勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
「──結果はどうだった?」
「──悪くもなければ良くもない、といった所だ」
司令部庁舎の一室で一組の男女が向かい合っている。
男は副司令官であるアンダーソン少将。そして女は肩へ掛けた白い外套が目を引くエリシオン社のCEOであるイングリッド。
長い付き合いになる双方だが、彼の方はこの女傑が下したテストの評価に意外そうな反応と共に感嘆の息を漏らした。
「ほぉ…驚くべき結果だな。君が好意的な評価を出すとは。お眼鏡に適ったかな?」
それほど彼の分隊──
「あの指揮官…ムーア中尉だったか。指揮能力は悪くない。状況を見極める目も確かだ。決心も早い。しかし…」
「なんだ?」
「──前に出過ぎる嫌いがある。無論、ニケ用の火器を使いこなして前線で戦える人間の存在は稀少だろうが…」
「評価に困る、か?」
彼の問い掛けにイングリッドが小さく頷く。そうだろうな、とアンダーソンは内心で同意した。彼自身、昇任したばかりの青年の能力を測りかねているのが正直なところだ。
「アンダーソン。正直に話せ。報告ではブラックスミスの一撃を生身の人間である彼が耐えたと聞いた。最初は冗談だと思ったが…事実か?」
女傑が眉間を寄せながら副司令官へ尋ねるのは彼等が担当した先だっての任務での出来事だ。耳が早い、とは思わない。何処に誰の耳や目があるか分からないのが、このアークという世界だ。
彼女にとっても事実確認以外に意味を持たない質問だろう。だからこそアンダーソンは頷いて肯定を示した。
「…銃を扱えるのは…百歩譲って納得しよう。だがそれが事実だとしたら、彼は本当に
百歩譲って、と口にする彼女の困惑は察して余りある。普通に考えたなら有り得ない。いや、あってはならないはずなのだ。
「──これを見てくれ」
アンダーソンが端末を手に取ると、画面をタップして目的のデータを表示する。そのままイングリッドへ端末ごと手渡せば彼女は怪訝な様子で受け取り、その性格を如実に示している勝ち気な瞳を向けた。
「…これは?」
「…ムーア中尉の精密検査の結果だ。興味はあるだろう?」
「年若い男の身体にドギマギする小娘の頃は過ぎているぞ。…身長が188cmで…体重が130kg?」
計測のミスだろうか。彼女は表示されている青年の身長と体重に違和感を覚えた。確かに上背はある。アンダーソンよりも背は高いのは今日の対面で確認していた。
しかしこの体重は妙なのだ。
「…肥満、ではないな」
むしろ細身──とまでは言わないにしろ眼前のアンダーソンと似たようなモノだった筈である。
「いくつかの項目が
イングリッドが目を落とす画面へアンダーソンが手を伸ばし、一点の項目をタップすると比較対象の数値が現れ──それを見比べる彼女の眉間へ次第に皺が寄って行く。
「…比較すると確かに異常値だな」
数値の桁がおかしい。それに気付いたイングリッドが訝しげに端末から顔を上げるとアンダーソンへ視線を向けた。
「教えてくれアンダーソン。お前は
「…人間だ。それだけは保証しよう」
つまりそれ以外の情報を開示するつもりはない、と言外に語られた女傑は強気を示す瞳でアンダーソンを見据えながら端末を返した。
「イングリッド、ひとつ頼めるかな?」
「頼み事によるが、聞くだけ聞いてやろう」
「用意して欲しい物がある」
アンダーソンは返された端末を操作すると、イングリッドのそれへとデータを送信する。それを受け取った彼女が画面をタップし、羅列された項目を順に確認する度に再び眉間へ皺を寄せた。
それから2日後。ニケ達が構成する各分隊毎に用意された宿舎のひとつへ一人の将校が歩み寄る。
その入口へ【04-F】とステンシル調の機械的な印字が綴られたプレートが打たれているのを確認した真新しい中尉の階級章が軍服の双肩に輝く将校が呼び出しのボタンを押した。
〈──どちらさまぁ?〉
「ムーアだ。司令部から命じられ、次の任務の説明に伺った」
インターフォンのボタン横に備えられたスピーカーから響く間延びした──というより、だらけ切った声音には聞き覚えがあった。戦力回復期間という名目の休暇を少しは堪能しているらしい。それを察した将校、ムーアは小さく肩を竦めながら用件を口にした。
「──発電所の調査ぁ?」
通されたのはブリーフィングルーム、らしいが火器の類がとっ散らかっている気がするのはラフな格好で説明を聞いている亜麻色の髪を持った彼女の影響が大きいのだろう。胡乱げなまま端末へ送信された任務内容のデータに目を通している。
「そう。臨海都市にある発電所だ」
「…この人数で、ですか?」
ベレー帽を被り、襟元の赤いネクタイもしっかり締めて説明を聞いている彼女を見習えば良かろうに。それは喉の奥へ引っ込めて彼は頷きを返した。
「そうだ。見ての通りになる」
「それって酷すぎない?あんなに苦労したのに、しかもタイラントと戦って死ぬかもしれなかったのに大して褒められもせずじゃない!」
椅子へ腰掛けながらアニスは憤慨した様子で苛立ち紛れに手元の端末を机上へ投げ捨て、その目立つ胸の下で腕を組んでみせる。
「しかし任務は任務だぞ」
彼としても何も思わない訳では無い。だが正当な理由なく命令への抗議は難しい組織に属しているのだ、と言外にアニスへ伝えた途端のこと。彼女は髪色と同じ虹彩をした瞳を細めながら腰を上げると舞台役者の如くに大袈裟な仕草で胸へ手を当てて深々と一礼した。
「
「──アニス」
それはあまりにも失礼だ。ラピは彼女の名を呼ぶだけでそれを暗に告げるとアニスは唇をへの字に結びながら椅子へ再び腰を下ろす。
「…ごめん。言い過ぎたわ」
「気にしていない。…上官の機嫌を伺うのはあまり得意ではないとは言っておく」
不貞腐れたようにそっぽを向きながらだが、ムーアへ対して謝罪の言葉を口にするアニスへ彼は驚くほどに淡白な反応のまま煙草を胸ポケットから取り出した。一本を銜え、まだ新品同様のオイルライターで火を点ける。
オイルライターの蓋が閉じられる金属音が静かに響く中、ラピは話題を変えようと──或いは最も懸念している事項を尋ねようと口を開いた。
「指揮官はどなたが割り当てられますか?」
「…ん?俺だが?」
紫煙を燻らせながらムーアが告げると──眼前の二人は同様に何度も瞳を瞬かせた。そっぽを向いていたアニスでさえも彼へ顔を向ける程には驚いている。
「…それはおかしいわ」
ボソリと呟かれたアニスのそれにムーアが怪訝な表情を浮かべたのを認め、ラピが代わって説明する。
「同一の指揮官とニケが連続して作戦や任務を割り当てられることはありません。少なくとも私が知る限りは、ですが」
「…それが普通なのか?」
「はい。大抵の場合、作戦過程で
「指揮官がニケを現場で処分した、ってことも沢山あったわ。その反対もたまにあるし」
──大丈夫だろうかこの組織。ポケットから取り出した携帯灰皿へ溜まった灰を落としながら彼は所属している組織が今後、衰退の一途を辿るのではないかという焦燥にすら駆られる思いだった。
統計的にはどれぐらいなのだろうかとも考えるが、ラピが続ける説明によれば「話したのは極端なケース」だという。安堵は一応するのだが──アニスが「沢山あった」と口にした辺り、それなりの頻度で発生するトラブルではあるらしい。
「ですので同じ指揮官とニケが共に作戦へ投入される場合には少なくとも3回は間隔を開けるのが一般的です。それを考えると…今回は異例中の異例ですね」
「処分、よね…」
「…は?」
「それとなく地上へ送って全員処分するつもりよね…」
「…いや、それはないだろう」
アニスが口にした予想を耳にした彼は苦笑交じりに紫煙を燻らせ、煙草を唇の端へ銜えた。3級品の煙草であり、品質は上級のそれと比ぶべくもないが妙に舌へ馴染む味だ。
「なんでそう言い切れるのよ!
「…落ち着けアニス。一服するか?」
「要らない!っていうかここ禁煙よ!」
「…え?マジ?それならそうと早く…」
「言うよりも早く
ラピは表情にこそ出さないが、内心では驚いていた。一定以上の関係を深めたら、あまりそれ以上は踏み込んで来ない──むしろ一線を引く筈のアニスの彼を指す呼び方が元へ戻っている。
先程までは頑なに
それはさておき遅れ馳せながら彼女の口から禁煙だと告げられた彼はまだ半分しか吸っていない煙草を名残惜しげに携帯灰皿へ放り込み、蓋を閉じると溜め息を吐き出した。
ここが禁煙だったとはラピも初めて知ったのだが。
「…話を元に戻して…政府というのは、そして軍隊というのは良くも悪くも合理的な思想で運営・運用される。わざわざ無用なコストを掛けてまで地上へ送り、処分をラプチャーへ任せる。そんな手間が掛かって面倒臭い上に確実性が疑われるようなことはせんよ。処分するなら
「…ってことは……?」
「…分隊員の員数を考えると通常の作戦、とは言い切れないが…まぁ少なくとも処分ではないな」
「…まぁ…そう言うのなら…」
まだアニスの疑いは完全には晴れていないようだが、ひとまずはムーアの言い分を聞き入れるらしい。
「…異例の作戦ですが…命令であれば従うしかありません。
あぁ、やはりこちらの方がしっくり来る。
「…俺は構わんのだが…二人は良いのか?」
彼は逆に彼女達へ尋ねる。するとラピとアニスは互いに顔を見合わせた。
「いや…さっきから聞いていると、まるで俺が分隊の指揮を執るのを歓迎していないように思えてな」
彼の言い分を聞いた二人は先程までのやり取りを思い出す。異例だ、一般的ではない、とばかり口にしていてムーアが再び
「──言葉が足りず申し訳ありませんでした。私達の指揮をお願いします。指揮官」
「──いきなりでビックリしちゃっただけだから」
「…なら良かった。では改めて…ショウ・ムーア中尉が
彼が命令を下すと、ラピとアニスが腰を上げる。正対と同時に右手を額の前へ翳して挙手敬礼すれば、ムーアも起立をして彼女達へ端正な答礼を返した。