勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
地上のあらゆる人間に遅かれ早かれ死は訪れる。
ならば先祖の遺灰の為、神々の神殿の為、恐ろしく優勢な敵に立ち向かう以上の死に方はあるだろうか。
かつて私をあやしてくれた優しき母の為、我が子を抱いて乳をやる妻の為、永遠の炎を燃やす清き乙女達の為、恥ずべき悪党セクストゥスから皆を守る。これ以上の死に方があるだろうか。
執政官殿、なるべく早く橋を落としてくれ。
私は二人の仲間と共に此処で敵を食い止める。
路にひしめく一千の敵はこの三人によって食い止められるであろう。
さあ、私の横に立ち、橋を守るのは誰か。
トーマス・ バビントン・マコーリー【Horatius at the Bridge】より
ハーフアニバーサリー記念【記憶の断片】
「──何を読んでいらっしゃるのですか?」
第二波、第三波──波状攻撃を繰り返す敵の攻勢を辛くも防ぎ切った。
通信状況は最悪の一言であるというのに、人間で編成された各部隊が壊滅する寸前に発せられる最後の通信のみは明瞭かつ鮮明に聞こえるのは最早、質の悪い神とやらの所業そのものだろう。
夜の帳が降り立った人類最後の砦──アークを防衛する為に構築された拠点の中では発電機が忙しなく稼働しつつ電気を供給している。
半壊したビルの一室が幸いにも電灯は点く為、臨時の住処と定めたゴッデス部隊の面々の中で長い金髪を纏めた聖女が壁際へ腰掛け、今や珍しく感じるだろう紙媒体である本を読む指揮官の姿を認めて声を掛けた。
「──本」
「…いえ、それは分かっているのですが…」
尋ねたのはどのような内容なのか、であって、彼が手にしている物体そのものではないのである。
困惑気味に彼女、ラプンツェルが眉根を寄せると、指揮官──
その仕草から冗談であったことが伺え、金色の聖女は頬を僅かながら膨らませてしまう。
「……大した内容ではないよ」
手にしていた本を閉じた彼はそれを傍らへ置いていた背嚢へ詰め込むと、今度はソフトパックの煙草を取り出してオイルライターの火を点ける。
灯火管制が敷かれている一帯は外へ灯りが漏れないよう窓という窓、或いは壁が崩壊している場合は布等で覆って徹底している。室内ならば煙草一本の火程度は問題ない。
「──指揮官。煙草は止めろ、と軍医に言われてなかったか?」
「…俺が今更、禁煙出来ると思うか?17歳から吸ってるんだぞ」
「……未成年……」
「その頃には戦場にいたからな。…まぁあの当時は
「──
白銀の髪を持つ──以前までは愛嬌があり、人懐っこい笑みも浮かべていたスノーホワイトも思考転換を経て、少々
やや堅苦しい印象を拭えない話し方は、
続けて、柔らかい赤紫色──撫子色の髪を持ったドロシーが苦言を呈する。中隊を始めとした古参兵達が口汚く呼称する敵の通称は生憎と受け入れられないようだった。
「──指揮官が本の虫とは珍しいな。今日は堪えたかい?」
「…キミが知らないだけで本ぐらいは読むよ」
それは失敬、と返すのは長い物干し竿──もとい、剣を抱えたまま床へ腰掛ける紅蓮だ。
どうせ知っているだろうに、わざわざ声を掛けてきたのは──気遣いもあるのだろう。
指揮官である彼が腰掛ける床、その直ぐ側に鎮座する膨らんだ布地の袋。
その中身は全て──
「…16名か…ここ最近で一番多い」
「…お祈りはしなくて宜しいのですか?」
「…要らないよ。俺達は神にも見放された存在だ。その証拠に
ジャラ、と内部で擦れる金属音を響かせながら彼が袋も背嚢へ仕舞い込む。
攻勢がいつ始まるか分からない。それまで少し休むよう彼女達へ伝えると彼はヘルメットを被り直し、突撃銃を握りながら両足をだらしなく投げ出すと──さながら力尽きた死体のような格好で浅い睡眠を取り始めた。
戦友──3等軍曹は死んだ。雲霞の如く襲い掛かるラプチャーを陣地から先へ通すまいと、しこたま設置していた高性能爆薬を起爆させて諸共に。
──立派に死んだ。その言葉通りに。
翌日も、そのまた翌日も──来る日も来る日も戦闘は続く。
人間で編制された軍隊、部隊ではこれが精一杯なのだろう。
夥しい犠牲を対価にしても撃破できる敵機の数は僅か。それを改めて認識させられる日々だった。
見るに見兼ねてか、或いは体たらくに失望したのか追加の増援で量産型ニケまで投入された程に戦況は宜しくない。
既に張り巡らせられた防衛線の半分以上は突破され、ジリジリと連合軍は後退を余儀なくされている。
これでも保った方なのだろう。
予備兵力、直接的な支援、諸々が皆無に等しい状況で
いや、善戦とは物の見方であって他者からは
砲撃が直撃した
「──って、小隊長!?お嬢ちゃん達まで!?」
「──こっちの戦区は俺達の担当でしょう!」
何をしているんだ。
中隊の残存兵力十数名が構築した塹壕へ立て籠もり、必死の戦闘を繰り広げる最中、陣地へ滑り込んできた複数の人影へ信じられない眼差しを向ける。
「向こうの攻勢は一段落した!応援に来たぞ!」
「そりゃ有り難──」
炸裂。
それが陣地となった塹壕の至近で起こった。
敵機の砲撃であろうことは咄嗟に分かったが、飛び散った砲弾の破片が
突撃銃を握ったままの仲間の上体と下半身がマジックショーさながらに別れる。ただし鮮血と、ブヨブヨとした白い腸管を外気に晒しながら。
崩れ落ちる瞬間、その兵士も訳が分からぬ様子なのか呆気に取られた表情を浮かべつつ塹壕の底へと落下した。
「…あ…が…!!」
「──衛生兵!!」
もう助からない、と分かっていながらも彼は仲間の上体を抱き起こしながら衛生兵を呼び寄せる。
中隊で唯一残った衛生兵が駆け寄り、負傷の程度を確認すると──彼へ向かって緩々と頭を左右に振った。
火を見るよりも明らかだ。
「…モルヒネを打ちます」
残り僅かだが──これも廃棄された民間の病院から失敬して来た代物を衛生兵が身体を両断された仲間の肌へ打ち込んだ。
最期の瞬間はせめて、という意識からの行為である。
「大丈夫か?」
「…だ、大丈夫じゃ…ありま…せんよ…寒…い…」
痛い、ではなく寒い、と仲間は口にしながらガタガタと歯の根を震わせ、身体を痙攣させる。
夥しい出血と共に意識が遠退いているのだろう。瞳孔も次第に開き始め、焦点の合わない視線を右往左往としているのを見るに──視界も失われたようだ。
「──お、お嬢ちゃん…ラプン…ツェル…のお嬢ちゃん…」
「──はい、伍長さん。ここにいますよ」
呂律も回らなくなった舌を懸命に動かし、伍長の階級を付与された者が金髪の聖女を呼ぶ。すると彼女が傍らへ膝を突いて呼び声に応じた。
「…し、死んだら…どうなる…のかな…」
「…え…?」
聖職者然とした雰囲気を醸し出す彼女へ逃れようのない死が寸前にまで迫る者が問い掛ける。
即答が出来なかったラプンツェルへ伍長は咳き込みながら力ない笑みを浮かべた。
「…が、柄じゃないってのは…分かってるよ…俺達……
天国にも、地獄にも逝けない──だからこのようなことを尋ねるのは筋違いだ。
しかし彼女は緩々と頭を左右へ振り、片手を伸ばすと全身から力が抜け落ち始めた伍長の手へロザリオを握らせる。
「──お救い下さります。必ず」
「…そうかな…だって俺…人間じゃない──」
「──いいえ。伍長さんも、指揮官も、
「…そりゃ…嬉しい…な…小隊長…」
か細くなる呼吸が死期を否応なく感じさせる中、伍長は自身の上半身を抱えている彼へ声を掛ける。
なんだ、と彼は尋ねた。
「…弱気になって…すみません…許して…下さい」
「…気にするな」
ここまで戦った者をこの程度で叱責する彼ではない。しっかりと許しを得られた伍長は──最後の力を振り絞り、片手に握らせられたロザリオを握り締めた。
「──
特定の宗教へ帰依や信仰はしていない、と知っていたからこそ彼は、そして彼等の仲間達、彼女達は驚いた。
死に体となった唇から紡がれた言葉には間違いなく、祈りが込められている。
か細く吐き出させる呼吸は弱々しい。
それでも紡がれる祈りは続いた。
「──
もう長くはない。
ロザリオを握り締めていた手から力が抜け落ちる寸前なのだろう。胸の上へ腕が置かれ、瞳孔が開いた瞳が空を仰いだ。
戦闘が一段落したからか、砲声や銃声は嘘のように止まり、静まり返った界隈へ祈りの言葉がか細く紡がれた。
「…つ、
──嗚呼。
上体だけとなった伍長を抱き止めた彼が微かな溜め息を漏らす。
最後まで祈りを紡ぐ猶予され貰えなかった、のかもしれない。なにせ──人間ではないから。
彼は瞳を見開いたまま戦場に果てた戦友の瞼を閉じさせてやり、ただ一言を口にする。
「──Amen」
傍らに膝を突いた金色の聖女が十字を切る。その姿を視界の隅へ捉えながら彼は戦死を遂げた戦友をしっかりと塹壕の底へ寝かせた。
「──
来る日も来る日も──彼等は戦い続けた。一人、また一人と戦友を見送りながら。
ハーフアニバーサリーおめでとうございます。そしてここまでお付き合いして頂いている皆様には格別の感謝を申し上げる次第でございます。
……ドロシー…まだお迎えできていません。