勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第6話

 

 

 ラプチャーの群れを撃破し、再び目標座標を目指して歩き出した一行はドラーのナビゲーションもあって滞りなく辿り着いた。

 

 辿り着いたのだが──

 

「──ドラー、本当にここがその座標なの?どう見てもここは…」

 

「…スクラップヤード…というよりもゴミ捨て場だな」

 

「…そうね…」

 

…すごく…臭いです…私の黄金の浴槽は何処に…

 

 ムーアを含めたカウンターズ全員が何とも言えない表情を浮かべる。

 

 想像していた目的地──てっきり何らかの工場や研究所の類かと思いきや、辿り着いてみれば廃棄された工業機械、大小の鋼材、その他諸々がうず高く積み上げられたゴミ捨て場、或いはゴミ集積場である。

 

 ネオンが鼻を摘みながら訴える悪臭は、それこそ工場か研究所で使われていた何らかの化学薬品が最終処理もされず何処かに放棄されているのが原因だろうか。

 

 いずれにせよ、見渡す限りのゴミの山だ。

 

 ここが商人連合の彼女達がそれぞれのルートから入手した座標なのだろうか。

 

 それを再度、問おうとムーア達が彼女達へ視線を向けると──まるで夢見心地の中にいるのか、ドラーが、そしてヤンが覚束無い足取りでゴミの山へ歩み寄っている。ルピーも大量のゴミの山を前にして肢体を小刻みに震わせていた。

 

 想像していたモノとは違ったのだろうか──などと彼が考えた矢先、ドラーとヤンの呟きがゴミ捨て場を吹き抜ける風に乗って運ばれて来た。

 

「──これは……信じられない……」

 

「──…ちょっ…ちょっと待ってや……」

 

 ──まぁ気持ちは分かる。

 

 どんな慰めを言ったとしても彼女達の気が晴れるとは思えないが、ここは一応──と溜め息混じりにムーアが一歩を踏み出した時だ。

 

「──お、大当たりじゃぁぁぁん!!!☆

 

「……え?」

 

 ──()()が?

 

 ルピーの歓喜に震える大声が響き渡ると同時にムーアは怪訝な表情を浮かべてしまう。

 

 どう見てもゴミ──廃棄物の集積場以外の何物でもない。

 

 これがジャックポット(大当たり)とはどういうことか。

 

 それを問う前にルピーは駆け出すと露出している地面へ野晒しのまま転がる一本の鉄骨へ近付いた。

 

「──ここに転がっている鉄骨はガッデシアム!!あそこに転がっている鉄の玉はラプチャーコア!!

 

「…そう、なのか?」

 

そうだよ!!凄い…凄いよお兄ちゃん!!宝物の山だよ!!

 

「…そうか…」

 

 元々、審美眼など無きに等しい為、彼はルピーが興奮気味のまま語る代物へ視線を向けても判別が難しい。

 

 ラプチャーのコア()だという鉄の玉──あれが禍々しく赤い光を放っている時は彼も間違いなく判別できるのだろうが、それが消え失せた現在では彼の感覚を代弁すると、ただの鉄の玉である。

 

しかも…これは……やっぱり!!

 

 突然、ルピーがその場に四つん這いとなる。興味を引く何かを発見したらしいが、その拍子に短いスカートの中身が垣間見えかける。マナーとしてムーアは顔を逸しておき──やがて拾い上げたそれをルピーは高々と掲げた。

 

第1次ラプチャー侵攻で研究所ごと燃やされたっていう極秘研究のデータチップじゃない!?ほら、お兄ちゃん!!見て見て!!

 

「……いや、見ても俺には……第一、壊れているんじゃないか?」

 

データは復元すればいいんだよ!!これ、高く売れるよ!!やったぁぁぁ!!

 

 ──身体が頑丈で良かった。

 

 豊かな胸を──それも纏った衣服の胸元が大きく開いた格好のまま駆け寄って来たルピーが握る熱で溶けたのだろう歪な形となったデータチップをムーアへ見せ付け、やがて興奮のまま彼へ抱き付いた。

 

 ニケと人間である点を彼女は忘れているらしく──ルピーが興奮状態のまま抱き付いてきたことでムーアは全身に軋みを感じる程の強烈な抱擁を体験した。これが常人なら骨でも折れていただろうか。

 

「ルピー、何やっとんねん!イチャイチャしてる暇あったら、ひとつでも多く拾えや!」

 

 ヤンが鋭くルピーを叱責し、弾かれたように彼女が身を離すとムーアはやっと解放された。

 

「お兄ちゃん!これ持ってて!」

 

 押し付けられる形でデータチップを預けられたムーアはそれを掴むと、ゴミの山へ駆け出すルピーを見送るしかない。

 

 そのチップの表面──火か何かの熱で溶けたそれにはアルファベットのKが頭文字で印字されていたのだろう痕跡が見受けられた。

 

 釣られるような格好でアニスとネオンも我先にと突進し、放置されて一世紀近くは経っているだろうゴミを掻き分けては金目の代物を探し始めている。

 

 残っているのは──ラピ、そして預けられたデータチップを片手に佇んでいるムーアのみだ。

 

「…取り敢えず…何か探すか?」

 

「…そう、ですね…」

 

 所在なさげなムーアとラピが視線を向け合い、やがて頷き合った。

 

 彼女達が散らばってゴミの山を掻き分ける最中、彼は特に理由もなく崩れ落ちかけている一山へ歩み寄る。

 

 その一塊となった山の隙間から、本物の紙、であろう切れ端が風に煽られて動いている。それを摘み上げたムーアは手書きの日記──なのだろうページの切れ端へ綴られた文章を黙読する。

 

 

 

私が作ったというのを考慮してもエバはとても繊細なA.I.だ。

 

「エブラ、今日の気分はどうですか?」、両親の帰りが遅くなるといつも優しく話しかけてきて

 

「一緒に行きましょうか」、一緒にパーティーに行く友だちがいない時には頼まれる前に手を差し伸べてくれる。

 

だから私はよく勘違いするのだ。

 

この小さなA.I.が「孤独」という心を理解しているのではないかと

 

もちろん、高い確率で私の妄想に過ぎないだろうが

 

 

「──…エブラ?」

 

 固有名詞──いや、明らかに人物の名前は聞き覚えがあるそれだ。エブラ粒子──その名前と共通点があった。

 

「……古代の都市国家……それにエバ…Evaか?」

 

 擦り切れてそれ以上の判読が難しい日記の切れ端が千切れないよう慎重に折り畳んだムーアはそれをボディアーマーのポーチへ仕舞った。

 

 ブツブツと呟き、自身の記憶にある名詞や存在、その概要を脳内の図書館を管理するシナプス(司書)へ命じて運んで来させながら、彼はゴミの山から離れようとする。

 

「──ん?」

 

 かつては銀無垢の表面だったのだろう。煤けた外見のツールボックスを彼は認めた。ムーアの右脚、そこへ巻かれたレッグホルスターに納められた拳銃が梱包されていたツールボックスと同じ代物である。

 

 それよりも若干、大振りな気がするが、それをゴミの山から引き摺り出した。幸いにもバッテリーは生きているらしい。中身は、とロックを解除して確認すると──

 

「…まぁ俺の趣味ではないが…悪くはないか」

 

 ()()は大丈夫なのだろうか。中身を確認し、蓋を閉じてロックを済ませるとムーアは背嚢を下ろし、その中へツールボックスを押し込んだ。

 

「──はぁ…これ以上は持てへん…」

 

「──私も限界だ」

 

「…成果があって何よりだな。それはそうと…運搬出来るのか?」

 

 暫くして彼女達が集まり始めた。商人連合は背嚢や雑嚢を持参しており、その中へ獲得した()()を一杯に詰め込んでいるが、分隊の面々は両腕に何かしらを抱えている。主にアニスとネオンだ。

 

 大丈夫だろうかと思いつつムーアは残り数本となったソフトパックから煙草を抜き取り、オイルライターの火を点ける。

 

「大丈夫だよお兄ちゃん☆これだけあったら損はしないだろうから…そろそろ帰ろっか」

 

「……ひとつ持つか?」

 

「大丈夫…です…師匠…!これで私だけの3LDKのスイートルームが…!」

 

 はしゃぎ過ぎてか、或いは金目の物を探し当てる作業が疲れたのか、ルピーの声音が一段回下がってしまう。

 

 アニスとネオンも──ガラクタなのか金目の物なのか良く分からない代物を多く抱え込んでいる。比較的、身軽なのはラピだ。

 

 帰路に発生するだろう交戦はどうするべきか。

 

 それを考えていた矢先──視界の端に積み重ねられているゴミの山が頂上から崩れ落ち始めた。

 

「──え?あれ…なに?」

 

「──山崩れ…いえ、ゴミ崩れなんでしょうかね?」

 

「──あら…私達、騒ぎ過ぎたのかな?」

 

「いいえ、違うわ──ラプチャーよ」

 

 冷静かつ玲瓏な声が正体を指摘しつつ、握ったデータチップのいくつかをポケットへ納める。

 

 ゴミの山に埋もれているのだろうラプチャーはそれなりに大きな個体らしい。少なくともロード級だろうか。

 

「…動力が切れたままゴミの山で眠っていたのを、私達が起こしてしまったようね」

 

「…寝心地が良かったんだろうか?」

 

「…それは分かりませんが…」

 

 彼が状況にそぐわない疑問を呈しつつ携行する突撃銃の握把を握り込み、その安全装置を解除した。ラピも自然な動きでムーアの横へ移り、自身が携える突撃銃の安全装置を外し、銃口を現れるだろう敵に向ける。

 

「…強欲が災いを招いてしまいましたね」

 

「一緒に漁った癖に!なにひとりだけ綺麗なフリしてるのよ!?」

 

 ネオンの他人事な態度と言動にすかさずアニスが鋭いツッコミを入れる中、データチップをスラックスのポケットへ捩じ込んだドラーは狙撃銃を構える。

 

「──門番との戦いか。まぁこれだけの宝物を邪魔もなく獲得出来る訳がないだろう。カウンターズ。フィフティフィフティで分けるからには、それなりの活躍は期待して良いな?」

 

「──誰に物を言ってる?審美眼は生憎と無いが、本業は()()だぞ?」

 

「──もちろん!」

 

「──はい!暴れるのは得意です!!」

 

「──エンカウンター!」

 

 ラピの交戦を宣言する普段通りのそれと同時にムーアが握る突撃銃の引き金が引かれた──

 

 

 

 

 

 ──などと意気揚々と挑んだのは約1時間前のことだ。

 

 姿を現したロード級ラプチャーを撃破して間もなく、交戦の影響もあってか新たな敵機が出現したのだ。

 

 同等の機体を有する20機以上のロード級ラプチャーがゴミの山から一斉に、である。

 

 流石に色々と物を抱えている以上、全機撃破を前提とした交戦は不可能だ。とはいえ、命あっての物種、という言葉もある。いくつかはその場へ投棄し、尻尾を巻いて脱兎の如く逃げるしかなかった。

 

「…皆、大丈夫?」

 

「…あ"〜…うん…平気…死ぬかと思ったけど…」

 

 辿り着いた最寄りのエレベーターに乗り込み、前哨基地へ行き先を設定したムーアがボタンをタップすると降下が始まった。

 

 アニスが肩で息をする中、ラピは全員の点呼を済ませ、欠員がないと彼へ報告する。

 

「最後は散々だったが…まぁ全員無事で何よりだ」

 

 襲い掛かって来るロード級の半数近くを撃破しながらではあったが、全員が欠けることなくエレベーターへ乗り込めたのは不幸中の幸いという奴だろう。

 

 やがて行きと同じだけの時間を掛けてエレベーターが前哨基地へ到着する。

 

 カウンターズ、そして商人連合の全員は疲れてこそいるが、達成感もあってか表情は明るい。

 

 基地司令部庁舎の舎前にある駐車場へ移動すると、ルピーがいそいそと携帯端末を取り出した。どうやら中断していた中継を再開するらしい。

 

「──ジャジャジャジャ〜ン☆タレントとカウンターズ連合、苦難の末、遂にアークへカムバック!まぁ本当は前哨基地なんだけどね☆…ここまで来るのに本当に死ぬかと思ったよ。やっぱり地上は甘くないよね…へへっ」

 

 早速の中継再開とは仕事熱心である。ルピーが携帯端末のレンズを自撮りモードへ切り替えながらライブ中継を再開する後ろ姿を眺めるムーアは被っていたヘルメットを脱ぎ、凝り固まった首をゴキゴキと鳴らした。

 

「地上奪還の為にいつも努力している指揮官のお兄ちゃんとその仲間達、ありがとう☆皆、拍手〜!!」

 

「…どういたしまして。それよりも…誤解を解くことも忘れずに頼む」

 

「あ、忘れてなかったんだね…ははは。…えっとね…衝撃スキャンダルの件については──」

 

 コメント欄には「おかえり」や拍手を意味するスタンプが次々に貼り付けられていく。

 

 ルピーが約束通りに誤解を解く──ムーアが部下である彼女達をシャワー室に連れ込み、とてもではないが公共の電波に乗せては話せない行為をしている、と言った()()()()()()()()の一件の訂正を始める。

 

 それを認めた彼は脱いだばかりのヘルメットを舗装された地面へ置き、その上へ腰を下ろす。ちょうど彼女達に背中を向ける形で座り込むと、携えた突撃銃のスリングベルトを外して自身へ立て掛け、ここまで背負っていた背嚢も置いてしまう。

 

 身軽となったことで彼は早速、背嚢の中身を漁った。

 

「──じゃあ誤解も解けたところで本題に戻るね☆視聴者の皆、私達が地上でどんな特別な宝物を持ってきたか、気になって喉からチップが出るほどでしょう?この瞬間を皆と共有したくて、わざと互いに持ってきた物を見せなかったのよ〜」

 

 ルピーが画面越しに語り掛ける最中、幾人かの視聴者は背中を向けて腰掛けているムーアがボディアーマーの脇へ吊るしたナイフを抜くのが見えた。一瞬のことだった為、何をしているのかまでは分からず直ぐにルピーの顔へ視線を移した。

 

「でも遂に!待ちに待ったオープンの時が来たよ〜。まずは私、ドラー、ヤンのタレントから!続いてイケメン指揮官のお兄ちゃんとカウンターズが宝物をオープンするね!」

 

「………ラピ、ターボライターを貸してくれないか?」

 

「あ、はい。どうぞ指揮官」

 

「…じ、自由だねお兄ちゃん…。じ、じゃあドラーから始めてみよっか!」

 

 どうやら喫煙時間を始めるらしいムーアはひとまず置いておき、進行役であるルピーがドラーを指名する。

 

 彼女があのゴミの山から持ち出して来たのは主にデータチップ。そして()()()()()()()()()のマークがある電子機器もひとつ獲得したとのことである。彼女の主な事業が電子機器関連であるから、なのかもしれない。

 

 続けてヤンはガッデシアムを持って来たと発表する。様々な製品にも使える素材である為、新商品の開発にも利用できると考えたかららしい。

 

 そしてルピーは、第一次侵攻前に作られた限定品のブランドバッグとブランド時計。彼女曰く──ロイヤルロードのオークションへ掛けたら()()()()になるとか。

 

「──ラピ、ありがとう」

 

 どれほどの金額になるのだろうか。背後から聞こえる彼女達の口振りにムーアは想像するも、生憎と審美眼が貧しい人間だ。全く予想が出来なかった。

 

 それはそれとして、彼は用が終わったターボライターを持ち主であるラピに返却し、紫煙を燻らせ始める。

 

「──じゃあ続いて…最近、人気急上昇中の地上奪還分隊、カウンターズの宝物を公開するよ〜!」

 

「私は正直、良く分からなくて…」

 

 アニスが上着のポケットを漁り始める。そこから取り出したのは──彼女曰く、ラプチャーコア、だというが。

 

「…ええっと…あの…残念だけど…」

 

 取り出されたそれを一瞥したルピーが眉根を寄せる。酷く言い難そうに彼女はアニスが持って来たそれがラプチャーコアではないと説明を始めた。

 

「ラプチャーコアだと…こう…なんて言うの?動力源とかもあるし…固有のパターンも刻まれてるのに…()()()には何もないじゃん?」

 

 つまり、何の変哲もない──ただの()()()だとルピーが語った途端、アニスが膝から崩れ落ちた。

 

「じ、じゃあ!私のは!?──何と結婚式で打ち上げるハイテクノロジーの小型ロケットです!火力を心から愛するカップルが結ばれる時のみに使える…すごく特別でロマンチックな…!」

 

「…あ〜…花火セット、かいな?」

 

「──はい、まさにそんな名前です!」

 

 ポーチから引き摺り出した透明な包装、その中へ収められた打ち上げ花火各種が揃った代物──それを意気揚々とネオンが掲げてみせると、ヤンが商品名そのものを言い当てた。

 

 素人意見だが──おそらく中身の火薬は湿気っていて価値は皆無だろう。

 

 呆れた眼差しを向けるドラーは次にラピへ視線を移した。

 

「ではラピは?」

 

「…実は私もデータチップを持って来たけど…戦闘中に失くしてしまったみたいね」

 

 ジャケットのポケットへ詰め込んでいたが、零れ落ちてしまった、と彼女は素直に白状する。これにはドラーだけでなく、ヤンとルピーも閉口せざるを得ない。

 

「…なんやこいつら…」

 

「ま、まぁまぁ!──で、お兄ちゃんは!?」

 

「──ん?」

 

 空気が重々しくなりそうな気配を察し、ルピーが雰囲気を変えようとムーアへ声を掛ける。獲得した宝物、或いは戦利品は何かと問うと、彼は肩越しに振り向いた。

 

 ──その口に葉巻を銜えて。

 

「指揮官様…葉巻なんか吸ってたっけ?」

 

「いや?紙巻き派だ」

 

 知ってるだろうに。そう言わんばかりの態度のまま彼はヘルメットへ腰掛けたままターボライターで先端を炙ったばかりの葉巻を燻らせている。

 

「…え?じゃあ…()()は?」

 

「拾った」

 

「…何処で?」

 

「地上で。…真空状態だったからな。味を心配したが…まぁ悪くはなさそうだ。俺の趣味じゃないが」

 

「ちょっ…待ちぃや!!」

 

 慌ててヤンはムーアへ歩み寄り、彼の足元に置かれたツールボックス、その中身を覗き見た。

 

 留め金が付いた木製の平箱。ツールボックスの中にそれが四個並んでいる。その内の一箱が開封され、収められている葉巻の数々が露出している。──彼が銜え、紫煙を燻らせている葉巻はこの中から取り出された物だろう。

 

「──あ、あんた…何やっとんねん!!?」

 

「…え?」

 

「一本でも吸ったら商品価値下がるやろ!!しかもこれ…まさか…!」

 

 嫌な予感がしたヤンは自身の携帯端末を取り出すと、平箱へ印字された銘柄を検索する。ついでに葉巻のサイズ──長さと太さからチャーチルだろう点も考慮して検索を実施する。

 

 するとたちまち検索結果が判明し、驚愕で目を大きく見開いた。

 

「やっぱりや!第一次侵攻のちょっと前…海面上昇が原因で生産中止になった銘柄やないか!!とんでもないプレミア付いてるで!?」

 

「…いくらだ?」

 

「一本で220万クレジットや!」

 

「…そんなに高いのか?…味は悪くないが…」

 

 紙巻き煙草もそうだが、本物の植物由来の製品はアークに於いては高級品だ。第一次侵攻前と比較すれば──簡単に比較は出来ないが、概ねでも50倍〜100倍の値段となる程である。

 

 しかもムーアが現在進行形で灰に変えようとしている葉巻は第一次侵攻以前からも高級品のブランドであった。真空状態のままでは熟成できず、葉巻本来の味は劣化しているのかもしれないが、それでも求める富裕層は多いだろう。

 

 この銘柄がアークで最後に見られたのは──ヤンが検索したページで確認出来るだけでも30年前となっている。幻とも言える葉巻だ。

 

 それを何の抵抗もなく、スパスパと特に感慨もなく紫煙と灰に変えているのは冒涜以外の何物でもない。

 

「ちょっ!指揮官様!その葉巻、もう吸わないで──って潰しちゃダメだって!!220万がぁぁぁ!!」

 

「あ"あ"あ"!?おうこら何してくれとんねん!!札束ビンタ喰らわせたろか!?いてこましたる!!」

 

「なんてことしてくれたんですか師匠ぉぉぉぉ!!!」

 

「…えぇ…?」

 

 何故、そうも怒られなければならないのか。火の用心として火種をしっかりブーツで踏み潰して消しただけ──というのがムーアの言い分だが、舗装された地面と彼の靴底によって潰された葉巻の残骸(220万クレジット)を目撃したアニス、ヤン、ネオンの絶叫が響き渡った。

 




コ○ーバのシガーは美味しいのです……物によっては諭吉さんが余裕で財布から家出しますが、本当に美味しいのです。
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