勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
「──皆、お待たせ!」
殊更、明るい口調に努めながらシュエンが扉を抜け、室内へ足を踏み入れる。
会議室──の類だろう部屋の中にはいくつかのソファが並び、壁際にはフリードリンクコーナーまで完備されていた。会議室というよりかは、それよりもリラックス出来る待機室に近いレイアウトなのかもしれない。
それぞれのソファへ腰掛ける3名の人影が緩々と顔を上げ、入室してきたばかりのシュエンへ各々の瞳を向ける。
「──今日はある人を連れて来たのよ!誰だと思う?ほら、入って入って!」
わざわざシュエンが呼び立てる程の人物が──というよりも親交らしいそれがある者がいるのか、と一種の驚きと興味もあり、マクスウェルはターコイズブルーの瞳を彼女の背後へ向け、一拍の間を置いてその瞳を丸くした。
「──久しぶりだな」
「──大尉!!」
見知った顔──それほど長い付き合いではないにせよ、作戦を共に遂行した者の顔を忘れる程、記憶力が悪い訳でもない。
ラプラスが二房に結った明るい金髪を揺らしつつ立ち上がると、彼は散弾銃の手入れを実施しているドレイクへ濃い茶色の瞳を向け、体調的には問題なさそうだと認めると壁際のフリードリンクコーナーへ進んだ。
合成樹脂のカップをホルダーへ差し、コーヒーメーカーへ設置。ボタンを押すと稼働音が響き始めた。
「──元気だったか?」
コーヒーが淹れ終わるまで何気なく話題を振っただけに過ぎないが、背後からはラプラスが息を飲み、続けてドレイクが咳払いを漏らす気配を感じ取る。どうやら空気が読めない話題の振り方であったようだ。
「…まぁ…私達は、ね」
「…空気が読めなかったな。済まな──」
《──こちらはミシリス・インダストリーの本社前です!相変わらず市民団体のデモが続いています!》
室内に設けられたテレビの画面にはドライクリーニングがされた背広を纏う男性のアナウンサーの姿が映る。マイクを片手にスタジオへ報告しつつ彼が向かうのは連日、デモ活動に励む市民団体の代表者だ。
握ったマイクを向けた代表へ向けた途端、彼は語り始める。
──ニケが自由意志を持って銃を握った瞬間、銃口が
捲し立てる代表者へ賛同するように市民団体の構成員達からも同様のフレーズが響き渡る。
流石に間近でシュプレヒコールを聞くのは鼓膜に宜しくないのか、アナウンサーが僅かながら眉間へ皺を寄せつつ中継先からスタジオへ返す寸前、声を挙げる。
《メティスに対するアーク市民の不信感は今後も加熱すると思われます!これに対し、ミシリス社のシュエン代表はどのような動きを見せるのか──》
「──済まないが消してくれるか。コーヒーを飲みながら聞くには気持ちの良いニュースではないからな」
コーヒーメーカーからの抽出が終わり、黒褐色の湯気立つコーヒーがカップに注がれるとホルダーの取っ手を摘んで振り返る。
肩を竦めたシュエンがリモコンを片手にテレビを消すと室内はやっと静かになる。その中でムーアがコーヒーを啜る微かな音が鳴った。
「……ここのコーヒー、あまり美味くないな」
「…ケチってるって言いたいの?」
「そう聞こえたなら、そうなのでしょうな」
睨みを送るミシリスのCEOへ彼は臆することなく皮肉を返す。不味くはないが、美味くもない。平凡な味、と感じながら軍服姿のムーアはコーヒーを啜る。
「…大尉、済まないな。久しぶりに会ったのに…こんな元気のない姿ばかり見せて…」
「気にするな。──あの任務の後、俺の方も
「…へぇ。それは聞いてなかったね。ベビー、
「中央政府軍の連中を何人か病院送りにしたのが原因…になるのか?」
話題を変えようと意識したムーアは彼女達がコールドスリープを実施されていた間の自身の出来事を掻い摘んで話すのだが──それに乗って来るのはマクスウェルのみという有り様だ。
「少佐の階級が似合う人間とも思えんし、
まだ暗い表情のままのラプラスへ横目を向けながら──おそらく彼女が
「──皆、なんであんなの見て暗くなってるのよ。あんな話に怯えるなんて…お前達を造ったのは誰だと思ってるの?」
おもむろにテレビのリモコンを机上へ投げ捨てたシュエンが平たい胸へ片手を当てつつ胸を張る。
「私が誰か忘れた?私はシュエン。ミシリスのCEO。シュエンよ。あんな世論ひとつ覆せないとでも思う?」
メティス分隊の彼女達を見渡しながら彼女は尚も続けた。
「お前達に対して時限爆弾だとか、NIMPHを埋め込むべきだとか言わせるのも今日で終わり。──お前達が再びヒーローになれる方法を見付けたわ!」
その発破は──特に沈んでいたラプラスに効果覿面だったようだ。俯いていた彼女が弾かれたように顔を上げ、目を丸くしながらシュエンへ視線を向けたのが何よりの証拠だろう。
ドレイクも──おそらくヴィランではないことに不満なのだろうが、それでも現状を打破出来る方法があると聞かされれば興味を抱いたらしい。彼女も手入れを終えたばかりの散弾銃を抱えつつシュエンへ顔を向けた。
「──どうやって?」
分隊の
「──アークに危機が迫っているわ」
小柄なCEOは勿体ぶることなく、危機、を強調しつつテレビのリモコンを投げ捨てた机上へ置かれた別のリモコンを拾い上げるとボタンをいくつか押した。
すると室内の照明が暗転し、スクリーンが天井から降りて来る。
「──ラプチャーの群れがアークに少しずつ接近しているの。軍部にも報告したのだけど…アークからはだいぶ遠い距離で捕捉されたから手出しせず、静観するつもりのようね」
そのスクリーンへ地図が映し出され、赤い光点が点滅する。光点の点滅する座標でラプチャーの群れが捕捉された、という意味だが──勿論、作り話だ。
「総数は?」
「不明よ。スキャンが上手く出来なくてね」
マクスウェルが問うと、シュエンはそれらしい口調のまま返答し、やがてリモコンを操作してスクリーンを天井へ戻し、そして室内の照明を点灯させる。
「この群れは間違いなくアークを目指しているわ。下手をしたらタイラント級やロード級も混ざっているっていうのに…軍部の連中は腰が重いったらないわ。不確定情報に貴重な戦力は回せないって言うのよ」
──確かに言いそうだ。
軍部の人間──軍人の一人であるムーアをして、シュエンの物言いはそれらしく聞こえるどころか、言われかねないと考えてしまう。
勿論、アークが保有する貴重な戦力と各種資源を注ぎ込んで、何の効果や戦果も得られなかった──となれば責任問題が発生する。軍人官僚が及び腰になるのも分からないでもないのだが。
「じゃあ、私達がそのラプチャー達を倒せば良いのか?」
「えぇ、そうよ。アークの危機をお前達が救うの」
「本当にそんな簡単なことで再びヒーローになれるのか?」
「えぇ!そしてその勇姿をカメラで撮ってアーク中に見せるの。そうすれば街にいるあの愚かな奴等も理解する筈よ。このアークにメティスがいて良かった、と!」
「おお…!それはいい!!」
歓喜に打ち震えるラプラスを一瞥したムーアはコーヒーを啜り続ける。眉間へ深い縦皺が刻まれるのは──別に苦味が強いからではない。
ラプラスとドレイクが競うように笑い始める様子をマクスウェルは頭痛を耐えるかの如く整った顔を歪ませながら溜め息を吐くが──不意にターコイズブルーの瞳が彼へ向けられる。
「──ベビー。さっきから表情が暗いけど…どうしたの?」
「…そう見えるか?…任務から帰って来たばかりだからな。疲れもあるんだろう。何発か撃たれたからかもしれんが」
「…え?それって大丈夫なの?」
「…大丈夫だ。問題はない」
腹部への1発はセラミックプレートが防いだ。右脚へ突き刺さった擲弾の破片、肉と肌を抉ってくれた銃弾の傷は──完治には一歩及ばないが戦闘に支障は来さないだろう。右眼への1発も問題ない。体力も回復している。大丈夫なのだ。
ふとマクスウェルが彼の眼前へ移動し、右眼の瞼から眉へ掛けて刻まれた擦過傷──にしては深い傷痕をグローブを嵌めた指先でなぞる。痛々しいと言わんばかりに眉根を寄せながらだった。
「…もっと強面になっちゃったね」
「男前と言って欲しいな。向こう傷だ。箔が付く」
「かもしれないね。──ねぇ、何を隠してるの?」
苦笑いの形に瞳を細めた彼女だが、次の瞬間には疑惑の眼差しを向ける。
──そんな軽口を叩く性格には思えないんだよね。
「隠す?何を?」
──ベビーは嘘が下手だね。
「ううん。なんでもない。気にしないで」
八重歯を覗かせ、笑みを敢えて浮かべるマクスウェルは頭を左右へ緩く振った。
「──ところで大尉がここにいるということは…」
「えぇ。私が声を掛けたら指揮官として同行してくれるって快く承諾してくれたのよ。そうよね?」
「……えぇ。その通りです」
カップに注いだコーヒーは既になくなった。シュエンから振られると頷きを返しつつムーアは飲み終わったカップとホルダーを片付ける。
おもむろにラプラスが足早に彼へ歩み寄り、両手を自身のそれで握ると上下に何度も激しく振り回す。
「──ありがとう大尉!私達がヒーローとして復活できるよう手伝ってくれるのか!いつかこの恩は必ず返す!」
「…そこまで気を遣わんで良い」
弾けるような笑顔のまま両手を上下に振り回すラプラスへ──彼はぎこちなく、表情筋を軋ませながら笑みを浮かべた。
──救いようのない悪党だ、と自身を嘲りながら。
ムーア大尉の嘘を見抜くキャラクターはカウンターズを含めてこれまでも複数見受けられるでしょうが、表情に出易いという訳ではないのです。その共通点は──まぁ、お察し下さい。