勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
かつては舗装と整備がされた道路であったのだろう。臨海都市に繋がるアスファルトが所々で亀裂が生じる道を1台の武装車両がエンジンを吹かしながら駆け抜ける。
時折、なんらかの破片を踏んでしまうが外径37インチの頑丈なオフロードタイヤはビクともしない。とはいえサスペンションでも吸収しきれなかった衝撃が車内や車体を揺らしてしまう。
「──ちょっと指揮官様!気を付けて運転してよ!」
助手席で携帯端末から音楽を流しながらフンフンと鼻歌を歌っていたアニスが左側の運転席でステアリングを握るムーアへ文句を飛ばす。
「快適なドライヴを提供して欲しいなら煙草を吸わせてくれ。もう
頻りに口内で彼は何かを咀嚼しながら隣の席から飛んでくる文句を受け流した。
エレベーターが地上へ到達し、改めて出発となったが幹線道路を突き進んでいる最中にラプチャー6体と遭遇。これを撃破してから既に30分。アークを出てからは既に1時間以上が経過している。
正直に言えば、彼はそろそろヤニ切れなのだ。だというのに助手席に座るアニスが喫煙を許可してくれない為、その衝動を抑えようとカフェインを始めとしたかなり刺激的な成分が混ぜ込まれたガムをずっと噛んでいる訳である。
他の指揮官達が「なんかヤバい物が入ってるのでは」として敬遠しがちなガムは注意書きに「24時間で5粒以上は噛まないこと」というそれが綴られている。相当にカフェインを始めとした刺激的な成分が入っているのだろう。
そんな刺激的な成分がてんこ盛りのガムを噛んでいるというのに喫煙衝動は全く抑えられない。
おそらく旧時代の喫煙者ならこういうだろう。
カフェインとアルコールを摂取すると煙草も吸いたくなる、と。
臨海都市に到着するが、市内の道路事情は世辞にも良いとは言えない。お陰で下車して徒歩の移動となるもネオンは見る物全てが新鮮な様子で周囲を見渡している。
エレベーターで地上へ上がってからも「風を感じたい」との理由で走行中もルーフ上の銃座へ就き、正面から吹き抜ける風を浴びていた程だ。
良くも飽きないモノだ。などと考えるムーアはやっと煙草へありつけている。
アニスは嫌煙家なのだろうか。そう推測しながら徒歩で市内を移動していた最中にオペレーターであるシフティーからの連絡が入った。
〈──目標地点の発電所まで続く道をスキャンした結果、無人浮上式鉄道の
「俺が耐えられない、という事だな。シフティー、俺の端末に地図のデータを送ってくれ。確認したい」
〈分かりました。ただいまお送りします〉
肩へ食い込む背嚢の位置を少し修正しながらヘッドセットのマイクへ向かって彼はシフティーへ地図や周辺の地形データを送るよう促した。仕事が早いオペレーターである為、彼の端末へ直ぐに情報が送られて来る。データを開き、ご丁寧にも描かれた矢印の先を追って地図の問題の地点を確認すれば彼は溜め息を吐き出した。
「…最短距離で向かうとすれば、シフティーの言う通り川を渡らなきゃならんが…」
問題の線路というのは元々、川を横切る形で敷設された鉄道橋であったのだろう。崩落した影響で現在はちょうど良い高さとなっていて岸と岸を直接繋いでいる。これならば人間や車輌も楽に通過できる筈だ。──電流さえなければの話だが。
「…ローストターキーになるような死に方はちょっとな」
「シフティー。高圧電流の原因は?」
〈ヒストリーを検索します。──5年前、都市封鎖を進めていた際にラプチャーの外部への移動を防ぐ為に意図的に流したそうです。当時にしては完成度の高い線路でして、電力は自家発電で供給されているそうです〉
「…となると…」
鉄道橋を渡る為には電流を切る必要があるか、と彼は鼻孔から紫煙を吐き出しながら結論付けた。
「外部からコントロールする方法はない?」
〈あります。制御センターの位置をマップへチェックしておきますね〉
ラピが尋ねて間もなくに再度、彼の端末へ位置情報が送信された。それを受け取ったムーアはルートを頭へ叩き込んで端末を、そして吸い殻を放り込んだ携帯灰皿も仕舞い込んだ。
「指揮官。準備完了です」
「良し。出発するぞ。分隊、前──」
「──あ」
彼が移動の命令を下そうとした寸前だ。不意にネオンが何気ない一言を漏らす。
その「あ」という何気ない一言は彼等の警戒心を一気に臨戦状態へ引き上げるのに充分すぎた。
彼は自然とスリングベルトで吊っている突撃銃の安全装置を解除。右肩へ床尾を宛てがいつつネオンが立っている位置の先へと銃口を指向する。
「──っ!ラピ!」
「──指揮官!」
ラピとアニスも臨戦状態となり、それぞれが携行する火器の銃口を彼と同様に指向させるのだが──
「……ん?」
彼が覗き込んだ突撃銃へ取り付けた照準器のクロスヘアとなったレティクルが浮かぶ視界には敵影がない。
彼女達も同様のようで敵影は何処かと視線だけを端から端へ動かすも、やはり影も形もなかった。
「…あの…私、何か失礼な事でも…?」
「…はぁ。ネオン。地上にあがったニケには暗黙のルールがあるの」
何も無かった点は安堵すべきだが、これは注意せねばなるまいとアニスが擲弾発射器に安全装置を掛けながらネオンへ向き直る。それに続いてムーアとラピも突撃銃の安全装置をしっかりと掛けた。
「“あ”は単独での使用禁止よ。分かった?さっきみたいになるから」
「あ、そうですね。分かりました。…今のは大丈夫ですよね?」
「今のは大丈夫」
「それで、なにがあったの?」
敵を発見した「あ」ではないというなら何があったのだとラピが尋ねれば、ネオンは眼鏡のレンズを光らせつつ胸を張って続けた。
「いいことを思い付いたんです!線路に流れる高圧電流が問題なら、ゴムの長靴を履けば良いのではないかと!」
「……」
「……」
「…わ、悪くはないかな…?」
「……俺をどうしてもローストにしたいのか?」
とんでもない分隊員がいたものだ。吸い終わったばかりなのだがムーアは早くも二本目の煙草を銜えて火を点けたい衝動に駆られ、ラピは大きく溜め息を吐き出している始末だ。
兎にも角にもあまりこの場で長居は出来ない。彼は改めて前進を命じ、まずは制御センターを目指す事となる。
幸いにも目的地はそう遠くはないのだがやはり時折、ラプチャーとの遭遇、そして戦闘が何度か発生した。
いずれも遭遇した敵を撃破し、前進を続ける事となるのだが──
「…ねぇ指揮官様。本当に突っ切るの?」
「何か問題でも?」
「…いや、無いんだけど…気にしない性格なんだね」
廃墟の有り様の倉庫らしき建物を突っ切ろうとした時、アニスが彼へ暗に進行方向の変更を促してきた。
こちらの方が最短距離だという事は携帯端末に表示された地図が証明している。何か問題でもあるのかと問えば、彼女は諦めにも似た表情で嘆息する。
同意を得たと認識して彼が倉庫内へ足を踏み入れる。天井の一部が崩れ落ちているので内部は意外と明るかった。
そのお陰もあって──人骨らしき白い物が至る所に散乱していると気付いてしまう。
「…もう…だから言ったじゃん…」
「踏まないよう進め。可能な限りだ」
彼女達へ彼は念押しすると左手の人差し指、中指を揃えると何度か前に向かって振った。前進しろ、という合図である。
この倉庫に果たして何人の人間が逃げ込んだのかは分からないが、散乱する白骨や朽ちた衣服の数を見るにざっと数十名だろうとムーアは考えた。
大人の女性が着ていただろう服の下へ隠れるように幼児服が何枚か床へ広がっている。最期の瞬間を目撃した訳ではないが、推測は容易かった。
この倉庫は──いや、この臨海都市そのものが巨大な墓標と言っても過言ではない。
倉庫を突っ切った後、街路を再び歩き始めて暫く経った頃、地図上にマーキングされた制御センターへ辿り着く。
周辺にラプチャーの存在がないと認めてから分隊は制御センターの内部へ入り込む。こちらも廃墟に近い有り様なのだが、シフティーが言うにはまだ制御システムは生きているらしい。
「指揮官。コネクティングデバイスを」
「…なんだそれ?」
ラピが唐突に要求する何かが分からず彼は頭の上へ不可視の疑問符を浮かべてしまった。
〈ご存知ありませんか?地上にある色々な機械をオペレーターが遠隔操作する為に必要な装置のことです。携帯に出っ張っている所がありますよね?それを引っ張るとケーブルが伸びてきます〉
代わってシフティーが説明する。それに従ってムーアが携帯端末をポーチから取り出し、彼女が指定したであろう部分をハードナックルグローブを嵌めた指先で摘んで引っ張った。
「…おっ…出て来た」
〈はい、それです!そのケーブルを操作したい機械のポートへ挿し込んで下さい〉
「…端子のことだよな?えっと…」
「…指揮官。ここです」
「…あぁ、ありがとう」
「ねぇ指揮官様。士官学校を卒業したって嘘じゃないわよね?」
「…ラピとアニスは確認しただろう」
以前の任務で彼女達がデータベースを検索した結果、彼が新人であると知って愕然としていたのは記憶に新しい。
見兼ねたラピが指し示したポートへ彼がケーブルを挿し込めば、あとはオペレーターであるシフティーの仕事だ。
やがて無事に鉄道橋へ流れていた電力が遮断されたとの報告が届き、ムーアは移動を命じるのだが──
「…あの。ゴムの長靴は本当に要らないですか?」
「…たぶん履いていても意味はなかったと思うぞ」
今だから言うが、と彼は溜め息交じりにネオンへ返し、改めて分隊を移動させた。