勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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短いですが投稿

そして今週のUAが1万を超えていて驚いた私でございます。


第3話

 

 

 この住居のかつての家主、住人は庭園に拘りがあったのだろうか。

 

 玄関の蝶板、その上半分が壊れている扉をラプンツェルが開き、一面が雪に覆われた庭──であろう様子を伺いながらムーアは眩しさに左眼を細める。

 

 薄曇りの空だが、微かに差し込む日光が白い雪に反射し、それが目を覚ましたばかりの彼には眩しく感じられてしまう。

 

 煉瓦で造られた塀の内側は花壇の痕跡や壊れた天使の置物が見受けられ、家主達が健在の頃はどのように手入れをしていたのか、と我知らず彼は一瞬だけ考え込んだ。

 

「──足跡は…あちらですね」

 

 庭先に残る三人分の足跡──三対の見慣れた大きさであるそれらは間違いなく彼女達のものだ。

 

 その足跡を追い、ムーアへ肩を貸すラプンツェルがゆっくりと歩き始める。

 

 歩みに合わせて彼も歩幅を一定に保ちつつ庭を抜け出した。一面の雪原かと思いきや、山と山の間に築かれた小さな集落の中であるようだ。

 

 朽ちた様子の家々。そのいずれにも人の気配は感じられない。静寂が集落を包み込む中を一陣の冷たい風が駆け抜けて行く。

 

 頭の中へ叩き込んだスノーホワイトが残して行った地図。灯台から西へ向かって約2kmの付近に集落の情報が記載されていた記憶を彼は思い出した。

 

「寒くありませんか?」

 

「大丈夫です」

 

「………」

 

「……大丈夫だ」

 

「ふふっ」

 

 出会ったのはマリアンを引き渡した時が最初だ。初対面と大して変わりない相手に敬称や敬語もなく話すのは中々、面倒なものだ。

 

 思わず畏まって返したからだろう。肩を貸しているラプンツェルからの視線が厳しくなったと察し、続けて訂正の返事をすれば聖女はそれが気に入ったのか穏やかな笑みを浮かべる。

 

「…こうやって誰かと一緒に歩くのは久しぶりです」

 

「…面倒を掛けて済まない」

 

「いいえ。お気になさらないで下さい。むしろ嬉しいですから」

 

「…嬉しい?」

 

「はい。…昔を思い出します」

 

 昔、と口にしたラプンツェルの横顔へ彼は眼差しを向ける。遠くを──過去を思い出しているのだろう。やや斜め上に彼女は勿忘草色の瞳を向けている。

 

 雪を踏み締める音が微かに響く道中もやがて終わりが近付いているらしい。

 

「──私だって好きでこんなこと言ってんじゃないわよ!!」

 

 集落の外縁部へ差し掛かった時、彼にとっては聞き慣れた声音の──しかし激昂した様子のそれが響き渡った。アニスの声だ。如何なる理由で荒れているのかはさておき、元気そうなのは間違いない。

 

「あちらですね」

 

 屋根が崩れた納屋を目指すラプンツェルが歩調を合わせて彼を導く。そして納屋の前に並んでいる見慣れた三名分の人影を見た途端──彼は安堵の溜め息を深々と吐き出した。

 

「アニスは悔しくないんですか!?」

 

「なによ…私も…私だって…!!」

 

「二人共、やめて。指揮官が目を覚ましてから決めても遅くないわ」

 

「──呼んだか?」

 

 割って入っても構わないだろうか。一瞬、躊躇こそしたがラピにいつまでも睨み合っているアニスとネオンの仲裁を任せておく訳にもいかない。

 

 格好は付かないがラプンツェルに肩を貸されつつムーアは彼女達へ声を掛けた。その途端、全員が弾かれたように顔を向け、それぞれの瞳をこれでもかと見開く。

 

「こんなに元気な声を出してるってことは、すっかり治ったみたいですね。良かったです。──ねぇ、ブラザー?」

 

「……ブラザー?…信心深くはないんだが…」

 

「…そう呼びたいんです。ダメですか?」

 

「…いや、まぁ…構わないが…」

 

 教会とは縁遠い生活、そして何より神という存在、或いは概念をとことん嫌っているムーアとしては──その呼び方は少しばかり敬遠したくもあるが、肩を貸している聖女が眦を落としつつ伺いを立ててくると、断ることも出来なくなる。

 

 結局、了承を返した途端、ラプンツェルが穏やかな笑みを浮かべた。

 

「──指揮官様!」

 

「──師匠!」

 

「──身体は大丈夫ですか?お加減は?」

 

 駆け寄って来た部下達も修復が済んだらしい。アニスとネオンが声を掛けて来る中、ラピは心配そうな様子で紅い瞳を揺らしながら彼を見上げる。

 

「あぁ、大丈夫だ。…そこまで酷くない」

 

「…良かったです」

 

 彼女がたった一言──しかし万感を込めて呟いた。

 

「──この辺はどうですか?臨時の野営地(キャンプ)に出来そうですか?」

 

 彼に肩を貸しながらラプンツェルがラピに問い掛ける。それを聞いた彼女は緩々と左右へ頭を振った。

 

「いいえ、移動した方が良いと思います。思ったより降雪が多くて雪崩が起こるかもしれませんし、デコイを撒き遅れたせいかラプチャーが残っています」

 

「そうですか。なら別の場所を探して移動を──」

 

「──いや、戻った方が良いわ」

 

 ラピの報告に聖女が頷きを返す。彼女が先を続けようとした瞬間、アニスが割って入る。

 

「──指揮官様、アークで治療を受けてからまた来ようよ。ね?」

 

 亜麻色の瞳で上背のある彼を見上げ、纏っている防寒戦闘服の袖を掴んだアニスが懇願を口にした。

 

「アニス」

 

「それでもいいんだから。そこまで急いでる訳でもないし、後でスノーホワイトに連絡してから来ても良いんだし」

 

「──私は嫌です、師匠」

 

 ラピが控えるよう促すが、アニスはそれを無視して彼へ決心を迫る勢いだ。しかし続けて、ネオンが正反対の明確な拒絶を口にする。

 

「こんなに苦労したのに何も得ずに帰るなんて勿体ないじゃないですか。取り敢えず撃ったら何でも良いから爆発させる!それが火力の精神ですから!」

 

 ネオンが語る帰還の拒絶──その後半の理由は生憎とムーアは半分程も理解出来なかったが、言わんとする意味は察せられる。

 

 いずれにせよ、決心が必要なのは間違いない。しかし──

 

「…それは……」

 

「──まぁまぁ。皆さん、落ち着いて下さい。心身共に疲れている方に決心を迫るのは良くありません」

 

 口籠る彼の内心を察したのだろう。ラプンツェルが堪らず彼女達を宥める。アニスとネオンは彼が重傷を負っているというのに普段の調子のまま決心を迫っていたと気付いたのだろう。双方共にたちまち肩を落としてしまう。

 

「…ごめん」

 

「あ…すみません」

 

「しかもこんなに寒い場所では正しい判断なんか出来ませんよ。──身も心も凍り付いてしまいますから」

 

「…まぁ…確かに…寒い、か」

 

 傍らのラプンツェルから感じる発熱で寒さはそこまで感じないが──吐息が白く染まる様子は否応なくここが雪に覆われた北部であると思い出させる。

 

「…まるで…()()()()()──ッ…!」

 

「───ッ!」

 

 脳裏に過ぎった単語、或いは地名を彼が我知らず呟いた途端、頭蓋の内で締め付けられるような激痛が一瞬走る。聖女が弾かれたようにムーアへ顔を向け、勿忘草色の瞳を大きく見開く最中、顔を顰めた彼の体調を案じてラピが声を掛けた。

 

「…指揮官、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫だ…問題ない。……誰か、煙草持ってないか?」

 

「お待ち下さい」

 

 少し気分を落ち着かせたかったのもあるが、痛みを紛らわせようと煙草を求める。するとラピはジャケットのポケットを漁り──彼の愛煙のソフトパックを取り出す。何本か残っているそれは間違いなくムーアがボディアーマーへ入れていた物だ。

 

 振り出した一本の煙草を彼女が摘み、彼の口元へ運ぶ。銜えて受け取ったのを認め、ラピは続けてターボライターを取り出すとボタンを押して青い炎を噴き上がらせる。先端を炙り──やがて火が点くとムーアはゆっくり紫煙を燻らせた。

 

 深呼吸をすると少し息苦しさと痛みも感じたので、一気に肺へは送らず、じっくりと味わう彼の姿と紫煙の香り。それを見た聖女は一瞬だけ瞳を伏せたが、直ぐに顔を上げて一同を見渡す。

 

「──心も身体も暖まる場所に案内しますね。こちらへどうぞ」

 

 傍らで煙草の香りがする。

 

 独特のそれは人によっては嫌悪の対象だが──聖女にとっては否応なく()()()()を思い出させる香りに他ならなかった。

 

 それを燻らせる彼へ彼女はそっと横目を向ける。

 

 気付かれぬよう、そっと。

 

 包帯で覆われていないムーアの左側の横顔へ勿忘草色の眼差しを向けたラプンツェルは──どうしようもない程に()()()()と改めて感じた。




思わせぶりな聖女様の言動や仕草は、まだまだ続くよ何処までも。
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