勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
東の空が白み始めた。明け星が瞬き、朝が来る。
一晩を過ごした家屋を抜け出た一同──特に巡礼者達が手際良く仕度を済ませ、ムーアやカウンターズの彼女達へ向き直った。
「──ははっ。二人共、何をそんなに暗い顔をしている。ここで別れたら、またいつ会えるか分からないのだぞ。笑って別れようじゃないか」
紅蓮が交互に琥珀色の眼差しを向けるのは彼とラピだ。それほど
「…行くのか?」
「あぁ、行くとも。一日が終わろうとしている。
「…俺としては一日が始まると感じるんだがな」
「確かに、そうとも言うな」
返された皮肉に紅蓮はくつくつと小さく笑い声を上げ、やがてそれを引っ込めたかと思えば金色の聖女へ視線を遣る。
「ラプンツェル。君がお客さんを見送るのかい?」
「はい。私が連れて来ましたから」
「そうかい。──じゃあ、ぼっちゃん」
ラプンツェルへ頷きを返した紅蓮が彼へ向き直ると──おもむろに両腕を広げる。その仕草は何を意味しているのか、とムーアは疑問に感じ、首を傾げてしまう。
「別れの挨拶ぐらい出来ないのかい?ほら、おいで」
ハグをしろ、という意味であったらしい。
釈然とはしないが、別に拒む理由もない。頭ひとつ分は低い紅蓮が両腕を広げつつムーアへ歩み寄ったかと思えば──先んじて抱擁され、背負った背嚢と背中の隙間へ両腕が回された。
「──ん〜〜…悪くない」
「…良し悪しの基準が分からん」
「それを気にするよりも…手が留守ではないかな?」
ほら、と紅蓮が催促する。何を促しているのかは、流石のムーアでさえも察しが付いた。微かな溜め息を吐き出すと彼女の背中へ右腕を回し、軽く抱き寄せる
「…うん。悪くない」
満足気な声がムーアの胸の辺りから漏れ聞こえた。
「──ぼっちゃん。縁があったらまた会おう。その時まで無事で」
「…元気で」
「あぁ。私はいつも元気だからな。心配は無用だよ。お嬢ちゃん達もまた会おう」
──少し名残惜しいが。
後ろ髪を引かれる気分に陥った紅蓮だが、彼の背中へ回した両腕を解く。身を離すと気付いたのだろう。ムーアも右腕のみの抱擁を解いた。
上背のあるムーアを見上げた彼女の琥珀色の瞳が細められ、ポンと軽く彼の左腕を叩いたかと思えば大きな笠を被り、次いで片手に鞘へ納めた剣を掴んだ。
そのまま踵を返した後ろ姿が、やや調子外れの鼻歌と共に遠ざかる。
「──私も行く」
帰り支度を済ませた──主にムーアから譲られたいくつかの戦闘糧食を擦り切れた雑嚢へ放り込んだスノーホワイトが声を上げた。
「──スノーホワイト!次はもっと通信環境の良い所にいなさいよ!?」
「──そうですよ!見付けやすい道を通って下さいね!」
アニスとネオンはいまだにスノーホワイトと連絡が付かなかった点を根に持っているらしい。まぁ巡礼者である彼女からすれば土台無理な話なのだろうが。
「──…覚えておく」
頭の片隅には苦言を入れてはおくが、期待するな──という意味での返事だろうとムーアは察した。
それはさておき──
「スノーホワイト。今後もマリアンを宜しく頼む」
「それは心配するな。信頼を裏切りはしない。……あ……」
「…どうした?」
何かを思い出したのだろう。スノーホワイトが僅かに口を半開きとしながら、短い声を漏らした。
「…いや…実はマリアンについて相談したい事があった」
「…なんだ?」
改まって何の相談なのか。ムーアは少し身構えた。
「…彼女なんだが…世話を焼いてくれるのは…まぁ嬉しいんだが…その…」
「…はっきり言ってくれないか?」
アンチェインドへ関する情報提供を拒んでいたあの口調は何処に消えたのか。彼は左手へ突撃銃を握り直しつつ溜め息を吐き出す。
「…食後に私の口周りをハンカチで拭いて来るのをどうやったら止めさせられるだろうか?急に幼くなった気分になって居た堪れない」
「…キミが行儀良く食べれば済む話だろう」
どうせ欠食児童を彷彿とさせる勢いで鼻息も荒くしながら食事を掻き込んでいるのだろう。いつぞや食べ掛けの戦闘糧食を譲った際の光景をムーアは思い出した。
「……努力はする」
「そうしてくれ。…重ね重ねになるが、マリアンを宜しく頼んだ」
「分かった」
小さく頷きを返したスノーホワイトが彼等へ背を向け歩き始める。
しかし数歩を進んだところで歩みが止まった。
「──ムーア」
唐突に名が呼ばれる。まだ何か相談でもあるのか、と彼は考えたが──
「──絶対に死ぬな」
──振り向きもせず、ただ一言を彼へ残し、新雪の如き白銀の髪を揺らしながら彼女は再び歩き出した。紅蓮が去った方向とは別の道へ向かって。
その背中が次第に小さくなる頃、ラプンツェルが声を上げる。
「…皆も帰りましたし、私達も帰りましょうか?」
「…そうだな。済まないが、案内を頼んだ」
「はい、お任せ下さい。一番最寄りのエレベーターまでお送りしますね」
こちらへ、と金色の聖女が歩み始める。思った通り、彼女達とは別方向に。
廃村へ辿り着いた際に利用した山道を今度は下る事となるようだ。
既に足跡は夜間の内に降り積もったのだろう雪で覆い隠されてしまっている。
山道を下り、やがて針葉樹の森林へ足を踏み入れようとした時、おもむろにアニスが口を開いた。
「…本当になんの未練もなく、自分の道を行ってるのね」
数十分も経っていないが、巡礼者達と別れた際の遣り取りや彼女達の様子が思い起こされる。地上で長く過ごして来たからこそ感覚が淡白なそれとなっているのだろうか。
「…本当に不思議。こんな分隊は初めて見たわ」
「──皆、
アニスの呟きが耳朶を打ったのだろう。ラプンツェルが歩みを少しだけ緩め、肩越しに彼女を振り返りつつ微笑みを湛えたまま言葉を返す。
「…それって…1次侵攻の時?」
アニスが尋ね返すと、金色の聖女は軽く左右へ頭を振って見せる。
それを捉えるアニスの視線の先では──背嚢を背負った長身の人影が傍らに立つ自身の弟子へ指示を出して一行の先を進ませようとしている。
「いいえ。アークが出来て、もう少し時間が経った時です。離れ離れになって生きていた私達が再会した時、お互いの変わった姿を見て気付きました」
──もう前のようにひとつの目標に向かって生きていく事は出来ない、と。
溜め息を吐き出す金色の聖女が歩みを止めたかと思えば、忘草色の瞳を細め、雲行きが怪しくなりつつある空を見上げた彼女が整った形の唇を開いた。
「その時、決めたんです。互いの人生を尊重しよう。ただし、一ヶ月に一回は会って生死を確認しよう、と。──そう約束しました」
本当にあっさりとしている。それがアニスの抱いた感想だ。
逆に格好良いとも言えるが、別の言い方をすれば変わっているとも言えるだろう。
ふと彼女は傍らに立つラピへ横目を向ける。違和感があった。
普段であれば分隊の先頭へ立つ頼りになるリーダーが現在は紅い瞳を伏せながらなにやら物思いに耽っているのだ。
「──ラピ?あなたはどう思う?」
心ここにあらず、と言った様子の彼女へ語り掛けるもラピは反応を見せない。
アニスが片腕を伸ばし、細い肩を叩いてみれば身体を少しだけ跳ねさせた後、紅い瞳が傍らに立つ同輩へ向けられる。
「──あ、ごめん。なに?」
「…いや、ラプンツェル達のこと。別々に動いてるから珍しいな、って」
「──そうよね…珍しいわよね」
歯切れが悪いどころか、話を半ば以上聞いていなかった様子が伺える。これは普段のラピを知っているのもあるが、明らかな
「ラピ。何か悩みでもあるの?さっきから──」
様子がおかしい、とアニスが告げようとした刹那──前方から鋭い金属音が響き渡る。突撃銃の槓桿を引いた音であると、やや遅れてアニスが察した直後、聞き慣れた声が彼女達へ警告を放って来た。
「──ラピ、アニス!後ろにいないでこっちに来て下さい!ラプチャーで──師匠はナチュラルに戦おうとしないで下さい!」
「──俺のことは気にするな。戦える。それにもう治った」
「──治る訳ないじゃないですか!!」
まだ右脚を少し引き摺っているのではないか。ネオンがムーアへ下がるよう促す。とはいえ、それを聞き届ける程に彼も容易い性格の持ち主ではない。
針葉樹の森林の中で赤い単眼がひとつふたつ──計6機のラプチャーが蠢いている。
それを認めた直後、ラピとアニスは駆け出した。
ネオンが散弾銃を、ムーアが突撃銃をいち早く発砲し、敵機との交戦を始める中にラピとアニスも加わる。
四重奏が奏でられる戦場の旋律が響き渡り、その物々しく騒々しい楽曲を聴き届ける唯一の観客となったラプンツェルは勿忘草色の瞳を細め──彼の傍らを駆け抜け、突撃銃を発砲しつつ前進して掃討を開始したラピの後ろ姿を見詰めていた。
「──残敵は?」
大口径の銃弾や大粒の散弾が飛び交い、擲弾が炸裂したからだろう。針葉樹の幹が砕け、樹木が地面へ横倒しとなる中、一発の銃声が響き渡る。
太い松の幹が大きく裂け、自重で折れたそれの下敷きとなって藻掻いていた敵機へとどめの一発を彼が撃ち込んで撃破を果たす。
「周囲に反応はないようです。状況終了」
「了解。皆、良くやってくれた」
張り詰めた緊張を解いた彼が、少ししんどそうな様子を見せて横倒しとなる木々のひとつへ腰掛けた。
まだ本調子ではないのは明らかな様子だが、それでも弾倉を抜いて残弾を確認するのは流石だろう。
「──お疲れ様でした皆さん。ブラザーは大丈夫ですか?」
「…大丈夫だ。問題ない」
戦闘を終えて間もなくラプンツェルが歩み寄り、一同を見渡しながら声を掛ける。
身体の調子を問い掛ける彼女へムーアは軽く肩を竦めて見せ、腰を上げようとするが──それをラピが押し止める。
「もう少し休んでから出発しましょう」
「…俺は問題ないぞ」
少しだけ早い小休止を彼女は具申する。とはいえ、それだけで納得する彼ではないとラピは知っている。横倒しとなった針葉樹の幹へ腰掛けたムーアの眼前へしゃがみ込み、僅かに見上げながら軽く彼の右手を握った。
「はい。分かっています。ですが…休みましょう。15分だけ」
同時に本心からの懇願を瞳へ湛え、ムーアを見上げる。
不承不承ながら──彼は頷いた。
承諾を認めたラピが腰を上げ、右手を離すと自由になったそれでボディアーマーのポーチを漁り、ソフトパックの煙草を取り出すと銜えた一本の煙草へオイルライターの火を点けた。
冷たく澄んだ空気だが、発砲の残滓である硝煙と撃破され、焦げた敵機が放つ金属の焼ける臭いが混ざる。その中へ紫煙の香りが存在感を放つように入り混じった。
「──それにしても…ラピは本当に私の友達に似ていますね。雰囲気や性格は違うのに…戦い方は瓜二つです」
思い思いの格好で彼女達が休憩を取り始める。紫煙を燻らせるムーアの両隣へアニスとネオンが腰掛けた時、おもむろにラプンツェルがラピへ眼差しを向ける。
勿忘草色の瞳が、誰かと自身を重ね合わせながら見詰めていると感じたのだろう。ラピも紅い瞳を金色の聖女へ向け、整った形の唇を開く。
「…それって…
「あら?どうして分かったんですか?レッドフードを知っているんですか?」
──痛い。
煩わしい痛みが頭蓋の内で走り抜ける。最近は頻繁だ。そろそろ慣れても良かろうに定期便の如く頭痛を頻発させる煩わしさは慣れようとしても慣れるものではない。
紫煙をなんとか平静を保ちつつ燻らせるのが精一杯のムーアの様子は──幸いにも誰にも気付かれぬことはなかった。
「やっぱり聞き間違いじゃなかったのね。──レッドフード、1次侵攻のニケ、そして
先駆者や開拓者の意を持つ名前。なんとも相応しいとも言えるが──ラピの問いへラプンツェルは緩々と頭を左右に振って否定を示す。
「いいえ。これは地上で二人に再会した時に貰った名前です。元の分隊名は──」
「──《
ラプンツェルより先んじてラピが口にした分隊名。
それが耳朶を擽ったアニスとネオンは驚愕を露わにしつつ腰を浮かし掛けた。
一方の彼女達へ挟まれる形で腰掛けているムーアは──
「──ッ…!」
途端に襲った耐え難い頭痛で額から脂汗を流し、一瞬だけ掠れた声を漏らした瞬間、唇へ銜えていた愛煙の
投票でモダニア──もといマリアンが一位となりましたね。主力としてメンバーにしている指揮官の一人ですので嬉しいことこの上ないです(……で、なんでラピがあの順位なのかなって
それはそれとして、やっぱり拙作の今章を読み返しても紅蓮とラプンツェルのムーアへ対する距離感がバグってました。なんだあの距離感は。
あ、おそらく次話で今章は締めとなります。