勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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ほぼ毎日、残業に次ぐ残業……更新が滞ってしまいまして大変申し訳ありません。

本当なら土曜日に投稿すべきだったのですが…その…私の趣味のひとつに渓流釣りがございまして…昨日は夜明けから夕方近くまで山の中におりまして…


第2話

 

 

「──指揮官室」

 

〈──警衛隊司令、イーグルです。指揮官、お客様がいらっしゃいました。お通ししても宜しいですか?〉

 

 指揮官室の電話が鳴り響く。その受話器を取り上げた部屋の主が銜え煙草のまま電話口の向こうで問い掛ける部下(イーグル)へ了解と通過の許可を出す。

 

 了解が返され、通話が切れると彼も受話器を元へ戻し、銜えた煙草の紫煙を吸い込んだ。

 

 暫くして、基地司令部の庁舎前へ設けられている駐車場に滑り込んで来た1台の高級車を彼や、そして部下である彼女達は指揮官室の窓から認めた。

 

 側面の扉が開き──ドスドスと忙しない足音が聞こえて来そうな足取りで小柄な人影が庁舎内へ入って来る。その後に高級車から降りた長身と小柄、両極端の人影も続くが──あの2名は護衛なのだろう。護衛を振り切って行くのは如何なものかとも思うが、余裕がない様子なのは一見しただけで分かった。

 

「──アンタ、なんでこんなに遅いの!何処で何をしてたのよ!!」

 

「…御挨拶ですな」

 

 指揮官室の扉が開き切る前に飛び込んで来た小柄な人影──シュエンが眦を釣り上げつつ部屋の主たるムーアへ詰め寄った。

 

 やはり随分と余裕がなさげに見えるのは気の所為ではないらしい。

 

()()()?私の目を盗んで何かしたでしょう!?あの【JohnD】ってのもアンタ達の仕業ね!?」

 

「いきなり何よ!とんだ濡れ衣だわ!」

 

 その無礼極まりない態度と様子は、ここまで我慢を重ねていたアニスの堪忍袋の緒が切れるのに充分過ぎたようだ。

 

「私達が誰の所為で地上であんなに苦労したと思ってるのよ!あなたが送った奴等の所為で指揮官様と私達が──」

 

「知らないわよ。私の知った事じゃないし、今はそんなのを気にする余力もないんだから」

 

「…知らない…ですって…!こいつ…!指揮官様が死にかけ…!!」

 

「──アニス」

 

 激昂の引き金を引かれ、雷管が撃針で叩かれて燃え上がった炸薬の如く怒りが頂点へ達したアニスだ。後先のことを考える余裕もなくシュエンへ詰め寄ろうとするのをムーアが声を掛けて制する。

 

「だって指揮官様…!!」

 

「…怒ってくれて感謝する。だが、おそらくシュエン会長は何があったのか知らない筈だ」

 

「…何よアンタまで。何か言いたい事でもあるの?」

 

 一向に本題へ入れないとシュエンが苛立たしいのを隠そうともせずに眦を釣り上げながらムーアへ視線を向ける。

 

「…()()()()()は山程ありますが…まぁそれは後でお話しましょう。それで?」

 

 わざわざ前哨基地くんだりまで足を運ぶ程、奇特でもなければ暇でもなかろう。特に()()は。

 

 ムーアはローテーブル上のリモコンを握り、ボタンを押し込んでテレビを点ける。相変わらずミシリス本社前の様子をニュースで取り扱っている。

 

 それを横目に捉えつつ、彼は卓上灰皿へ短くなった煙草を押し潰すと先んじて応接用のソファに腰を下ろした。

 

「──手伝って欲しいの。私の言う通りにやってちょうだい」

 

「…シュエン会長が()()()()()()()、とは殊勝な物言いですな」

 

 皮肉を返しつつムーアは長い脚を組む。その対面へ腰を下ろしたシュエンは、ふん、と鼻をひとつ鳴らし、彼と同じく脚を組んでみせた。

 

「…()()()()、アークが平和だからああやってデモなんかしてるのよ。危機感が無いからよね。アンタもそう思わない?」

 

「……まぁ、言わんとすることは理解出来なくもありませんが」

 

 苛立たしげにシュエンがテレビ画面へ視線を向ける。画面上ではデモの参加者達が声を揃え、何度も同じフレーズを叫ぶシュプレヒコールの様子が見て取れた。

 

「…とはいえ、主張をするのは自由だ。しっかりと警察(A.C.P.U)に届け出を出しているのでしょう。正当なデモ活動だ」

 

 画面上の端に警察(A.C.P.U)の制服を纏った警察官の姿が何人か映る。積極的な排除へ入っていないところを見ると、過激な暴動等へ発展すれば制圧と検挙へ動くのだろうがそれまでは手出しをする必要がないのだろう。

 

「…()()ですって?」

 

「えぇ。主義や主張はどうあれ、あれは認められた権利です。一介の軍人である私が是非を問うような言動は出来ません」

 

「…相変わらずクソ真面目」

 

 面白みがない男だ。模範的な軍人の返答──なのかもしれないが、杓子定規も過ぎると途端に情緒の欠片も無くなる。

 

「でも──もしラプチャーがアークまでやってきたら?それでもアイツら、NIMPHがどうとか言うのかしら。それとも怖気づいて、助けて下さい、って言うかしら」

 

「さて、それは──お待ちを。()()()()()いるのですか?」

 

 新しい煙草を吸おうとムーアがソフトパックを軽く振る。振り出した一本を銜えた瞬間、シュエンが漏らした一言に剣呑な雰囲気を否応なしに感じた彼が思わず問い糾す。

 

「何って…メティスを再びヒーローにするのよ」

 

「……ヒーロー?」

 

 彼が腰掛けるソファの背後に控えるラピが鸚鵡返しに──シュエンの語る意味が掴めず、眉間を寄せつつ呟く。

 

「──ラプチャーをアークへ引き寄せるわ」

 

 続けられたシュエンの一言──彼女は口角を歪め、ムーアへ向ける瞳を濁らせながら言い放った。

 

「そしてメティスが全滅させる姿を撮って見せたら…アイツらも口を閉じるでしょうね…!」

 

「あなた、正気なの!?ラプチャーを引き寄せるなんて…どうかしてるわ!」

 

 正気を疑う。我慢出来ずにアニスが叫びにも似た声を上げ、シュエンを糾弾するも彼女は突然の大声が不快であるらしく眉間へ皺を寄せるだけだ。

 

「声が大きいわよ!耳が痛いったら…!たかが製品(ニケ)の癖に、私がどうかしてるですって?面倒臭いのを指揮官に持ったからって思い上がらないことね」

 

 ──俺はそんなに面倒臭いのだろうか。

 

 火が点いていない煙草を意味もなく軽く上下に振りつつムーアは考えるが、それは些末であり、この場ではどうでも良い疑問だ。

 

「…私は軍人です。アーク全体の、人類の奉仕者だ。私が協力するとでも?逆に今の発言を上層部へ報告しても良いぐらいだ」

 

「そう簡単に協力を取り付けられるとは思ってないわ。アンタのクソ真面目さに気付いてなかったら、私はミシリスのCEOじゃなくて、ただの間抜けでしょう?」

 

 ──俺はそこまでクソ真面目なのだろうか。

 

 むしろ問題児であろうと認識しているムーアとしては甚だ疑問である。この疑問もひとまずは後回しだ。

 

 銜えたままの煙草へ火を点けようとオイルライターを取り出し、独特の金属音を奏でながら蓋を開ける。

 

「でも、この提案を聞いても断れるのかしら?」

 

「…提案?ヘッドハンティングの件なら──」

 

「──ショウ・ムーア。私があなたをアークを救った英雄(ヒーロー)にしてあげる!」

 

「───」

 

 ホイールを回し、火花を散らそうとしたムーアの指先が、続けて全身、最後に思考が停止したのは言うまでもない。

 

 組んでいた脚を解いたシュエンはおもむろに立ち上がると、舞台役者さながらに自身の考えと提案を高らかに歌い上げた。

 

「──1次侵攻の第一世代、()()()()()()()()ほどではなくても“新星”とか呼ばれてたあの…もう、名前なんだっけ

 

 肝心の名前が思い出せない──まぁそれはそれとして、と彼女は咳払いを軽く漏らすと改めてソファに腰掛けたままのムーアを見下ろす。

 

「──とにかくアーク設立以来、最も有名とされているあいつよりは有名にしてあげるわよ!この私が!」

 

「──いえ、結構です」

 

「──えぇ!あなたなら承諾すると思っ……は?」

 

「──結構です。というよりも、嫌です」

 

 シュエンの予想に反してムーアは呆気ない程に拒絶を返した。

 

 彼の武勲──或いは一連の()()()()は功名心もあっての事だとでも彼女は考えていたのか。

 

 ムーアの背後へ控えていたアニスとネオンは顔を見合わせ、互いに肩を竦め合う。

 

「…まだ師匠のことを良く分かっていないようですね」

 

「…ね〜?だからただの間抜け──」

 

「──アニス」

 

「…分かった。これ以上は言わない」

 

 ラピが諫めるとアニスもひとまずは口を紡ぐ。

 

 功名や武勲を立てよう、という意識とは無縁の人間だ。むしろ二の次、三の次──兎も角、優先度は限りなく低いだろう。

 

 図らずも長い付き合いとなった彼女達はムーアの性格を理解している。

 

 おそらく英雄(ヒーロー)の類となる素質はあるのだろう。しかし彼本人はそのような偶像崇拝にも似た対象とはなりたくないとも察せられた。その理由は簡単だ。単純に面倒臭いから、というそれであろう。

 

「死ぬのが怖いの?」

 

「いいえ、全く。人間、いずれは必ず死ぬのです。バリエーションやシチュエーションも様々でしょうが、必ず死ぬのに怖がってどうするのです」

 

 産声をあげた瞬間から、死へ向かって進み始めるのが人間、或いは生物だ。死をどう捉えるのか──それは自我を持つ人間が抱く永遠の命題なのだろうが、少なくともムーアは自身の死という状態や結末をそれほど重要視してはいない。もしくは無頓着なのだろう。良くも悪くも、だが。

 

「言っとくけど、全部ヤラセだから。ラプチャーを引き寄せるのもテスト済みなのよ」

 

「…コーリングシグナルですか?あれには参った」

 

 ラプチャーを引き寄せる──それに該当する状況をいくつかムーアは思い出す。特にシュエンへ関連する事柄となれば──軍需品製造施設での一幕だ。

 

「雑魚しか来ないわ。メティスが一発かましたら倒れるような奴等ね」

 

「…ロード級まで釣られて来ましたな」

 

 雑魚──にしては随分と耐久力のある敵機であった、とムーアは思い出しながら鼻をひとつ鳴らし、改めてオイルライターのホイールを回した。

 

「ヒーローになれる機会をみすみす逃すの?」

 

「──生憎と興味は微塵もありません。お帰りはあちらです」

 

 煙草の先端へ火が点く。オイルライターの蓋を閉じ、紫煙を燻らせながら彼は立ち上がったままのシュエンへ指揮官室の扉を片手で指し示す。

 

 協力は出来ない──と如実に語る姿を見た彼女は音を立てて歯を軋ませ、拳を握り締めた。

 

「…なんでそんなに拒むの?」

 

「私は職業軍人だ。軍人の役目は──」

 

「──メティスもニケでしょう!?アンタが可愛がってるニケ!なんでウチの子だけ()()するのよ!!」

 

 ムーアは差別しているつもりは毛頭ない。しかし第三者の視点から見れば──子飼いの部下である分隊や基地要員のニケ達のみを()()()()()()ように映るのだろうか。

 

 シュエンがローテーブルの向こうで脚を組むムーアへ詰め寄り、彼が纏う半袖のシャツの胸倉を両手で掴み上げる。

 

「私の下にいるから!?私が可愛がってるから!?」

 

「…その程度で依怙贔屓するほど性根は腐っていません」

 

「じゃあ、なんでやらないの!?」

 

「根本的な問題から協力は出来ない、と申し上げている」

 

 アークへラプチャーを引き寄せる──その目的は理解したが、正気を疑うというのが本音だ。おそらくアークの市街地へ、ではなくアークの直上──最も近い場所までラプチャーの群れを引き寄せ、デモ活動を行う民衆に()()を思い出させる、というのが彼女が語る計画の筈だ。

 

 馬鹿も休み休み言え。

 

 万が一、アークの防御壁が破られ、エターナルスカイ(天蓋)の一部でも突破された日には──きっと人類は思い出すだろう。

 

 何故、先祖達が地上を追い遣られたのか。その理由を身を以て知るに違いない。老いも若きも、男女も関係なく散乱するだろう屍と流れる鮮血の川を代償に思い知る。

 

「…根本的な問題…()()()()()…?はっ、アンタがそれを言うとはね」

 

「───」

 

 笑わせるな、とシュエンが口角を歪め──続けて幼さが抜けていないが整った顔立ちをくしゃりと歪め、握るシャツの胸倉へ皺を寄せつつムーアを揺さぶった。

 

「──あのマリアンとかいうニケを助ける時は人類とか未来とか全く気にしなかったじゃない!!」

 

 マリアンを──別の言い方をすれば、()()()()()()()()を助ける為だけに中央政府軍、そしてテロリストの集団の屍の山をたった一人で築いたのがこの男だ。

 

 公共の利益──この御題目を口にするのに、これほど不適格な人間はアークに数える程度だろう。

 

「なのに…なんでメティスは助けないのよ!!」

 

「アークにラプチャーを引き寄せるなんて真似は出来ない。それが私の答えです」

 

 胸倉を掴まれ、身体を揺さぶられるまま紫煙を燻らせるムーアはいっそ薄情にも感じられる低い声音のまま答えを返す。

 

「じゃあ…どうすればいいの…?皆が血眼になってメティスを食い物にしようとしているのに…どうやって落ち着かせるの?どうやって宥めろって言うのよ!」

 

「それは──」

 

「本当にメティスに記憶消去させろって言うつもり!?」

 

「────」

 

 あの熱狂的なデモ活動の参加者達が、ひいてはアーク市民が潜在的に抱いているであろうニケ達へ対しての恐怖。なによりメティス分隊というミシリス最強の看板を引っ提げた彼女達が纏めて侵食を受けた事実は覆らない。アンチェインドによって侵食こそ治療出来たが、ニケを統制するNIMPHまで破壊されてしまった。

 

 統制から外れたニケ──言い換えれば()()()()()()がどのような行動を取るのかは予測不能。

 

 それが恐怖を掻き立て、あのような活動へ駆り立てているのだろう。

 

 その恐怖を取り除く方法は──そう多くはない。

 

「…方法を探すと言ったわよね?メティスを助ける方法を探し出すと言ったわよね!?信じろって!絶対、助けるって!!」

 

 その約束を忘れた、とは言わない。現に死にかけたが地上でアンチェインドに関する情報を断片的にだが入手出来た。これは成果に違いない。しかし、現状を打破するには力不足の一言だ。

 

「…私が土下座しないから?だから約束を守らないの?」

 

「…約束を忘れた訳ではないし、約束を破っているつもりもない」

 

「土下座するわ…土下座すれば良いんでしょ!」

 

「…()()()()

 

 本来であればムーア如きが呼び捨てが許される相手ではない。しかし敢えて彼は彼女の名をそのまま紡ぐ。これで激昂しようがなんだろうが、少なくとも意識を向けさせられる。冷や水をぶっかけ、頭を冷やさせようとするが──シャツの胸倉を掴む小さく細い両手が震えていると彼は今更ながら気が付いた。

 

「──やって…やってよ…!頼むから…お願い…!…私を…メティスを助けて…!!」

 

 瞳を潤ませ、彼女が懇願する様子を彼は眼前で目の当たりにする。

 

 それを見て絆されたとか、もしくは同情した──という訳ではない。

 

 煙草の先端へ溜まった灰が床へ落ちた時、ムーアは小さく頷きを返した。

 

「……条件をいくつか付けてなら…協力しても構わない」

 

 

 

 

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