勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
居心地の悪さをどうしようもなく感じてしまう。
隻眼を左隣へ向ければラプンツェルが脚を揃えて床に座っている。
視界は相変わらず狭いが、右隣へ僅かに顔を動かして確認すると紅蓮が片膝を立てて腰を下ろしている。
そして──ムーアの眼前、その3歩ほど先にはスノーホワイトが長大な狙撃銃を抱えながら座っていた。
それぞれが異なる虹彩を向ける中、ムーアは短くなった煙草を携帯灰皿へ投げ込み、肺へ残った紫煙を溜め息と諸共に吐き出す。
「──では、ぼっちゃん。話を聞かせてごらん?」
年上の余裕だろうか。外見年齢と精神年齢が異なるとは理解しているが、そうも若造扱いせんでも良かろうに──などと一瞬、彼は考えてしまうが直ぐにそれを掻き消した。
肩が触れ合う程の近さから促される。
──何故、NIMPHを除去するアンチェインドを求めるのか。紅蓮はそれを問うていた。
「…とはいえ…何処から話せば良いのか」
「…最初から話してくれて良いぞ。それとも話し難いか?必死に説得してくるかと思ったが…意外だな。あぁ、それとも──私が思っていたよりアンチェインドを必要としていないのかね?」
冷徹な──しかし挑発じみた発言が右側から響いた。左眼を微かに顔毎、右側へ向けることで隣に座る紅蓮の姿を捉える。
飄々とした態度のまま彼女は片膝を立てつつ、ムーアに琥珀色の瞳を向けている。
──そこまで口は上手く回らないのだ。
彼は所謂、口下手という類の人間だ。指導や説明といったそれは問題ないが、
「──指揮官、私が話します」
微かな溜め息をムーアが漏らした時、控えていたラピが声を上げた。彼の性格上、説得の類は苦手だろうと察していたのもあり、自身が代わりに──と考えたのだ。
しかし、それは素気無く拒否される。彼ではなく──その傍らに腰掛ける紅蓮に。
「──いや、ぼっちゃんの話を聞きたい」
肩越しに振り返った紅蓮は居間の壁際に並んで腰掛けるカウンターズの面々へ──特にラピへ琥珀色の眼差しを牽制の意味も込めて投げ掛けた。
「アンチェインドを探そうと言ったのは、ぼっちゃんではないのかい?」
「……そうだ」
彼が頷きを返す。それを視界の端で捉えたのか、紅蓮は改めてムーアに顔を向ける。
「なら、もっと切実に証明して貰わなければな。ぼっちゃんがやろうとしていることが
──耳が痛い。
諫言にも似た容赦のない物言いは痛いものだ。それを改めて感じ取った彼は無意識にボディアーマーのポーチを漁り、ソフトパックとオイルライターを取り出す。
肩が触れ合う程の傍らに腰掛ける両名には悪いが、彼は煙草が吸いたくて仕方ないらしい。銜えた煙草にオイルライターの火を点け、緩く紫煙を燻らせると──ムーアはやにわに紅蓮へ顔を向けた。
「──
「ん?…
彼女に向けた濃い茶色の瞳から注がれる視線を彼は紅蓮が腰からぶら下げる白磁の酒瓶だろう容器へ移す。
その行き先に気付いた彼女が酒瓶を掴み、軽く揺らせば中身の水音が聞こえた。
「…少しだけで良い」
「…うむ、分かった」
紅蓮が栓を抜き、酒瓶ごと手渡して来る。それを片手で掴んで受け取ったムーアは煙草を口元から取り除き、注ぎ口に乾燥気味の唇を寄せる。
原材料はなんなのだろうか。アークで彼が口にする酒類よりも酒精の香りが強い気がした。
本来、彼は任務中、飲酒をするような愚行は決してない。酔わない体質だったとしてもアルコールの影響で思考の鈍化、引き金を引く指先に力が入らなくなった場合を考えると──飲酒など以ての外だ。
しかし──これから話すだろうことは、本来であれば決して口にしてはならない類のそれだろうという予感を強く抱く。
それに比べて、数口の飲酒など大したことではない。自己弁護すれば、幸いにも酔うこともないのだ。
自身へ課した取り決めを自ら破った彼は──その記念すべき日を祝うように注ぎ口へ乾燥気味の唇を当てると酒瓶を大きく傾ける。
口腔へ流れ込む酒の味は──これからの胃や頭が痛くなるだろう話の場でなければ、美味いと素直に感じるものだった。
一口、二口と酒を嚥下し、三口目のそれを喉仏を動かして口腔や舌、喉、胃腑へ染み渡らせれば、彼は酒瓶から唇を離す。
「…味はどうだい?」
「…悪くはなかった。次はもう少し美味く感じる場所で飲みたい。──ありがとう」
もっと素直に言えば良いものを。紅蓮は肩を竦めながら返された酒瓶を受け取り、栓で注ぎ口を封じる。
ふぅ、と彼は微かに酒精が香る息を吐き出し、続けて取り除いていた煙草を唇の端へ銜えた。
「……まず俺がNIMPHの存在を──実際に名称やその効果を含めて知ったのは後の話だが。トーカティブ、あのお喋り野郎を捕獲する任務を請け負い、その任務が失敗した後、エニックによって下された記憶消去の判決が切っ掛けだろう」
「…ふむ…」
しかも彼は当時、右脚の切断に加え、包帯で顔の右半分が隠れている通りに右眼を喪失したばかりか体力の消耗もあって昏睡状態のまま入院していた。
寝ている最中に判決は下され──結果、カウンターズとネームレス。両分隊のリーダーであるミハラとラピへ対しての記憶消去の判決が出たのだ。
ミハラは記憶消去が実施され、そしてラピは──いつ、何処でかは不明だが彼女はアンチェインドに曝露し、NIMPHが除去されていた。
結果論になるが、片や記憶が残り、片や「はじめまして」、からの関係へ戻ったと察した瞬間は──
「…悲しかった、と?」
「……口で上手く説明は出来ない。だが…うん…きっとそうなんだろう。たった一度とはいえ、生死を共にした。仲間意識が無かった訳ではない。その相手との関係が、また最初から、と気付くと…」
なるほど、と紅蓮は言葉を選びながら──言語化が難しい感情をなんとか表現しようとするムーアの機微を察しつつ彼の思考を脳内で組み上げて行く。
「──だが、それで?アークでは良くあることではないか」
「…あぁ、そうだな…そうだと聞いている」
いっそ冷徹にすら聞こえる紅蓮の言葉へ彼は否定材料がなく、頷きを返すと銜えた煙草の紫煙を燻らせる。
「アークの人間達はニケを統制したがり、ニケの思考転換を恐れる。思考転換が起きると、ラプチャーに向くべき銃口が自分達に向けられるかもしれないからな」
紅蓮が淡々と覆せない事実を述べる。
ニケフォービア──あのニケを差別し、排斥を訴えるコミュニティへ属する人間達も根源にあるのは
独自に思考し、独自に行動が出来る人型の兵器。
その
ただプログラムされた通りの行動しか出来ない機械やロボットではない。命令された通りのそれしか行えない存在ではないのだ。
ニケとは──極端な言い方をすればだ。独自の思考と判断の下に人間以上の出力と耐久性を以てその気にさえなれば、人間を殺傷出来る。思考転換、そしてイレギュラー化すれば、高い確率でそれが可能となる。
その根源、或いは潜在的に抱く恐怖は知ってか知らずか、彼等を排斥の運動へ駆り立てた。それを決して愚かとは言わない。誰も潜在的な恐怖には抗えないのだ。
「ぼっちゃんは記憶消去をされたニケを見ただけでNIMPHを無くすべきだと思ったのかい?」
「……いや、もっと決定的だったのは……これもNIMPHやアンチェインドの存在を知る前の話だ。──マリアン、ヘレティックに変わった彼女に再会した瞬間のことは……忘れられない。今も
網膜に、そして記憶へ強く焼き付いた光景は今だに鮮明なままだ。
再会の瞬間──黒いプロテクターが剥がれ落ち、素顔が垣間見えた瞬間の出来事は忘れられない。あの再会に歓喜は微塵も無かった。光線に灼かれ、隻腕となった激痛すら感じなくなった程だ。何故、どうして、そのような感情が多分を占めていただろうとムーアは思い出す。
一瞬たりとも彼の脳はあの光景を忘れさせてくれないのだ。
「まぁ…あのお嬢ちゃんは結果的に救い出せた訳だが、そもそもNIMPHさえ無ければ侵食も、ヘレティックになることもなかっただろう」
彼の言葉に紅蓮は肯定の頷きを見せる。
なるほど。NIMPHさえなければ侵食は起こらず、そして記憶消去をする必要もなくなる。
ムーアの言い分に一定の理解を示した彼女だが──しかしながら、と反論を述べる。
「──NIMPHとは果たしてニケに悪影響を及ぼすものなのか?」
「…というと?」
濃い茶色の隻眼を細めた彼が顔を傍らへ向ける。
向けた視線の先で琥珀色の瞳が同様に細められ、一直線にムーアを見据えていた。
「──戦場の恐怖から、悲しみから逃げ出す為に記憶消去を選ぶお嬢ちゃん達はいくらでもいる」
彼女が告げた言葉は──ムーアを瞑目させた。隻眼が瞼の下へ閉ざされたまま彼は小さな頷きを何度か見せる。まるで言葉の意味を噛み締めるかのような仕草だ。
「なによりもNIMPHは、その存在自体がニケに“永遠”を与える。その永遠が戦場の恐怖を薄める時もあり、無茶な作戦に飛び出す勇気をくれる時もある。──こういう者達にはNIMPHが必要だとは思わないのかい?」
その問い掛けに彼は即答出来なかった。
十数秒は押し黙っただろう。
やがて彼から小さな溜め息が吐き出され──おもむろに右手が持ち上がると自身の後頭部へ向けられる。
包帯の結び目を指先で探り出し、それを器用に外した途端、巻き付けられた生地が緩んだ。
「…永遠のモノなどない。あったとしても仮初のそれだ。あくまでも擬似的な。……俺はきっと…薄情な人間なんだろう。それを聞かされても尚、NIMPHを除去できるアンチェインドの素材や製造方法の情報を求めている」
緩んだ包帯がムーアの手で解かれる。閉じられた右眼の瞼だが眼窩に何もないこともあって窪んでいる有り様が露わとなる。眉まで銃弾が掠めたのもあり、肌と眉毛が抉られた箇所は眉毛が消失し、傷痕が残されていた。血は滲みもしていない。完全に治ったようだ。
「…例え…恐怖に身が竦み、悲しみで心が支配され、屈辱で怒りに震えた記憶があったとしても…それは誰の物でもない。それは当人だけが持つべき特権であり、不可侵の領分だ。そうであるべき筈だ」
解いた包帯を彼は丸めて戦闘服のパンツのポケットにしまい込むと、指先へ煙草を挟み、大きな深呼吸と共に紫煙を吸い込んだ。
「…出会いと別れを繰り返し、心が磨り減る程の経験の連続であったとしても──その経験と記憶は誰の手にも委ねてはならない。俺にとっては…もし過去がのたうち回る程の痛みが伴う記憶ばかりだったとしても…ひとつたりとも忘れたくはない。きっと忘れるのは……何よりも辛いことだから」
吸い込んだ紫煙を肺へ満たし、やがて溜め息と共に吐き出す。
ムーアが語った独白──それを聞いた紅蓮は何度か頷きを見せ、そして反対側へ腰掛けるラプンツェルが彼の左手へ細い右手を伸ばし、軽く握り込む。
不意に握られたからか、ムーアは少し驚いた。思わず彼女へ隻眼を向けてしまう。彼が向けた視線の先には勿忘草色の瞳を俯かせながら、考え込む姿の金色の聖女がいた。
「…そうか…。だが…ぼっちゃんのように誰もが強い訳ではない。その辺りはどう思うんだい?」
「…強い?…笑わせないでくれ。
「………」
紅蓮の問い掛けへ答える前に、彼は彼女の表現を一蹴する。銜え煙草のまま紅蓮へ顔を向け、瞼の上を指先で小突いて見せる。
眼窩には何もない──お陰で指先が瞼の奥へ呆気ない程に入り込んだ。
しかし彼が語った独白は、言わば
悲哀も怒りも、責任を、全てをそっくり背負えるだけの者が持ち得る一種の特権か、或いはもっと別の何かだろう。
ニケ達のメンタルケアを任務としているムーアだ。彼が持つ思想が受け入れ難いそれなのは自身も重々承知している。
「…質問に答えよう。強制的に彼女達へアンチェインドを投与したい訳ではない。それは望まない。あくまでも
選択──それが室内に響いた途端、ラプンツェルが、紅蓮が、スノーホワイトが、ラピが、全員の視線がムーアへ注がれる。
「…ほぅ…
図らずも紅蓮が一同を代表して反応を見せる。声音の響きは幸いにも悪いものではなかった。
「…永遠に等しい時間を生き続けるか、それとも──限りある時間を生きるのか。ニケが自らの自由意志で進むべき道を選択できる未来と世界があったのなら……少なくとも俺にとっては戦って死ぬ甲斐のある世界なんだろうと思う」
戦って死ぬ甲斐のある──それが耳朶を打ったラプンツェルと紅蓮が弾かれたように彼へ両隣から視線を向ける。
しかし彼はその表現を何とも思っていないのか、それとも当然のそれと感じているのか、大した様子もなく半ば以上も吸った煙草から紫煙を燻らせているのみだ。
──
ムーアの左手を握ったままラプンツェルは勿忘草色の瞳を閉じ、一種の諦念と──微かな歓喜すら胸中に芽吹いた。
「──その
それまで押し黙っていたスノーホワイトが声を上げる。そこまで詩的な表現をせずとも良いだろうが、言わんとすることに誤りはない。ムーアは短くなった煙草を携帯灰皿へ投げ込みつつ頷いて肯定した。
「ニケが自ら未来を選択できる世界、か…」
彼が語った世界の様子を紅蓮は想像してみる。
生憎と克明に思い描けた訳ではない。想像が難しいそれであったのが原因だろう。
「…はははっ、それは真に危険な発言と思想だな」
しかし彼女は膝を叩いて笑い声を上げる。どのような未来と世界なのかは分からない。だが──少なくとも鬱屈としたそれではないだろう。
「ぼっちゃんの前にいるのが私達のような余所者じゃなく、アークのお嬢ちゃん達だったら──とっくの昔にぼっちゃんの首が飛んだかもしれないな」
くつくつと尚も止まらない笑いを漏らしながら紅蓮は傍らを見遣る。まだ喫煙が足りないようで何本目かの煙草を銜えたムーアがオイルライターの火を点ける姿がある。
「…この首に、そんな価値はないだろう」
右手で手刀を作り、軽く首を叩いて見せた彼が鼻で笑う。その姿にさえ、紅蓮は笑いを禁じ得なかった。
「──本当に…自分で選択するニケだなんて。統制を通じて安定を求めるアークのシステムとは、すご〜〜く距離のある理想的な考えですね」
「………あまりそう虐めないでくれ。俺も無理難題を言っている自覚はあるんだ」
困ったように彼が右頬を右手の指先で軽く掻く。
ラプンツェルは笑みを浮かべつつ皮肉を織り交ぜながら放つ中──眼前の青年の姿を勿忘草色の瞳へ映す。
現実主義者かと思いきや、とんだ勘違いもあったものだ。何処へ出しても恥ずかしくない──理想主義者である。
そしてこうも思う。
きっと彼は──滅び行く世界の中で、例え絶望の渦中にあったとしても最後の瞬間まで
それは果たして真っ当な人間としての生き方なのか、或いは狂人とどっこいの在り方なのかは残念ながら彼女には判別は付かない。
だが、そうだとしても──
「──でも不思議なことに…私はブラザーのその
万感の想いを込めて、彼女は彼の大きな左手を握り締める。
「だから…賛同したいと思います」
「…てっきり断られるかと思ってた」
「…もうっ…私がそこまで薄情に見えますか?…過去の思い出をただの痕跡にするのではなく、未来の鍵として残したいだけです」
酷い言い方もあったものだ。頬を少しだけ膨らませ、憤慨の様子を見せると彼は軽く肩を竦めながら煙草の紫煙を緩く吐き出すのみである。
それはそれとして、とラプンツェルは紅蓮、そしてスノーホワイトへ視線を向ける。
「紅蓮とスノーホワイトはどう思いますか?」
「──私も賛成だ。教えてあげても良いと思うがのぅ」
「…反対なのかと…」
「ぼっちゃん?そこまで私は薄情に見えるかい?」
思いの丈に応えてやろうと言うのに、酷い言い種もあったものだ。
「…こうも思う訳さ。私達がいくら隠してもいつかは知られてしまう事だろうし、時代の変化を私の手で止めたくはない」
「…そうか」
「うん、そうだとも」
紅蓮が泰然としたまま頷いた。叶うなら一杯やりながら語らいたい気分だが──生憎と彼女は酒を好むが、致命的に酔い易い。へべれけとなっては折角の語らう時間が無駄となってしまう予感を強く感じ、酒瓶へ伸ばしかけた手を懸命に止めていた。
「スノーホワイトは?」
「──二人も賛同したのに私の同意が必要か?」
ラプンツェルから水を向けられた白銀の巡礼者が怪訝な様子で逆に問い掛ける。最もアンチェインドへ関する情報提供を拒んでいたのは彼女だ。
果たして現在はどうなのか、その点はムーアも気になった。
「勿論ですよ。スノーホワイトが同意してこそ
「
寂しげに金色の聖女がかつての
その名が耳朶を打った時、控えているラピが腰を浮かしかけた。
「…おい、大丈夫か?」
不意にスノーホワイトが声を掛ける。その先には──脂汗を流しつつ右手で頭を押さえる彼の姿がある。
「ブラザー?」
「ぼっちゃん?」
「…大丈夫…大丈夫だ…疲れている…だけだろう…」
気丈にも問題ないと返す彼の声──否応なく震えていた。
荒い呼吸を何度か繰り返し、やがて落ち着いたのか深呼吸をひとつ。
気遣わしげな視線が左右から注がれると居心地が悪い。ムーアはその視線から逃れようと床に落ちた煙草を拾い上げ、唇の端へ銜えてみせる。
「…答える前にひとつ聞かせろ。──どうしてだ?」
「……何がだ?」
「どうしてそこまでするんだ?NIMPHは地上奪還とは何の関係もない。NIMPHを持っていても、記憶消去をされても、ニケ達はお前を守るだろう。──お前は
「……………」
スノーホワイトからの問い掛けに彼は返す言葉も、否定も出来なかった。それが覆しようのない事実だと理解しているからだろう。
「なのに、どうして命を賭けてまでアンチェインドを手に入れようとする?」
「………これ以上──」
──脳が破損したニケは処分するのが規則です。…軍法によりニケの処分は指揮官が行わなければなりません──
──指揮官。早くしなければイレギュラーになる可能性があります──
──…指…き…官…ここ……で…す……──
──…指揮…官…包…帯…うれし…かった…──
「──これ以上…
これは我が儘なのだろう。徹頭徹尾、どうしようもなく自身の我が儘に従い、聞き分けのない幼子が駄々を捏ねるのと同等か、それ以上の自己中心的な感情から来る一方通行の願望でしかないのだろう。
しかし彼が紡いだ白状には、
「…地上奪還には…確かに関係ないんだろう。……ここまで言ったんだ。もう取り繕わずに言わせて貰う。──俺は正直に言えば……地上奪還はどうだって良い」
彼の言葉に意外を感じたのはスノーホワイトだけではない。ラピやアニス、そしてネオンが目を丸くする。
右脚を、右眼を、そして左腕を──身体を打ち砕かれて尚も戦い続けている彼こそが、最も地上奪還へ血道を上げていると思っていただけに、その発言は奇妙の一言だ。
「…地上を奪還したとして…その先に待つのは荒廃した大地と文明の再建。そして人類の歴史がそうであったように、土地や資源、宗教、人種…その他諸々の理由で争う時代が必ずやって来る。予言しても良いぐらいだ」
1000万にまで減少した人類の人口──同じ穴の貉と相成った境遇だというのにアーク内ではいまだに争いは絶えず、ムーアは時々、人類の歴史の縮図を見せられている気分ですらある。
きっと地上奪還を果たしたとしても人類は同じことを延々と繰り返すのだろう。人類とは、そういう種族だ。
「……時々、こうも思う。人類は滅ぶべきであった、と。素直に敗北を認め、そっくりそのまま地球の支配者から自ら降りるべきだったとすら考えている」
「……本当にそう思っていますか?」
傍らのラプンツェルが問い掛ける。濃い茶色の隻眼──その虹彩に少し陰りさえ見えた。
「…そう思う自分もいる。だが…俺もその
救いようのない種族なのだろう。人類とは。
いつまでも欲望に囚われ、それを追い求め、いつの日にか叶わず滅び──それが分かっていながらも希望へ向かって愚直に手を伸ばすのが人類だ。
「…スノーホワイト。…俺が命を賭けてまで戦う理由はな。何も地上奪還や御大層な大義名分があるからじゃない。勿論、部下を守りたい。部下を、仲間を撃ちたくない、という理由は嘘ではないが……全てが後付けの理由だ。自分なりに付け加えて言っただけに過ぎない」
「──なら、お前の根本にある
「……決まってるだろう」
金眼が探るような視線を向けてくる。それを察しながらムーアは吸い切った煙草を摘み、携帯灰皿へ投げ込んだ。
「──
自分自身の弱気にも、逆境にも、敵にも──彼の根幹にある
「シンプル、だな」
「わざわざ取り繕って着飾るよりは余程、良いだろう。本性が分かる」
それは道理なのかもしれない。
スノーホワイトが頷きかけた時──ラプンツェルが声をあげる。
「…それだけ、ではないでしょうブラザー?」
「…嘘ではないぞ」
「えぇ、はい。嘘ではないと分かっています。理由のひとつだとも分かっています。だけど──あなたが、人間であるあなたが戦場で銃を握って戦う理由は
ラプンツェルが問い掛ける。その問いに彼は訳が分からず無言を貫く。
彼自身気付いていないのか、それとも隠したいのか。
「…ブラザーは…ニケという存在に嫌悪感を抱いていますよね?」
ニケを人間扱いしているムーアには、あまりにも遠い感情だろう。
アニスが思わず笑い飛ばそうとするが──問い掛けられたとうの本人は沈黙を保ったままだ。否定をしていないのである。
「……指揮官様?…嘘、だよね?」
「…………」
それすら彼は──沈黙を続けた。
第2章第5話
「…笑わせるな…何が地上奪還だ」
ムーアが吐き捨てた言葉からも彼は地上奪還にそこまで興味がないことは皆様も薄々とお察し頂いていたことでしょう。