勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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世界のどこかで誰かが被っている不正を、心の底から深く悲しむことのできる人間になりなさい。それこそが革命家としての、一番美しい資質なのだから
──エルネスト・ゲバラ──



第5話

 

 

 

 

 

 エブラ粒子の濃度が比較的、薄い地点なのか不意に通信が回復した。

 

 それを報せるかの如く、ネオンの携帯端末が着信のバイブレーションを起こしたのだ。

 

 それと同時に──ムーアの携帯端末がポーチの中でバイブレーションを伝える。

 

 ポーチを開いて引き摺り出した携帯端末。右手へ嵌めたグローブを外し、指紋認証でロックを解除してから着信を確認すると──相手がシュエンであると認めた。

 

「……はぁ……」

 

 どうせ進行状況を伝えるように、等の催促だろう。とはいえ協力関係にある相手からの連絡だ。無碍には出来ない。

 

 溜め息を吐き出しつつアプリを開くと──溜まっていたメッセージの数々が飛び込んで来た。

 

 それらを上から順に流し読んで行く最中、新たな着信が届く。

 

「──ん?」

 

 ムーアの双眸がサングラスの下で細められる。

 

 大半は予想通りに任務の進行状況を問うそれだが、最後の最後に届いた一連のメッセージは不可解なものだ。

 

 彼女曰く──イングリッドに頭を下げて()()()()を付けた、とのことだ。

 

「───」

 

 偵察部隊、そしてイングリッドに頼み込まなければ借り受けられない──つまりはスカウティングのことを言っているとは直ぐに想像が付いた。

 

 であれば──

 

「──ダーリン?」

 

 不意に真横から甘ったるさすら感じる声がノイズキャンセリング搭載のヘッドセットを通り抜けて鼓膜を震わせる。

 

 サングラス越しに濃い茶色の瞳を向けた矢先──携帯端末を掴む右腕へ蛇の如く絡み付く一対の細い腕。柔らかくも張りのある豊かな胸元に強く押し付けながら、バイパーが身を寄せて来る。

 

「一人で何をそんなに見ているの?一緒に見ようよ〜♡」

 

 液晶画面を彼女が覗き込もうとする瞬間、彼は咄嗟に携帯端末の電源ボタンを押し込み、画面を暗転させたかと思えば左手に端末を移し替えてポーチに仕舞い込んだ。

 

「あぁん…」

 

「…あまりプライベートなことを詮索する女性は俺の好みではないぞ」

 

「え〜?ダーリンのことが気になってるから()()と知りたいだけなのに〜」

 

「それは光栄だが──こら」

 

「ふふふっ、バレちゃった」

 

 マニキュアが塗られた細い手が携帯端末を仕舞ったポーチを目指す。それを左手で掴んで阻止するとバイパーは悪怯れもせずに笑みを浮かべる。

 

 溜め息を吐き出した彼はバイパーに離れるよう促すと突撃銃を握り直した。

 

「いけずぅ──ふふっ」

 

 少しだけ頬を膨らませた彼女だが、何を思ったかやや紫がかった紅い瞳でジッとムーアを見詰めた後、急に満面の笑みを浮かべる。

 

「…どうした?」

 

「なんでもないよ?──そんなことよりもね。もうすぐ目標地点だよ、ダーリン」

 

 彼の背後から回り込んだバイパーが今度は左腕に両腕を絡み付ける。強く胸元へ抱き寄せた機械仕掛けの左腕を覆う防寒戦闘服の生地を通し──生身の繊細な腕と比べると、やや劣るがそれでも柔らかい感触を覚える。

 

「あの伝説のピルグリムに会えるのよ」

 

 歩幅を少しだけ狭めながら歩き出した彼の歩みへ合わせ、左肩へ頭を預けたバイパーは自身に纏わせたシャンプーや香水の類から発せられる香りをムーアへ移そうとしているのか頭を軽く擦り付けた。

 

「ダーリンはどう思う?…スノー…ホワイト…?彼女は私達のこと気に入ってくれるかな?」

 

「…さて、どうだろうか。彼女次第だろうが…まぁ、戦闘糧食(献上品)を多めに持って来たからな。機嫌を損ねさせたとしても…おそらくは大丈夫だろう。たぶん」

 

 欠食児童じみた彼女だ。やはり食事もレパートリーが大切なのだとしみじみ思い知った彼は半ば飽きている戦闘糧食の処理も兼ねて背嚢にいくらか余分のそれを納めて来ている。見知らぬ相手は警戒するだろうが、気分を元に戻す一助にはなる筈だった。

 

「良かった〜。見ての通り、私達も大人しい性格じゃないから実はあまり期待してなかったの」

 

「…礼儀さえ守れば、彼女も無碍な扱いはせんよ。おそらくはな」

 

「そう?なら…ダーリンの言うこと信じてるね?それに──少なくとも今はダーリンが私達の()()を握ってるからね」

 

 寄り掛かりながら歩いていたバイパーが不意に立ち止まり──爪先立ちとなって背伸びしたかと思えば、彼の左頬へ唇を軽く押し当てる。それだけでなく続けて喉元へ、さながら蛇が噛み付くが如く吸い付いた。

 

 それを済ませると彼女は蠱惑的な微笑を浮かべつつ舌舐めずりし──やがて小走りにクロウ達の元へ駆け出してしまう。

 

「……指揮官様?」

 

「……師匠?」

 

「なん──」

 

 振り返ると──背後に控えていた分隊の彼女達の視線が彼へ突き刺さる。

 

 おもむろにアニスが歩み寄り、自身の携帯端末を取り出すとカメラを自撮り機能へ切り替えてムーアへ画面を突き出す。

 

 手鏡代わりなのだろうが──その画面には左頬と喉元へ薄くリップの痕跡が浮かび上がっている。

 

「これ、擦ったら取れるか?」

 

「…知りません」

 

「…鼻の下、伸びてるよ」

 

「伸びてない」

 

「……はぁ……」

 

 額を押さえたラピが漏らす深い溜め息は寒風に拐われて何処かへ消えた。

 

 

 

 

 

 辿り着いたスノーホワイト、或いはピルグリムとの遭遇が予想される座標へ到達する。その場所は何十年も前に放棄された村の跡地だ。

 

 直径2kmに渡ってエブラ粒子の濃度が平均でも100%だという“魔の地帯”である。

 

 弾き出された遭遇が予想される時間の誤差は最大で3時間。

 

 3時間前にスノーホワイトがこの村を出たかもしれない。或いは3時間後までこの村に滞在するかもしれない、とのことだが──

 

「──おそらく出てしまった後のようだな」

 

「──みたいだね。ラプチャーの残骸が転がってるし、新手も来てる」

 

 村を縦断する大通りを挟んで東西に分けたエリアをカウンターズ、そしてエキゾチックが別々にスノーホワイトの存在、或いは痕跡を捜索する運びとなる。

 

 カウンターズはムーアの指揮下で東側を担当したが──村の中にはラプチャーの残骸だけでなく、健在の敵機までもが跋扈していた。

 

 遭遇と接敵をする度に撃破の作業へ追われつつの捜索である。

 

 つい今しがたもアニスが放った擲弾でラプチャーの1体が粉砕され、部品を撒き散らしつつ降り積もった新雪の上へ落下した。

 

「……複数のロード級とでも戦ったのか?」

 

 村の東側、その端まで捜索の範囲を広げた彼等の視界に飛び込んで来たのは──雪に覆われて隠されているが、地面が一直線に抉れた痕跡だ。

 

 セブンスドワーフ──スノーホワイトが携行する火器の光芒の一閃が薙ぎ払ったのだろうか。

 

 とはいえ、これはいつ頃に抉れた物かは分からない。今日──ではないだろう。それにしては雪に覆われすぎである。

 

 この分では東側で真新しいスノーホワイトが滞在していたであろう顕著な痕跡は発見出来まい。

 

 彼は分隊を大通りへ戻すことに決めた。

 

「──本当にスノーホワイトはここに来てたんでしょうか?」

 

「…さてな。まぁラプチャー同士が()()()をしているなら残骸の多さは納得出来るが…」

 

 ネオンからの問い掛けに彼は肩を竦めた。分からない、というニュアンスを込めての仕草だ。

 

 一番の収穫は抉れた地面、だろうか。彼等が認知しているだけの話となるが、あのような攻撃が可能なニケは──スノーホワイトか、それかラプラスぐらいだろう。

 

 わざわざラプラスやメティス分隊のような有名所が、このような僻地まで足を運ぶとはあまり考えられない。となれば消去法でスノーホワイトとなる。

 

 大通りまで分隊を戻すと、西側で飛び跳ねながら大声を張り上げるジャッカルの姿が見えた。

 

「──指〜揮〜官!ちょっとこっち来て〜!!」

 

 防寒戦闘服の上着を羽織りながら飛び跳ねる彼女が叫ぶのはピルグリムらしき存在の痕跡を発見したというそれだ。

 

 ジャッカルの案内を受け、彼女達が発見したという痕跡の場所まで向かうと──かつては村の集会所だったのだろう。比較的、規模の大きな建物の屋内だった。

 

「……あぁ、これは間違いないな。スノーホワイトだ」

 

「ですね師匠」

 

 在りし日の頃はフローリングが張られていた一室は経年劣化もあって所々が朽ちている。その床の隅へ纏められた戦闘糧食の包装をムーアは拾い上げた。

 

「チリマカロニ&ビーフ…マカロニトマトソース…間違いなく俺が渡した糧食だ」

 

「なんで分かるの指揮官?」

 

「…俺が食べ飽きたメニューばかりだからな」

 

 不思議そうにジャッカルが首を傾げるも、ムーアは端的な答えを返し、包装を元の場所へ落とした。それにしてもパウチの中は清々しいほどソースの一滴すら無くなっている。余程、丹念に食べたのだろうか。

 

「こっちは武器の部品…を組み立てた跡。これは疑う余地もなくスノーホワイトのキャンプね」

 

 ボルトや鋼材の切れ端、そしておそらくはラプチャーから剥ぎ取ったのだろう部品までもが床の一部を覆い隠している有様を見て、アニスも確信を抱いたらしい。

 

 他には無いか──とムーアは室内の隅へ置かれたテーブルに歩み寄る。その机上へ広げられているのは一枚の地図だ。

 

 手書きではない。何処からか拝借して来た代物なのだろう。

 

「…縮尺は1/25,000。北はこの方向…磁北線も引いてるな…」

 

 ボディアーマーに付けた小振りのポーチの中からレンザティックコンパスを取り出し、針の向く方角で北を再確認。続けて携帯端末も取り出して周辺地図のデータを開き、照合する。

 

 間違いなくこの周辺一帯の地図だ。しかし何故、これを置いて行ったのか。

 

「…灯台の記号にチェックが入ってますね。どういう意味でしょうか?」

 

「資源を貯蔵している場所かもしれないし、救助が必要なニケの居場所かもしれないわね。──最悪の場合、罠かもしれない」

 

 地図を判読する彼の横から覗き込むネオンとラピが話し合うも──ムーアは別の感想を抱いていた。

 

 地図を置いて行った理由は──単に忘れたか、或いはまた直ぐに戻って来るから敢えて残して行ったか。いずれにせよ不用心だが、地図そのものを置いて行ったことに問題はない。

 

 ただし──マーキングを済ませた地図は問題だ。

 

 敵に発見された場合、有益な情報となり得る。それを知らぬほど彼女は──いや、どうだろうか。むしろヘレティックがこれを見付けて追い掛けて来たとしても、却って好都合と捉える可能性も浮かんでしまう。

 

「まぁ、もし罠だったとしてもラプチャーが仕掛けた物ではないでしょうね」

 

 アニスが語るのも道理だ。わざわざラプチャーがこのような狭い室内に侵入し、この地図の一点──灯台の記号にだけチェックを入れる筈がない。

 

 とはいえ──

 

「──内部の仕業なら有り得るけど?」

 

 ムーアは傍らに立つラピとアニスの視線が地図から外れたのを察する。おそらくその外された視線が向かったのは──

 

「…おいおい。なんであたし達がそんなことするんだ?裏切るとその場で()()が爆発するのに?」

 

「忘れたのかしら?ここはエブラ粒子の濃度が平均100%よ。シュエンが爆弾を爆発させる?私達の救助信号も届かないわよ」

 

 アニスが亜麻色の瞳を吊り上げ、室内の壁へ寄り掛かるクロウへ食って掛かる中──彼はひとまず地図判読を続行する。

 

 周辺地図と携帯端末の最新の情報を照らし合わせるが──幸いにも大きな地形の変動は確認出来ない。

 

「…む…」

 

 等高線を確認した途端、彼の喉の奥から唸る声が漏れ出る。

 

「──あたし達が何かをしたって証拠は?」

 

()()って言葉、分かるかしら?」

 

 クロウは作戦が始まって以来、ムーアへ対する命令不服従や侮辱の類の言動が目に余る。その彼女がリーダーを務めるエキゾチックが一番最初にここを発見した。

 

 彼等がここに来るまで地図へ()()をする時間の猶予はあった筈だ──とアニスは語った。

 

「──お前、殺してやる」

 

「──やってみたら?出来るものならね」

 

 裏切ったら爆発するのだろう?、と言わんばかりにアニスが挑発した途端、クロウが背中を預けていた壁から離れて彼女へ向かって歩き始める。

 

 一触即発の雰囲気の中──大きな咳払いが室内へ反響した。

 

「…割り込んで済まないが、いずれにせよ灯台に向かわなきゃならんようだ」

 

 地図を机上へ残した彼はレンザティックコンパスを仕舞うと、携帯端末の地図へ改めて視線を落としながら身体を反転させる。

 

 そのついでに室内を見渡すと、ちょうどいいタイミングで止めに入ったらしいことが伺えた。アニスとクロウが共に腕を伸ばせば届く距離で立ち止まっていたのだ。

 

「…ここから更に奥へ向かうには灯台の方面へ進まなきゃならんらしい。あくまでも最短距離で、ということだが」

 

 山越えをするならば話は別だが、等高線の間隔から察するに急勾配の尾根が連続している。しかも雪に覆われているとなれば難易度は凄まじいそれになるだろう。

 

 安全を考えるなら、灯台を迂回し、奥へ向かうルート一択である。

 

「…それとアニス。キミの()()が宜しくないのは分からないでもないが、それは結局のところ()()()()()でしかない。勿論、ここが裁判所なら話は別だが…」

 

「…指揮官様…!だってアイツらは…!」

 

「──()()()()()だから?それとも()()()()()だから?」

 

 淡々とした口調の彼がクロウを、ひいてはエキゾチックを擁護する発言を述べるとアニスが驚愕の眼差しでムーアを見詰める。

 

 その瞬間、クロウは彼女が自身を含めた分隊を信用ならないと考える理由をひとつずつ尋ねた。

 

 途端にアニスは口籠り──それを見たクロウが鼻で笑う仕草を取る。

 

「──お前の()()()()は偏見がないようだがな。好きなだけ烙印を押してみろ。その偏見通りに動いてやるから」

 

 口籠るアニスを横目にラピは努めて淡々とした口調のままムーアに野営を勧める。ちょうどこの集会所へ来る途中で灯台があるだろう方面に分厚い雪雲を発見したばかりだ。

 

 おそらく吹雪になるだろうという予想を立て、野営で時間を潰す傍ら体力の回復を促す。

 

 それに彼は頷きを返した。

 

 続けてラピはエキゾチックにデコイ撒きを要請し、彼女達が揃って集会所を後にしたのを認めると──小さな溜め息を吐き出してムーアへ歩み寄る。

 

「…指揮官」

 

「…分かってる。…分隊、集まれ」

 

 彼はその場で左手の人差し指を立てるとクルクルと回し、集合の合図を出した。

 

 ネオンと、そしてやや遅れてアニスが集まると彼は左手で掛けていたサングラスを外して一同を見渡す。

 

「…アニス」

 

「…なに?」

 

「…さっきは悪かった」

 

 少々、機嫌を損ねているのか──アニスはそっぽを向いてしまう。

 

 とはいえ、あの状況で場を収める方法は他にいくつもなかった。少なくとも穏やかに済ませる方法は限られていただろう。

 

 しかし彼が分隊を集合させたのはアニスへ個人的な謝罪をするのが理由ではない。

 

 ムーアは携帯端末を取り出すと──シュエンから届いた複数のメッセージを液晶画面へ表示し、それを彼女達に見せる。

 

 その内容を読み込んだ全員の表情が──強張った。

 

「……と、いう訳だ。エキゾチックから目を離すな」

 

 彼女達が頷きを返す。それを認めたムーアは周辺のラプチャーを掃討しようと分隊を伴って集会所の外へ向かった。

 

 

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