勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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今回の話で第11章は終わりとなります(長かった…


第11話

 

 

 

 

 

 ──人類の文明継続の為に地上へ残り、最後まで戦い続けるゴッデスに感謝を

 

 

 

 装置へ入力と登録がされた無機質な声音の自動音声が全周波数帯へ乗って響き渡る。

 

 ()()の意味は果たしていつ頃に変化したのか。感情が込められていない機械へ入力した音声を垂れ流すことが感謝とは片腹痛いにも程がある。

 

「──感謝…お嬢ちゃん達だけですかい」

 

「──俺達のことは端っから勘定に入れてないみたいですね」

 

 擦り切れた戦闘服を纏い、無精髭を生やした数十名に及ぶ兵士達が鼻を鳴らし、誰かが持ち込んだ携帯ラジオから響く自動音声へ皮肉を口にする。

 

「──そう言うな。本作戦の主力は()()()なのは間違いない。使い捨ての盾になるのは何も俺達だけじゃないだろう。所詮、同じ穴の貉だ」

 

 中央政府という統一機構が発足して久しい。かつての世界各国の軍隊は結果を見れば惨敗し、辛うじて生き残った──或いは雑多な小火器を握り、雑多な軍服を纏った敗残兵の群れのいくつかもこの()()には投入されている。

 

 その目的は時間稼ぎ、そして主力である彼女達の盾となることだ。

 

「──それに、俺達は()()()()()()

 

「あぁ、そういやそうでしたね。員数外の()()()だった」

 

「すっかり忘れてましたよ。そりゃハブられる訳だ」

 

「違ぇねぇ」

 

 袖へ貼り付けられた揃いのワッペンの刺繍も糸がほつれてしまい、辛うじてMEFのアルファベットが判読できる程度だ。

 

 様々な民族、人種、年齢で構成された士気が瓦解寸前である敗残兵達の各部隊。規模の差こそあれ、雑多な編制が目立つ中で唯一、纏まっているのは口汚い口調を隠そうともしない者達だろう。

 

「…しかしまぁ…何年も()()()()と戦って来たってのに…中隊(俺等)の死に場所がこんなのとは…」

 

「──夢にも思わなかったか?」

 

「いいや、小隊長(ディック)。何処でくたばろうと笑顔で死ねる自信はあったがな…なんつーか()()()()があるのか分からねぇよ」

 

「──馬鹿を言うな3等軍曹(サージャント)()()()()はあるだろう」

 

 少尉の階級章──()()()()にしては精悍な顔立ちを持つ青年が顎をしゃくり、崩れ落ちたビルの瓦礫の付近で待機している妙齢や少女の外見をした整った顔立ちばかりの綺麗所達を指し示す。

 

「──女の為に死ねる。男としてこれ以上の()()()()は生憎と思い付かない」

 

「…はっ…違ぇねぇや」

 

 階級こそ異なるが、二人は相当に気安い関係らしい。

 

 互いに示し合わせたかの如く煙草を銜えると、それぞれがオイルライターの火を点けた。

 

 紫煙を互いに燻らせ、僅か数分の喫煙を共にする。

 

 ──もう今生で会うことはない。

 

 それを察しているからだろう。少尉と3等軍曹は暫しの間、互いの愛煙の銘柄を燻らせる以外の行動を取らず、一言も口を利かなかった。

 

 やがて少尉が先に煙草を吸い終えた。携帯灰皿を──この期に及んでもまだ喫煙者のマナーを守る姿を見せるのは愛煙家の鑑だろう。取り出した携帯灰皿へ吸い殻を投げ込んだ青年が深い溜め息を吐き出す。

 

「……そろそろ征く」

 

「…了解」

 

 綺麗所達へ向かって歩き出した少尉は首と右脇下へ通したスリングベルトに突撃銃をぶら下げている。

 

 その後ろ姿を見送ろうとした3等軍曹だが──おもむろに声を掛ける。

 

「──小隊長」

 

 仲間内でしか通用しない呼び名や愛称、ではなく珍しく役職で呼ばれた青年がその場で立ち止まり、肩越しに振り返った。

 

「…どうした?」

 

 改めて言うことでもないだろうが──と3等軍曹は紫煙を吐き出し、中途半端にしか吸えなかった上に、湿気って不味くて仕方ない最後の煙草をアスファルトの地面へ投げ捨て、ブーツで踏み潰すと青年へ向き直る。

 

「──兄弟と共に戦えたことを誇りに思う。立派に死のう」

 

 尖兵として戦い続け、少なくはない犠牲を出しながら迎えた結末がこれか──それは受け入れ難くもあるが、受け入れざるを得ない。自分達の()()を誰よりも知っているのは彼等自身だ。

 

 ここを死に場所と決めた以上、彼等はここで死ぬ。

 

 決して半歩も退きはしない。

 

 一人残らず。

 

 最後の一兵まで。

 

 刀折れ矢尽きるまで。

 

「あぁ。GODDESS(女神達)の為に。同じ日に死ねることは俺の誇りだ。俺達らしく戦って死のう。──さらばだ、戦友(兄弟)

 

 頷きを返した少尉へ3等軍曹の青年が精悍な笑みを浮かべて踵を返す。それを認め、少尉も前へ進み始める。

 

「──小隊長(ディック)!ブリキ共に吠え面かかせてやれ!」

 

「──そっちも遠慮なくぶちのめしてやれ!」

 

 湿っぽい別れは本意ではない。だからこそ背を向け合いながら狼が咆哮を上げるが如くに吠え合う。

 

 互いに遠ざかる後ろ姿──二人が相見えることは、やはり二度となかった。

 

 ふと少尉は立ち止まり、頭上を仰ぎ見る。

 

 死ぬに相応しい日和──とはいえない曇天は少しばかり残念だが、これはこれで悪くはない。

 

 そう思える程度には、この世界は美しく感じられる。それを感じられる程には自身に人間としての感性がまだ残っていると気付けたからか、少尉は無性に安堵した。

 

 仮初めとはいえ、未来も、安寧も、自由も、全てを投げ渡し、或いは託した。

 

 後は()()に乗り込んだ者達に任せるとしよう。

 

 そう考えると幾分か気張っていた肩が軽くなった気分でもある。

 

 指揮官、と綺麗所が口々に少尉へ呼び掛ける。

 

「──そっちに行く」

 

 クソみたいな人生とクソッタレな戦争だったが──この場にいて、そして戦って死ぬことが不思議と彼には無上の幸福にも思えた。

 

 だが不安や心残りがないと言えば嘘になる。

 

「…俺は何かを遺せたんだろうか」

 

 小さな溜め息をひとつ吐き出す。

 

 遠い未来──人類が共食いの果てに種族としての滅亡を迎えていないとすれば、自身や戦友達、なにより()()()はどう語り継がれているのか。

 

 人類の為に死ぬ甲斐はあるのか。

 

 不安が芽吹いては踏み出そうとする足を重くする。

 

 しかし──これは()()だ。

 

 軍人として、一個の()()として、或いは男として、他者が決して侵すことは出来ない占有の領土たる心中へ折れぬ旗を突き立てたが如くに己へ誓った意地である。

 

 その意地さえあれば、笑って死ねる。

 

 この犠牲の戦野に骸を無様に晒し、何の成果を挙げられずとも構わない。

 

 何処からか最後の弾薬、最後の燃料を積み終えた戦車(MBT)歩兵戦闘車(IFV)がエンジンの咆哮を上げる轟きが大気を震わせる。

 

 間もなく時間だ。

 

 ──さぁ、逝こう。

 

「──徒花を咲かせてやる。人間()をナメるな」

 

 最後の作戦、最後の任務へ、自身へ課せられた役目を全うせんと一人の男が一歩を間違いなく踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──GODDESS…?」

 

「ゴッデスも知らないの!?こんな常識中の常識も知らないなんて…一体、士官学校は何を教えているのよ!」

 

 戦闘の余波を食らい、雪が敷き詰められた地面へ折れて倒れた樹木へ腰掛けるムーアが喉の奥から絞り出した一言。激しくなる頭痛へ耐えるように額へ片手を宛てがって俯いていたのが幸いした。

 

 彼の一般常識の無さを咎めるアニスも異常には気付いていない様子で、単純にムーアが物を知らないだけだろうと結論付けている。

 

 愛煙の銘柄もGODDESSだが、それではないのか、とムーアは皮肉を返す余裕もない。

 

「──本当に知らないんですか師匠!?人類が作り出した最初のニケであり、最初のニケ分隊です!」

 

 傍らで弟子が物知らずのムーアを案じて説明する中、彼は雪上へ落ちてしまったGODDESS(煙草)を拾い上げる。少し湿気ったが幸いにも火は消えていなかった。

 

「──1次侵攻当時、ラプチャーとの戦闘で初めて勝利をもたらした者達であり、アークの防御壁が出来るまでラプチャーの侵入を防いだ最後の防衛線!最強の戦闘力!最強の火力!それこそ人類史にいつまでも残るヒーローです!」

 

 

 ──いや、まぁ概ねは合ってるんだが…

 

 

 興奮気味に語るネオンの声が耳朶を震わせる一方で、彼の脳裏には()()()()の声が苦笑気味に反響した。

 

「…ん?あれ?でも、アークが出来た時、防御壁を守る戦闘で皆、帰らぬ人となったと聞いたんですけど…違ったんですね?」

 

 知識として持ち合わせている情報と乖離がある。その証拠として金色の聖女が眼前に存在感を放っていると気付いたネオンが首を傾げたが──何かへ思い至ったのか、笑顔を浮かべて言い放つ。

 

「やっぱり火力は死なないんですね!」

 

 彼女の姿と言葉にラプンツェルは苦笑を禁じ得ないが──そう悪い気分でもないのが正直なところだ。若干の情報の齟齬は致し方ない。あの状況であれば特に。

 

「私達ってそんなに素敵な呼び方をされていたんですか?」

 

「──いやいや!今はそんな事はどうでもいいでしょ!」

 

 このズレた返答は長年に渡って地上を放浪していた影響なのか、とアニスは考えつつ──同時に近しい人物を思い出す。何を隠そうムーアだ。湿気った煙草を不味そうに燻らせる彼も時折、妙な言葉を返す機会が見受けられる。既視感を抱いたのはその為だろう。

 

 それはそれとして──

 

「ゴッデスの指揮官なら物凄い有名人よ!アークで探してみたら良いんじゃない?」

 

「ふふっ…やっぱり指揮官が有名なのは相変わらずですね」

 

「だからそんなこと言ってる場合じゃなくて──いや、私達が探してあげる」

 

 穏やかな笑みを浮かべるラプンツェルに反し、倒木となった針葉樹の幹へ腰掛ける彼は眉間へ深い縦皺を刻み付けながら紫煙を燻らせている。

 

 光明が差したというのに何をしているのか。アニスは視界の端に映るムーアの姿へ少しばかりの憤りも覚えるが、それは後回しだ。

 

「…せめて…どんな人生を送っていたのかとか……その…お墓の場所ぐらいは知っておくべきでしょ?」

 

 病的なまでに神経質なアニスだが、気遣いも人一倍持ち合わせている。それを発揮する相手は限定されるようだが。

 

 ラプンツェルや──ひいては巡礼者達のことを想い、かつての指揮官の消息や墓所の情報を調べようと気遣うアニスへ対し、金色の聖女は穏やかな笑みを浮かべたまま緩々と左右へ頭を振った。

 

「──いいえ、アニス。済みませんが…調べるのは止めて下さい」

 

 気遣いだとは彼女も察してはいる。それを断るのは少しばかり良心が痛む。だが、それだけはしないで欲しいとラプンツェルは言い聞かせた。アニスだけではなく、自分自身へ対しても。

 

「──あの方の消息を知ったら…きっと…会いたくて、会いたくてたまらなくなりますから…」

 

 せめてもう一度だけ、と過去を思い出す度に想いは募った。

 

 同時に胸の奥深くに走る痛みを抱えながら金色の聖女は今日へ至るまで地上を彷徨い、そして自身へ課した役目を果たして来たのだ。

 

「──きっと…アークに行きたくなってしまいます。…でも、()()行きたくないんです。私はまだ何も成し遂げていませんから…」

 

 交わした約束を果たしていないから──それも理由のひとつだ。

 

 だが最も根幹にあるのは恐怖だろう。

 

 指揮官の死を否応なく突き付けられる。もうこの世に()は存在しない。その覆しようのない残酷な現実を直視しなければならない──という可能性は無視できない程に高いのだ。

 

 それが──たまらなく恐い。

 

「それってまさか…まだ人類に地上を取り戻してあげてないからとか…そういう理由じゃないでしょうね?」

 

「…えぇ。それも()()()()()()になるかもしれませんね。それだけではありませんが…」

 

「何をバカな…!まさか、地上を奪われたのは自分達のせいとか思ってるの!?」

 

 勘違いも甚だしいと言わんばかりにアニスが立ち上がる。こうして他人の為に怒れるのは彼女の美徳なのだろう。好ましく感じられる姿を眩しく双眸へ捉えるラプンツェルは苦笑混じりに左右へ頭を振る。

 

「全人類に申し訳ない──とか、大それたことを考えている訳ではありません。…ただ…他の誰でもなく私達が──」

 

 勿忘草色の瞳を彼女は一度だけ閉じる。瞼の内側に()()()の姿が浮かんでは消え──そして、開いた瞳が向かう先に()と不思議な程に似ている青年の姿を捉えた。

 

「──あの戦争で一緒に泣いて笑って…戦っていた私達が()()したことがあります。その約束が守れなかったから、その罪滅ぼしの為にやらなければならない事があるんです」

 

 金色の聖女が紡いだ独白は──彼女達や彼へ言い聞かせるだけでなく、改めて自身へ告げる響きにも似ていた。

 

「…だから…まだアークへ行きたくないんです」

 

「…あなた達って本当にややこしいわね」

 

 率直な感想がアニスから漏れる。ラプンツェルは思わず何度目かの苦笑いを表情へ浮かべてしまう。第三者から見れば、やはりその通りなのだろう。

 

「ふふっ。それが私達の魅力ですよ?」

 

 言葉は言いようだ。

 

 一頻り苦笑を漏らした金色の聖女はやがてそれを引っ込めると──深々と溜め息を吐き出し、双眸へ青年の姿を映した。

 

 良く似ている。

 

 煙草の吸い方も、雰囲気も、話し方も、容姿も。

 

 しかし()ではない。()であって良い筈がないのだ。

 

 彼にとって自身の指揮官は亡霊でしかないのだろう。そのような存在の幻影を重ね合わせているのは失礼極まりない。どうか許して欲しい、と金色の聖女は心中で謝罪を述べる。

 

「…でも…嬉しいです」

 

 独りごちる金色の聖女が頭上を見上げ、小さな溜め息を吐き出した。

 

「ゴッデスという名前も指揮官も忘れられることなく覚えられていたんですね」

 

 惜しむらくは、()()の存在が語られていない点だろうか。

 

 何処までも人間臭くて、優しくて、勇敢な()()()

 

 だがそれで構わないのかもしれないと金色の聖女は思う。

 

 きっと彼等は英雄視されることなど望まないだろう。もしそうなったとしたら、複雑な表情のまま反応に困る様子を見せるだろう。

 

 在りし日の彼等──()()を構成した者達の姿が浮かんでは消えた。

 

「…良かった…本当に良かったです」

 

 もう一度だけ、ラプンツェルは勿忘草色の瞳の中へ()の姿を捉える。

 

 ──嗚呼…良く似ている。

 

 だが、きっと違うのだ。彼ではない筈だ。

 

 だからこそ──少しばかり残念とも思うが、それ以上に安心してしまう。

 

 視界が歪む。鼻の奥がツンと痛くなった。

 

「──私、そのことを知れただけで充分嬉しいです」

 

 嗚咽が我知らず漏れ出た。

 

 もし、そうだったとしたら──あまりにも残酷すぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 歩き続けること半日はとうに過ぎた。

 

 ラプンツェルが言う最寄りのエレベーターとやらは存外にも近くにあったらしい。

 

 とはいえ、最後に使われたのは何年前なのか。

 

「──この先を真っ直ぐ行くと、アークに繋がるエレベーターに乗れます」

 

 指で指し示された方角を見詰めたラピはラプンツェルへ向き直ると頭を下げて感謝を口にする。

 

「ここまで案内してくれて助かりました」

 

「どういたしまして。私も久しぶりに楽しい旅が出来ました。──ですよね、ブラザー?」

 

 ラプンツェルは向けられた感謝を受け止めると、続けて分隊の指揮を執る青年へ眼差しを送る。

 

 しかし彼は反応を見せず、眉間へ深い縦皺を幾筋も刻んだまま考え込んでいる様子だ。

 

 もう少しで()()へ帰れる道があるというのに浮かない表情である。

 

「…ブラザー。アークへ帰るのが心配ですか?」

 

「……素直に言えば……少しだけ」

 

「スノーホワイトに言われた話が気になるんですか?」

 

 

 

 

 ──その方法を知った瞬間から、お前達の敵はラプチャーだけではなくなる。

 

 ──夢のような理想論だからな。人類がどう受け止め、またニケがどう受け止めるかによって世界はお前が考えているモノとは違う方向に激しく揺れるかもしれない。

 

 ──お前達の敵も、お前達の呼び名も違って来るだろう。

 

 ──そんな大きな波を引き起こす力を手に入れるのだということを絶対に忘れるな。

 

 

 

 

 違う、と言えば嘘になる。

 

 アークへ近付く度にムーアの脳内ではスノーホワイトが語った警告が何度も反響した。

 

「──選択が間違っていないか怖いですか?」

 

 マリアンの一件が脳裏をよぎる。そしてその顛末も。

 

 自身のことはどうでも良い。しかし問題は──

 

「──ブラザー」

 

 ふと気付けば彼の眼前に金色の聖女の姿がある。

 

 彼女は両手を伸ばすと、ムーアの頬を包み込み、互いの眼差しが向き合うよう彼の視線を誘導しながら問い掛ける。

 

「──ブラザーは()()()()地上へ上がって来たんですか?負けるのが嫌、というのは知っています。ですがそれはブラザーの根幹にあるモノで、()()()()ではない筈ですよね」

 

「…何故そんなことを急に?」

 

 このような時に何を問うているのか。頬を包み込む聖女の手を振り払うのは簡単であろう。しかし彼の()()がそれを拒んでいるのは否定出来ない。

 

 勿忘草色の瞳が濃い茶色を湛えた隻眼を見上げながら尋ねた。

 

「──この混乱した時期に、この混乱した地上へ来て、それほどに傷付いて尚も、()()()()()()()()()()()()()?」

 

 問われたそれへ対して彼は答えるのに数瞬の間を必要とした。口にする答えをムーアなりに整理したかったのかもしれない。

 

「──部下達が、いや…仲間達が一個の()()として生きられるように…」

 

 それが乾燥気味の唇から紡がれた途端、金色の聖女が微笑を浮かべる。

 

「ふふ…えぇ、そうですよね。本当に素晴らしい目標です。本当に素晴らしい道標です」

 

 やがて微笑を治めたラプンツェルは頬を挟む手へ少しだけ力を入れ──彼を抱き寄せる。

 

 自然と上体が折れたムーアと彼女の額が接触し、互いの息遣いを感じ取れる程の近さとなった。

 

「──人生という長い道程の中で、世の中は残酷な現実でブラザーを傷付け、挫折させようとするでしょう。ブラザーとは違う道を歩む人が、その道は間違っている、とブラザーを罵るかもしれないし、自分の道こそが正しいと、こちらに来い、と誘惑するかもしれません」

 

 勿忘草色の瞳が間近に映る。人工物質で作られた瞳──だと言うのに、その虹彩の輝きは美しいとしか言いようがない。

 

 瞳の中に映り込む自身の表情を覗き見た彼は──酷いツラをしている、と何気なく感じてしまった。

 

「──でも旅に正解なんてありません。だからブラザーの心の中にあるその()()さえ見失わなければ、いつ、何処にいても、どんな選択をしても──その道こそがブラザーにとって()()()()の筈です。だから不安に思うことはありません」

 

 まるでラプンツェルは、これまでもそうして来ただろう?、と言わんばかりに彼の背を押す。

 

 とどのつまりは自身の我が儘に他ならない。だが、それこそが自身の命を賭けるに足る()だと信じて此処までやって来た。来てしまったのだ。

 

 悔いはある。むしろ悔いばかりだ。

 

 あの時、ああしていれば──と考えない夜がなかったと言えば嘘になる。

 

 しかしいくら考えたところで──結局は同じ道を選んでいたのだろう、と自覚を新たにしてきた。

 

 時は戻らない。未来も分からない。であれば、現在の状況と限られた情報から導き出した自身が後々まで恥じない選択をするしかないのだ。

 

 悔いはあっても構わない。

 

 だが──自身が恥じることは出来ない。彼はそういう人間だ。

 

「…私はブラザーのその道標が結構好きですから」

 

「…ラプンツェルは見付けたのか?キミだけが歩める道を、道標を?」

 

「──はい、ずっと前に」

 

 額同士を合わせながら金色の聖女が頷く。柔らかい金糸の細い髪の筋が心地良く感じられた。

 

()()()()()()と一緒に戦っていたあの時に見付けたその道標に従って、一生懸命に歩んでいます」

 

「……それは筋金入りだな。俺には出来そうにない」

 

 心が折れそうだ──などと皮肉と自嘲を混じえて彼が返すとラプンツェルは苦笑を漏らした。

 

「……ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 礼が口にされる。それをしっかりと受け入れた彼女は頬を挟んでいた両手をムーアの首へ回し、軽く抱き寄せる。

 

 不思議と()()は起こらなかった。ただ心が満たされた。

 

「──さぁ、では本当にお別れの時間です」

 

 名残惜しく、後ろ髪を引かれる思いばかりが募る。これ以上、そのような感情が募る前に──ラプンツェルは彼へ回した両腕を自ら解いた。

 

 本音を言えば──例え、()()と感じていても、彼と一緒に歩みたい。別れたくなどない。

 

「──久しぶりに賑やかな旅が出来て楽しかったです」

 

 まるであの頃に戻ったかのようだった。

 

 リリスがいて、その横にスノーホワイトがいて、紅蓮が、レッドフードが、ドロシーが、そして──()や仲間達がいた。

 

 賑やかだった。あの人類存亡を賭けた戦争の最中とは思えない程に。

 

 今でも鮮明に思い出せる。いくら時が経とうと、あの頃の記憶だけは守り続けている彼女だからこその特権だ。

 

 過去に縋っている、と罵られればそれまでだが、しかしそれの何処が悪いのだろうか。

 

 歩んだ足跡が記憶だとすれば、立ち止まって振り返り、歩んで来た道程の原点へ立ち返ろうとすることは──きっと誰にでもあるだろう。

 

 だからこれは、これからも続くだろう長い道程の中での僅かな休憩時間。

 

「──皆さんの人生も今回のように楽しい旅になりますように祈っていますね」

 

 では、と聖女は深々と一礼すると彼や彼女達へ背を向ける。

 

 踵を返した金色の聖女の姿は白銀の世界だからこそ良く目立つ。

 

 しかし確実に遠ざかる後ろ姿──それを見送る最中、彼は煙草を取り出すと一本を銜えた。

 

「──行ったね」

 

「──行ってしまいましたね」

 

 後ろ姿を見送るアニスとネオンが溜め息混じりに呟く。

 

 悠々とした足取りを崩さぬまま立ち去った彼女を見送ったラピは──煙草を銜えたまま火を点ける様子がないムーアを気遣わしげに見上げる。

 

「…指揮官、大丈夫ですか?」

 

「……俺は大丈夫だが……キミ達こそ大丈夫か?」

 

「……はい?」

 

 問い返されるとラピは思わず紅い瞳を細めてしまう。コンディションやボディの調子を尋ねられたのか、と考えるも──それにしては思い詰めた口調だった。

 

「…これから…選んだ道の先で多くの人間を敵に回すだろう。テロリストとどっこいの存在になるかもしれない。…今の内に異動したいと言うなら拒否はしない。素直に申告して欲しい」

 

 上背のあるムーアがラピへ、続けてアニスとネオンへ濃い茶色の隻眼を向けて申告を促す。

 

 むしろその方が良い、と勧めているかのような口調である。

 

 一瞬、呆けた様子を見せた彼女達だが──その沈黙を破り、吹き出したアニスが腹を抱えて笑い始めた。

 

「──ははっ!今更、何言ってるの?もう遅いわよ。ずっと前から同じ船に乗っているんだから。何回も死にかけたのに今更?」

 

「──ホントにその通りです」

 

 バシンとアニスが振り翳した手の平でムーアの右腕を叩いた。関節が外れ、そして嵌め直した右腕だが、痛みはとっくに引いている。とはいえ、痛いものは痛いのだ。随分と気兼ねなく叩いて来たらしく、彼の眉間へ皺が寄った。

 

 その最中、憤慨した様子でネオンが唇を尖らせながらアニスへ同調する。

 

「──そんなこと聞くくらいなら、私が分隊に入る前に、逃げろ、って言って下さいよ!」

 

「はぁ?あなた、分隊(ウチ)に配属された時、社長の命令でスパイしに来てたでしょう?」

 

 ついでに言えば臨海都市の発電所の調査を仰せ付かった任務当日の話だ。そもそも当時、ネオンの存在は出会う以前のムーアは預かり知らぬ。とんだ言い掛かりだ、と彼は微かに苦笑を浮かべた。

 

「──指揮官」

 

 ラピが彼へ歩み寄ると、生身の右手へ両手を伸ばして包み込んだ。そのまま紅い瞳で頭ひとつ分は高い位置にあるムーアの濃い茶色の隻眼を見詰める。

 

「私達のことは心配しないで下さい。もう言ったじゃありませんか。()()()()()()、と」

 

 

 

 

 ──指揮官認識コード、アクセス。

 

 ──分隊04-Fの指揮権、変更完了。

 

 

 

 玲瓏な声が──現在と比べるとやや堅い印象は拭えないが、鮮明な響きで思い出される。

 

「──あの時から一緒にいる覚悟は出来ていました」

 

「…マリアンにキレられてたな」

 

 同時に要らぬ記憶まで掘り起こしたムーアが薄く思い出し笑いを漏らす。それが聴覚センサーを擽ったラピは咄嗟に紅い瞳を逸らした。

 

「…あの時、ちゃんと謝りましたよ…」

 

「あぁ、そうだな。しっかり覚えてるよ」

 

 火が点いていない煙草を銜えながら頷きを返す彼を再び彼女は見上げる。隻眼を細め、懐かしげな様子がムーアの顔に浮かんでいた。

 

「ははっ、そうよね!──作戦中に死亡した指揮官の代わりに来たという新人の指揮官──何を考えているのやら、だったっけ?」

 

「──全くだ

 

「──アニス…!指揮官まで…!」

 

 まさか一言一句まで──長い付き合いになった亜麻色の髪を持つアニスに至っては声色を真似してまでの再現だ。

 

 それに同調したムーアが頷きと共に()()()と同じ言葉を返せば、ラピは堪らずに二人を制しようとするが後の祭りである。

 

「──ラピ…師匠にそんなことを言ったんですか…!?」

 

「あぁ、言われた。直球でな。陰口を叩くなら、もう少し小さな声で言えば良かっただろうに堂々としていて清々しかったぞ」

 

「指揮官…!」

 

 墓穴を掘ったのだろうか。思わず羞恥でラピの頬が赤くなる中、分隊の様子を眺めるアニスが腹を抱えて一頻り笑い声を上げる。

 

「まぁ、ラピの気持ちも分からないでもないわ。でも──あの時は本当に新米の指揮官とここまで一緒にいる事になるとは思わなかったのに…いつの間にかこんなに沢山の経験をして……」

 

「…何度も死にかけて、か?」

 

 分かっているではないか。アニスが笑みを浮かべたまま、分隊でも一等賞が取れるだろう死に損なった回数はダントツのムーアへ頷いてみせる。

 

 頬へ差した赤みが取れたラピは小さな咳払いを漏らす。

 

 

 

 ──願うところに向かってお進み下さい。私は見届けたいのです。あなたが歩む足取りがこの世界にどんな変化を齎すのかを。

 

 ──その変化の中心であなたの気持ちが変わらないのなら、今のように全てを自分の観点で見詰めて判断する思考が変わらないのなら──私とアニス、ネオンは最後まであなたをお守りします。

 

 

 

 

 ()()()、指揮官室で彼へ語った言葉が蘇ったラピは纏う合皮の上着のポケットを漁る。

 

 やがて細い手で掴み取ったターボライターを取り出し、彼の眼前へそれを翳した。

 

「──指揮官、御命令下さい。何処までも一緒に行きます」

 

「………ありがとう」

 

 翳されたターボライターを握るラピの片手が大きな右手で包み隠される。

 

 風除けが作られたのを認め、彼女がボタンを押せば青い小さな火が噴き出した。

 

 それで先端を炙り、やがて紫煙が燻るとムーアは──久しぶりに思える程、煙草が美味い、と感じた。

 

「──アークへ帰ろう」

 

「──はい」

 

「──OK!」

 

「──はい!」

 

 三者三様の返事が放たれる。いずれも頷きを以て返された。

 

 エレベーターに向かって歩き始める彼女達の後ろへ続く最中──彼は一度だけ立ち止まり、ここまで歩んで来た道程を肩越しに振り返る。

 

 

 

 ──絶対に死ぬな。

 

 

 

「──I'm gonna die someday. (俺はいつか死ぬ)

 

 スノーホワイトへ返せなかった言葉を今更ながら紡いだ。

 

 

 

 

 ──皆さんの人生も今回のように楽しい旅になりますように祈っていますね。

 

 

 

「──So don't need to pray for me.(だから俺への祈りは要らない)

 

 そして続けられたラプンツェルへ返すべきだった言葉が放たれる。

 

 間もなく吹雪が来る。空模様が怪しくなってきた。

 

 早めにエレベーターへ到達しようと彼は前進を続ける部下達の後ろ姿へ視線を移し、やがて一歩を踏み出した。

 

 




まだアークガーディアン作戦の全容も分かっていないのに大丈夫か…?(今更?

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