勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
そして文字数がとうとう70万を超え、UAも20万を超えておりました(いつの間に
ミシリスのCEOであるシュエン、そして
前哨基地の指揮官室はなんとも言えない重苦しい雰囲気にあった。
今朝方、休暇を与えていたアニスとネオンがアークから帰って来たが、二人が真っ先に向かったのは何を隠そう指揮官室である。
しっかりとホワイトボードの赤いマグネットが在室の位置へ貼り付けられていたことを確かめてから入室すると、部屋の主であるムーア、そして分隊のリーダーの任へ当たるラピの姿を認めた。
「──あぁ、お帰り。休暇はどうだった?」
「そんなことより師匠。昨日のミシリスの記者会見、見ました?」
開口一番に切って捨てられてしまい、隈が僅かながら浮かんだ目元を苦笑のそれへ緩めたムーアは頷きを返す。
「あぁ、見た。まぁ仕事中だったが…」
「じゃあ、この記事を読んでみて」
応接用のソファに腰掛けているムーアへ歩み寄ったアニスが憤慨の気配を醸し出しながら彼へタブレット端末を手渡す。彼女の私物だった。
そういえばラピは何故いるのだろうか。気になったアニスが彼女へ視線を向けると──ラピの手元にはステンレスの細い耳掻き棒が摘まれている。
──あ〜…邪魔しちゃったかな?
少しばかり間が悪かっただろうか、とアニスは考えるも目下の問題は健在のままだ。意識を改めて切り替え、タブレット端末の液晶画面を指先でスクロールするムーアへ視線を向ける。
次第に彼の眉間へ皺が刻まれ始めたのをアニスを始めとした彼女達は認める。隣へ腰掛けているのもあり、ラピも横から液晶画面を覗き込んだ。
「……記憶の損失や機能低下などの副作用を伴わず、ニケを正常化……ミシリスの株価、劇的な回復……独占の売手市場となるのか……ふむ……まぁ供給よりも需要が高いのは確かか。この場合、他の2社よりもミシリスが独占しているのはその通りだろう」
「いやいや!有り得ないでしょう!?」
何を冷静に考察しているのだ。声を荒げるアニスへムーアも、まぁ確かに、と頷きを返しつつ借りていたタブレット端末を差し出した。
彼は手元が寂しくなると、机上へ置いていたソフトパックを掴んでオイルライターの火を点ける。
「アンチェインドが自分達が開発した独自技術だって冗談はさておいて──何でアンチェインドが
「…昨日の記者会見の後…良く思い出したんだが…心当たりがひとつだけあった」
このままではアニスがタブレット端末を床へ叩き付けて鬱憤を晴らしかねない気がしたムーアは溜め息混じりに紫煙を吐き出す。
「…どういうことですか?」
「…総力戦の際、マリアン──いや、モダニアへ対して…」
隣へ腰掛けているラピが全員の疑問を代弁すれば、ムーアは
「…なるほど…理解しました」
「あぁ…」
「…え?
彼が口にした心当たり。彼女達も思い出したのか納得と理解の表情を浮かべる。
「…まさか止められるとは思わなかったな」
というより、誰も想像は出来ないだろう。
銃口初速は約260m/s──その弾頭を歯と口で噛んで受け止めてみせるなど理解の範疇を超えている。それも至近距離からの発砲だったのにも関わらずである。
それはそれとして──受け止められた
或いはモダニアへ対して、
「…あの総力戦の際、それか戦後にシュエンが派遣した誰かが弾頭を探し出して持って行った──ということになりますね」
「おそらくは、だがな。それにしても勤勉だな。敵機の残骸や薬莢が転がってる跡地から指先程度の大きさの弾頭を探し出すとは」
ラピの推測に頷きつつ、彼はレッグホルスターへ納めている拳銃を抜き取る。弾倉を取り出し、1発の.45ACP弾を押し出して手の平に乗せる。
弾底部から弾頭の先端までの全長は約32mmの銃弾だ。弾頭だけをあの戦場となった跡地から発見するとは大した執念である。
思わず彼の口から称賛なのか、皮肉なのか判断が難しい言葉が漏れ出た。些か後者の気配の方が強かったが。
「…卑劣ですね」
「同感よ。…でも──全否定は出来ないのも事実」
元々はムーアを始めとした彼女達が外してしまった弾頭の回収を行わなかったことが原因だ。尤も彼が重体を通り越して死にかけていたのもあって回収へ向ける意識は喪失していたのが正しいだろう。
ラピはネオンの言い分に賛同するも、一概に否定は出来ないと述べた。
「どうあれシュエンはあのアンチェインドでメティスを
「…それは…そうですけど…」
「うーん…私も頭では理解できるんだけどさ…」
ラピの意見にネオンとアニスも一定の賛同は表明する。その姿を視界の端へ捉えながらムーアは手の平へ転がしていた銃弾を弾倉へ込め直すと拳銃の挿入口へ叩き込み、それをレッグホルスターに戻した。
「…あのアンチェインドは私達の物だったでしょう?私達が死ぬほど苦労して手に入れたのよ。それをシュエンに盗まれて黙っているのはちょっと…」
「そうですよ!悔しいです!」
「私も黙っているとは言ってないわ。──指揮官」
アニスとネオンが再び憤慨を口にする中、ラピは落ち着くよう語りつつ隣へ腰掛けているムーアへ視線を向ける。
彼は脚を組み直し、机上の灰皿の端へ煙草を軽く叩き付けて灰を落としていた。
「アンチェインドをこのままシュエンの手元に置いておくか、それともどんな手を使ってでも取り戻すか。最終的な決断は指揮官にお任せします」
「………分かった」
傍らのラピが、そしてアニスとネオンから注がれる視線を受けた彼は紫煙を緩く吐き出しつつ頷きを返す。
部下達とのやり取りがあったのは今朝方のこと。そして現在時刻は10:10である。
やたら広い室内、そしてやたらと座り心地の良いソファ。大尉の階級章が輝く軍服姿のムーアは低反発のそれへ腰掛けているが逆に居心地が良くないという不思議な心理を味わっている真っ最中だ。
ついでに言えば──まさかこうもあっさりと通されるとは思わず拍子抜けもしていた。
場所はミシリス・インダストリーの本社ビルの上階、その応接室である。
明らかに自身には場違いにも思える部屋だった。
アポイントメントが取れるか否かは微妙なところだったが──意外にもシュエンから返ってきたメッセージは少しだけなら時間が取れるというもの。
対面する時間帯と、場所は本社ビルと指定されてはいたが、1階の受付で受付嬢にその旨を伝えると慌ててここまで案内された記憶は新しい。
ついでとばかりに眼前へコーヒーが淹れられたカップまで出されては、意外にも応対はしっかりしているのだな、と妙な感想がムーアの心中に芽吹いた。
唯一の不満は──机上に灰皿がない点だろうか。
ソーサに乗った白磁のカップ、ミシリスのロゴが入ったそれを摘んでコーヒーを啜りながら待つこと10分経った頃、扉が空いた音が響いた。
白磁同士が擦れ合う微かな音を奏でてカップを置いたムーアが立ち上がり、身体を入口へ向けると、アポイントメントを取っていた小柄な人物が片手を挙げて彼の動きを制する。堅苦しい挨拶は省略で構わない、とのことらしい。
その隣には見覚えのない黒髪のショートボブに整えた頭頂部から垂れ下がる白兎の耳──を思わせる何らかの装置が生えたニケを彼女は伴っていた。
「──久しぶりね。怪我は?」
「──お陰様で」
「──そう、良かったわね。あぁ、こっちはリアンよ」
簡単な挨拶を交わしている最中、シュエンが傍らに控えさせたニケを指差す。
するとムーアと彼女──リアンは互いに軽く一礼を済ませて挨拶と代える。
やがてシュエンがムーアの対面へ腰掛けると、彼も低反発のソファに腰を下ろした。
「それにしてもアンタがそこに座ってる光景なんて昨日は考えもしなかったわ」
「──それは嘘ですな」
「……えぇ、嘘よ。少しは考えた。この答えで満足?」
肯定か否定か──ムーアは肩を竦めることで反応を返し、カップへ残っているコーヒーを飲み干すとソーサに戻した。
「…味は気に入った?」
「悪くはない味でした。ただ個人的にはもう少し
「そう」
パーフェクトで作られたコーヒーに焙煎というのもおかしな話だ。思わずシュエンは彼の冗談か本気なのか判断が難しい返答へ僅かな苦笑を浮かべてしまう。
「…本題に入っても?」
「構わないわ。まぁ予想は付いてるけどね」
ソファに腰掛けるシュエンの背後に控えるリアンは眼前のムーアが果たしてどのような人物なのか観察に追われる。
事前情報では前哨基地司令官とカウンターズ分隊指揮官を兼任しているニケ管理部所属の軍人。これまで達成不可能と思われる任務や作戦を成功に導き、先の総力戦では
そして──これは非公式の情報だが、その確保したヘレティックを巡っての中央政府軍との戦闘で多数の将兵、そしてどさくさに紛れて襲撃を仕掛けてきたテロリストの集団を
これだけ聞くと、度し難い程の戦闘狂か、或いは正真正銘の狂人のどちらかだろう。
聞き及んでいた数々の情報よりも、リアンの眼前でシュエンと対面しているムーアは非常に落ち着きがある物言いを返している。どうにも情報と実際の姿が一致しない──それが違和感として拭えなかった。
「──単刀直入にお尋ねします。戦場の、正確に言えば
「──えぇ」
濃い茶色の瞳が真っ直ぐシュエンを貫きながら問い掛ける。それを紫水晶の瞳が迎え討った。
「何か問題でもあるの?そこら辺に転がっていた弾丸を拾って、価値のあることに使ってやったのよ?」
「…その是非について糾弾するつもりで参った訳ではありません」
「……え?なに?そうなの?」
「…冷静になって考えると…銃弾は
シュエンはここで逆に混乱した。では何故、わざわざアポイントメントを取ってまで本社へムーアが足を運んだのか理解が及ばなかったのだ。
彼女としてはてっきり、今回の一件を糾弾されると思い込んでいただけあって意外と驚愕を感じ取っていた。
とはいえ──これは彼女達や、そしてスノーホワイトの前では口に出来ない、とムーアは考えていた。特に
「…アンチェインド──あの弾頭ですが、現在は何処に?ミシリスで保管を?」
「──私達が入手した
リアンが代わって答えると、ムーアは何度か小さく頷きを返しつつ──我慢が出来なくなったのか、とうとう纏った軍服の上着の胸ポケットからソフトパックを取り出した。
それをシュエンへ見せ、喫煙の是非を視線で問う。彼女は小さく頷いて許可する。軽く頭を下げた彼は一本を銜え、オイルライターの火を点けると紫煙を緩く吐き出しながら長い脚を組んで天井を仰ぎ見る。
「…ということは…アンチェインドはまだ量産に至っていない。そして何より
「そう。わざわざ説明する必要がなくて良かったわ」
暴落したミシリスの株価。日を追う毎に噂される様々なデマ。それらを回復し、市民達の不安や疑惑を払拭するには新技術の発表が一番──と考えたのだろうとムーアは嗅ぎ取っている。おそらくはシュエンも彼の考えを感じ取り、それを肯定しているのだろう遣り取りだ。
取り出した携帯灰皿へ溜まった灰を落とす彼は改めて対面の彼女に視線を向ける。
「…肝心のアンチェインドをどうするつもりで?
「…説明が省けてなによりだわ」
このCEOならば、仮に侵食を受けたニケの治療依頼が入ったとしても一機分の
「……個人的にはあまり気分が良くありませんが……貴女の会社の戦略だ。部外者が口出しはしません。ただし──問題がひとつ」
「……何かしら?」
「アンチェインドは世界にひとつだけ、とは限りません。その可能性を考えたことは?」
彼が紫煙を燻らせながら切り出すと、当然ながらその
「先程も申し上げましたが、アレは拳銃弾でした。そして一皮剥けば
「……それがどうしたの?」
「──仮に、の話です」
短くなった煙草、その最後の一口を肺へ送り込んだムーアは名残惜しげに紫煙を吐き出すと携帯灰皿へ吸い殻を投げ込んで蓋を閉ざした。
「──以前からの
「…私を脅迫する気?」
「まさか。私は一介の指揮官に過ぎません。おそらく万年大尉で終わるような半端な軍人でもあります。CEOの貴女を脅迫するなど恐れ多い」
自嘲の笑みを浮かべるムーアだが、その笑みをシュエンは余裕の証と受け取ったのだろう。見る見る間に顔が激昂の紅潮で染まる。
エリシオンのCEOや副司令官の一人からの支援を受け──俗な言い方をすれば、可愛がられている男が
「…そこまで私の足を引っ張りたいの?」
「…私がそこまで悪趣味に見えますか?」
「私は単に私利私欲で今回の発表をした訳じゃないわ。ミシリスが倒れたらどうなると思う?ミシリスがこれまで培った技術力や開発力はアークの防衛力を担って来た。ミシリスを失ったアークは、人類は──」
「…是非を問う為に来た訳でもありません。私がこちらへ参った理由は……協力を願いたいからです」
「──は?」
「はい?」
「……申し訳ないがコーヒーをもう一杯お願いしたい」
彼はおもむろにカップを乗せたソーサを掴むとシュエンへ──正確にはその背後へ控えるリアンに受け取るよう促した。
逡巡した彼女だが、シュエンの目配せに応じて頷きを返す。ソファを回り込んで受け取ったカップとソーサを携えたリアンが応接室を退室したのを認め、改めてシュエンがムーアを見据える。
「…それで?」
「物資と資金を出して頂きたい。アンチェインドを探し出す為に」
「ふーん…」
その彼女の紫水晶の瞳が対面へ腰掛けているムーアを面白げに見据えた。
彼の語り口に飲まれかけたが──少し落ち着いて良く観察してみると、普段よりも
泰然とした様子の普段とは異なり──
何故、わざわざコーヒーをもう一杯頼んだのか。遠回しな人払いをさせようとしたのか。それは、もしかすると、彼自身の胸中を察する者を一人でも減らそうと無意識にしたことではないのか。
それに思い至ったシュエンの口角が緩く吊り上がった。
「…嘘は良くないわね。ムーア、違うでしょう?」
「と、申しますと?」
吸い終わったばかりだというのに彼は煙草を再び銜えてみせる。遠慮なく吸うのは──この際、多目に見るが、やはり落ち着きが喪失寸前にも映る。
「──アンタがアンチェインドを探し求める理由を当てて見せましょうか?それは人類の為でも、ましてやアークの為でもない。──アンタが指揮してる
オイルライターの蓋を開けた彼がホイールを回し、火花を散らす。火が灯ったライターで煙草の先端を炙ろうとした彼の動きが一瞬止まったのをシュエンは見逃さない。
「…へぇ?そんなにあの
「…生憎とそのような劣情の類を持ち合わせてはいません」
濃い茶色の双眸が鋭く細められながらオイルライターの火で煙草が炙られる。その人を殺しかねない視線に晒されるシュエンだが──彼の口調は淡々としたもの。激情の類を抑えているようにも感じ取れる。
どうやら琴線に触れたらしい。口角が緩むのを彼女は禁じえない。
「──へぇ…?」
「……くだらない応酬は止めましょう。時間の無駄だ」
「私はアンタが動けるように資金や物資、兵力、支援を提供して、アンタはアンチェインドを必ず見付け出す。そういう
「仰られる通り」
「ふぅん?──何を焦ってるのかしら?」
「…焦っている?私が?」
指摘された彼は訳が分からぬ様子で紫煙を燻らせつつ眉間へ皺を刻んだ。その様子が面白いのかシュエンは興味深そうに前のめり気味となって彼へ視線を向ける。
「──少し趣向を変えるわ。アンタ、大切なニケ達が可哀想だと思わない?」
「…最近で一番らしくない言葉を聞きました」
「このままだとアンタが大切な──あぁ、別の言い方にしようか。
「────」
煙草の先端に溜まった灰が軍服のスラックスへ落下した。彼は微かな熱さを生地を通して感じ取る中、無言のまま細めた濃い茶色の瞳を対峙するシュエンへ向け続ける。
「なるほど。でも、その未来を回避する方法がひとつだけある。それが他の誰でもない私と手を組むこと。私を利用し、私に利用される──アンチェインドの量産化に成功すれば、ニケ達を永遠に侵食の恐怖から
「────」
「私の考え、間違ってる?」
話し合いの
ムーアの眼差しを真正面から受け止めるシュエンは何度もこの視線に晒されたからか幾分かでも耐性が出来ていた。しかし釣られるように彼女も負けじと思わず睨みを送る。
無言のまま数分間が流れた時──やがてシュエンが先に視線を逸した。
「…はぁ…分かった。協力しましょう。どうせアンチェインドを探すのは私も一緒だし」
「…感謝します」
「
もうこれ以上、煙草を吸う気分ではなくなった。半分しか吸っていないそれを携帯灰皿へ押し込んだ彼は小さな溜め息と共に紫煙を吐き出す。
「…その代わりに…ひとつだけ」
「…なんでしょう?」
「ど、
「断る──と申し上げたい所ですが……
「……そう」
彼の返答に一旦は満足と安堵をする他ない。シュエンが溜まった息を吐き出した時、応接室にリアンが戻ってきた。その手に湯気立つコーヒーのカップとソーサを携えて。
「──お待たせしました。お好みの通り、苦味が強い物を淹れて来ました」
差し出されたカップをソーサごと受け取ったムーアが取っ手を摘んで乾燥気味の唇を縁へ寄せて一口を静かに啜る。
「──味はどうかしら?」
問い掛けるシュエンへ彼は眉間へ皺を刻みつつ頷きを返す──
「──えぇ。私好みの味です」
──さながら苦虫を噛み潰したような表情で。
「──はい?シュエンと協力?師匠、私の聞き間違いじゃないですよね?」
「…いや。確かにそう言ったぞ」
出迎えてくれた分隊の隊員達が指揮官室まで付いて来る。彼女達は口々に彼へシュエンとの面会の様子を尋ねて来るが、それにムーアが端的な返答を告げる。
真っ先にネオンが自身の聴覚を司るセンサーが不具合を起こしたのかと不安を滲ませるが、彼は彼女の機能が絶好調であると保証した。
「…私達が地上で第二のアンチェインドを探して持ってきたら、ミシリスがその技術力でアンチェインドを量産すると。──悪くない計画よね、うん」
アニスの声音が刺々しい。それをつぶさに感じ取った彼は被っていた軍帽を脱ぐと、ネクタイを緩めた。
反応と反発は予想が出来たが──アークから前哨基地へ帰って来るまでの間に、どう説明したら良いかを考え付くのは不可能だった。
契約の類を相談もせず、勝手に決めた──それへ対しての怒りも感じ取れてしまいムーアは返す言葉もなくソファに腰を下ろすと顔を俯かせてしまう。
「ただし、問題は
「……それぐらいは覚悟して協力を提案したんだ」
顔を上げずとも分かる程に刺すような視線を感じる。それから逃れるかの如く彼は煙草を取り出して一本を銜えるとオイルライターで火を点ける。
吸い慣れた味だが──苦味が強くて仕方ない。
「…指揮官様。これまでは指揮官様の言うことはなんでも大人しく従ったけど…こればっかりはね。それに──」
「アニスとの
声に張りと覇気がない。溜め息に乗って紫煙が吐き出されるムーアの表情を彼女達は窺い知ることは出来ないが──眉間へいくつもの縦皺を刻んでいるのは想像に難くなかった。
「──指揮官」
指揮官室で沈黙を保っていたラピが彼を呼びつつソファへ腰掛けるムーアの近くへ片膝を突いた。顔を覗き見ると──彼は紅い瞳を向けてくる彼女の視線から逃れようと顔を逸らす。
「…何を隠していらっしゃるのですか?」
「…別に何も…」
「嘘が下手ですね。
ラピは問い詰めている訳ではない。彼が何を悩み、隠しているのか、それを知りたいだけだ。律儀で筋を通す彼が──アニスと交わした
ラピが細い両手を伸ばし、ムーアの生身の右手を握ると彼の意識を向けさせる。
「──お話し下さい。私もネオンも、そしてアニスも決して軽蔑などしません」
──だから打ち明けて欲しい。
それを言外にだが強く訴える。
銜え煙草をしたムーアの濃い茶色の瞳が握られる自身の右手へ向けられ──やがて小さな溜め息が漏れ出た。
「…最近…夢を見る。気持ちの良い夢ではない」
「…どのような?」
「それは………」
話そうと決心してくれたことにラピは安堵を覚えるが、ムーアが途中で言葉を詰まらせる。何度も口を開けては閉じ──適切な表現を探そうとしているかのようだ。
そのまま、彼なりの言葉で構わない。だから話して欲しい。
もう一度だけ強くラピが右手を握り──やがてムーアも意を決した。
「──侵食されたキミ達を撃ち殺す夢だ。俺は夢で…躊躇こそするが…必ず銃口を向けて引き金を引いている。…おそらくそのような状況になったら俺は……間違いなく引き金を引く。それが想像出来てしまう」
何のことはない。ただの悪夢だ。ここ最近は色々と大変だったのだ。過去の出来事──特に辛かった事柄が強く増幅され、脳が悪戯でそのような夢を見せているのだろう。
そう返すのは容易いだろうが──彼を良く知る彼女達はその光景を想像し、言葉を失った。
同時に──彼に
そしてなにより──ムーアなら間違いなく撃ってくれるだろう、という不可思議な確定事項すらも感じ取れる。
隠していた──話す必要もなかったのが正しい表現だが、胸の内を晒したムーアが我知らずラピの両手を強く握り締める。襲って来る痛みに耐えるかのようだった。
「──俺は…それを止められるなら…
これで満足か、と顔を上げた彼は無言のまま彼女達へ問うた。
想像していた以上に──いや、分かってはいたがどうやら自分達は彼から想われているようだ。それを思い知らされたアニスは堪らず頬を指先で掻いてしまう。
「……もう…そんなこと言ったら反則よね。ホントに殺し文句……このニケ誑し」
「…誑してるつもりはないぞ。そこまで器用な人間じゃない」
「そういうのは聞こえていても聞かないフリをするのがマナーなの。分かった?」
まだ怒っています、と言わんばかりにアニスは両手を腰に当てつつムーアへ指導を行う。訳が分からない指導内容だが──彼はひとまず頷くことにした。
「…じゃあ…決まりですか?」
「えぇ。──どうなっても知らないんだから」
「……済まない」
尤も懸念していたアニスの反応──エクシアが射殺された一件も手伝ってシュエンへ対しての猜疑心が高まる一方の彼女をどうやって説得するべきか悩んでいたムーアだ。
理解こそしているが、納得はしていない──それを感じさせる返答である。それをさせているのは他の誰でもない自身の所為であると自覚しているムーアは謝罪するしか出来ない。
「謝らないで指揮官様。──でもこれだけはハッキリさせようよ。シュエン、あのクソガキがしてくれるという支援。それが本当にこんなリスクを背負う程に凄いものなのか知りたい」
「部隊名は明らかにされなかったが…シュエン会長が言うには
「そうですよ。今、アンチェインドを一番必要としているのはシュエンですから、変な子を付けたりはしないでしょう?」
「…それは分からないわ。相手が相手なだけに…。それはそうと指揮官。何処からアンチェインドを探しましょうか?」
行動すると決めたなら、まずはアテを探さなければならない。まさかアテもなく彷徨い、何処にあるとも知れないアンチェインドを求めるには地上は広すぎる。
ラピが問い掛けると──ムーアは左手でポケットから携帯端末を取り出した。
「…スノーホワイトと連絡を取ってみる。彼女からアンチェインドを譲られたからな。何らかの情報を──」
「…どうかなさいましたか?」
メールかメッセージを打っているのか。ムーアの指先が忙しなく液晶画面を滑ってはタップを続ける。やがて送信のボタンをタップしたのだろうが──途端に表情が曇った。
「…送信に失敗した」
「…となりますと…エブラ粒子の濃度が高いエリアにいるかもしれません。あの粒子は通信を妨げますから」
「…そうなるか。…ラピ。以前、ルドミラから譲られたピルグリム──いや、スノーホワイトが目撃された座標が入った地図のデータはあるか?」
彼は右手を握ってくれているラピへ問い掛けると、彼女は頷きを返す。となれば話は早かった。
「…近日中に通過する座標があると良いが……」
「…こちらから彼女に会いに行くのですか?」
「その方が早いだろうからな」
「…分かりました。データは残っていますので直ぐにデスクトップへ移します」
「頼んだ」
ラピが右手を離して立ち上がる。携帯端末を取り出した彼女が指揮官室のデスクトップへ向かうのを横目に捉えながらムーアは短くなった煙草を灰皿へ押し潰した。
「…指揮官様。私、まだ怒ってるんだからね?」
「……分かってる。軽蔑されても仕方ない」
「……でも──ありがとう。それだけは言わせて」
傍らまで歩み寄ったアニスの細い手が彼の頭へ伸びる。まだ怒ってはいる。確かに独断であったのは否めない。約束も破られた。しかし──自分達を想ってくれての行動に不思議と怒りは湧かなかった。
短く刈り上げられた黒髪を一頻り撫でたアニスもラピがデータを移しているデスクトップに向かう。
それを見送った彼は安堵の溜め息を我知らず吐き出した。
「……師匠。少し白髪が増えましたね」
「…そうか?…そうかもな」
きっとストレスなのだろう。弟子が口にした指摘へ彼は気負う様子もなく肩を竦めると腰を上げた。
結局は原作と同じ流れになりますが……原作の指揮官(主人公)よりもカウンターズの彼女達への仲間意識が強いムーア大尉でありますので、おそらくはシュエンへ対しての拒否反応を示すよりもこうして協力を自ら要請する程度のことはやるだろうと作者は考えました(まぁそもそもそこまでムーア大尉はシュエンへ悪感情を抱いてはいないのが大きいのかもしれませんが