を保つべきであろう。
「…根も葉もないことを垂れ流すな」
「ふえっ!?ちょ、お兄ちゃん!?近い!近いって!!」
「悪意ある
歩み寄った彼が携帯端末を握るルピーの腕を握り、サングラス越しとはいえ至近距離から顔を覗き込む。
睨まれているのは分かるが──妙に胸が高鳴ってしまい頬を紅潮させたルピーは放送事故の前に急いで撮影を中止した。
「は、配信とか動画に刺激的な話題を入れると再生数が倍になるんだよ?へへっ☆」
「炎上の標的になる気は更々ないんだが?」
「ご、ごめんって…」
素直に謝った方が良いだろう。ルピーは判断を誤るとヘルメット、サングラスの隙間から垣間見える彼の眉間へ刻まれた縦皺が一気に増える光景を予想し、謝罪を述べた。
「──まぁ冗談はその辺にしといて」
「俺は冗談では済まないんだが?」
「ルピーも悪意があった訳やないやろ?」
「う、うん」
「ほら、こう言っとるで?」
「……分かった」
影響力のある人物がセンセーショナルすぎる動画を配信した場合、炎上はあっという間だ。そこに悪意や悪気があろうとなかろうと、結果如何ではそれも有耶無耶となる。
とはいえ──しっかりと後で訂正をして貰えればそれで構わない、とムーアはルピーに告げた。
「う、うん。ごめんね?」
「話は纏まったかいな?まぁこの件で
軽々しくヤンは語り、掃討が済んだ路上を進むよう促すが──危うく彼の社会的地位が危ぶまれた件は少しばかり手遅れだったような気がする。
その証拠に、配信が中断されたコメント欄では視聴者達が尚もムーアへ対する怨嗟の声を上げ続けていた。