勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─   作:一般指揮官

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Do not forget the very magnificent that has always existed in ourselves


第10話

 

 

 

 

 

「──タイラント級まで呼び寄せるとは…」

 

 敵機を集める為、シュエンが事前に放ったコーリングシグナルが想定以上の効果を発揮したのか、或いは大暴れしている一団を発見したからか。

 

 いずれにせよ面倒な敵機の登場である。いや、これまで交戦したタイラント級で面倒ではなかった個体はいないのだが。

 

 ラプチャーの大集団が本格的な攻勢を始め、その前進を猛烈な銃火による突撃破砕射撃で阻止していた矢先のことだ。

 

 突如として大地を埋め尽くす程のラプチャーの群れが退いたかと思えば、地平線の彼方に浮かぶ巨影を捉えたのである。

 

「──ラピ!アレはなんだ!?」

 

「──コードネーム ストームブリンガーです!」

 

「──千客万来だな!望んでもないってのに!嵐なんかお呼びじゃないぞ!」

 

「──早くこちらに!援護します!」

 

 赤錆が浮かぶ装甲車の残骸を盾にするムーアが7mほどの間隔を空け、大昔の戦闘で穿たれた砲撃の弾着点──だろう大きな漏斗状の弾痕の中に身を隠しているラピへ尋ねると敵機の正体が返される。

 

 苛立ち紛れにムーアが舌打ちを一発響かせるも、ラピは近くへ急ぎ来るよう促した。優秀なリーダーの意見具申には従うべきである。

 

 敵機の群れが退いたとはいえ、警戒は解けない。彼女が突撃銃を握り、銃口をラプチャーの大集団が退いた方向へ指向しているのを認め、彼もやっと動き始めた。

 

「──ラプラス、行くぞ!」

 

 拳銃を握ったまま、彼の背後へ隠れていたラプラスへ声を掛けるや否や、その腕を左手で掴んでムーアは駆け出した。

 

 7mほどの距離を一気に消化し、ラピの傍らへラプラスを連れて飛び込んだ彼はやっと掴んでいた腕を離し、両手で改めて突撃銃を握った。

 

「──フフフ、全て殺せ

 

 ──誰だ、今の。

 

 飛び込んだ砲弾によって穿たれた大穴の中で弾倉の残弾を確かめていた彼のヘッドセットを通過して鼓膜を震わせた少しばかり穏やかとは言えない声。

 

「おそらくドレイクかと」

 

「…割りと近くにいるみたいだな」

 

 眉間へ深い縦皺を刻み付けている様子から何かを察したのだろう。ラピも突撃銃の弾倉を抜き、残弾を確かめつつ先程の声の持ち主をムーアへ告げた。

 

 健在であると知れば彼は安堵の息を吐き出し、続けて銃口を敵へ──飛翔しながら接近する怪鳥の如き敵機へ指向した。

 

 交戦の用意が整うと口元へ伸びるヘッドセットのマイクを摘み、ムーアは通信を試みる。

 

「──ムーアだ。まだ全員健在だと信じているが、こんな状況にも関わらずタイラント級が出現した。まぁわざわざ言わなくても分かるだろうが」

 

〈──うん、良く見えるよ。どうするベビー?後退する?〉

 

 ハウジングを震わせたのはマクスウェルからの通信。後退の是非を問う彼女へ彼は溜め息を緩く吐き出し、接近を続ける怪鳥の特徴を良く掴もうと光学照準器を覗き込んだ。

 

「──航空優勢は取られたも同然だ。後退したところで追い付かれるだけだからな。ここで交戦、あの鳥野郎を撃破する」

 

〈──撃破って、勝つ自信があるの?〉

 

 戦場、ひいては戦争そのものは水物だ。

 

 運──などとは言いたくないが、そう形容せざるを得ない展開、そして状況で戦況と推移は容易く変化するものだ。

 

 勝敗の結末がどちらへどう転ぶのか、いくらシミュレーションしたところで結局は終わってみなければ分からない。

 

 しかし自信の有無を問われるならば──

 

「──惨めな敗北を前提に戦った経験は今まで一度もない。勝つ自信ならある。それに…」

 

〈──それに?〉

 

「──()()()()が傍にいるからな」

 

 光学照準器を覗き込んでいた機械仕掛けの右眼を傍らへ向けるムーアの視線の先には拳銃を両手で強く握り締めるラプラスの姿がある。

 

 濃い茶色の視線で見詰められていると気付いたのだろう。彼女は緊張と戸惑い──そして恐怖を必死に抑え込もうと表情を強張らせ、荒い呼吸を繰り返した。

 

〈──そっか。分かった。じゃあ、今から撮影用のドローンを飛ばすね〉

 

「──了解。…ここに来た目的を忘れるところだった」

 

 色々とありすぎて、記憶消去の危険に晒されているメティス分隊を救う為、という大義名分を見失うところであった。交戦前の不要な緊張を解す目的もあったのだろう。本音か冗談か判断が難しいそれをムーアがマイクに向かって呟くと、ハウジングの奥でマクスウェルを含めた複数の高い笑い声が順繰りに響いた。

 

 傍らでも──珍しくラピが彼の軽口に薄い笑みを浮かべ、口元を緩めている。それを視界の端で捉えると彼は片腕で彼女の背中を軽く叩く。

 

「準備は?」

 

「完了です」

 

「良し」

 

〈──ベビー、ちょっといい?〉

 

「どうした?」

 

 マクスウェルからの通信にムーアはすかさず応えるが、ラピは怪訝な様子で首を傾げている。どうやら彼だけに繋がるようマクスウェルは通信しているらしい。

 

〈──ストームブリンガーはタイラントの中でも()()()()()()()だから私達も余裕がなくなって守ってあげられないかもしれない。危ない時は自分で自分の身を守って〉

 

「──安心しろ。()()()()()()だ」

 

 気遣いか警告か──いずれにせよマクスウェルが彼へ向けて生命と肉体は自分で守るよう告げるが、その心配は無用だとムーアは返す。

 

 むしろ()()()、と言わんばかりである。

 

 今までがそうであったように、これからもそうであろう。

 

 ニケ用の、対ラプチャー用の火器である突撃銃を握っているのは何の為か。言わずもがな。ラプチャーと砲火を交え、撃ち倒す為だ。

 

〈──うん、そうだった。そうだったね。…でも…こんなことは言いたくないけどさ…〉

 

「──本音を言ってくれて構わん。まぁ時間が許す限りになるが」

 

 ニケと比較して脆弱な人間がほざくな、などの罵詈雑言でも受け止めるつもりでいる。それは覆しようのない事実だ。

 

 とはいえ時間はあるようで実際はない。怪鳥──ストームブリンガーとの接触と交戦まで残り数分もないだろう。

 

 手短に伝えてくれるようマクスウェルへ促すと、彼女は呼吸を整える吐息をハウジングの奥で漏らした。

 

〈──ベビーの為にも…ダメそうになったら自分で判断して逃げて欲しい。どういうことか…分かるよね?〉

 

「──Negative(却下)。敗走は趣味じゃない。そして大切な部下を置いて自分だけ尻尾を巻いて逃げたくもない」

 

〈──意地張らないでよ。…ベビーに死んで欲しくないだけ〉

 

「──…それは…指揮官絶対保護があるからか?安心しろ。拡大解釈すれば死んだとしても手の込んだ自殺と見做されてキミ達は罪に問われないからな」

 

 ──二ブチン。

 

 彼が返す言葉にマクスウェルは内心で溜め息を吐き出したくなる気分だろう。

 

 勿論、気になる実験対象──いわゆる実験体(モルモット)としての興味が尽きないのも理由のひとつだ。その()()()が呆気なく死んでしまっては折角の、これから色々と計画している実験が御破算となってしまう。

 

 それはそれとして──彼女としては()()()()()したのに気付かないのか、と呆れすら抱いてしまった。口にしないと繊細な乙女心を理解しないのだろうか。

 

「──だが、忠告には感謝する。退き際は見逃さないようにしよう。ヤバくなったらラピとラプラスを担いで逃げるから援護を頼む」

 

〈──出来るの?〉

 

「──出来ないとでも?それと…そろそろ使()()。合図を出したら直ぐに起爆させてくれ」

 

〈──上手く起爆しなかったら?〉

 

「──その時はその時だ」

 

 神のみぞ知る──などとは言わない。とはいえ155mm砲弾の中へ充填された炸薬の機嫌と意地次第だろう。信管はマクスウェルが有り合わせとはいえ自身を以て作り上げたのだ。

 

 もし起爆出来ずともメティス分隊、そしてカウンターズ分隊の全火力を集中させ、あの怪鳥を無理矢理にでも地面へ叩き落とすのみである。

 

 難しく考える必要はない。それを自身にも言い聞かせながらムーアは通信を切った。

 

 

 

 

 

 

 怪鳥──ストームブリンガーと接触し、全員の砲火が滞空する敵機へ集中する中、彼はタイラント級の感想を率直に漏らす。

 

「──スカスカだな」

 

 翼長数十mはあるだろう。タイラント級とは、どいつもこいつも異形の姿形をしている法則でもあるのか。

 

 鳥類の骨格は学者に言わせれば「強度を維持しつつ軽量化」するベクトルの向きで進化して来たと言う。有り体な表現となるが()()()()とも言われる程だ。

 

 羽根を模している──のだろう構造物の存在も見えるが、どうにも彼の目には規格外の大きさの鳥類の骨格が意思を以て飛翔しているとしか見えない。

 

再装填(リロード)!」

 

「カバーします!」

 

 ガチン。弾切れを報せる振動が手の内を通して伝わると彼は弾倉の交換を宣言しながらポーチへ手を伸ばす。その間、彼へ攻撃が集中しないようラピが弾幕を張る中──ラプラスは手に握る拳銃を強く握りつつ背を丸めて震えていた。

 

「──ラピ、翼の付け根にある銃座(ターレット)を狙え!!」

 

 薄紫色の光弾が放たれては、彼等が籠もる穴の付近へ至近弾として降り注ぐ。

 

 巻き上げられた土砂の塊が頭上へ落ちて来るが、怯むこともなく彼はACOGを覗き込み、レティクルへ捉えた怪鳥の銃座へ射撃を加える。

 

 その銃座の砲口が動き──自分達へ指向された気配を感じ取るや否や、ムーアとラピは身を屈めた。

 

「──ラプラス!」

 

 反応が遅れたラプラスへラピが警告を叫ぶ。しかし彼女は即応できる状態ではない。

 

 ムーアが反射的に半身を起こし、ラプラスへ片腕を伸ばして抱き寄せた瞬間──頭上を、それこそ被ったヘルメットの頭頂部のギリギリを光弾が通り抜け、背後に弾着した。

 

 ジュッと融解した音が鳴ったのが先か、それとも弾着で土砂が横殴りに降り注いで来たのか先だったか。

 

「──熱ッ!!」

 

 思わず叫ぶ程に頭頂部が熱くなり、ムーアは堪らず被っていたヘルメットを脱ぎ捨てた。

 

 光弾がギリギリを霞めた影響だろう。頭頂部が融解しているではないか。

 

「指揮官!」

 

「大丈夫だ!」

 

 不思議なことに髪すら焦げていない。本当に紙一重だったのだろう。念の為に自身の頭部を触って確かめるもヘッドセットのヘッドバンドの硬い感触を覚えた。こちらも溶けてはいないらしい。

 

 傍らにラプラスが伏せる格好となり、フードにも土砂がたんまりと降り積もってしまうが彼女は恐怖で身が竦むのか払う様子すらなかった。

 

 泣き喚かないだけ上等──と考えつつムーアは改めて突撃銃を握り直すと銃口を悠々と飛翔する怪鳥へ向ける。

 

「ラピ、擲弾用意!向かって左の銃座を狙え!!」

 

「ラジャー!」

 

 彼の命令に素早く反応したラピが吊るした擲弾の1発を突撃銃の下部へ取り付けた発射器へ装填する。

 

 その隣でもムーアが擲弾発射器の銃身をスライドさせ、薬室へと擲弾を装填した。

 

「──撃て!」

 

 照準具で狙いを付け、互いの引き金がほぼ同時に引かれる。

 

 シュポンと気の抜ける発射音と共に2発の擲弾が左右へ広がる翼の付け根──そこから地上へ向かって光弾を放つ銃座を目指した。

 

 炸裂もほぼ同時である。

 

 炸裂と共に弾殻が飛び散り、その破片と爆風が銃座の制御へ異常を来したのか途端に光弾の射撃が止んだ。

 

 そればかりか付け根を攻撃されたことで怪鳥の高度が徐々に落ちていくではないか。

 

 しかも幸運にも──

 

「──マクスウェル!!」

 

 それを見逃す筈もない。

 

 ムーアがヘッドセットのマイクに向かって鋭く命じる。それが合図だと察したマクスウェルはその場しのぎかつ急拵えで作り上げた信管を作動させる為、取り出した携帯端末の液晶画面へ浮かぶボタンをタップした。

 

 ──信号が送られた。

 

 それを正しく受信した信管のアンテナは直ちに作動を始める。

 

 マクスウェルが作った信管の撃針が落ち、それが起爆筒を突く。すると起爆薬が発火。その炎は火道を通り──起爆薬、導爆薬、伝爆薬を次々に燃やし、衝撃波と高速破片を放出。

 

 信管で生まれた衝撃波と高速破片は砲弾の内部へ至り、溶填されたまま何十年も()()()を待ち焦がれていた炸薬へ達した。

 

「伏せろ!!」

 

 ムーアが身を竦めているラプラスの上へ覆い被さりながら声を張り上げた瞬間だ。

 

 大地が裂けるのではないかと錯覚してしまいそうな程の振動と共に大気を震わせる衝撃波が、やや遅れて鼓膜が破れ、聴覚システムがエラーが起こしかねない轟音。

 

 頭蓋の中身がシェイクされてしまう感覚を味わう中、ムーアは土砂と共に大小の礫や錆びた鉄片が降り注ぐ状況にも関わらず顔を上げて()()を確認する。

 

「──ざまぁみろ」

 

 ──()()()()()()()()を浴びた気分はどうだ。

 

 耳まで裂けるのではないかと思われかねない程に彼は口角を釣り上げた。

 

 弾薬庫に保管されていた155mm砲弾を転用した地雷は実に25発。無事に全てが起爆したのは幸いだ。

 

 ただし怪鳥にとっては不幸以外の何物でもない。

 

 高度が落ちた途端、直下から弾殻や大小の礫に錆びた装甲の破片が爆風と共に噴き上がって来たのだ。しかも25発分のそれがである。

 

 本来の用途とは異なるが、見ての通りのスカスカな機体構造だ。直撃を受けてはひとたまりもない。

 

 片翼が吹き飛び、そのまま地面へ無様に落下して藻掻く敵機の姿を認めるとムーアは両分隊へ命じ、怪鳥へとどめを刺す指示を下した。

 

 

 

 

「──いやぁ…あんなの良く倒したね」

 

「──そうだな。だがマクスウェル。キミのお陰でもある。改めて感謝する」

 

「──ちょっ…!もう…止めてってば急に」

 

 突撃銃の銃身が熱を帯びる程、銃弾を叩き込んだ甲斐があったようだ。

 

 穴から這い出たムーアとラピの視線の先にはピクリとも動かなくなった怪鳥が、その巨体を無惨に晒している。

 

 無意識に煙草を銜えた彼へ彼女がターボライターの火を貸していたところにマクスウェルが、ドレイクが、そしてアニスとネオンも合流する。

 

「くそ〜死ぬかと思った」

 

「大変でしたけど、火力が思いっ切り使えて良かったです」

 

「…そっちも散々だったみたいだな」

 

「まぁね。…汚れてるよ?」

 

「…ん?あぁ、悪い」

 

 土砂を何回も全身に被ったからだろう。一応は軽く手で払ったとはいえ、完全には落とし切れていなかったようだ。

 

 アニスが上背のあるムーアを見上げながらフィンガーレスグローブを嵌めた手でボディアーマーの双肩を払う最中、彼やラピが這い出た穴からラプラスが立ち上がる。

 

 その手にはいまだに拳銃が握られているが──発砲の残り香である硝煙のそれは全く漂っていなかった。

 

「──…何も…出来なかった…」

 

 ただの1発も撃てなかった。

 

 ただ震え、恐怖に身を竦ませ、腕を引かれ、庇われていただけで終わってしまった。

 

「──結局、私は……」

 

 ──NIMPHが無いと何も出来ない。

 

 自分はここまで弱かったのか。それを改めて突き付けられた気分でしかない。

 

 これまで()()()()()()()()としか見ていなかった人間に守られていた。腕を引かれ、導かれ、そして何度も庇われた。

 

 この中で最も弱く、そして足手纏いになっているのは──

 

「……役立たずの私じゃないか」

 

 まだ()()()()()は先らしい。

 

 随分と後ろ向きな性格になってしまったモノだ、とマクスウェルが溜め息混じりに肩を竦める。

 

 静かなのは結構なのだが──これはこれでなんとも複雑なものだ。

 

 とはいえタイラント級を撃破した映像はしっかりとドローンで撮影した。撮れ高は充分である。

 

 ついでに言えば当面の直接的な危機は去ったと彼女は安堵するのだが、傍らに立つドレイクの様子は優れないままだ。

 

「どうしたのドレイク?なんでまたそんなに深刻そうなの?全部終わったのに」

 

「──マクスウェル。何かおかしい」

 

 真紅の瞳を忙しなく左右へ向ける彼女は──手にした散弾銃を改めて握り直した。

 

「──まだ身体が…ぞくぞくする」

 

「………は?」

 

 何を言っているんだ──マクスウェルが問い返そうとした瞬間、カチリと安全装置を外す音がやけに大きく響く。

 

「──正面に敵機多数!!」

 

 25発の砲弾が地中で炸裂し、凸凹の起伏が著しい地形となった地表へ倒れ伏す怪鳥の残骸の向こうで蠢く多数の()()を捉えたムーアが銜えた煙草を吐き捨て、警報を口頭で発した。

 

 同時に突撃銃を構え、引き金を引き、曳光弾が光の尾を走らせながら、ひしめき合い、蠢く敵機の群れの中へ吸い込まれて行く。

 

「──まだ…あんなに…!?」

 

「──ラプ…チャー…!?」

 

 タイラント級が撃破されたのだ。集結していた敵機の群れも退散していても良かろうに──と彼は弾薬が尽きた弾倉を交換しつつ考えるもラプチャーの群れから本格的な()()が始まったのを認め、全員へ身を隠すよう命じる。

 

「──散開!固まるな!散らばれ!ラプラス、こっちだ!来い!!」

 

 眼前の光景──旧型機も混ざっているのか実体弾と光弾を放つ敵機が混ざり合い、砲撃と射撃を盛んに加えつつ前進して来る光景にラプラスがガタガタと歯の根を鳴らして固まっている。

 

 その細い腕を掴んで引き摺ったムーアは先程まで身を隠していた穴の中へ飛び込むと受け身を取り、腹這いとなったまま突撃銃の銃口を向けて引き金を引き絞った。

 

「──ラピ!……は、別のところか。アニスやネオンも無事だと良いが…」

 

 一番手近な場所へ飛び込んだは良いが、散開を命じたのもあり、両分隊ともバラバラになっただろう。

 

 普段なら間違いなく隣にいる彼女へ擲弾を撃ち込むよう指示を出そうとしたが、その姿がないことに溜め息を吐き出したムーアは代わりに自身の突撃銃の下部へ取り付けた発射器へ擲弾を装填。

 

 その発射口を敵機の群れへ指向し、引き金を引いた。緩い孤を描いて飛翔する擲弾が、やがて弾着と同時に炸裂し、何機かのラプチャーを纏めて撃破するも総数を見れば微々たる損害しか与えていないだろう。

 

「──死ぬ…死ぬ…死ぬ…!」

 

「──安心しろラプラス!誰でも一度は死ぬんだ!」

 

 仮にここで死んだとしても、一人寂しく死ぬ訳ではない。

 

 そんな軽口を叩こうとしたが──顔面蒼白の横顔が伺えてしまうと流石の彼も口を噤む。

 

 周囲でも応射の聞き慣れた銃声や発射音が響き始める。その応射の音が全員の健在を報せているようでムーアは無性に安堵する。不思議なことに鉄火場のど真ん中なのだが──不意に鋭い風切音が頭上で響く。

 

「──ラプラス!!」

 

 間延びしたそれではない砲弾らしき落下音。至近に弾着する、と察知したムーアが傍らのラプラスへ覆い被さった瞬間、砲弾が穴の中へ落下した。

 

 腹が揺さぶられる程の轟音と炸裂の衝撃波で彼とラプラスは吹き飛ばされる。

 

 「──ッ…ハッ…!」

 

 吹き飛ばされ、地表へ転がり出てしまったと悟ると同時に全身を駆け巡る痛みがムーアを襲う。

 

 強かに身体を打ち付けたから、というだけではない。

 

「た、大尉…!」

 

 ()()()()には程遠い挙動──四つん這いになって慌てて彼へ駆け寄ったラプラスは全身に突き刺さった敵弾の破片を目の当たりにして蒼白の顔面を強張らせる。

 

「…グソ…!じゃべりにぐい…!」

 

 頬にも砲弾の尖った破片が突き刺さり、それが貫通して口腔へ至っている。

 

 それをムーアは指先で掴むと、力任せに引き抜いて破片を投げ捨てるや否や、血の混じった唾液を吐き出すと身を起こし、背中にラプラスを庇う形で片膝立ちの膝射ちの姿勢を取った。

 

「──なんで…なんで私なんかのために…!」

 

 役立たずなのに──

 

 ヒーローじゃないのに──

 

 何故、どうして──

 

「──指揮官!!」

 

「──ラピ、避けて!!」

 

「──アニス!!」

 

「──後退しろ!ラピ、マクスウェル!分隊を下げろ!急げ!!」

 

 引き金へ指が掛かり続けている。

 

 銃弾が次から次に薬室で雷管を撃針で叩かれては撃ち出され、敵機を撃ち抜くがそれでも足りない。

 

「ラプラス、下がれ!!」

 

 形勢不利を悟り、ムーアは立ち上がる。重心を落として銃口を迫り来る敵機の群れへ指向し、銃撃を加えつつ背中に庇う彼女と共に後退を始めるが──

 

「──グッ!」

 

「──大尉!?」

 

 光弾の1発が炭化した機械仕掛けの左腕の肘から先を灼き尽くす。

 

 痛みは走らないが、被弾した衝撃で銃撃が止まった瞬間、敵機の砲火が集中する。

 

「──下がれ!ラプラス、下がれ!!」

 

 左腕の肘から先が消し飛んだのは少しばかり厄介だ。とはいえ、応射に僅かな支障を来たすだけとも言える。

 

 右脇へ突撃銃の床尾を挟み込み、腰だめ撃ちに近い形で銃撃を浴びせ掛ける。

 

 全身に──ボディアーマーで守られていない下肢を中心に大小の破片が突き刺さり、絶えず鮮血が流れ落ちている有り様だ。

 

 後退する最中、ムーアの目と鼻の先で敵機が放った擲弾だろう1発が炸裂する。

 

 炸裂と同時に弾殻の大振りの破片がいくつか出来上がり、その内のひとつが彼の腹部へ──セラミックプレートを先端が貫通し、腹部に突き刺さった格好となる。

 

 炸裂の衝撃で再び吹き飛ばされ、背中に庇っていたラプラスを下敷きにして仰向けのまま倒れ込んでしまう。

 

「──…ッ…大尉…!…血が…!!」

 

「──……落ち着け…()()()()()()だ。…この程度で死なせては…くれないらしい…」

 

 彼の下敷きになったからか流れ落ちる鮮血を浴びたラプラスが慄く。既に致命傷の筈だ。

 

 もう身動きが取れなくなっている筈だと言うのに──ムーアはまだ立ち上がろうとする。戦おうとしている。

 

「──どうして…!!」

 

「──()()()()()()から…そして…部下の為に命を張る…ヒーローじゃない凡人の俺には…これぐらいしか出来ないからだ…!」

 

 左腕が半ば灼き尽くされ、バランスが取り難い中でも彼は身を起こす。

 

 その場へ座り込み、荒い呼吸を繰り返す中──ムーアは突撃銃を握っていた右手を握把から離すと、纏ったボディアーマーのポーチへ向かわせる。

 

 そこから引き摺り出した一本の無針注射器を一瞥し──無造作に自身の首筋へ宛行うと薬剤を注入するボタンを押し込んだ。

 

「──ッ…!」

 

 微かな痛み、そして()()が体内へ注ぎ込まれる大きな違和感に彼は眉間へ縦皺を刻む。

 

 やがてアンプルへ充填された薬剤が尽きると、突き立てた注射器を投げ捨ててしまう。

 

「…はぁ…はぁ──…ハァハァ……ハハハハッ…!」

 

 次第に彼の口角が緩む。

 

 耳まで裂けるのではないかと錯覚してしまう程に口角を釣り上げ、生身の左眼が充血を始めた。

 

 昂揚感──或いは興奮によってか笑いが止まらず、蝕んでいた全身を走る痛みが遠のく。

 

 

 ──殺せ──

 

 ──潰せ──

 

 ──戦え──

 

 

 

 脳内で反響する言葉の羅列。

 

 間近まで迫る怨敵の群れを殺し尽くせと命じるそれへ突き動かされるまま──あれだけ重かった筈の身体が今は驚くほどに軽い。

 

 ミシミシと筋肉が張り詰めて軋みを上げる肉体へ少しだけ力を入れれば、あっさりと彼は立ち上がった。

 

 果たしてどれほどの体温となっているのか彼の身体からは湯気が立ち昇っている。

 

 半死半生の筈のムーアが全身から戦意と殺意を振り撒きながら立ち上がる姿を信じられない様子で見詰めるラプラスへ──彼は肩越しに機械仕掛けの義眼が嵌め込まれた右眼を向けた。

 

──ラプラス

 

「…大尉…?」

 

──英雄(ヒーロー)は誰でもなれる。なり方は誰もが知っている

 

 ──なのに英雄(ヒーロー)が少ないのは極限の状況で知っている筈の()()()を実行へ移せないからだ。

 

 淡々とした口調のまま──眼前まで敵機の群れが迫る中、彼はラプラスに向けて語る。

 

──自分の理想を思い描け。その理想通りの行動と勇気を示せば、人はキミを英雄(ヒーロー)と呼ぶ

 

 左腕が──全身も無惨な状態だというのに抗戦の意志を昂らせたまま彼は前へ駆け出す。即ち、迫り来る敵機の只中へと。

 

 蛮声と喊声を轟かせ、右腕のみで握った突撃銃の引き金を引き続けながらムーアは敵機の群れに突っ込んだ。

 

 ラプラスが止める間もなかった。

 

 次の瞬間には目を覆いたくなるような遺骸が出来上がると自身の双眸を強く閉じた時──ガツンッと凄まじい衝撃音が響き渡る。

 

 思わず瞳を開け、顔を上げる。

 

 彼女が向けた視線の先──迫り来る一機のラプチャーが宙を舞う光景があった。

 

 禍々しい赤い単眼のような核の部分が装甲ごと、ひしゃげた格好のまま宙を舞う光景──冗談のような光景にラプラスだけでなく、他のラプチャー達も何が起こったのか眼前の光景が現実のそれなのかと、システムエラーを起こしたかの如くフリーズする。

 

──所詮は機械。死の概念はないだろうな。もし自我がないなら死そのものは恐くないだろうが──なら俺はどうだ?

 

 ()()()()()()ラプチャーが何機かを巻き込んで地面を転がった瞬間、彼は手近な所にいた敵機へ至近距離から3発の短連射を叩き込む。たちまちガキンとボルトストップが掛かる。

 

 しかしこれで終わりではない。突撃銃そのものをスリングベルトへ吊るしつつ──装甲へ穿たれた3発の弾痕の中心へ彼は右手で作った硬い握り拳を打ち込んだ

 

 装甲が()()()、敵機の機内に入り込んだ硬く張り詰めた右腕。その手の平が太いケーブルらしき物を掴むと力任せに敵機の機外へ引き摺り出した。

 

 機外へ引き摺り出したそのケーブルを力任せに引き千切ると、夥しい量のドス黒い触媒がムーアを染め上げる。さながら──返り血の如く。

 

 ケーブルを引き千切られ、機体を痙攣させた後に核から光が喪われたラプチャーが機能を停止した。返り血を浴び、黒に染まったムーアが爛々と光る双眸を周囲の敵機へ向けると──ラプチャーの群れへ動揺が走った。

 

──なんだ?恐いのか?機械の分際で殊勝だな

 

 あのラプチャーが人類である彼を前にして慄いている。

 

 足下へ鮮血を滴らせながら一歩を踏み出した時、敵機の群れも一歩後退する。

 

 その現実離れした光景に──或いは余りにも威風堂々とした姿を目の当たりにしたラプラスの脳裏へ詩の一説が浮かび上がる。

 

 

 

Finds, and shall find, me unafraid.(我は何ひとつとして恐れはしない)

 

 

 

 臆病に苛まれる心を、今すぐ逃げようと踵を返しそうになる脚を奮い立たせたラプラスが全身へ力を入れる。

 

 

 

 

The greatest glory in living (生きる上で最も偉大な栄光は)

 

lies not in never falling, (決して転ばないことにあるのではない)

 

but in rising every time we fall.(転ぶ度に立ち上がり続けることにある)

 

 

 

 

 彼が教えてくれた詩によって挫けそうになった心を再び奮い立たせ、自由と平等の為に立ち上がった誰かの言葉がラプラスの心へ火を灯す。

 

 その火はか細く、頼りないそれなのかもしれない。だが、火は確かに灯った。

 

 

 

 ──英雄(ヒーロー)は誰でもなれる。なり方は誰もが知っている

 

 ──自分の理想を思い描け。その理想通りの行動と勇気を示せば、人はキミを英雄(ヒーロー)と呼ぶ

 

 

 

 弱気な自分を見せたくないと無意識に被っていたフード()を脱ぎ捨て、金髪を靡かせる少女の蒼い瞳に映る満身創痍の大きな背中。

 

 何物も恐れず、決して屈さず、振るうその力は誰かの為に──

 

「──ヒーローは誰でもなれると貴方は言った。なら貴方こそがヒーローなのではないか──大尉(キャプテン)

 

 相対してそのようなことを言えば──きっと苦笑しながら勘違いだと返されるのが関の山だろう。不思議とラプラスは克明にその姿を予想してしまう。

 

 だが彼は──誰がなんと言おうとも──

 

「──武装、展開…!」

 

 握った拳銃へ力を加え、呼吸を整える。

 

 それまで機能しなかった能力が──ラプラスが理想とする姿へ変わる手助けをしてくれる。

 

 顔がプロテクターで、そして全身が装甲で覆われるや否や彼女の手には大振りの発射器が握られる。

 

 その発射口を敵機の群れへ指向し、チャージを始めると蒼白いスパークが走り始めた。

 

「──大尉(キャプテン)!!」

 

 射線から避けるようラプラスが警告するよりも早く彼は155mm砲弾の炸裂で穿たれた大穴の中へ飛び込んだ。

 

 それを認めた瞬間、彼女は発射のボタンを押し込む。

 

 蒼白い太い光芒が一直線に──地面を抉りながら敵機の群れとの彼我の距離を一瞬の内にゼロとし、その光芒の中へ無数のラプチャーが消えては爆散していく。

 

 敵機の群れは、文字通りに薙ぎ払われた。

 

 戦場となった荒野が残骸と鉄が焦げた臭いに覆われ、敵機の掃討を認めた時、ラプラスはやっと武装展開を解除する。

 

「そして私も──ヒーローだ」

 

 




お待たせ致しました

今週の始めにコロナ陽性となってしまいまして、42℃まで体温が上がり、苦しみ抜きましたが……なんとか治りました。

まだ病み上がりの最中に書きましたもので果たしてこれで良かったのか戦々恐々としております。
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