勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第6話

 

 

 

 床に転がったケミカルライトが室内を仄かに照らす。

 

 光源に照らし出される部屋の壁へ背中を預けながら座り込む人影はムーアだ。彼は床上へ広げた雑毛布の上に分解した突撃銃の部品を並べ、ひとつひとつをウエスで磨いている。

 

 予想通り、と言うべきか外は吹雪になっている。どうやら雪雲の一部が野営をすることとなった村も覆い隠してしまったらしい。

 

 食事は済ませている。水に濡れた拳銃の整備も終わっている。あとは突撃銃の整備さえ済ませれば就寝だ。

 

 銃身内も磨き上げ、ライフリング(施条)の溝へ弾頭の残滓がないと点検を済ませた彼は手早く突撃銃の結合を始める。

 

 遊底へ撃針を通し、それがカムピンに空いた穴で固定されたと認めてから機関部へ槓桿と共に挿入した頃──ふとクロウの姿が視界の隅へ映った。

 

 彼女の傍らには大口を開けたジャッカルが床の上で仰向けに寝転がり──腹の上へ貸したままの防寒戦闘服の上着を掛けている。舌がダランと口の端から零れているが、喉が乾燥しないか心配であった。

 

 バイパーは床へ揃えた脚を折りながら背中を壁に預けて静かな寝息を立てている。

 

 エキゾチックの中で唯一、起きているのはクロウのみ──その顔を彼女が握る携帯端末が照らしている。何かを見ているらしいが、彼からは窺い知ることは出来なかった。

 

 手元で徐々に組み上がる突撃銃。伸縮式の銃床内へ緩衝器と太いスプリングを差し込み、上下に分けられる機関部を合わせてからピンで固定。槓桿と引き金を交互に引き、単射、連射、安全装置が確実に作動するかの点検を済ませて行く。

 

 彼の視界の右端には歩哨へ立つラピを除いたアニスとネオンが肩を寄せ合って眠る姿がある。あまり整備の音を響かせては安眠妨害だろうが致し方ない。

 

「──何を見ているんだ?」

 

 鋭く槓桿が引かれ、続けて引き金が引かれる度に撃鉄が落ちる撃発の乾いた金属音が室内に響く中、ムーアの低い声がクロウへ向けて放たれる。

 

 それに気付いた彼女が突撃銃の整備を行う彼へ横目を向けた。

 

「…あぁ…あたし達が一生懸命に探しているアンチェインドに関する最新の情報があってな。…見るか?」

 

 意味ありげに口角を緩めたクロウが腰を上げ──やがてムーアの真横へ座り込むと、彼の眼前へ握っている端末の画面を翳す。

 

 利用者はアークに住まう人口のほぼ全て、少なくとも8割以上に及ぶだろう大手動画共有サービスが提供する生放送の動画が彼の目に入る。とはいえ、液晶画面に映る読み込み中のサインが動き続けたまま動画は途中で止まっているのだが。

 

 

 【ミシリスの株価が激変!状況の整理(feat.アンチェインド、メティス、侵食)】

 

 

 題された動画のタイトルへムーアが目を映した時、傍らからクロウの静かな声が鼓膜を震わせ始める。

 

「──最初はミシリスを賞賛することで始まったが、この【JohnD】という奴が現れて、あれこれ言い触らしてからは雰囲気がガラッと変わった」

 

「…JohnD…中々に趣味の良い名前だ。John Doe(身元不明死体)とは」

 

 皮肉を込めてムーアが口にすると、何かが気に入ったのかクロウが微かに笑みを浮かべた。

 

「…そういえば名前を聞いてなかった」

 

「…名乗っただろう」

 

 もう忘れたのか。ムーアが結合と作動点検を終えた突撃銃の弾倉挿入口へ銃弾を詰めていた弾倉を込めながら横目を向ける。

 

「違う。ファミリーネームじゃない。ファーストネームだ」

 

「…ショウだが?」

 

「綴りは?show(見せる)と同じか?」

 

「…oではなくaだ」

 

「──Shaw Mooreか。なるほど。()()()名前だ」

 

 人の姓名を()()()と言うのは、あまり誉められたことではないが彼も同意見である。軽く肩を竦め、ソフトパックから飛び出させた煙草を銜えるとオイルライターの火を点ける。

 

「組み合わせると《湿地の木片》のような意味になるからな。どんな理由でこんな名前にしたのかは知らんが…そもそもファーストネームも本来ならファミリーネームの方が適切だろう」

 

「あべこべ、だな」

 

「あぁ。あべこべだ」

 

 頷きを返した彼へクロウが笑みを浮かべ、話の続きを再び始める。

 

「…()()()。お前はNIMPHについて知ってたのか?」

 

「…一応は」

 

「そうか。なら話は早い」

 

 隠し立てする必要もない。アンチェインドの効果はどのような物か、そしてアンチェインドがその効果を何処へ齎すか。それらの情報は既に開示されている状況でもある。ただしNIMPHがニケへ与える効果、そして()()については別の話であったらしい。

 

 彼の()を呼んだクロウはおもむろに自身のこめかみを指差してみせた。

 

「あたし達の記憶を勝手に改造して、消す為に()()()に人間達が仕込んでいたナノマシン、だとか」

 

「…その認識で間違いはない」

 

「聞けばラプチャーが侵食させるのもこのNIMPHらしいな。アンチェインドはこれを破壊することで侵食を治療する仕組みだと言うが…」

 

 一度、言葉を区切ったクロウは彼へ向けていた眼差しを自身が握る携帯端末の液晶画面に移した。

 

「ここでJohnDが疑問を投げかけるんだ。アンチェインドでNIMPHを破壊することで知らない内に人間の統制から自由になったニケ──果たしてこれからも人類の為に忠誠を尽くすだろうか、と」

 

 傍らに座り込むクロウの語り口を聞き取りながら、彼は雑毛布を畳んで背嚢へ押し込んだ。胡座を掻いて座っているが少し脚を伸ばしたくなり、そのまま両脚を投げ出すと銜えた煙草の紫煙を燻らせる。

 

「むしろここまで自分達を搾取してきた人間に恨みを抱いて、対ラプチャー用の火器でアークをぶっ飛ばそうとするのではないか。──どうだ?結構、興味深い話だろう?」

 

「…ふむ…まぁ…一考には値するが──()()に近い直接的なNIMPHによる効果が消えたところで、そう簡単に変わりはしないだろう」

 

「…ほう?──何故、そう思うんだ?」

 

 興味深そうにクロウはムーアへ眼差しを送ったかと思えば──おもむろに彼が床へ投げ出した両脚の太腿の上に跨った。

 

 首へ細い両腕を伸ばして絡め、彼を見下ろすクロウは続きを話すよう促す。

 

「──彼女(ニケ)達自身の問題になる」

 

「…続けろ」

 

 囁く声音で彼女は続きを促すと、ムーアが乾燥気味の唇へ銜えている煙草を細い指先で取り除き、それを床へ捨て去ると太腿の上へ無遠慮に腰を下ろした。

 

 身体が頑丈で良かった、と彼は何気なく考えつつ目と鼻の先まで迫ったクロウの双眸へ自身の濃い茶色の瞳から眼差しを送る。

 

「…NIMPH以外の()()も存在するという話だ。長年──それこそ人間であれば数世代に渡ってアーク内では()()()()()()()()()という差別意識が築き上げられて来たはずだ」

 

 眼前に大きく映るクロウの唇が緩く釣り上がり──彼が纏う防寒戦闘服の上着をたくし上げ、シャツの裾を見付けるとその中へ細い指先を忍び込ませて来る。素肌を這い始める指先が浮かび上がる腹筋の深い溝を撫で回す感覚は──有り体に言えば前戯のそれだ。

 

「…その差別意識を被り続けるニケ達にも自然と被差別の意識が刷り込まれる。別の言い方をすれば…()()()()なんだろう。仮にNIMPHを除去したとしても彼女達自身は──自らの思考や行動に無意識の内に制限を加える筈だ」

 

「──だから、そう簡単には変わりはしない、と?」

 

「俺は専門家ではないからな。詳しいことは研究者にでも聞いてくれ。──それと、()()をまさぐるのは()()()()()()()()()()()だ」

 

 シャツから抜け出た細い手と指先が続けて向かう先──防寒戦闘服のパンツを留めるベルトを緩めようとする動きを察したムーアの片手がそれを掴んだ。

 

「──なんだ?ニケ(あたし)が相手じゃお気に召さないか?」

 

「俺はシチュエーション(状況)を考えられる人間なだけだ。──退いてくれ」

 

「…詰まらない男だ。まぁいい」

 

 鼻を鳴らしたクロウが大人しく脚の上から退き、再び横へ座り込む。それを見送ると床へ落とされた煙草を彼は拾い上げ、乾燥気味の唇へ銜えて消えかけている火種を大きくした。

 

「…とにかくこのJohnDという奴だが、他にも結構多くのコミュニティでこんな()()()を言い触らしている。しかも、それらしい写真と研究報告書まで持ち出してな。事実かどうかはエニックのみぞ知るだが──ほとんどは彼の主張を信じているようだ」

 

「…主にニケフォービアが、か?」

 

 その手の()()()──勿論、一概にそうとは決め付けられない話だが、それを燃料とする個人や団体、或いは()()()()()()は必ず存在する。この場合、その第一候補として挙がるのはムーアの言う通り、その手の思想や意識を抱く者達だろう。

 

 中途半端にしか吸えなかった煙草を取り出した携帯灰皿へ投げ込んだ彼が肺に残った紫煙を緩く吐き出した時、傍らへ座り込んでいたクロウが彼の顔を間近から覗き込んだ。

 

「──ひとつ予言しようか」

 

 目と鼻の先で鮮やかな翠色の瞳が濃い茶色を湛えた瞳を捉えつつ、整った小さな唇を開いた。

 

「お前がアンチェインドを見付けてアークに帰る頃には、誰もお前を歓迎しないだろう。むしろ苦労して見付けたアンチェインドを燃やそうとする筈だ。それでもお前はアンチェインドを探すのか──()()()?」

 

「──……はっ」

 

 吐息が掛かるほどの至近距離。それほどの間近から()()を囁かれた彼は鼻を軽く鳴らす。──いや、嗤ってみせた。

 

「今まで任務を終えて帰っても、凱歌はなく、歓迎もなかった。今更の話だ。その程度の問題は、探すのを止める理由にはなり得んよ。──必ず探し出すとも」

 

「──……そうか」

 

 しばしの無言の後、クロウはムーアから離れると腰を上げる。

 

「──良く分かった。()()という人間について」

 

 元いた場所へ戻った彼女が座り込む。それを見送った彼は背嚢へ立て掛けていたボディアーマーを着込み、続けて背嚢も背負う。

 

 ヘッドセット、ヘルメット等も身に付けた格好のまま突撃銃を握ると──そのまま瞳を閉じて仮眠を取り始める。

 

 やはり、その姿は──力尽きた死体そのものだった。





やっぱりムーア大尉は性欲がないのでは…?(作者は訝しんだ
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