勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第7話

 

 

 翌朝、吹雪が止んだ村を後にしてカウンターズとエキゾチックの両分隊は前進を開始する。

 

 急勾配が続く地形を避け、徒歩で約7時間は掛かるだろう岬の端にある灯台を目標に設定して行軍の再開だ。

 

 ジャッカルは何故、急勾配の地形を避けねばならないのか不思議そうだったが、ネオンが懇切丁寧に──自身の経験を多分に含んで雪崩が起こった際の危険性を教えていた。

 

「──つまらない行軍がまだ続くのか」

 

「仕事の8割は塹壕掘り、よりはマシだろう」

 

「…なんだそれは?」

 

「知らないなら良い」

 

 周辺警戒をしつつ前進する中、ムーアの真横へ近付いたクロウが暇を持て余してか話し掛ける。

 

 とはいえ彼の話は──些か古すぎるネタであったらしい。生憎とクロウには通じない様子だ。

 

「──()()()、話し相手にでもなってくれ」

 

「…別に構わんが…」

 

「実は昨日の会話から、いくつか質問したいんだが…」

 

「…質問?」

 

 サングラス越しにムーアは左側を歩くクロウへ視線を向け、暗に先を促した。

 

「──JohnDという奴が言い触らしている()()()。…NIMPHという束縛や洗脳、被差別の意識から解放され、自由意志を取り戻したニケ達は人間へ対して抵抗すると思うか?」

 

「…そう簡単には変わらない、そして研究者にでも聞いてくれ、と俺は言った筈だが?」

 

 既に終わった話である。彼は溜め息混じりに返しつつポーチを開けて中からソフトパックを取り出す。振り出した一本を銜え、オイルライターで火を点けようとした瞬間、ムーアが握るそれが真横から奪い取られる。

 

「趣味の良いライターだな。アウターリムの質屋で高く売れそうだ」

 

「…返してくれないか?」

 

 銀無垢のオイルライターはクロウの手に渡ってしまった。

 

 それなりに長い付き合いのライターである。愛着もあって盗られるのは惜しいのだ。

 

 音を立てて蓋を何度か開閉し、弄ぶクロウが口角を緩めつつムーアを見上げた。

 

「──あたしはお前の意見を聞きたいんだ、()()()

 

 火が点いていない煙草を銜えたままでは一向に意味がない。溜め息を漏らすムーアは──ヘルメットを目深に被り直し、淡々とした口調で自分なりの言葉を紡ぎ始める。

 

「…いつかは抵抗するだろう」

 

「ほう?」

 

「言葉を用いてか。或いは──歴史が証明している通り、武力を用いた()()か。それともその他の手段を用いてか。だが彼女達も限界が近いのは間違いない。ニケも元は人間だ。…その時、人類とニケのパワーバランスは間違いなく逆転する。現状のままの人類に勝ち目はない」

 

 なるほど、とクロウはひとつ頷くと立ち止まり──蓋を開けたオイルライターのホイールを回して火花を散らす。揮発したオイルに火が灯ると、それをムーアへ差し出した。

 

「──その時、お前は()()()()()に就いているんだろうな?」

 

()()()()()()()()()。その前に俺や、俺達の努力が報われて役に立つことを願っている。──軍人としてこれ以上は言えん。逃げ口上と罵ってくれるなよ?」

 

 差し出された火で彼は煙草の先端を炙る。紫煙が氷点下の空気の中に立ち昇る中、クロウは蓋を閉じたオイルライターをムーアのポーチへ捩じ込んだ。

 

「…お前は本当に()()()()()()。不思議なことに…話していて殺してやりたいとか、そんな気にならないんだ。人間にしては珍しい」

 

「……それは褒めてるのか?」

 

「そう受け止めても良い」

 

 今度は彼女の細い指先が彼の口元へ伸ばされる。なんだ、と抗議する間もなく火を点けたばかりの煙草が奪い取られ、形が整った唇へ銜えられた。

 

 そもそも吸えるのか、と疑問をムーアが抱くよりも早く──クロウは二本の指先で煙草を支えながら紫煙を吸い込んだ。やがて吐き出されるそれの響きには溜め息も含まれている。

 

「──もっと早く……お前のような人間に出会えていたら、あたしもあのカウンターズのニケ達のように楽観的で抜けているニケになったかもな」

 

「…買い被らないでくれ。俺に出会った程度で早々変わりはせんだろう」

 

 仕方なく新しい煙草を振ったソフトパックから飛び出させて銜えた途端──クロウが煙草を銜えつつ、少し背伸びをして彼へ火種を差し出している格好となった。

 

 捩じ込まれたオイルライターを取り出すのも億劫なので──銜えられたまま差し出された煙草の葉が燃える火種へムーアは自身のそれを近付ける。

 

 顔を寄せ合ったまま互いの煙草の先端が触れ合い、やがてジリジリと火が移されて行く。

 

 互いの煙草から紫煙が燻り、彼は姿勢を元に戻すと深く煙草を吸い込んだ。

 

「──とはいえ人が変わるのに遅いも早いも関係ないのは事実だが」

 

「──いや、それは違う」

 

 はっきりと断言したクロウへムーアがサングラス越しに濃い茶色の瞳を向ける。

 

「──あたしがこのクソみたいな世界で希望を見出せた時期は…とうの昔に過ぎてしまったから」

 

 呟かれた声音には諦念と悔恨──それらに勝る怨嗟が含まれていたのをムーアは聞き逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

「──ロード級が多数!1機はタイラント級以上だと推定!!」

 

 晴れた夜空に瞬く星々が美しいというのに無粋なものだ。

 

 目標地点として設定した岬の灯台──あと間もなくの所で地面が揺れ始める。

 

 敵襲と警戒を否応なく感じさせるラピの声はたちまち全員を臨戦態勢へ移行させるのに充分すぎた。

 

「また奇襲なのぉ!?だからオペレーターが必要だって言ったのに!!」

 

「これが秘密作戦で、その支援は受けられなかったのは知ってるだろう!」

 

「でも!!」

 

「ついでに言えば通信も不通だった!」

 

「でもぉぉぉ!!」

 

 アニスの不平不満が叫びとなって響き渡る中、ムーアは地形情報を目視で確認する。

 

 ──最悪の状況、と言って差し障りなかった。

 

 遮蔽物となり得る物は大して見受けられず、しかも左側面は断崖絶壁だ。その下にあるのは海である。

 

 いや──逆に言えば、左側面から回り込まれる心配をしなくて良いので好都合なのかもしれないが。

 

 彼はひとまず身軽になろうと、その場に背嚢を下ろした。50kg近い荷物が納められた背嚢が身体から無くなると一気に全身が軽くなる。

 

「──エキゾチックは…!」

 

「──後方でバックアップするね〜。タイラント級との交戦経験はないから」

 

 ラピが分隊へ戦闘隊形の指示を飛ばし、続けてエキゾチックの配置を告げようとするも──先んじてバイパーが笑みを浮かべながらの一言を返す。

 

 続けて彼女の瞳が突撃銃の安全装置を外すムーアへ向けられる。

 

「──それでいいよね?ダーリン?」

 

「…いや、済まないがこっちも人手不足だ。手を貸してくれ」

 

「…なんだ?随分と気弱だな?」

 

「キミ達を()()として数えているんだ。だから頼む」

 

「……そうか。なら、その信頼に必ず応えてやろう。──アウトローの方法でな。バイパー、ジャッカル、行くぞ」

 

 彼の返答を聞き取ったクロウは──数瞬の間、考え込んだ後、踵を返してバイパーやジャッカルを連れて前へと進み始める。バイパーは嫌々と言った様子でムーアへ流し目を送ると頬を膨らませていたが。

 

 それを見送ったムーアは突撃銃の槓桿を僅かに引き、薬室へ初弾が送り込まれているかの点検を済ませた。

 

「…大丈夫かな?」

 

「……()()()()裏切らないだろう。あの手の性格の持ち主は──おそらく、ここぞ、という場面で裏切る筈だ」

 

「ここぞ、ねぇ」

 

「…勿論、なんとも言えないが──来るぞ。備えろ!!」

 

 アニスが前へと進むエキゾチックの面々を見送る中、ムーアが小声で応えた矢先──続けて発せられた大声に彼女達が身構える。

 

 降り積もって硬く固まった雪を砕いて現れたロード級ラプチャーが6機。

 

 そして──

 

「──なんだアレ?」

 

 空を飛翔する──というよりも浮遊しているようにも感じられる大型のラプチャー。タイラント級だと一見して分かる敵機だが、その造形はなんとも例えるのが難しい。海洋生物に似たそれであるのは間違いないのだが──敢えて言うのであれば、ザトウクジラだろうか。

 

 しかしクジラはあのように空を浮遊しないのは子供でも分かるだろう。

 

 何故、あのような見るからに凄まじい質量の()()が重力に引かれて落下しないのか──真に不思議で仕方ない。

 

 いずれにせよ、撃破すべき敵であるのは間違いない。

 

「──エキゾチックはロード級を掃討、カウンターズはあのデカブツを叩き落としてやれ!エンカウンター!!」

 

 良く響き渡る彼の声が交戦の合図となった。

 

 両分隊から複数の銃声、擲弾や榴弾の発射音が唸りを上げ始める。

 

 前衛を担当することとなったエキゾチック分隊は接近しつつレーザーの光線を放つロード級ラプチャーを阻止せんと銃撃を加える。問題は遮蔽物の少なさだが──それは走り回って敵の攻撃を避けることで補うらしい。

 

 ロード級の接近を彼女達が阻止している間に、ムーア率いるカウンターズは浮遊する巨鯨の対応だ。

 

「──アニス!あの大きなヒレ…いや翼…あそこを狙えるか!?」

 

「やってみる!!」

 

 巨鯨には二対の胸ビレらしき物体が両側面から飛び出している。その一際大きな一対を狙うようアニスへ指示を飛ばす。

 

 盛んに撃ち出される銃弾や散弾が彼我の距離を一気に縮め、巨鯨の腹部を滅多打ちにするが効果は今ひとつだ。

 

「──捕鯨砲が欲しいな…!」

 

 撃ち切った弾倉をダンプポーチに投げ込み、新しいそれを挿入口へ叩き込んだムーアは巨鯨の頑丈さに思わず呟きを漏らす。

 

 とはいえ、あの巨鯨を仕留めるには生半可の捕鯨砲では効果がないだろう。

 

 ムーアの傍らでシュポンと気の抜ける発射音が響く。アニスが擲弾を撃ち込んだ証だ。

 

 撃ち出された擲弾が一際目立つ巨大な胸ビレの付け根へ弾着し、爆煙が薄く包み込んだ。

 

 グラリと巨鯨は姿勢を崩すが──直ぐに持ち直した。一応の効果は認められた。しかしもう少し貫徹力が欲しいところだ。

 

「──ジャッカル!!」

 

 ムーアは前方でロード級の前進を阻んでいるエキゾチックの面々の中でも特に榴弾の発射器を担いでいるジャッカルを呼んだ。

 

 あの奇抜な設計──あくまでも外見の意味でだが、それを肩に担いだ彼女は彼から名を呼ばれると、ロード級に1発を叩き込んでから振り向いた。

 

「──曳光弾の先を撃ってくれ!!」

 

 何処を狙って撃て、と口にするよりも自身で撃って示した方が早い。

 

 彼は銃口を巨鯨の一際目立つ巨大な胸ビレに向け、連射で引き金を引いた。重低音の銃声と共に銃口から飛び出す大口径の弾頭。

 

 5発毎に込められた曳光弾の光跡が尾を引いてジャッカルに狙うべき箇所を指し示す。

 

 その示された箇所へ彼女が担ぐ発射器の発射口が向けられた。少し長い舌で唇をペロリと舐めた後、引き金が引き切られる。

 

 1発、2発と撃ち出された榴弾がムーアの指し示した通りの付け根へ弾着し、たちまち爆煙が包み込む。

 

 今度こそ姿勢を大きく崩した巨鯨はフラフラと覚束ない浮遊を始め、それを千載一遇の好機と見做したカウンターズの攻撃が集中する。

 

 ムーアも銃身下部へ取り付けた擲弾発射器に擲弾を装填し、専用の照準具を起こして狙いを付けた。

 

 狙いは核──なのだろう。喉元、クジラで言えば畝の部位に相当する箇所で薄緑色に輝く一点だ。

 

 照準具と狙いを付けた一点を結び、発射器の引き金を引く。気の抜ける発射音と共に擲弾が緩い孤を描いて飛翔し、弾着と同時に薄緑色の閃光が夜空に走った途端、巨鯨が断崖絶壁の向こう──海へ還らんと堕ちて行く。

 

「タイラント級を撃破しまし──」

 

 着水と同時に巨大な水柱が昇った瞬間のこと、周囲に金切り声に似た耳障りにも程がある不協和音が響き渡った。

 

 ──コーリングシグナルである。

 

「──野郎…!」

 

 大人しく海に還れば良かろうに、最後の最後にとんだ置き土産をしてくれたようだ。

 

 今際にタイラント級が発したそれは周囲のラプチャーを呼び寄せ始める。

 

 ──奴等を殺せ。

 

 その悪意に染まった不協和音に導かれ、何処からともなく敵機が群れとなって押し寄せた。

 

「──何機いるのよ!!」

 

「──30機はいますよぉ!?」

 

「──総力戦の時よりはマシだろう!」

 

 不意に前方から爆発音が響き、その衝撃波がカウンターズの面々を襲った。

 

「──……くっ…!」

 

 エキゾチックらしき3名の人影が爆発に巻き込まれてか、吹き飛ばされた様子をラピは捉える。

 

 しかしどうやら()()()()いるらしい。聞き慣れない銃声が直ぐに聴覚センサーが捉えたのだ。

 

「ラピ!ネオンと前へ行け!アニスは俺と──」

 

「──あぐっ!?」

 

 前後を挟まれた形となり、それどこから右側面の比較的緩やかな丘を下って接近する敵機も複数。半包囲された形だ。

 

 放たれる光芒の他に、どうやら旧型の敵機も含まれているのか大口径の銃弾までもが混ざって次々に弾着して行く。

 

 ラピとネオンで前方のロード級を含めた敵機の対処を命じた矢先、アニスが背後から迫るラプチャーの狙撃を喰らってしまう。

 

 脚部の太腿が抉られるように灼かれている。幸いにもフレーム()は無事、そして灼かれたことで触媒(血液)の流出は認められない。

 

 彼はアニスを担ぐと幅20mほどの狭い道の中で数少ない遮蔽物である岩陰に彼女を移動させる。敵弾の光線や銃弾が前後から飛び交う中、アニスを運搬すると彼は岩陰から身を晒し、突撃銃の銃弾を接近して来るラプチャーへ見舞った。

 

「…指揮官…様…!」

 

「無理に動くな!」

 

「大丈夫…まだ動けるから…!」

 

 擲弾発射器を支えにして立ち上がったアニスも岩陰から身を乗り出し、発射口を右側面の丘を下る敵機の群れへ指向した。

 

「──うっ!!」

 

「──ネオン!大丈夫!!」

 

 今度はネオンに負傷が発生したらしいと察せられたムーアが思わず肩越しに振り返った。その瞬間、至近に敵機の擲弾が弾着する。

 

 比較的の話になるが、旧型のラプチャーは実体弾を使うらしい。光線と実体弾、どちらが凶悪なのかは一概には言えないが──

 

「畜生…!」

 

 周囲に加害を撒き散らすのは少なくとも実体弾を用いるラプチャーが長けているようだ。破片が飛び散り、弾殻がムーアの右脚の太腿に突き刺さる。

 

「──指揮官様!?」

 

「構うな!敵を撃て!!」

 

 防寒戦闘服の布地がジワジワと鮮血で染められる。負傷箇所は太腿だ。突き刺さった破片を抜くと却って大出血を起こしかねない。

 

 邪魔で仕方ないが──このまま戦う他なかった。




世界の修正力というのがあるとすれば……(でもボロボロになっていくムーア大尉とか、皆さん見たくありません?
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