勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
「──ははは!ヒーロー!登場!!」
やかましい。
新調したばかりのノイズキャンセリング搭載のヘッドセットはムーアへ余すことなく明瞭にラプラスの高笑いを届ける。これまで使用していたヘッドセットはエリシオンのそれだが、ミシリス製も性能は問題ないらしい。
ミシリス本社でメティス分隊と久しぶりに再会したのは4時間前。そしてたった今、地上へ到達したエレベーターに乗って半日も経たずに彼やカウンターズは逆戻りである。
「指揮官様。身体の具合は大丈夫?」
「…あぁ、大丈夫。右脚の方も問題ない」
「本当ですか師匠?無理はしないで下さいね?」
「無理も無茶もせんよ。約束する」
絶対にその約束は守られることはないのだろう、と気遣うアニスとネオンは直感で察した。幾度も似たような状況はあったが──結局は守られた試しがない。
「さぁ!私達の華麗なる復帰の為に出発するのだ!!」
〈──元気そうでなによりだわ〉
ふとハウジングの向こうから機械を介して鼓膜を震わせたのはミシリスのCEOの声だ。やや呆れ混じりの声音は、現在、非難の標的となっているのに能天気なラプラスへ向けてなのか。
〈それはそうと。今日、何のために地上へ上がってきたのかは覚えてるでしょ?〉
「勿論だ!アークに刻一刻と迫るラプチャーの群れを撃滅し、堂々とヒーローとして復帰する為だ!!」
意気揚々とした明るい声──ハウジングが両耳を覆っていても明瞭に聞こえてしまう。ムーアは思わず、小さく、いや気付かれぬよう、か細い溜め息を漏らした。
「今、私は再びヒーローになれることに心が踊っている!!」
〈はいは〜い。久しぶりにウキウキしている姿が見れて良かったわ〉
何処で見ているのだろう、とムーアは疑問を感じたが、おそらくはマクスウェルがエレベーターから降り立って直ぐに飛ばしたドローンからの映像が彼女の手元へ届いているのだろう。
分隊にも偵察用として配備するべきか──などと考えつつ彼は携行する突撃銃へ挿さった弾倉を抜き、弾薬の装填を改めて確認し、再び叩き込んだ。
〈早く成果を出してヒーローとして復帰しましょう。──教えた座標は覚えてるわね?〉
「うん。経路は把握しておいたよ」
〈──良し。じゃあ私は編集とか放送の準備をするから、座標の近くまで行ったら連絡して〉
ブツンとハウジングの奥で通信が切れる音が微かに響くと、彼の傍らに立つアニスが盛大な溜め息を吐き出した。
「…はぁ…もう…声を聞くだけでもウザいわ」
「「──アニス」」
ムーアとラピの異口同音が揃ってアニスを諌める。気分は分からないでもないが、ここにはメティス分隊もいるのだ。
不用意な発言でチームワークに支障を来すのは彼も、そして分隊のリーダーであるラピも望まない。
「……ごめん。──あ、気にしないで独り言だから」
ボソリと呟いた程度だと思ったが、意外と声は届いていたらしい。ラプラスだけでなく、ドレイクが視線を向け、マクスウェルは仕方ないと言わんばかりに肩を竦めている。
「──そうか!独り言をそんな大声で言うのか!!」
「…ドレイク。うちの部下が失礼したのは謝るが──」
部下の失態は上官の責任である。アニスを庇うように背の後ろへ隠しながらムーアが一歩前へ進み出るや否や、ドレイクが切れ長の細めた瞳を大きく見開く。
「──なら私も負けられないな!私ももっと大きな声で独り言を言おう!」
何を言っているんだ、と彼が理解に努めようとするも早く彼女が息を大きく吸い込んだ。
「ひ!と!り!ご!と!」
耳が痛い。慣用句の意味ではなく、鼓膜的な意味で。
ノイズキャンセリングは爆音の類として処理しなかったようだ。余すことなくムーアの耳へドレイクの
「──分隊、集まれ」
左手を肩より上へ掲げ、人差し指を立てながら円を描くように回すと、慣れた様子で分隊の面々がムーアの周囲へ集合する
はぁ、とラピの溜め息が聞こえたのも束の間、彼女は眉間へ深い縦皺を刻み付けるムーアへ紅い瞳を向けた。
「──指揮官。私達は少し離れて付いて行った方が良さそうですね。後方支援も必要ですし…」
「…寂しくて死にそうだ」
本気なのか冗談なのか──いずれにせよ半分ほどは本気なのかもしれない彼の呟きにラピは僅かな苦笑いを浮かべてしまう。
ボディアーマー──こちらも新調したばかりのそれへ装具されたポーチの中からムーアがソフトパックを取り出す。振り出した一本の煙草が銜えられると、歩み寄ったラピがターボライターをポケットから引き抜き、それを彼の眼前へ翳した。
「ありがとう」
「いえ。──問題が発生したら、いつでも構いません。信号弾を打ち上げるか通信を送って下さい」
彼女の右手に握られたターボライターをムーアが左手で覆い、風除けを作りながら煙草の先端を炙る。紫煙が燻ると彼は顔を遠ざけ、ラピもライターをポケットに仕舞った。
続けて彼女が両腰から吊り下げた一対のベルト──擲弾が何発も納められたそれから弾頭が赤く塗られた信号弾を引き抜いてムーアに手渡す。
有り難く受け取った彼はそれをポーチのひとつへ納めた。
「…さっきはごめん。つい顔に出ちゃうわ」
「気が進まないのは仕方ない。気にするな」
「…ありがとう。じゃあ後でね、指揮官様」
「じゃあ師匠。また後で!」
「ああ。──ラピ、指揮を頼む」
「ラジャー」
分隊を率いてラピが後方へ向かって進み出す。それを見送りながら──今更だが、受け取ったばかりの信号弾が納められていた彼女の一対のベルトへ視線を送る。
──危なくないだろうか。
自分なら暴発の危険性を考え、剥き出しのまま携行はしないのだが──などと今更にして埒もないことを彼は考えてしまう。
「…なんだかおかしな空気ね。ベビー、シュエンと何かあったの?」
「…彼女と
一人残された──と表現するのは妙だが、一時的にミシリス最強の看板を引っ提げた分隊の指揮官となったムーアへマクスウェルが尋ねる。尋ねた、というよりも探りを入れた。
その問いへ彼は銜え煙草のまま軽く肩を竦めて見せ、続けて被ったヘルメット──これも新調したばかりでまだしっくりと来ない──の顎紐を左手の指先で調整する。
「あ〜…なるほど。
「……あぁ。俺が出来ることであれば頼ってくれて構わない」
やはりマクスウェルは察しているのだろう。勿論、全て、ではないにせよだが。
「──前進する。先頭は俺、続いてマクスウェル、ラプラス、ドレイクだ。質問?」
「私が先頭に立つよ?」
「…マクスウェルも久しぶりの地上だろう。感覚を取り戻すことを優先してくれ。他には無いか?──良し、前進する。間隔は充分に空けろ」
マクスウェル以外、特に質問がないと認めた彼は進み始める。
久しぶりに嗅ぐ煙草の香りを懐かしく感じつつ、その後へマクスウェルも続いた。