勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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Out of the night that covers me(我を覆う漆黒の夜)
Black as the pit from pole to pole,(鉄格子に潜む奈落の闇)
I thank whatever gods may be(如何なる神だろうとも感謝する)
For my unconquerable soul.(我が負けざる魂に)

In the fell clutch of circumstance,(無惨な状況に於いてさえも)
I have not winced nor cried aloud.(我は怯みも叫びしなかった)
Under the bludgeonings of chance(運命に打ちのめされ)
My head is bloody, but unbowed.(頭が血に塗れようと、決して屈しまい)

Beyond this place of wrath and tears(激しい怒りと涙の彼方に)
Looms but the Horror of the shade,(恐ろしい死の影が浮かび上がる)
And yet the menace of the years(だが、幾年月に渡る脅しを受けても尚)
Finds, and shall find, me unafraid.(我は何ひとつとして恐れはしない)

It matters not how strait the gate(如何に門が狭かろうと)
How charged with punishments the scroll,(如何なる罰に苛まれようと)
I am the master of my fate(我こそが我が運命の支配者)
I am the captain of my soul.(我が魂の指揮官なのだ)

William Ernest Henley(ウィリアム・アーネスト・ヘンリー) 『Invictus』より


第6話

 

 

 

 

「──おえええええ!」

 

「──もっと!!」

 

「──おえええええええっ!!」

 

「──……こんな奴等を指揮させちゃってごめんね…」

 

「──気にするな。ラプラス。水は要るか?」

 

 目的の座標までの移動を始めて約1時間が経っただろうか。

 

 不意にラプラスが身体の不調を訴えた。曰く、吐き気が酷く、地面がグラグラしているとの事であった。

 

 その不調の申告へ対し、ドレイク曰く──()()()()を食べ過ぎたのではないか、と彼女が口にし、ならば少し減らそうとラプラスが吐き出したのが事の始まりだ。

 

 ──ニケも嘔吐するんだな。

 

 ラプラスの背中を擦るムーアは些末なことを考えつつ、まだ一口も手を付けていない水筒を取り出すと嘔吐が治まった彼女へ差し出す。

 

「ありがとう、大尉!だがそれは無用だ!ヒーローが一般人から施しを受けるなどあってはならないからな!」

 

「…いや、もう本当にごめんね」

 

「…要らないなら、それはそれで構わん。くれぐれも注意してくれ」

 

 水筒を元の位置に戻すと、彼は来た道──と言っても倒壊した市街地の中のアスファルトに裂け目ばかりが目立つ舗装道路であるが、来た道を振り返る。

 

 サングラスを付けていない濃い茶色の瞳を細め、目を凝らすと遥か視線の先に動く3名分の人影を認め、小さな安堵の溜め息を吐き出してしまう。

 

「それにしても──やはり地上は良いな!ニケとして生きているような気になる!」

 

 吐き気と気持ち悪さ──不調から少しは立ち直ったのか、或いは単なる痩せ我慢か、ラプラスが笑い声を上げた後、胸を張った。

 

「これさえ終われば、これがまた当たり前の日常になるだろう。再びヒーローとして堂々と生きていける。──もう犯罪者のように隠れる必要もないのだ!ニケの本質通り、ヒーローとして生きていける!」

 

「…そうか。そうだな…」

 

「なんだ大尉!その気のない返事は!嬉しくないのか!?」

 

「…嬉しいか否かと問われれば前者だが」

 

 身長差がある彼を見上げ、ラプラスが覇気の薄い声を問い質すもムーアは軽く肩を竦めて見せ、続けて──煙草を銜え、オイルライターの火を点ける。

 

「皆、急ごう!目的地は目の前だ!」

 

 拳を突き上げ、快活な性格そのままの笑顔を表情へ浮かべた彼女が先を促した。

 

 

 

 

 

「──あそこが目的地?」

 

 メティス分隊、そしてムーアの後を続くカウンターズの面々の視線の先──荒れた大地の上へ姿を現した鉄筋コンクリートで築かれた建造物を目の当たりにしたアニスが傍らを進むラピへ問い掛ける。

 

「えぇ、そのようね」

 

「なんでしょうか、あれ?」

 

「随分、古いようだけど…」

 

 遠目に見えるだけでも建造物──角張った印象を受ける急拵えで造られたであろうそれの壁という壁には穴が穿たれている。煤けているのは弾痕の証であろうか。

 

「…1次侵攻の時のでしょうか?」

 

 リーフグリーンの瞳を瞬かせながらネオンが予想を口にする。

 

 おそらくはそれが正しい、と分かったのは建造物へ近付くに連れて増えて行く赤錆に覆われた戦車や装甲車の残骸だ。一様に車体後部を建造物側へ向けているのは退却の最中に撃破されたからであろうか。

 

 兵士達の墓標は何も語りはしない。ただ寂しげに一陣の風が通り抜け、砂塵を巻き上げて過ぎ去った。

 

「…なんだか気味が悪いです」

 

「なーにビビってんのよ。こんなの何処ででも──」

 

 珍しくもない光景だろうとアニスが続けようとした刹那、彼女の足下でカラリと乾いた音が鳴り響く。

 

 彼女が自身の足下を見下ろすと──戦闘服やボディアーマーを纏ったままの白骨死体があるではないか。

 

 錆びた大振りの突撃銃が白骨死体の側に落ちているのは、最期の瞬間まで交戦していたからか。その証拠に転がっている白骨死体は建造物側を向きつつ俯せに倒れ伏している。

 

「…この人、どんな風に死んだんだろうね」

 

 思わず感傷的な呟きがアニスの唇を震わせ、ややあって彼女はボディアーマーごと背中を踏んでいた白骨死体から、そっと脚をどかした。

 

「…ラプチャーの残骸…」

 

 ラピが紅い瞳を向ける先には古いモデル──まだ実体弾ばかりが主流であった頃のラプチャーの残骸が数十機も無惨な様子を曝け出している。

 

 この白骨死体──兵士によって撃破された敵機なのだろうか。

 

「…凄いね、この人…たった一人で…」

 

 これぐらいなら成し遂げてしまいそうな人物をアニスは脳裏に思い浮かべるが、それでもこの数は凄まじい。一見しただけでもロード級の残骸が何機か見受けられた。

 

 名も知らぬ兵士の白骨化した死体と別れ、彼女達は再び前進を始めた矢先──

 

「──銃声!」

 

「──接敵したんでしょうか!」

 

 聞き慣れたムーアが携行する突撃銃の銃声を含め、それとは異なる二種類の銃声が彼女達の耳朶を打つや否や、全員が駆け出す。

 

 その背丈が微妙に異なる三名の後ろ姿を枯れ木のように乾いた白亜の頭蓋に穿たれた眼窩が見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 触手が、ズタズタに千切れる、死ぬ、地面が割れる、ぐちゃぐちゃ、触手が、死ぬ、身体を貫く、ラプチャーが、崩れ落ちる、侵食される、殺される、死ぬ

 

 死ぬ

 

 死ぬ死ぬ

 

 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ

 

「──あ…あぁ…!」

 

 少女の唇が悲鳴とも言えないか細い吐息を洩らす。

 

 恐怖、怯え、それらに支配された彼女は足が竦み、眼前に迫るラプチャーの群れに何の抵抗も出来ない。

 

 手が震え、足が崩れ落ちそうになる。

 

 視界が歪み、世界が揺れ動く。

 

 その中で爛々と光る禍々しい真紅の単眼が放つ光点のみが色鮮やかな程に彼女の視界を覆っていた。

 

「──ラプラス!下がれ!!」

 

 突如、その眼前へ現れた大きな背中。

 

 背嚢を背負う人影が鋭く少女へ退くよう促しつつ構えた突撃銃を発砲する。

 

 薬莢が飛び散り、銃弾の直撃を受けたラプチャーが部品を撒き散らして荒れた大地へ糸が切れた操り人形の如く倒れる──その光景すら彼女は遠い世界の出来事のように映る。

 

「──ラプラス!しっかりしろ!!」

 

「──マクスウェル!早く連れて行け!ドレイク、俺の横に来い!!」

 

「──私に命令するな!」

 

「──今は俺が指揮官だ!」

 

「──それもそうか……エンカウンター!!」

 

 少女の眼前に別の人影が飛び込んで来た。黒と赤の衣服、白に近い銀糸の髪──それが同じ分隊に所属する()()()()だと気付くのにすら彼女は一拍以上の間を要した。

 

 散弾銃と突撃銃の銃声が混ざり合い、二重奏を奏で上げる最中、身動きの取れない少女が引き摺られ始める。

 

「──ラプラス、しっかり!」

 

 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ

 

 ラプチャー、追い掛けて来る、触手、地面が割れる、殺される──

 

「──はぁはぁ…!はぁはぁはぁ!!」

 

 乱れる呼吸は過呼吸のそれにも似て、少女の様子が悪化の一途を辿る最中、彼女達の後方から駆け寄って来た三名──その内のリーダーが異常を察して問い掛ける。

 

「──どうしたの!?」

 

「──前の任務のトラウマ!」

 

 短く答えた声で概ねを察したライトブラウンの髪を持つリーダーが眉間へ皺を寄せると、交戦を続ける彼や彼女の応援に仲間を引き連れて駆け出す。

 

 その後ろ姿すらも少女の目に映っていたのか否か。

 

「──指揮官!援護します!」

 

「──分かった!ドレイク、先に下が──伏せろ!!」

 

 隣に立つ急遽、指揮を執る羽目となった彼女を指揮官である彼が左腕で突き飛ばした。

 

 その瞬間──光線が一筋、彼と彼女の間を目にも止まらぬ速さで過ぎ去る。

 

 幸いにも直撃はしなかった。

 

 しかし──機械仕掛けの左腕を覆っていた戦闘服の袖は光線が掠めただけで燃え尽き、ガッデシアムの肌を黒々と炭化させてしまう。

 

「──お、お前…!」

 

「──指揮官様!?」

 

「──構うな!死にはしない!分隊、火力を前方の敵に集中!撃ちまくれ!!」

 

 内部のフレームが歪んでいないのは幸いなのだろうが、ガッデシアムの肌が焼け焦げ、人工筋肉の赤々とした凹凸が白日の下に晒された格好のまま彼は突撃銃を構え直すと引き金を引いた。

 

 

 

 

 




ここのところ、更新される間隔が開くだけでなくお話の文章量が短くて大変申し訳ありません。

そしてこの場を借りましてMr.You78様。遅れてしまいましたが拙作のご紹介をして頂きまして真にありがとうございます。

裏話としまして、Invictusという詩が私は好きでして、この詩を体現させられるキャラクターをいつか描いてみたいと考えていたのですが、それが拙作のショウ・ムーアというキャラクターの誕生に繋がっております。
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