勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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このままじゃ終われる訳がないのです


第11章
第1話


 

 

 

 

 

「──嫌ぁぁぁぁ!!指揮官様ぁぁぁぁ!!」

 

 アニスが視線の先に悪夢のような光景を──否応なく現実のそれを認め、金切り声を思わせる鋭い悲鳴を放つ。

 

 まだ自由に動く機械仕掛けの左手で胸元を押さえ、銃弾を喰らった箇所を押さえ付けて出血を止めようとしているのか。しかしその行為は報われず、手の平から溢れる血が足下を鮮やかに赤く染め上げた。

 

 

 

「──ちゃんと狙って撃て!!お前の目の前にいるのは何でもないただの男だぞ!!撃て!臆病者め!!」

 

 

 

 猛獣が今際に咆哮するそれにも似て、彼が血を吐き出す勢いのまま自身の命を奪おうとする相手へ鋭く叫んだ。

 

 続けての銃声と閃光がラピの視界に映り込み、ほぼ同時に頭を大きく仰け反らせた長身の身体が、ゆっくりと、確実に後退し、そのまま断崖絶壁の下へ──

 

「────指揮官!!!」

 

 まだ動く片腕を伸ばす。例え届かないとしても彼女は消えようとする彼を繋ぎ止めようと腕を伸ばした。

 

 しかし当然ながらそれは叶わず──彼の身体が彼女達の視界から完全に消え失せた。

 

「──行くぞ」

 

「ラジャー♡」

 

「ワンワン!」

 

 断崖絶壁から落下し、姿を消した──そして頭に銃弾が命中したことで死を確信したのだろう。

 

 射手であるクロウが短機関銃を下ろし、エキゾチックの面々を引き連れて踵を返した。

 

「──待ち…なさいよ…!このまま帰すとでも…思ってるの…!!」

 

「──止めろ。()()()との約束を破りたくない」

 

「──あんたが…指揮官様の…名前を勝手…に呼ばないで…!」

 

 亜麻色の瞳を爛々と光らせたアニスが、地面に転がる擲弾発射器を手探りで掴もうとする。

 

 彼女の声音に幾分かの()()が含まれていると気付いたクロウは一度、彼が最後に立っていた場所まで戻り──千切り捨てた認識票(首輪)を拾い上げると、それをアニスへ向かって投げて渡す。

 

「──お前の()()()()のだ。それを抱いて…ゆっくり逝くと良い」

 

 彼女達の破損状況、そして厚く黒い雪雲が近付いて来ていると察したクロウは吐き捨てた言葉も手向け──今度こそバイパーとジャッカルを引き連れて何処かへ歩き去った。

 

「──ッ…!…ッ…ァ…!!」

 

 投げ渡された認識票を固く手の平に握ったアニスが雪道を這い──亜麻色の瞳を潤ませながら彼が最後に立っていた位置まで向かおうとするも、脚にはまだ力が入らない。

 

「──指…揮…官…様ぁ…!!」

 

 何故、あんなことを──死ぬ順番が違う──死ぬなら私が先──

 

「…師…匠…が…あんなことで…!」

 

 脚部は幸いにも損傷は酷くないネオンがフラフラと立ち上がるが──やはり無視できない破損状態だ。再び雪道へ膝を突いてしまう。だが()()()()と彼女は力を振り絞る。

 

 師匠は──脚を失くしても──戦って──

 

「…指…揮官…ッ!!」

 

 被ったベレー帽の下にあるライトブラウンの髪は戦闘の爆煙で煤けている。ラピ自身、何発かの敵弾の破片を浴び、システム障害を起こしているが、警告をけたたましく発するそれを無視して立ち上がった。

 

 海に──落ちた─ということは──

 

 足取りも重く、ラピが断崖絶壁へ辿り着く。

 

 視界の機能を切り替え、海面を良く観察するが──人影は認められない。

 

「──離岸流…?」

 

 視界の左端──岬の反対側に海岸を認める。そこへ寄せる白波の中で不自然に()()()()()()()()海面をいくつか発見する。

 

 

 

 

 

「──離岸流、ですか?」

 

「──そう。まぁキミ達は原則として泳げないから覚える必要はないのかもしれないが…」

 

 彼が視線を向ける先──マリアンが機関銃の掃射で射撃場へ設けられた一列に並ぶ標的を薙ぎ払う姿を横目にラピが聞き慣れない単語の意味を問うた。

 

「潮流の一種だ。海岸付近で局地的に沖に向かう潮の流れなんだが…これに捕まると沖へどんどんと流されて行く」

 

「なるほど…ニケも流されてしまうのでしょうか?」

 

「…ニケは……まぁ大丈夫だろう。シフティーが此処にいないから言うが…()()からな」

 

 漏らした言葉にラピが微かな苦笑を浮かべる。

 

「…対策はあるのですか?万が一、指揮官が海へ落下なさった時、どのようにすれば助かるのでしょうか?」

 

「…対策は()()()()()()が一番だろうが…そうだな。仮に落ちてしまった場合は、慌てずに離岸流から抜け出て向岸流、並岸流を使って岸へ向かうことだろう」

 

「…向岸流に並岸流…?」

 

「──指揮官!!撃ち終わりです!!」

 

「了解!!…後で詳しく教える」

 

 

 

 

 

「──向岸流と並岸流…!!」

 

 彼に教えられた特徴と仕組み──沖合から海岸に向かう向岸流、海岸に沿って流れる並岸流、そして海岸から離れ沖合に向かう離岸流が、ひとつの循環系を形成しているとか。

 

 その見分け方も教えられたが──何故、彼はこのようなことを知っていたのか。疑問は尽きないがそれは後回しだ。

 

「──…皆…海岸へ…!指揮官を…探すわよ…!」

 

 

 

 

 

 

 呆気なかった、と思うのはこれで二回目だと彼は重力に引かれ、落下する中で何気なく考えた。

 

 やがて強かに背中を打ち付ける水面の衝撃を鈍く感じ取り、続けて全身に纏わり付く水圧の感触を覚える。

 

 満天の夜空が遠くに行ってしまう。

 

 それが名残惜しく──彼は沈み行く中で機械仕掛けの左腕を伸ばす。しかし波に揉まれ、すぐさま身体が上下左右と回転を始め、平衡感覚が失われた。

 

 しかし、どうしたことだろう。

 

 ──なんで生きて…。

 

 水中に酸素はない。魚類はその限りではないが、彼は少なくともエラ呼吸は体得していない真っ当な人間だ。

 

 息が苦しい──生きている証が全身を蝕む。

 

 頭が仰け反った。頭を撃たれたのは間違いないというのに何故、生きているのか。

 

 視野が若干、狭くなっているのと関係あるのだろうか。

 

「──…ッ…!!?」

 

 途端、水圧に押されてか肺に残っていた息が噴出する。

 

 意識が薄れかけていた筈が、一気に現実の世界へ引き戻される程の苦しさが彼を襲った。

 

 大小の白い泡は全ての息が吐き出された証明だ。

 

 苦しい──ただ苦しい──息が出来ない──

 

 海中で藻掻く中──不鮮明な視界の中に光る何かを捉える。

 

 灯台の光だ。

 

 海面は──あろうことか足下の先にある。

 

 身体を捻り、全身にへばりつく水圧を振り払うように彼は自由に動く手足を使って海水を搔き、蹴って光を目指した。

 

「──ぶはっ!!」

 

 海面から顔を出し、息を吸い込む。

 

 波に揉まれている間に随分と流されたらしい。灯台付近の断崖絶壁──落下した場所から100mは離れていた。

 

 それを認めた直後、彼の頭上から白波が覆い被さり、再び身体が揉みくちゃとなる。

 

 なんとか這い上がらねば、と海中で全身を揉まれながら利き腕の右腕も使おうとするが──生憎とバイパーに関節が外れる程の痛撃を食らっており、ピクリとも動かない。

 

 ならば──無理矢理にでも動いて貰うだけだ。

 

 波が少しだけ落ち着くと彼は立ち泳ぎの要領で顔を海面から出しつつ、機械仕掛けの左手で右手首を握り込むと躊躇なく、手首を引き上げた。

 

「──グッ…!!」 

 

 痛みが走ってくれる。それに安堵を抱くも、痛いものは痛い。

 

 しかしこれでなんとか右腕の肘関節が嵌まった。

 

 痛みが駆け抜ける全身は逆に彼へ冷静さを戻した。沖に流されつつある身体が離岸流に捕まったと察すれば、まずは離脱を図った。

 

 

 

 

 

「──指揮官…!!」

 

「──指揮官様…何処…!」

 

「──師匠…!!」

 

 ラピに肩を貸されたアニスが、そしてネオンが瞳を大きく見開きつつ岩場の海岸を見渡し、指揮官である長身の青年の姿を探す。

 

 あれだけの長身だ。見逃す筈はないというのに──彼の姿はどれほど見渡しても発見出来ない。

 

「…捜索の…範囲を…!」

 

 乾いた寒々しい風に乗った雪が吹いてきた。

 

 あまり時間は掛けられない。

 

 ラピが別の海岸に打ち上げられている可能性を考慮し、肩へ通したアニスの腕をしっかり掴んで歩き出そうとした時だ。

 

「──…ッ!ラピ!待って…!」

 

 アニスが前進しようとする彼女を止める。亜麻色の瞳が向く先へラピも紅い瞳の眼差しを送ると──海から伸びて来る防寒戦闘服へ包まれた腕を発見した。

 

 グローブを嵌めた手が岩を掴み、もう片方の腕も伸びて来た。全身を海水で濡らしながら這い上がって来たのは──

 

「指揮官様!!」

 

「師匠!!」

 

「指揮官!!」

 

 波が打ち寄せる岩場へ這い上がるだけで精一杯だったのだろう。そのままピクリとも動かなくなった指揮官の姿に堪らず彼女達が覚束ない足取りながらも歩み寄る。

 

「──もう…なんであんなバカなことしたの…!!」

 

 まず真っ先に言わねばならないのは苦言だ。

 

 思わず涙声が混ざる。アニスはラピの肩から腕を抜き取り、彼の傍らへ膝を突いて力任せに長身の身体を仰向けとした。

 

 頭部へクロウの放った銃弾は命中したのだろう。それは間違いない。しかし内部の脳を破壊するまでには至らなかった。なんたる幸運か、それとも悪運か。──右側の眼窩がぽっかりと空洞になっている。

 

 銃弾は機械仕掛けの義眼に当たり、その角度を変えて瞼と眉の一部を抉り取るだけで済んだらしい。

 

「──もう…!心配させないで…!本当に…死んだかと…!!」

 

 全身が海水と流れ出た血液で濡れているのも構わず、アニスはムーアの胸へ顔を埋める。安堵が込み上げ、滲んだ瞳を隠すかのようだ。

 

「──…アニ…ス……!…重…い…!…苦…し…!」

 

 肋骨が折れているばかりか、心臓の付近からは出血が続いている。そこへ突っ伏されては痛みと同時に息苦しさを感じてしまい、左手をなんとか持ち上げるとアニスの背中を叩いて、離れるよう促した。

 

「…移動しましょう。ネオン…手伝って…」

 

「はい…」

 

 まだ意識は辛うじてある。それは一安心だが、油断は出来ない。

 

 心臓付近へ銃弾が叩き込まれ、太い血管が通っている大腿部にも1発。そしてまだ突き刺さったままの大振りの擲弾の破片。

 

 特に心臓付近──胸部開放創は一刻も早く処置が必要だ。

 

 ネオンとラピに引き摺られ、ぐったりとしたままの彼は海岸近くの荒れた舗装道路まで運搬される。

 

 メディックシザーで上半身の肌が晒された途端、胸板一面にペンキをぶち撒けたような鮮血がべっとりと塗られているのを彼女達は認めた。

 

「──ネオン、チェストシール!」

 

 手袋を脱いだラピがネオンから受け取った緊張性気胸にならないよう胸腔への空気の吸入を防ぐ為、撃たれた箇所を閉塞するチェストシールを貼り付ける。

 

 本来ならもっと早く──撃たれた直後に貼り付けなければ危険だ。これで保ってくれると良いのだが。

 

「…指揮官様…大丈夫だからね…ちゃんと…治るから…!」

 

 戦闘の直後に何発も撃たれ、冷たい海水に浸かり、それでもなんとかここまで泳ぎ切ったのだろう。体力は最早、限界に達している筈だ。

 

 虫の息としか表現できないほど、か細い呼吸が彼の口元から漏れ聞こえる中、空模様は悪化の一途を辿る。

 

 いよいよ強風が吹き荒び始め、雪が横から殴り付けて来る。

 

 彼の身体を彼女達が覆い、少しでも身体を冷やさないようにしていた時──

 

「──人影…!?」

 

「──まさか…エキゾチック…!?」

 

 風が吠え、雪が殴り付ける視界不良の中、ラピは薄っすらと人影のような物を発見する。

 

 アニスはクロウ達が戻って来たのでは、と警戒するが──それにしては妙だ。

 

「──いいえ…人影は…ひとつだけ…!」

 

 3名分の人影ではない。

 

 エキゾチックの可能性は著しく低い。

 

 であれば──スノーホワイトか、或いは巡礼者(ピルグリム)の誰かか。

 

 ヘレティック、の可能性も考えたが──四の五の言う暇はない。

 

 彼女達が声を張り上げ、人影へ向かって救援を請う。

 

 例えラプチャーを誘き寄せる危険性を孕んでいようとも、こうしなければ彼の命が危ういのだ。

 

 その救援の声は──確かに届いた。

 

「──あら?皆さんは…確か…」

 

 吹雪で白く染まる世界。それを割って現れたのは金色の聖女の姿だ。

 

「──あなたは…あの時の…!」

 

「──ラプンツェル…!?」

 

「──ど、どうしてここに…!?」

 

「…どうしてって……あっ……」

 

 勿忘草の瞳が彼女達を見渡し、やがてその中心で力なく倒れている彼の姿を捉えると、携えた聖杖を握りつつ彼の傍らへ両膝を突いた。

 

「怪我を?容態は?」

 

「──意識レベルが低下!出血も多く…!」

 

「……一刻を争いますね」

 

 海水や脂汗で濡れた彼の頬を生地で覆われた指先で撫でたラプンツェルは瞳を細める。

 

 そして聖杖を強く握り締め、口の中で聖句を唱えるが如く何かを紡ぎ終えた途端──金色の聖女を中心に暖かい光が広がった。

 

 




控えめに言っても重傷(なんで逆に生きてんの?
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