勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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〈──聞こえるか!?地面が3()に敵が7()!繰り返す!()()7()()だ、クソッタレ!!〉

──中央政府所蔵の遺失物【20☓☓年12月17日 アルデンヌに於ける大攻勢の始まりを伝えた第一報の交信記録】より抜粋──



第4話

 

 

 ラプンツェルの案内で辿り着いた“心も身体も暖まる場所”はムーアが治療を受けた民家から40分ほど移動した先にあった。

 

 とはいえ──

 

「さっきの所よりも暖かくて、気が休まりませんか?」

 

「──…何が違うんですか?ここも普通のあばら屋じゃないですか」

 

 ──ネオンの感想が全てを物語っている。移動したのは構わないが、辿り着いた家屋も大して変わらない外見だ。しかも経年劣化と積雪で壁や屋根の大半が崩壊し、部屋がひとつのみであるのを考えると先程の民家の方がマシだったのかもしれない。

 

 ネオンの物言いにラプンツェルは苦笑を浮かべながら肩を貸していたムーアをそっと床へ下ろす。

 

「──まぁ、さっきの所とは違って部屋がひとつだけでしょう?だからずっと暖かいはずです」

 

「…狭くなっただけでは?」

 

 そうとも言える。肩を竦めてみせた後、聖女は彼女達を見渡した。

 

「さぁ、皆さん。申し訳ありませんが…デコイ撒きも兼ねてもう一度、周りを見てきてくれますか?」

 

「…今から?また私達ですか?」

 

「はい。お願いします」

 

 薄紫の髪を持つ弟子は、負傷した師から離れるのが心苦しいのかムーアへ視線を向けた後──分隊のリーダーであるラピ、そしてアニスと顔を見合わせる。

 

 ラピは小さく頷きを返すのだが、アニスは──何か思い悩んでいるのか、普段の快活な輝きを放つ亜麻色の瞳を濁らせているのがネオンは気になった。

 

「…分かりました。行ってきます。──指揮官、行ってきます」

 

「あぁ。済まないが頼んだ。…銃を置いて行ってくれるか?」

 

 壁に背中を預けながら床へ腰を下ろす彼も頷きを返すと、ラピが肩から吊るしている自身の突撃銃を寄越すよう促した。

 

 彼女はあまり気が進まない様子ではあったが、護身にも武器は必要と考え直したのだろう。ムーアへスリングベルトを千切れた箇所で結び直した突撃銃を手渡す。続けてネオンも運んで来たムーアの持ち物を彼の近くへ置いた。

 

「…こちらもお返しします。あまり吸い過ぎないで下さい」

 

「…ありがとう。助かる」

 

 ついでになのだろう。ラピがジャケットのポケットを漁り、彼の愛煙の煙草、そしてオイルライターを取り出すとムーアに手渡した。しっかりと釘を刺すことも忘れない辺り、ラピらしいだろう。やがて彼女はアニスとネオンを連れて移動して間もない家屋を後にする。

 

 それを見送るのはムーアとラプンツェルのみだ。

 

 静かに扉が閉まり──狭い室内には沈黙が落ちた。

 

「──……まっ、まぁ…こうなると…また二人だけの密室になっちゃいますね」

 

 唐突にラプンツェルが頬を赤らめ、視線を彷徨わせながらヴェールの中へ収めた金髪のもみあげを耳へ掛ける。

 

「…三人が帰って来るまで時間は僅か…」

 

 おもむろに彼女はトロンと勿忘草色の瞳を蕩けさせ、壁に背中を預け、ラピから返されたばかりの自身の突撃銃へボディアーマーのポーチへ納めていた弾倉を叩き込むムーアを見詰める。

 

「…その間──痛みで正気を失った指揮官に()()()()…!!

 

 長年の酷使で摩耗が続く彼女の脳だが、ここぞとばかりに妄想は逞しくなる。

 

 彼の肉体の全ては()()()()が死守したこともあって明らかにはされていない。しかしそれ以外の肌はラプンツェルの記憶へ強く刻み込まれた。少なくとも1年間は思い出すのに困らないだろう。

 

 鍛えられた筋肉は屈強で逞しい男性の証に他ならない。あんなものを見せられて、我慢している自身は()()に列せられても構わないだろうとラプンツェルは考える程だ。

 

 無秩序なまでに醸し出される男の香りは──あまりにも強力な劇薬である。

 

「──はぁ、はぁ…!

 

 爛々と濃い茶色の瞳を怪しく光らせつつ、獣欲を隠そうともせず床へ押し倒されたかと思えば、筋骨隆々の戦う為だけに鍛えられた肉体が覆い被さり──なんと素晴らしい──いや、なんて破廉恥な妄想をしているのか。

 

 しかしラプンツェルとしては、ある意味で()()()を喰らっていたのだ。何を隠そうスノーホワイトから携帯端末へ送られた写真──あれを目の当たりにした日からどれほどの夜を過ごしたことか。──いや、勿論、趣味の小説執筆に()()()()()()()()()ようだが。

 

 チラリと彼女は頬を紅潮させ、悩ましげな吐息を繰り返しつつムーアへ視線を向ける。勿忘草色の瞳が向かう先──彼は突撃銃を左腕に抱いたまま、いつの間にか煙草を銜えている。

 

 しかし火を点けてはいない。突撃銃を抱えている左腕の手の平にオイルライターは握られていたが、その蓋は閉じられたままだ。

 

 そして彼の表情は──

 

「…する雰囲気ではないですね」

 

 ──焦燥と苦悩、その他諸々が良い塩梅に混ぜ合わさったそれが顔へ現れている。

 

 思わずラプンツェルも()()から来る状態異常が自然に治まる程の表情だった。

 

 彼女も携えた聖杖を握りながらムーアの左隣に脚を揃えて腰を下ろし、包帯で隠されていない横顔を覗き見た。

 

「…()()()()()()か…悩んでいますか?」

 

 傍らに座り込んだラプンツェルが問い掛ける。──しかし彼は黙考を続けたいのか、或いは胸中に渦巻く様々な葛藤、苦悩、焦燥を吐き出したくないのか。いずれにせよ沈黙したままだ。

 

 ──不器用な人。

 

 彼女の胸中で溜め息と共に率直な感想が漏れる。そこまで頑なで良いのだろうかと呆れも若干あるが──それに勝る()()もラプンツェルは感じ取ってしまう。

 

「…ん〜…良かったら、私に悩みを話してくれませんか?」

 

 ラプンツェルは天井に顔を向けつつ整った顎の先、おとがいへ指先を宛てながら呟く。

 

 一人で抱え込むよりは余程、建設的だろうと彼女は暗に促す。

 

 するとムーアの左眼が動き、彼女へ濃い茶色の瞳が向けられた。

 

 ──キミに?

 

 問い返された無言の仕草。それを受け取った彼女は小さく頷くと細い腕を伸ばし、彼の左手に握られたオイルライターを摘み取る。

 

 金属音を響かせて蓋を開け、ホイールが回された。

 

 灯った小さな火が差し出される。彼は緩慢な動きで顔を寄せ、関節が一度外れたからか若干の痛みが残る右手でラプンツェルの片手を覆い隠すと銜えた煙草の先端を炙り──室内へ少しだけ肺に送り込んだ紫煙を緩く吐き出す。その中に溜め息が隠れていた音を彼女は聞き逃さず、オイルライターの蓋を閉めると彼へ返しながら大きな左手を自身の右手で握った。

 

「──人間には時々、内に秘めていることを他人に分かって欲しいと思う時がありますから」

 

「……話すと言ってもな……」

 

 何処から話せば良いのか。

 

 握り締められた左手へ隻眼の視線を送った彼は、直ぐに銜え煙草のまま紫煙を燻らせる。

 

「全部聞きますよ。あなたが悩んでいることを全て。ですから話して下さい。どんなお話だったとしても軽蔑しません」

 

 微笑を浮かべたラプンツェルが頷きながら告白を促す。

 

 その姿は──どうしようもなくムーアに胸の内で渦巻く諸々を語らせようとする。

 

 話しても良いのだろうか。

 

 露になっている濃い茶色の隻眼──それが揺れ動くのを認めた聖女がもう一度、強く左手を握り締める。

 

 それを感じた彼は、小さな溜め息と紫煙を吐き出し、やがて淡々とだが全てを告解した。

 

 彼には珍しく、と言って良いのかは少々考えものだが、ムーアは今回の一件についての全てを彼女へ伝える。

 

 その間、ラプンツェルは口を挟まず、しっかりと聞いていることを示すように時折、無言のまま首肯を返すだけに反応を留める。

 

 しかし()()()()()()()──その単語が彼の口から漏れた途端、彼女が強く手を握り締めた瞬間をムーアは見逃さなかった。

 

「──なるほど…そうだったのですね…アンチェインド…アンチェインド、ですか…」

 

 彼が全てを語り終わったと察し、ラプンツェルが言葉を噛み締めながら何度も頷く。

 

 それを認める彼も漏れ出る彼女の声音や仕草から内心で確信を得た。──何かを知っている、と。

 

「…だから撃たれて…あそこで…」

 

 昨夜の吹雪に見舞われた海岸で血を流しながら死にかけていたムーアの姿を思い出すラプンツェルが事情を察し──続けて彼へ勿忘草色の眼差しを向けた。

 

「それで…ブラザーはどう思いますか?やられたから…もう分かりますよね?全てのニケが味方ではない、ということを…」

 

「…骨身に染みて」

 

 穏やかで、言い聞かせるような口調。さながら聖職者の説教だ。否定する要素はなく、彼は驚くほど素直に──それこそ皮肉すら無しに頷く。

 

「NIMPHが無かったら…運良く外れることもなく心臓の真ん中や頭を撃ち抜かれたかもしれないのに──」

 

 一際強くラプンツェルがムーアの機械仕掛けとなった左手を握り締める。これから彼へ無慈悲に告げようとする言葉を放つ寸前、彼女自身が勇気を出せるよう敢えて力を込めた証でもあろう。

 

「──それでもまだ…NIMPHを無くすアンチェインドを捜したいんですか?」

 

「見付けたい」

 

「──()()裏切られるかもしれないのに?」

 

「…裏切られることは大した意味を持たない。少なくとも俺にとっては。例え、誰かに裏切られても俺はやり返すように裏切ったりはしない」

 

「───」

 

「裏切られ、辛酸を舐め、屈辱に塗れようと…それでも見付けたい」

 

 煙草の紫煙を燻らせながらムーアが思いの丈を静かに独白する。その言葉に見え隠れする──有り体に言えば()()。それを感じ取ったラプンツェルは一瞬だけ息を飲んだ。

 

 ──不器用な人。

 

「──…ふふっ…」

 

 ──でも強い人。

 

 思わず、そしてラプンツェル自身も我知らずに笑みが零れた。

 

「…他のことはまだ迷っている癖に…ニケを助けることは迷わないんですね」

 

 いや、きっと彼はニケに限らず──誰かを助ける為なら進んで命と身体を投げ出そうとするだろう。

 

 彼女はそれを()()()()()()()

 

 ()()()()()()を、彼女は知っている。

 

「…じゃあ…ニケに不信感を抱くようになった訳ではなく…取り敢えずアークに戻るべきか、それとも何処にあるのかも分からないアンチェインドを捜し続けるべきか──で、迷ってるんですね?」

 

 決心をしなければならないのはムーアが重々承知している。

 

 決心は指揮官の役目だ。他の誰でもない、ムーアの任務である。

 

 本来なら彼女達の損耗を考え、戦力の立て直しの為にもアークへの帰還を第一とするべきだ。

 

 しかし──アンチェインド。その物質への手掛かりを持っているだろうと推測できるスノーホワイトとの邂逅を果たせぬまま、アークへ帰還する結末を望まない自身が存在する点に彼も驚きを隠せないでいる。

 

 その躊躇こそが彼の本音なのだろう。

 

 退く決心も勇気である。それは理解している。しかし──心が拒絶するのだ。いくら黙れと命じても、次から次に拒絶が沸き立って来る。

 

 明確な返答はムーアは告げなかった。しかし揺れ動いた瞳だけでラプンツェルはその内心を察したらしい。

 

「…分かりました。ブラザーが隠していた心の内を見せてくれた御礼に…私も隠していた秘密を教えてあげます。実は私──」

 

「──アンチェインドのことを知っている、か?」

 

 先んじて彼女が口に出そうとした言葉をムーアが代わって告げる。それを聞き取ったラプンツェルは──驚くこともなく、小さな頷きを返して肯定を伝えた。

 

「…気付いていらっしゃったんですね」

 

「…気付かないとでも?」

 

 言い当てられた驚きを見せず、聖女はブーツの靴底で煙草の火種を消す彼を見詰める。やがて火を消した吸い殻をムーアは纏った防寒戦闘服の上着の胸ポケットへ仕舞い込んだ。

 

「…はい、仰る通りです。でも詳細を教えることは出来ません」

 

 そこまで話しておいて焦らさないで欲しい。再び彼の濃い茶色を湛えた隻眼が向けられる。

 

「…ラプンツェル」

 

そ、そんな素敵な低い声で言われても…!ほ、本当にこれだけは…いくら()()()()()()()()()()()で私を弄んでも…!!はぁ、はぁ…!

 

 無秩序なまでに醸し出される男の香りは確かに劇薬だが、彼のやや困ったような低い声音も負けず劣らずだ。

 

 こんな素敵な声の持ち主を放置しているなど、アークの治安維持はどうなっているのだ。公序良俗違反も甚だしい。

 

 再びラプンツェルの息が荒くなって来ると──彼はいよいよどんな反応を返せば良いのか分からなくなった。

 

「……安心してくれ。無理強いするつもりはない」

 

「…ま、全く無いんですか?」

 

「全然」

 

 興味ない、と言わんばかりに彼は頷いた。

 

 その態度はいっそ清々しい程に見えるが、やはり彼女としては──

 

「…もうっ…残念……」

 

 こんなシチュエーションに巡り会える機会が二度とあるか分からないというのに、素気無く返されては──ラプンツェルもニケだろうとも女である。少しだけ、本当に少しだけむかっ腹が立った。

 

「…ただ…何故、教えられないのか。その理由だけは聞かせて欲しい」

 

「…それは…私一人だけの秘密ではないからです。なので…一緒に行きませんか?」

 

 迷える子羊を導かんと聖女が生身のそれではない左手を強く握り締める。

 

 或いは──まだ離れたくない、という本心を悟られぬよう敢えてそのような口調にしたのかもしれない。

 

「──毎月1日にだけ開かれる、()()()()へ」

 

「……創世記か?あまり神学には…」

 

 包帯で隠れていない彼の左側の眉が中央へ寄るのをラプンツェルは見逃さない。

 

 苦笑しつつ彼女は、自身やスノーホワイト、そして紅蓮の巡礼者(ピルグリム)達が毎月に再会と生死の確認を行う場所だと説明した。

 

 となれば、本来の目的であるスノーホワイトとの接触も果たされる。彼はラプンツェルとの道行きを承諾する頷きを見せた。

 

「…なら…早速準備を…」

 

「──ダメです」

 

 抱えた突撃銃を握り、立ち上がろうとするムーアを押し止めたラプンツェルが肩へ細い腕を伸ばし──そっと身体を横たえさせる。

 

 抵抗する間もなく彼の極少量の白髪と多量の黒髪が混ざった頭が揃えられた膝の上へ収まってしまう。

 

「……幸いにもここからそう遠くはありませんから。明日の朝早くに出発したら、翌日の夕方には到着します。ですから、まずは…体力を回復なさって下さい」

 

「しかし──」

 

「ブラザーに必要なのは休息です」

 

 めっ、と幼子を叱るかのような物言い。そこまで精神年齢は低くなく、肉体年齢も見た目相応の男を捕まえておいて何を言うのか、ともムーアは考えるが──続けてラプンツェルの片手が刈り上げられた頭を優しげな手付きで撫で始めると抵抗の意志が不思議な程に消え失せた。

 

 そんな筈もないと思うが、不信心者、だからだろうか。

 

「…今は眠って下さい。私が側にいます」

 

「………」

 

「…眠れないなら…歌でも如何ですか?それとも本でも?」

 

 直ぐに人間が眠れないのは彼女も良く知っている。

 

 いっそのこと──ここ数十年の内に書き溜めて来た自筆の小説でも読み聞かせようかと、手荷物の中から古びた本を取り出そうとした時、ムーアの唇が微かに震える。

 

「…賛美歌は歌えるか?」

 

「…え?はい、勿論です」

 

「…なら…頼む」

 

 意外な求めだが、ラプンツェルは何処か懐かしさも覚えた。彼に何番が良いかと尋ねると、ややあって答えが返ってきた。

 

「……お好きなのですか?」

 

「…いや。だが──時々、無性に聴きたくなるんだ」

 

「…分かりました。では…」

 

 膝の上へ頭を乗せたムーアからのリクエスト。それに答えたラプンツェルが呼吸を整える。

 

 生憎と此処は神の家でもなければ、荘厳な伴奏を奏でる楽器の類もない。

 

 しかし形の良い唇から、それこそ神聖な歌詞が他の誰でもない彼女の声によって紡がれ始めると──彼の脳裏に一瞬だけ痛みが走る。

 

 だが、その痛みは──ラプンツェルが頭を優しく撫で始めた途端に消え去った。

 

 無性の安堵。それが胸中に去来する中、ムーアは突撃銃を抱え直すと露わとなっている隻眼を閉じ、暫しの眠りに付いた。

 

 




不思議だ…まるでラプンツェルがヒロインのようだ

賛美歌の何番か、については…出すのは憚られましたのでツイッターの方で明らかにさせて頂きます
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