勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
作中で度々登場する戦闘糧食ですが、お察しの良い読者の皆様は薄々勘付いているかも知れませんが、MREを参考にしております。
とはいえ個人的には
昂揚感が全身を駆け巡り、それまで蝕んでいた痛みの類が遠退く感覚は真に不思議だ。
「──スノーホワイト。奴の脚を止めろ」
「──分かった」
「──ラプンツェル……は、待機だ。誰かが負傷した場合の救護を頼む」
「──分かりました、ブラザー」
「──得物は…
「──あぁ、そうさ。これに斬れぬ物はない」
「──合図するまで待て」
急遽、指揮を執ることとなった青年だが──これもまた不思議なのだが、
傍らにラプンツェルが侍る中、彼は左肩へ銃床を宛てがった突撃銃の
スノーホワイトが構える長大な狙撃銃とムーアが構える突撃銃がほぼ同時に発砲された。
彼女が放った光線が、そして彼が短連射で撃ち込んだ銃弾が敵機の左右の脚を破砕する。
脚が止まった。
四足歩行の敵機が左右へ生やしていた脚が砕かれ、或いは消失し、ロード級が降り積もった雪上で身動きが取れなくなった。
「──
「──応」
敬称もなければ、敬語ですらない。ただ短く名を呼んだだけで事足りた。紅蓮が彼の真横を駆け抜け、敵機へ肉薄する。
剣術で言えば、鯉口を切るような仕草。
それと同時に煌めいた刃がラプチャーの機体を
やや遅れ、ズルリとロード級の機体が滑り落ちた。
紅蓮が抜刀した刃を鞘へ納め、一際甲高い音が鳴り響いた瞬間、完全に敵機が雪上へ崩れ落ちる。
撃破だ。
それを認めつつ彼は隻眼の視線を左右へ巡らしながらスノーホワイトに問い掛ける。
「…残敵は?」
「…1機だけらしい。片付いたな」
「…状況終了。──
感慨もなく突撃銃の安全装置を掛けたムーアが漏らした一言。それが耳朶を打ったラプンツェルが僅かに、そして一瞬だけ顔を俯かせた。
「──指揮官!」
「──身体はなんともない!?」
道中の交戦は分隊の戦力──ラピやアニス、ネオンが対処していたばかりか、彼は控えめに言っても重傷の人間だ。
何処かに異常が発生していてもおかしくはない。駆け寄ってきた彼女達が不安げに尋ねるも、ムーアは問題ないと言わんばかりの様子で頷きを返していた。
「…なら良かったです。でも師匠。無理はしないで下さいね」
「…肝に銘じる」
弟子を自称するネオンからも注意を受けた彼は肩を竦めると銜えている煙草を強く吸い込み、肺へ行き渡らせた紫煙を緩く吐き出す。
それにしても──と彼女達は撃破されたばかりのロード級ラプチャーの残骸へ視線を移す。
有り体に言えば、圧倒的であった。
赤子の手を捻る、とはこのことなのだろう。
「──片付いたし、本題に入ろう。どうせ皆、時間が無いからな」
携える長大な狙撃銃の射撃後の点検を手早く済ませたスノーホワイトが上背のあるムーアを見上げながら金眼を向ける。
その淡々とした口調にラプンツェルは呆れが混ざった溜め息を吐き出した。
「いきなり忙しいから用件を言えって…本当に素っ気ない言葉ですね」
「──確かに、君は相変わらずロマンがないな」
鞘へ剣を納め、足取りすらも飄々とした雰囲気を感じさせる紅蓮がスクラップになった敵機の横を通り過ぎて戻って来るなり、スノーホワイトへ苦笑を漏らす。
「…あぁ…愛嬌たっぷりだったスノーホワイトは何処へ行ってしまったんでしょう。いつもリリスと
「──ふざけたことを言うな」
頬へ片手を宛てがい、嘆かわしいと言わんばかりの仕草で頭を緩々と左右へ振るラプンツェルに槍玉へ上げられたスノーホワイトが双眸を細める。
「──お兄ちゃん!」
「──ッ……」
不意に走った頭蓋の内の痛み。そして脳内で反響した明るく、若干の幼さを感じる声音。
周囲に余計な心配は掛けられない──その一心で彼は努めて無表情を保ちながら指先へ摘んだ短くなった煙草を携帯灰皿に投げ込んだ。
「──それで、今回は何の為に訪ねて来たんだ?」
不本意な状況から脱しようとスノーホワイトが改めてムーアに声を掛ける。
金眼を長身の彼へ向け、今回の来訪の目的を問い掛けた。
すると彼は──一度だけ露わになっている左眼を閉じ、再び見開くと彼女を見下ろして口を開く。
「──アンチェインドに関する情報を知らないか、と考えてな」
「───」
彼が発した一言でスノーホワイトから息を飲む音が漏れ聞こえた。
身を硬直させた彼女の背後から前へ進み出た紅蓮が被る笠の縁を摘みつつ、琥珀色の瞳でムーアを見据える。興味、関心──そういった類の感情を湛えていた彼女の瞳だが、今は疑惑のそれが多分を占めている。
「…
「…彼女から以前に1発だけ譲って貰った」
彼女──スノーホワイトへ向けて視線を送ると、それだけで紅蓮とラプンツェルは得心が行ったのだろう。揃って納得の頷きを何度か見せた。
「ほぉ〜そうか。スノーホワイトから貰った訳か」
「ふ〜ん…誰に貰ったのかと思えば、スノーホワイトだったんですか」
「ふむ…そうか。そうだったのか」
続けて巡礼者達の二対の視線が新雪を彷彿とさせる白銀の髪を持った彼女へ突き刺さる。
「…話が長くなりそうだな。続きは奥で話そう」
スノーホワイトはその居心地の悪さに我慢出来なくなったのか。或いは複雑かつセンセーショナルな話題となることを見越してか、一同を廃村の奥に建つ家屋へ導いた。
比較的、という前置きが付くが廃墟同然の寒々しい雰囲気の集落の中でも状態が良好の家屋だ。
念の為に道中、デコイを分隊で撒き、ラプチャー避けの対策を行ってから家屋の中へ足を踏み入れる。
「話の前に…スノーホワイト」
居間であっただろう広い部屋の中へ入ったムーアが、ここまで背負って来た背嚢を床へ下ろし、入組品の中から薄茶色の包装の上に【Meal, Ready-to-Eat】と印字がされた戦闘糧食をいくつか投げ渡す。
「…食べ物…!」
「
「テトラツィーニ…チョコレートピーナッツバター付きの奴か?この前、貰った糧食には付いてたぞ」
「…あれ、美味いか?」
結局はパーフェクトを原材料に様々な合成香料や添加物を含有させただけの偽物だ。正直に言えば、スノーホワイトが言うチョコレートピーナッツバターも安っぽい風味である。その安っぽい風味が癖になる人間もいる、のも事実だが。
包装を破き、ガサガサと音を立てながら内容物を取り出してはパウチの表記から献立を確認する彼女を横目に彼は煙草を銜えてオイルライターの火を点ける。
この家屋の家主が如何なる人物だったのかは分からないが──居間の棚に残された小さな写真立てを彼は見付けた。古い写真の中に写る喫煙道具のパイプを片手に握る初老の男。おそらくはここの家主だった人物だろう。
愛煙家同士の
それはそれとして食糧を持って来たのは結果的に言えば──まだ何も話は終わっていないが、正解ではあったらしい。
彼女達──特にスノーホワイトと紅蓮の反応を見る限りは、あまり触れて欲しくはない話題であると察するのは充分過ぎた。
「──それで?前回、マリアン…いや、モダニアと戦った時の姿から言ってアンチェインドについて
今にもパウチを破きたい衝動を堪えたのだろうがスノーホワイトが譲られた戦闘糧食を仕舞い込み、外で語られた話の続きをするようムーアへ促す。
同時に問われた彼は自身が現時点で関知している事柄のみを正直に告げる。
「ニケの脳へ埋め込まれたナノマシン──NIMPHを除去する機能を持っている、とは知っている」
「そうか。では、アンチェインドの機能は全て知っている訳だ。──他に何が知りたい?」
やや警戒した様子のまま彼女が再び問う。
どのような反応が出るのかは──賭けのようなモノである。四の五の言っても始まらない。
「…アンチェインドの素材を知りたい。目的は…その素材を以てアンチェインドの量産を図る為だ」
──空気が一気に張り詰めた。
言い方が拙かっただろうか、などと考えても後の祭りだ。
スノーホワイトが息を飲み、続けて紅蓮が被っていた笠を脱いで露わにした顔にある琥珀色の瞳を細めてムーアへ向ける。
そしてラプンツェルは──大きな反応こそ見せていないが、何か物申したそうでいて、それに勝る悲哀や諦念、その他と言った複雑な感情を表情へ浮かべているのみだ。
「──断る」
一刀両断とはこの事だ。スノーホワイトが返す刀で情報提供を拒絶する。その金眼を細め、敵意一歩手前の気配を感じさせる形となったのを彼は見逃さなかった。
「…スノーホワイト」
「私がお前にアンチェインドを譲ったのは、お前が私の命を助けてくれたからだ」
「……あぁ、そうだな。個人的にはアレを助けたと言えるのかは微妙な所だが……」
「感謝はしている。だから、命ひとつの対価としてアンチェインド1発。それで借りは全て返した。それ以上は欲張るな。あまり欲を出すな」
そして総力戦に於いてはトーカティブの逃走を許し、結果的な話となるが彼が重傷を負う原因を作った。それもマリアンの保護という形で貸し借りは清算されている。
「ちょっと!まずはこっちの話も聞いてから…!」
あまりにも素っ気ない態度と共に淡々と断られてしまっては立つ瀬がなく、何よりここまでの道中の苦労は水の泡だ。
堪らず控えていたアニスがスノーホワイトへ言い募るが、彼女は鋭く細めた金眼を向けて紡がれようとする言葉の先を牽制する。
「──何を聞けというのだ?お前達は私の好意を利用し、欲を出した。私は好意を
──…痛いな。
譲られたばかりの戦闘糧食が纏めてムーアへ突き返される。包装を握ったままスノーホワイトがボディアーマー越しにとはいえ、強く押し付けて返したからか治りかけの肋骨が酷く痛んだ。
痛みに耐えると思わず眉間へ皺が寄り、表情が強張ったのを彼は自覚してしまう。
「──まぁまぁ!ちょっとヒートアップしすぎです!」
間近から対峙する形となったムーアとスノーホワイトを引き離すように割って入ったのはラプンツェルだ。
いくつかの突き返されたばかりの戦闘糧食を掴んだ彼はそれらを左手で抱えつつ、右手の指先に挟んで支えた煙草を吸い込み、紫煙を緩く吐き出して冷静さを保つよう努めた。
「…スノーホワイト?取り敢えず、落ち着いて下さい」
「そうさ。何故にそう先走るのだ。落ち着いて話を聞こうじゃないか。──君の見たぼっちゃんは、そんなに無礼な人だったかい?」
彼から引き離したスノーホワイトを左右から挟み込み、巡礼者達が代わる代わる彼女を宥める。
無礼な人間──とはスノーホワイトも考えていない。皮肉を口にする点と自身の生命を軽んじる場面が多すぎるのが欠点な気もするが、その点は些末な欠点なのだろう。おそらくは。
それほど深い付き合いではないが、懐の深さと表現すれば良いのか。相応の度量と、相応の思慮深さも持ち合わせている筈だ。言動の端々からそれを彼女は感じ取っている。
その彼が──そして巡礼者達の様子を察し、口にするべきか否かの判断を下す時間的余裕があったのにも関わらず、敢えて尋ねて来た。
何かしらの理由があっての事なのだろう。
宥められ、同時に少しばかり頭が冷えたお陰もあってか、スノーホワイトの敵意に近い感情へ染まった金眼からそれが消え失せた。
大きな深呼吸を彼女は漏らす。
「…認めよう。つい敏感になりすぎた」
「ああ、少々落ち着こうじゃないか。──そして、ぼっちゃん?」
スノーホワイトが落ち着いたのを認め、傍らの紅蓮が笑みを浮かべつつ彼女の肩を何度か軽く叩く。しかし次の瞬間には──鋭く細めた琥珀色の瞳が煙草の紫煙を燻らせるムーアへ向けられた。
「ぼっちゃんはこれから言葉は慎重に選んで喋った方が良いぞ。冷静がモットーのスノーホワイトが熱くなる程、アンチェインドは私達にとって非常に大切な物なのだ」
「…そのようだ。しかし、これでも俺は常に吐き出す言葉は慎重に選んで発言しているつもりだ」
「ふむ、そうか…」
それにしては敵を作り過ぎている気がしないでもないが、と彼は同時に思い至ってしまう。単純に生きている筈なのだが、生き辛い世の中とはこのことを言うのだろう。
小さな溜め息を漏らしたムーアが何気なく顎を擦る。手袋越しにザラザラとした無精髭の感触を覚えた。剃るべきだったかもしれない。第一印象は大切なのだ。
「──とはいえ、一歩間違えたらこれまでの交流が全て水の泡になるかもしれない致命的な話題だという事には変わりないぞ?」
「…それで?」
回りくどい言い方はせずとも構わない。それを暗に告げながら彼は紅蓮へ先を促すと、彼女は僅かに笑みを浮かべた。
「どうかね?ここで諦めるのであれば、さっきの話は聞かなかったことにしてあげよう。その後は…そうだな。折角の客人だ。心ばかりだが、酒でも飲んで──」
「──俺は常に吐き出す言葉は慎重に選んでいる上、一度吐き出した言葉を基本的には撤回しない人間だ」
紅蓮は逃げ道を──彼の
「…私達を説得しようと言うのかい?」
「──説得する」
最初はスノーホワイトに事情を話し、その上で可能であればアンチェインドへ関する更なる情報の提供を願おうという算段だったが、どうやら想定が甘かったらしい。
銃弾、とどのつまりは消耗品。そこまで貴重かつ重要な代物ではないと考えていたが、彼女達の反応から──いやラプンツェルが最初に語っていた「私だけの秘密ではない」という言葉からも相応の何かが秘められているとは察してはいた。しかしこれは予想や想定よりも“重要”の程度が重いらしい。
ただの事情説明では情報提供すら不可能だろう。事ここに至っては──“説得”という舞台へ上がるしか道は残されていない。
彼が頷きを返すと──何故か紅蓮はそれまで鋭く細めていた瞳と眼差しを緩め、ふっ、と小さな笑みを浮かべた。
「──まずは座りましょうか。長いお話になるでしょうから」
ラプンツェルが一同を見渡しながら促す。
肩越しに彼は分隊の彼女達を見遣り、頷く姿を見せて腰を下ろすよう指示を出す。
ラピ、アニス、ネオンが火器を抱えながら各々が腰を下ろす中、ムーアは──突き返されていた戦闘糧食を再びスノーホワイトに押し返した。
「…厚意は素直に受け取ってくれ。下心が全く無かったと言えば嘘になるが、貸し借りを前提に譲っている訳じゃない」
「…………」
無言のままを貫く彼女へ戦闘糧食を返したムーアは首と左脇へ通していたスリングベルトを抜き取った。安全装置を外した突撃銃から弾倉を抜き、槓桿を引いて薬室へ装填されていた弾薬を排出。引き金を引いて、空撃ちの音を奏でると──突撃銃を、そして拳銃もラピに預けた。
「……説得の場には不要だからな」
「…お預かりします」
抜き取った弾倉をポーチに納めた彼が煙草を銜えたまま床へ座り込んで胡座を掻くと──
「──隣、失礼するよ?」
「──私も失礼しますね」
何故か紅蓮とラプンツェルが両隣へ腰を下ろした。
──やけに近くないだろうか。
人間一人分も空いていない距離感。少し動けば肩同士が触れ合うだろう間隔である。
彼がそう感じてしまうのも無理はなかった。
このお姉ちゃん達…ムーア大尉とは初対面に近い筈なのに距離感がバグってない?