勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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本当に久しぶりの投稿と更新となりました…これも全て残業続きなのが悪いんです。


第7話

 

 

 舌打ち一発。

 

 ガッデシアムの表皮が焼け焦げ、内部の人工筋肉が黒ずんで白日の下に晒された左腕の挙動が覚束ない。

 

 その事実を受け入れたムーアの反応はたったそれだけであった。

 

「──エリシオンはこんな感じで調整やってるんだ…伝導効率悪くない?」

 

 急拵えの普請であったのだろう第1次侵攻当時の鉄筋コンクリートで築かれた防衛施設。おそらくは野戦司令部の類だったのか。

 

 震えが止まらず、歯の根を鳴らし続けるラプラスを引き摺る格好でカウンターズとメティスの一行は最寄りの放棄されて久しい施設へ辿り着いた。

 

 いずれにせよまずは応急処置が必要だ。特にムーアの機械仕掛けの左腕は光線が掠めただけとはいえ、見事に灼かれ、一部が炭化している有り様である。

 

 床に座ったムーアの眼前に腰を下ろしたマクスウェルが手持ちの器具を使い、眉間へ皺を寄せながら──時折、ニケ製造に関しては競合他社となるエリシオンへの苦言を呈しつつも応急処置を進めた。

 

 仕上げに焼け焦げた表皮の中へ差し込まれた端子が繋がる端末を操作するマクスウェルが、やっと満足できる結果を得られたのだろう。あくまでも現状は、という表現となるが。

 

 ひとつ頷き、彼女は端子を引き抜くとターコイズブルーの瞳をムーアへ向けた。

 

「はい。どうかな?応急処置だけど、さっきよりはマシじゃない?」

 

「あぁ、ありがとう。…だいぶマシだ」

 

 確かめるかの如く彼は左手を頻りに握っては開きを繰り返し、挙動を確かめる。表皮は焼け焦げたが幸いにも内部の人工筋肉やフレームは問題ないようだ。

 

「まぁ、アークに帰ったら交換しないと駄目だろうけどね」

 

「…厄日が続いてるな」

 

 眼球のスペアはあったが、義手と義足に関してはそれがない。企業側(エリシオン)でストックされていれば良いが、とムーアは率直に考えてしまう。

 

 溜め息を吐き出し、続けて彼の双眸が向けられたのは部屋の隅で膝を抱えながら座り込むラプラスだ。

 

「……武装が展開されていなかったようだが……」

 

「メンテナンスがてらチェックしてみるよ。でも…たぶん…あれは…」

 

 言い淀む様子のマクスウェルが腰を上げ、ラプラスへ向かって歩み寄る。その後ろ姿を見送っていた最中、ムーアの両耳を覆うハウジングから一瞬のノイズが走った。

 

〈──状況を報告して〉

 

「──20秒、お待ちを」

 

 交信相手はシュエンだ。機械を介した声音だが、否応なしに困惑を感じさせる固いそれを聞き取りつつ彼は突撃銃を握って立ち上がる。

 

 部屋の外へ向かおうとするムーアを認め、後へ続こうとしたラピやアニス、ネオンを彼は片手を上げて制し、そのまま廊下に出た。

 

 部屋から少し離れ、きっかり20秒が経つと彼は改めてヘッドセットのマイクを左手の指先──普段よりも少し挙動が鈍く感じられるそれで摘み、口を開く。

 

「──お待たせしました。状況を報告します」

 

 隣り合う部屋へ身を滑り込ませた彼は手短に、数十分前のラプチャーの群れと遭遇し、交戦した結果をシュエンへ報告する。

 

 大雑把かつ手短に報告するのは、ロード級を含めた約20機のラプチャーと遭遇。結果としてその全機を撃破するに至るも過程で()()()()が発生した、というそれだ。

 

〈…何かの冗談でしょ?ラプラスが?〉

 

「…このようなことを冗談として口にする趣味はありません。見たままを報告しています。心的外傷後ストレス障害(PTSD)にも思えますが…生憎と自分はその方面の専門家ではありませんのでなんとも」

 

 途端に困惑を隠そうともしないシュエンの声がハウジングの奥から響き渡る中、ムーアはソフトパックを取り出すと軽く振って飛び出した煙草を銜えるや否やオイルライターの火を点ける。

 

 予想や想定の埓外の報告を受けたシュエンであれば、もっと取り乱すか、(なじ)るような物言いをするかとムーアは考えていたが意外である。ハウジングの奥からは沈黙しか返って来ないのだ。

 

 努めて冷静になろうとしているか、それとも予想外過ぎて反応すら出来なくなったのか──とはいえ、いずれにせよ静かなのは良いことだ。

 

 紫煙を燻らせる彼は滑り込んだ室内を見渡す。

 

 生きた人間がこの部屋へ入るのは何十年ぶりなのだろうか。埃っぽいのは仕方ないが、放置された机上にはマグカップがいくつか残されており、生活感が漂っている。

 

 何気なくいくつかのマグカップが放置された机上へ歩み寄ると、誰かの持ち物であっただろう一冊の本が目に留まる。

 

 それを拾い上げ、表紙を覆う埃を煙草の紫煙が含まれた息で吹き飛ばした。

 

 銜え煙草のまま表紙を一瞥し、ページを捲る。

 

「──Out of the night that covers me(我を覆う漆黒の夜)

 

〈──なに?〉

 

「…いえ、なんでもありません。失礼しました。それでどうします?私としては撤退を具申しますが…」

 

〈──ダメ。それは絶対にダメよ〉

 

「…()()()()

 

 溜め息混じりにムーアはシュエンを呼び捨てにする。

 

 ラプラスが戦力とはならない。その現状を考えれば、真っ先に思い至るのは撤退し、再出撃の機を窺いつつの整備や精密検査だろう。

 

 それが分からない程、彼女は愚かではない筈だ。

 

〈もう時間がないのよ。あの子達を庇うにも限度があるわ。これ以上、デモを無視することは難しい。ミシリスの株価も下落を続けているの…!〉

 

「…だからこそ今ここで踏ん張らなければならない、と?」

 

 現場を任された指揮官としては今直ぐの撤退を是が非でも認めさせたい。

 

 しかし同時にメティス分隊(彼女達)を不特定多数の悪意──悪意という表現は正しくないだろうが、彼女達を最終手段から守るタイムリミットが迫っていることも理解している。

 

〈──メンタルケアでどうにか出来ない…?〉

 

「ヒビが入った卵の殻を元に戻せと言われているようなモノです」

 

 遠回しに難しいと返答する最中、カウンターズやメティスの面々が整備を進め、休息を取っている隣の部屋で動きがあった気配をムーアは捉える。

 

「…なんとかしてみますが、期待はなさらずにお願いします。万が一の際は早期の撤退を決心しますので悪しからず」

 

 一方的に通信を切ったムーアは煙草を銜え、ついでに誰かの持ち物であっただろう一冊の本を小脇へ挟みながら部屋を抜け出る。

 

 その途端、視界の端に力なく歩く明るい金髪を二つの房に纏めた後ろ姿が入り込んだ。

 

 ラプラスである。

 

 紫煙を燻らせていた彼がその後ろ姿を見送る中、隣り合う部屋の扉から顔を覗かせるメティス分隊の面々を認めた。

 

「…どうした?喧嘩でもしたのか?」

 

 努めて穏やかな声で尋ねるも彼女達──マクスウェルとドレイクからは芳しい反応が得られなかった。

 

 ラプラスの状態は想像よりも深刻らしい。まぁそれについては分かり切っている為、今更の話だろうが。

 

「…ごめん。私達じゃ…。ベビー、なんとかならない?」

 

「…俺如きが大言壮語を吐ける訳もないが……彼女と話をするぐらいなら出来る」

 

 ターコイズブルーの瞳が微かに不安げに揺れる様子を見たムーアが小さな溜め息と紫煙を吐き出し、続けてラプラスが向かった先を目指して歩き出す。

 

「…あの馬鹿野郎を頼んだ」

 

()()ではないだろう」

 

「…それもそうか」

 

 銜え煙草のまま肩を竦める彼が通り過ぎる。その後ろ姿を彼女達は見送るしか出来なかった。

 

 タンカラーのブーツを履いた両脚を進めることしばらく──とはいえ、数分も経たずにラプラスの姿をムーアは発見する。

 

 廊下の隅に出来た陰へ座り込み、背中を小さく丸め、ファー付きのフードを被った姿を認めた彼は細く紫煙を吐き出すと、煙草の吸い殻を携帯灰皿へ投げ込む。

 

 微かな吐息と携帯灰皿の蓋を開閉する音が彼女の耳を擽ったのだろう。緩々とラプラスが顔を上げる。

 

「──…あっ……大尉、か…」

 

「──調子はどうだ?」

 

 軽い口調となるよう努めつつ尋ねるも彼女は再び顔を俯かせ、立てた両膝に額を埋めてしまう。

 

「…他の所に行ってくれ。今は……何か起こっても大尉を守ってやれない」

 

「…他の指揮官がどうかは知らんが、生憎とそこまで弱い人間じゃない。仮にラプチャーが襲って来てもキミを庇って応戦ぐらいは出来る」

 

「…そうか…そう…だったな…」

 

 ──なるほど。これは深刻だ。

 

 ムーアの記憶にあるラプラスというニケは快活を地で行く物だった。単純明快な性格とも言えるが、それが彼女の長所かつ美点でもあっただろう。

 

 だというのに()()()()()姿だ。

 

 とはいえ、らしくない、と断言するほど彼は偉くもないのだが。

 

「…隣、座っても?」

 

「…好きにしろ」

 

 許可も得られた為、ムーアは遠慮なく彼女の傍らへ腰を下ろす。背嚢はアニスへ預けているのもあり、ボディアーマー越しに壁の硬い感触を否応なく感じながらも彼は小脇に挟んで持って来た本を開き、続けて煙草を銜えるとオイルライターの火を点ける。

 

「……済まない」

 

「何がだ?謝るようなことをキミがやらかした覚えは生憎とないが?橋を落とした一件は片付いているだろう?」

 

 これで苦笑いでもしてくれたら御の字の軽口──なのだが、ラプラスはそのような余裕はないらしい。

 

「…私のせいで全て…台無しになった」

 

「…この作戦か?」

 

 軽口や皮肉は止め、真摯に受け止めようとムーアは考えを改め、続けて問い掛ければラプラスはフードで隠した頭を小さく上下に振った。

 

「…NIMPHがなくても…ヒーローだと証明したかっただけなのに。それが全てを台無しにした…」

 

 先に溜まっている物を吐き出させようと彼は相槌も打たず、ただページを捲る微かな音を響かせる。

 

「…皆の言う通りだ。私にNIMPHがないから…ヒーローじゃないのに…ヒーローになることを望んだから…作戦を台無しにし…皆を…危険に晒した…」

 

 ペラリとページが捲られる音、そしてジジッと葉が燃える煙草が燻る微かな音が彼女の静かな慟哭に混ざる。

 

「…私は…自分がヒーローだと思ったのに…違った。──私は…ただの弱い存在に過ぎない…」

 

 膝を抱え、背中を小さく丸めながら弱音を吐き出すラプラスの姿を横目に捉えたムーアは──溜め息を漏らすと、おもむろに右手で彼女が被るフードを剥ぎ取る。

 

 続けてその右手がラプラスの頭へ置かれ、クシャリと掻き回すような手付きで撫で始められた。

 

「……以前の任務だったな。英雄(ヒーロー)とは、なろうと思ってなるモノではない、と俺はキミに言った」

 

「…そうだ」

 

「…それを撤回するつもりはない。だがこうも言った筈だ」

 

 

 ───英雄(ヒーロー)とは──()()を成し遂げた人物が、いつの間にか勝手に周囲からそう評価されている存在だろう。その存在になる、という願望を前提にして英雄(ヒーロー)になった者は……まぁ過去の歴史上、居ないことはないんだろうが、きっと少ない筈だ。

 

 

 彼が面と向かって口にしたラプラスの在り方へ対しての反論であろう言葉の数々が思い出される。

 

 それらが今更、彼女の心の奥深くへ鋭利な刃と化して次々に突き刺さった。

 

「…英雄(ヒーロー)になる、というそれが目的や目標になるのは個人的には不健全な生き方にも思えるが…まぁ人それぞれの生き方だ。俺は批判や意見こそすれ、その在り方を否定はしない」

 

「…間違っている、と思ってもか?」

 

「間違っているかどうかはそこまで問題ではないだろう。そう生きたいのであれば、そう生きれば良い。俺如きの意見に左右されずだ」

 

 意外な言葉を聞いたラプラスが思わずムーアを見上げた。そこまで自分は底意地が悪い人間に見えるのか、と彼は紫煙を緩く吐き出すと軽く肩を竦めた。

 

「…古今東西の英雄と呼ばれる歴史上の偉人達も最初から()()だった訳ではない。弱い存在であったガキの時分もあったであろうし、何より多くの挫折や困難に見舞われた筈だ」

 

 明るい金髪が覆う頭から右手を退けたムーアは表皮が焼け焦げた左手で持っている本を改めて両手で握り直し、またページを捲る。

 

「逆境に屈せず、挫折すらも糧にした者こそが()()と呼ばれる存在なんだろうと俺は思う。敵を討ち滅ぼすだけが英雄へと至る道筋ではない」

 

「……そう…なのかもしれないな……」

 

 ラプラスの反応は今ひとつだ。それもそうだろう。彼女はムーアが口にした挫折と困難、逆境が眼前へ立ち塞がっている真っ最中なのだ。

 

 ──であれば、この本を残してくれた誰かに感謝せねばなるまい。

 

 この施設へ詰めていた兵士の一人だったのかもしれない。名も、顔も知らぬ先人へムーアは内心で感謝の言葉を紡ぐと、傍らのラプラスへ閉じた本を差し出した。

 

 眼前に差し出された本の存在は膝を抱えながら俯いていた彼女の視界にも辛うじて映ったらしい。

 

 緩々と顔を上げたかと思えば、古びた本の表紙とムーアの姿へ交互に視線を向けた。

 

「…詩は読むか?」

 

「…いや…」

 

「そうか」

 

 それはそれで構わない、とムーアは頷くと彼女の眼前に翳した表紙とページをいくつか捲る。

 

 やがて目的のページに辿り着いたムーアの指先が止まると、本を開いたままラプラスへ持たせる。

 

「…ウィリアム・アーネスト・ヘンリーという詩人が書いた詩だ」

 

「…済まない。…聞いたことがない」

 

 なにせ旧時代は19世紀の詩人だ。ラプラスが知らずとも無理はない。

 

 構わない、とムーアは頷きながら銜えた煙草から紫煙を燻らせた。

 

「…彼は12歳の時、病気を患って左脚を切断しなくてはならなくなった。ジャーナリストを志すが病弱なこともあって8年間も入院生活を送らねばならなかった。そして結婚し、娘を授かったが…その娘も6歳の幼さで亡くしてしまう不幸に見舞われる」

 

 不幸と試練の連続であっただろう。おそらくは神や運命を呪ったことも一度や二度ではなかったのではないか。

 

「──だが、それでも彼は試練に立ち向かった。理不尽な試練の連続に屈しない人間が放つ輝き、不撓不屈の在り方を詩として綴った。自分の運命は自分自身で切り拓くのだと彼は語った。そしてこの詩は時代を超え、自由と平等を求める一人の男へ運命に立ち向かう勇気と不屈の心を与えた」

 

 

 

Out of the night that covers me(我を覆う漆黒の夜)

Black as the pit from pole to pole,(鉄格子に潜む奈落の闇)

I thank whatever gods may be(如何なる神だろうとも感謝する)

For my unconquerable soul.(我が負けざる魂に)

 

In the fell clutch of circumstance,(無惨な状況に於いてさえも)

I have not winced nor cried aloud.(我は怯みも叫びしなかった)

Under the bludgeonings of chance(運命に打ちのめされ)

My head is bloody, but unbowed.(頭が血に塗れようと、決して屈しまい)

 

Beyond this place of wrath and tears(激しい怒りと涙の彼方に)

Looms but the Horror of the shade,(恐ろしい死の影が浮かび上がる)

And yet the menace of the years(だが、幾年月に渡る脅しを受けても尚)

Finds, and shall find, me unafraid.(我は何ひとつとして恐れはしない)

 

It matters not how strait the gate(如何に門が狭かろうと)

How charged with punishments the scroll,(如何なる罰に苛まれようと)

I am the master of my fate(我こそが我が運命の支配者)

I am the captain of my soul.(我が魂の指揮官なのだ)

 

 

 

 落ち着きのある低い声。それが朗々とラプラスの手に握らせられた本の開かれたページへ綴られた詩を諳んじる。

 

「──タイトルは…なんと読むんだ?」

 

Invictus(インヴィクタス)。ラテン語で征服されない、屈伏しない、というような意味だ」

 

 発音と意味が分からなかったラプラスが問うと、ムーアは詩を諳んじた時と同様の落ち着いた低い声で彼女の求める答えを返す。

 

「…何ひとつとして恐れはしない…」

 

「その本はキミにやる。世界中の有名な詩が載ってるようだ」

 

「…ありがとう…大尉」

 

「礼なら…何処かの誰かに言っておいてくれ」

 

 その本を残してくれた兵士の誰かか、或いは詩人本人へ。

 

 肩を竦めた彼は煙草を携帯灰皿に投げ込んで腰を上げると踵を返した。

 

 廊下の隅に出来た陰を抜け出て、廊下を進んで部屋へ戻ろうとしたムーアの眼前にマクスウェルとドレイクが現れる。

 

 光彩の異なる瞳がどうだったかを問うて来るも彼は何度目かとなる肩を竦める仕草を見せた。

 

「…あとは彼女の問題だ」

 




ところでイベント始まりましたね。

とりあえず……何故、ラピ水着verがガチャに登場しないのかと……(え、マジで出ないの?え、嘘?
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