勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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第6話

 

 

 

「──食べるか?」

 

 冷えた戦闘糧食は世辞にも美味いとは言えない。パウチの中で固まったチーズスプレッドを捻り出し、ベジタブルクラッカーへ塗り付けて口に運ぶムーアがアニスへ包装のひとつを投げ渡す。

 

 戦闘糧食に含まれている市販品のチョコレートバーだ。受け取った彼女は食べ飽きた味だろうが、こうも忙しいと生身の脳が疲労を覚えているのか嬉々と包装を破いた。

 

 昨日、廃墟同然の民家から出発し、一晩を挟んだとはいえ丸一日以上を掛けて移動した針葉樹林の中で周囲の安全を確保しての大休止を取る最中、ムーアは早めにカロリー摂取を済ませようと戦闘糧食を取り出して食事を始めたが──相変わらず内容物の甘味系があまり得意ではないらしい。

 

 アニスは投げ渡されたチョコレートバーを折ると傍らのネオンへ、そして周囲の警戒に立っているラピに等分を分け与えた。

 

「──ちょうど甘い物が欲しかったのよね〜」

 

「…ガムもあるが…」

 

「…師匠。そのガムって歯磨き代わりですよね?」

 

 小さくなったチョコレートバーを咀嚼するアニスへ同封されているガムも勧めようとするムーアにネオンが苦笑を漏らす。

 

 ミントガムの類のそれも彼はあまり得意ではないらしい。進んで食べはしない程だ。これよりもカフェインガムの方が好み、などと口にする程度には得意ではないようである。

 

 肩を竦めたムーアがパリッとチーズスプレッドを塗ったクラッカーを咀嚼する。

 

 狭くなった視界の隅で岩へ腰を下ろすラプンツェルがジッと自身の彼女達を見詰めているのに気付くと彼も隻眼の視線を向けた。

 

「──ラプンツェル。なんでさっきからじーっと見てるの?何か言いたいことでもあるの?」

 

 ほぼ同時にアニスも気付いたらしい。咀嚼したチョコバーを飲み干した彼女が見詰めて来る金色の聖女へ──まるで食って掛かるような物言いで尋ねる。

 

「わぁ…やっぱりアニスです!()()()()()()に戻ったら何もしていない人にまでケンカを売りますねぇ」

 

「違う!!」

 

「…それも昨日のネタだろう。賞味期限切れだぞ」

 

 ネオンが皮肉を混ぜながらアニスを諌め──ているのかは微妙な線だ。おそらくからかっているのだろう。返す刀でアニスが否定した矢先、その一連の遣り取りが面白かったのかラプンツェルから笑みが溢れた。

 

「──ふふっ。済みません。失礼しました」

 

「……食べるか?」

 

 てっきり彼女達を見詰めていたのはチョコレートバーを分けられる姿が羨ましかったからなのだろうか、と勘違いしたムーアが包装の中に残ったベジタブルクラッカーを一枚、取り出す。

 

「ありがとうございますブラザー。でもお気持ちだけで結構です。──ただ…皆さんの姿が微笑ましくて、ちょっと昔を思い出していたんです」

 

「昔、ですか?」

 

 穏やかに差し出されそうになるクラッカーを断った彼女が見詰めていた理由を口にする。それにネオンが反応し、首を傾げた。

 

 ラプンツェルは溜め息を吐き出すと、視線を針葉樹が生い茂る頭上へ上げ、勿忘草色の瞳を懐かしげに細める。

 

「…はい。昔、私が初めて分隊に配属された時、私達もすごく賑やかだったんです」

 

 静かに雪が振り始めると、それを受け止めるように金色の聖女は片腕を伸ばした。

 

「──地上は今よりずっと危なくて、戦争は今よりずっと身近にあったのに」

 

 伸ばした片腕の先の手の平で受け止めた雪の一粒。勿忘草色の瞳を細めながら見詰めるその先で雪が溶けて小さな水滴に変わった。

 

「──ただ一緒にいるだけで幸せで…私達も皆さんのように…笑って…泣いて…楽しく旅をしてました」

 

 ほぅ、と小さな溜め息が漏れ聞こえる。ラプンツェルが伸ばした手を膝の上へ戻すと、ネオンが恐る恐る問い掛ける。

 

「…あの…その方たちは今…?」

 

「…何人かは()()()()()()()()なってしまって…何人かは一緒にいますが…時間が経つにつれて()()()()()()()()()()

 

 言葉を選ぶまでもなかったのだろう。ありのままの事実を金色の聖女が紡ぐ時──彼女は一瞬だけムーアへ視線を向ける。

 

 ──その彼は突如として襲って来た煩わしい頭痛に耐えているようで眉間へ縦皺を刻みつつ、彼女達に不安を抱かせぬよう努めて平静を保っていた。

 

「…ごめん…私…ちょっと神経質になってて…」

 

「いえいえ!本当に微笑ましかっただけですから、そうお気になさらないで下さい」

 

 痛みが治まり、ムーアは改めて指先に摘んだベジタブルクラッカーを咀嚼する。

 

 クラッカーを咀嚼する乾いた音色だけがやけに大きく響くのは──どう反応すれば良いのか分からない彼女達が沈黙しているからだろう。

 

 それを目の当たりにしたラプンツェルは困ったような表情で勿忘草色の瞳を伏せてしまう。

 

「…ごめんなさい。私が雰囲気を壊してしまいましたね」

 

「…いや、気にしないでくれ。キミの大切な記憶(思い出)なんだろう?」

 

 摩耗を続けるラプンツェルの脳は直近1年間と過去の一連の出来事の記憶を除いて、意図的に彼女が消去している。彼女が彼女たらしめる拠り所──と言っても過言ではないそれを彼は知ってか知らずか、存在を肯定した。

 

 ()()()があの時、あの場所に存在した。その確かな証明を肯定してくれたのだ。

 

 金色の聖女が勿忘草色の瞳を何度か瞬かせ、やがて穏やかな笑みと共にムーアへ頷きを返す。

 

 食事を終えた彼は空になった包装を纏めて背嚢へ収めると腰を上げる。

 

「…ラプンツェル、あとどれぐらいだ?」

 

「どれぐらい──お、()()()()()までですか!?はぁ、はぁ…!そ、それは…ブラザーが望むならいつでも…!!

 

「いや、目的地までの所要時間を聞いたんだが…」

 

 何処に頬を染め、息を荒くする要素があったのか。甚だ疑問は尽きないが、彼は努めて冷静に問い直す。するとラプンツェルは()()()を察して小さな咳払いを済ませて腰を上げた。

 

「さ、さぁ、気を取り直して行きましょう。もうすぐ着きますよ」

 

 

 

 

 ラプンツェルの案内に従い、針葉樹の林を抜け、雪に覆われた山道を進むこと3時間ほど。

 

 突如として視界が開けたと思えば、廃屋同然の家屋が並ぶ廃村へ辿り着く。ここが彼女が言う目的地──約束の地であるらしい。

 

 既に日は沈み始め、東の空から夜の闇が寄って来る中、彼等の視線の先には白銀の髪を持つ小柄な人影、そして目立つ大きな笠を被った人影が見て取れた。

 

「──遅かったな」

 

「──済みません。遅くなりました」

 

 その内の一人──スノーホワイトが歩み寄ってくる彼等の先頭に立つラプンツェルを認め、声を掛ける。おそらく彼女は到着の遅延を非難している訳ではないのだろうが、金色の聖女は素直に頷きを返しつつ久しぶりの再会の挨拶を済ませる。

 

「──まだ朔月は沈んでいない。遅くなった訳ではなかろう」

 

 続けて目立つ大きな笠を被り、片手に──おそらくは刀剣の類を握った巡礼者(紅蓮)が飄々とした態度のままスノーホワイトを宥める。

 

「それに客人まで連れてきたのだ。これくらいは大目に見るとしよう」

 

 その琥珀色の瞳が動き、ムーアや彼女達の姿を捉えると紅蓮は目を細めながら歓迎の声を上げた。

 

「久しぶりだな、お嬢ちゃん達。()()()()()は撃たれたと聞いたが、大丈夫かい?」

 

「………」

 

 そんな歳ではないが、紅蓮から見れば自身は()()なのだろうか。彼はそれに思い至ると肩を軽く竦めて、問題ない旨を無言のまま返した。

 

 撃たれたくだりを誰に聞いたのか──という疑問も湧いたが、道中でラプンツェルが携帯端末を操作していた姿を思い出す。おそらくは連絡を取り、状況を伝えていたのだろう。

 

「──ちょっとスノーホワイト!あなた、メッセージ確認しないの!?」

 

「──そうです!スノーホワイトがちゃんとメッセージを見てくれたら、ここまで苦労しなかったんですよ!」

 

 挨拶もそこそこに分隊の2名が白銀の巡礼者へ詰め寄る。その剣幕は彼女からすれば、大したことではないのだろうが──言葉の意味が分からぬ様子でスノーホワイトが首を傾げた。

 

「…メッセージ?私にメッセージを送ったのか?」

 

「あぁ、送った。メールの方は送信出来なかったが、メッセージの方に連絡事項は残しておいた」

 

 包帯で顔の半分程を覆ったムーアに彼女が金眼を向けながら問い掛ける。その質問に彼は頷きを返した。途端、スノーホワイトはやや慌てた様子で携帯端末を取り出すと──着信通知にやっと気付いたのだろう。メッセージを読んでいるのか、金眼が忙しく左右へ動き始める。

 

「…そう、だったな。…メッセージに気付いていなかった。済まない」

 

「気にするな。そっちの都合もあるだろう」

 

「…もう…素直に謝られたら文句も言えないじゃない」

 

「そうですね」

 

 ムーアは言葉の通り、気にしていない様子だ。しかしアニスとネオンはここまでの苦労を思い出しているのだろう。不承不承と言った様子のまま溜め息を吐き出している。

 

 それはそれとして──彼は眼前の巡礼者達に、続けて周囲へ隻眼を向けながらスノーホワイトへ尋ねた。

 

「…マリアンは一緒じゃないのか?」

 

 見慣れた姿が一切捉えられない。気になったムーアが問い掛けると彼女は頷く。

 

「あぁ。彼女も私達──パイオニア所属だから原則的には連れて来るべきだが…お前達が来るとラプンツェルから聞いたから連れて来なかった」

 

 スノーホワイトの返答に彼は訝しみつつ眉間へ縦皺を刻む。すると彼女は、分からないか、と言わんばかりに短い溜め息を漏らした。

 

「…別れたばかりなのに、また会ってしまったらお前達もマリアンも心が揺らぐかもしれないからな」

 

「…俺達も、そしてマリアンも状況を理解して別れたんだ。今更、揺らぎはせんよ。…まぁ自信はあまりないが…」

 

 やはり正解だった、とスノーホワイトはムーアから返された答えに肩を竦める。

 

「…それで今は何処に?」

 

「信頼できる所に預けて来た。だから心配するな。ちょっとがめつい上に自分の民になれとうるさいが…“白騎士”の名に相応しく、信頼を裏切る奴等ではない」

 

「──あぁ、誰に預けて来たのかと思えば、やはり騎士のお嬢ちゃん達だったのかい」

 

 ムーアや彼女達は知らないが、会話の流れから察するにどうやら巡礼者達は顔見知りであることが伺える。

 

「…その方達も巡礼者(ピルグリム)なんですか?」

 

 ラピが疑問を尋ねると、ラプンツェルは穏やかな笑みを浮かべつつ頷いて見せる。

 

「はい。クラウンとチャイムと言って、王国の主になろうとする可愛い姉妹達がいます」

 

「…あなた達がそう言うなら…まぁ信頼出来る人達なんでしょうね」

 

 為人を知らないのもあり、不信感は拭えないがアニスもこの場は納得する様子だ。

 

 とはいえ──久しぶりにマリアンの顔を見たくなかった、と言えば嘘になる。再会は暫く延期のようだ。

 

 それを察したムーアが煙草を銜え、オイルライターで火を点けた矢先、スノーホワイトが上背のある彼を見上げる。

 

「ところで、何故こんなところまで私達を訪ねて来たん──」

 

 金眼を向けた先にいるムーアへ問い掛けようとした瞬間──スノーホワイトが、紅蓮が、そしてラプンツェルとムーアがほぼ同時に山道へ視線を向ける。

 

 カチリ、と彼は反射的に突撃銃の安全装置を指先で外している程だ。

 

 遠方から徐々に近付いて来ていると察せられる金属が擦れ合う駆動音。やや遅れてラピ達も異常を察した。

 

「…この音は?」

 

「ラプチャーだ。お前達に付いてきたようだな」

 

「…足跡でも見付かったか…?」

 

「さてな。──ラプンツェル、ジャマー機能が故障したのか?」

 

 おそらくはロード級だろうか。タイラント級の敵機の気配ではないと察しつつ、接近を続けているラプチャーの動向を伺いながらスノーホワイトがラプンツェルを見上げて問い掛けた。

 

「う〜ん…そうですねぇ…」

 

 ラプンツェルが太い三つ編みに纏めた長い金髪を掴んで良く観察する。一瞬だけ金色の淡い輝きを放ったことを認めた彼女は首を捻ってしまう。

 

「ちゃんと機能していますけど…ブラザーを治療する為に力を使いすぎたせいなのか…今日は出力がちょっと弱いですね」

 

「後で点検しておけ」

 

「はい、分かりました」

 

 金色の聖女が頷くのを認めたスノーホワイトは携行する長大な狙撃銃を構え、照準器を覗き込んだ。交戦の態勢を取る中、ラピも携える突撃銃の安全装置を外す音を響かせる。

 

「──私達も手伝います」

 

「あ、大丈夫ですよ。お客さんは休んでいて下さい。こういうのは元々、招待した人が解決するものですから。久しぶりに皆と戦いますね」

 

「───ッ…ゥ…」

 

 ラプンツェルが片手に握る聖杖をバトントワリングの選手さながらに軽々と手の内で回転させる。紅蓮も鞘へ納めた刀剣を握りながら前へ進み出る。

 

 巡礼者達が続々と戦闘開始に備える中──その光景を目の当たりにしたムーアの頭蓋の内側で酷い痛みが駆け巡った時、声が掛けられる。

 

「──ぼっちゃん。折角の機会だ。()()()()()()はどうかね?」

 

「──……は?」

 

 ──肩越しに振り向いた紅蓮が琥珀色の瞳で背後に立つムーアへ視線を送る。その眼差しには隠しようのない()()()()といった具合の感情が見て取れる。

 

 彼女が放った一言。たった一言だったが、それを聞いた途端、不思議と一気に頭痛が治まってしまった。

 

 怪訝な様子のまま彼は隻眼の視線を紅蓮へ向け、果たして本気の意味で放たれた言葉なのか真意を探ろうとする。

 

「そうですよ。滅多にない機会なんですから。思うがままに私達を指揮して…逆らえないことを口実に…プライベートなところまでも強引に…はぁ、はぁ…!

 

 本当にこんな性格だったろうか。

 

 一瞬だけ鈍く痛みが頭蓋の内で駆け抜けるが、それを敢えて彼は表情に出ないよう努めた。

 

 果たしてラプンツェルの脳内でどのような妄想が展開されているのかは知らないが──少なくとも()()なそれではないだろう。

 

「もうその辺にして行く──」

 

「…指揮を執らせてくれるのか?」

 

「あぁ、勿論だとも。どうかな?」

 

 ラプンツェルの反応を見なかったことにしたスノーホワイトが全員へ敵機を出迎えようと移動を促すが、それと同時に右脚をやや引き摺りながらムーアが一歩ずつ前へ進み出る。

 

 銜えた煙草から紫煙を燻らせつつ、彼は呼吸を整えると口を開いた

 

「ショウ・ムーア大尉が当分隊の指揮を執る」

 

 その宣言にラプンツェルと紅蓮は顔を見合わせ、ややあって微笑を浮かべる。

 

「──では、ぼっちゃん。()()()を頼むよ」

 

「──えぇ。じゃないと締まりませんから」

 

「──そうだな」

 

 巡礼者達が頷き合う。三対の視線が刺さる中──彼は肩を竦めてみせる。

 

 肩越しに振り返って見ると、自身の部下達が心配げな眼差しを向けていると気付く。そこまで心配せずとも──と思うが、気遣いは嬉しく感じられた。

 

 巡礼者達へ並び立ったムーアは突撃銃の銃床を左肩へ宛てがい、左眼で光学照準器(ACOG)を覗き込む。

 

 ややあって──山道から姿を見せた1機のロード級ラプチャー。

 

 追跡して来たのだろう敵機の存在を改めて認めたムーアはその機体をレティクルへ捉えると──

 

「──エンカウンター」

 

 静かに交戦の宣言が響き渡った。

 




ムーア大尉の正体?知らないですねぇ(すっとぼけ
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