勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
「──ラピ、アニス!援護しろ!!ネオン、付いて来い!!」
重い背嚢を背負っているとは思えない挙動のまま彼が姿勢を低くし、側面へ向かって頭上を光線が目にも止まらぬ速さで通過するのにも構わず瓦礫から瓦礫へと移動する。
その後を追い掛ける小柄な体躯は釣られるように遮蔽物へ飛び込んだムーアの真横へ。──砲火が集中したら纏めて吹き飛ぶのだが、今から離れろという訳にもいかない。
「次からは少し離れろ!──準備は良いか!?良し、撃て!!」
正面で火線を張るラピとアニスにラプチャー達は引き付けられている。それを認めた彼が傍らのネオンへ合図を送るや否や身を隠した遮蔽物の上に上体を晒し、構えた突撃銃の銃口を敵へ向け、同様に彼女も自分好みに改良と改造を重ねた愛用の
発砲はほぼ同時であった。
撃ち方止め。
その号令を彼が発すると銃声がピタリと止まった。彼等が銃口を向ける先には破壊され、黒煙を上げる10体のラプチャーの残骸がひれ伏している。
ムーアの集合の合図と共に遮蔽物から身を踊らせたラピとアニスが駆け寄って来る中、彼は弾倉を抜いて残弾を確認した。まだ何発か弾薬は残っているが念の為に新しい弾倉と交換し、抜いた弾倉はダンプポーチの中へ放り込んだ。
「損害は?」
「ありません指揮官」
「ねぇ、ネオン。さっきから思ってたんだけど…その銃、火力高すぎない?」
ラピの報告を聞きながら全員に損害が出ていないと目視で確認を済ませる彼の横でアニスが問い掛ける。
亜麻色の瞳が向けられる先にあるのはネオンが先程まで大粒のペレットを撒き散らしていた散弾銃だ。
「──火力は高ければ高いほど良いですからね」
「…うん、まぁ…そうだな」
問われたネオンが笑顔で口にする言葉へ彼も思わず一定の賛同を表明する。確かに火力は正義だ。大概の問題は片付くであろう。
「──この世は火力が全て!火力だけが私達を守ってくれるのです!」
「…そ、そっか…」
伝道師か、宗教家のような口振りで火力至上主義を語る彼女へ尋ねた筈のアニスは目を点にしてしまう。火を点けてしまっただろうか、と思っても後の祭りだ。
「さぁ、皆さん!私の言葉を復唱して下さい!──火力最高!!」
「…火力最高…」
一定の賛同できる意見である為、釣られてムーアが小声とはいえ復唱してしまう。それを聞いて弾かれたようにラピ、そしてアニスが視線を向けた。まさか彼が復唱するとは思っていなかったらしい。
「……え?俺だけか?」
てっきり皆で復唱するものかと。思わず彼女達へ交互に視線を向けるが、ラピとアニスは彼から顔を逸してしまう。一方のネオンは──同志を見付けたかの如くリーフグリーンの瞳を眼鏡越しに輝かせていた。
それはそうと先程の戦闘で彼等はやっと鉄道橋を渡れるようになった。
電流が走っていないことを改めて確認し全員が周囲を警戒しながら橋を渡り切れば、目的地である発電所は目と鼻の先まで迫っている。
迫っているのだが──スキャンの結果、発電所の正面には50機以上のラプチャーが蠢いているとシフティーが報告して来た。
流石にそれだけの規模のラプチャーと真正面から撃ち合うのは得策ではない。進入は可能だというシフティーへ対し──
「自殺行為、って言うのよ。普通は」
──と無線越しにやり合うアニスを尻目に彼はポーチから双眼鏡を取り出すとレンズを覗き込んで1km以内まで迫った発電所の様子を偵察する。
煙突から煙が上がっているのが見えた。
「…あの発電所は稼働してるのか?」
〈はい。理由は分かりませんが、少し前から稼働が始まったそうです〉
「…機械やシステムの誤作動か?しかし……あの発電所は火力発電所か?となれば石炭を燃やすが…それは何処から…」
燃焼で水を蒸気に変え、それを使って発電機へ繋がる巨大なタービンを回すことで電気を作るのが火力発電の大まかな仕組みだ。となれば燃料である石炭の類を持ち込まなければならない。あの発電所にどれほどの石炭が保管されていたのかは知らないが、無尽蔵ではないのは確かだ。
「…まさか人間でもいるのか?」
〈中央政府の公式見解では地上に残った人間の数はゼロです。しかし物事には例外が付き物です。発電所の稼働という怪現象を調査する為に何度も同様の作戦を試みましたが……〉
「成果は無かった、と」
既に何度か失敗している任務を仰せ付かるとは。笑えば良いのか、それとも困れば良いのか。判断が難しい時は煙草が一番と彼は双眼鏡を仕舞うと小振りなポーチから透明なビニール袋──食料保存用のそれを取り出した。中には煙草のソフトパック、そしてオイルライターが詰められている。閉めていたジッパーを開け、煙草を一本銜えるとライターで火を点けて紫煙を燻らせる。
「ちなみにいくつかの分隊を纏めて投入して大規模にやってもダメだったみたいよ。わんさかいるラプチャーにやられちゃったんだって」
「…そこまであの発電所に固執する理由は生存者の可能性、というだけではないだろう?生み出される何万kWもの出力が欲しいからか?」
〈その通りです。あれだけの発電設備ならアークの全施設を2ヶ月は稼働させられますから〉
なるほど。それは確かに重要な任務である。とはいえ推測すれば半永久的な電力供給の為に周囲を制圧しろ、というのが中央政府が望む本音であろうと彼は考えた。喉から手が出るほど欲しい筈だ。限られた資源、エネルギーをなんとか回して生き永らえている人類にとって宝の山に等しい存在だろう。
「そうそう。すご〜〜く重要な作戦。たった3人のニケと指揮官様に任せるぐらいだもんね」
「ははっ。“
──彼の頭に一瞬だけ痛みが走るが直ぐに治まった。ニコチンとタールが効きすぎただろうか。ムーアは深い皺を眉間へ刻みつつゆっくりと深呼吸して痛みを誤魔化した。
指揮官の体調や様子を常に気にかけているラピでさえも、その誤魔化しには気付かない。というよりも先程から皮肉めいた言葉ばかりを吐き続けるアニスへ対して鋭い視線を向けている為、彼への注意が薄れていたのだ。
「アニス。作戦拒否?」
「それは…違うけど」
無用な心配を分隊員へ掛けるのは宜しくない。幸いにも酷い不調ではなく一瞬の事であった。彼は何も語らずに黙ったまま紫煙を燻らせ続ける。
それはそうとどうやって発電所の敷地、或いは内部へ入り込むか。彼が考えを巡らせていた時、同様の疑問をネオンが代わってラピとアニスへ問い掛けた。
「発電所を掌握しているラプチャーを全滅させ、侵入すれば良い」
とはラピの意見である。
まぁ悪くはないだろう。分隊火力がもう少し──それこそ機関銃さえあれば両翼へ配置して十字砲火を浴びせられる。しかし現状はない上に分隊員も足りない。却下である。
それに反応したのは言うまでもなく火力至上主義のネオンが意気揚々と握った散弾銃を掲げる様子を横目に捉えつつ彼は紫煙を唇の端から緩く吐き出す。もう少しニコチンとタールをキメれば良い案が出そうだったので二本目を銜え、吸い切ったばかりの煙草を火種にして火を点けた。
「行きましょう!私の火力の真骨頂をお見せする時が来ましたね!」
全く頼もしい限りだ。皮肉でもなんでもなくムーアは素直にそう感じながら肩を軽く竦めると、今度は端末を取り出して画面上へ周辺地図を表示する。
「指揮官、調査を続けますか?」
「あぁ、調査は続けるが…」
「あぁ、もう分かったわよ!行けば良いんでしょ!行けば!」
何処となく不貞腐れ気味のアニスが擲弾発射器の回転式弾倉へ擲弾が込められているかを確認しながら続けて口を開いた。
「じゃあ皆、しっかり装填を確認してから突進しましょ。3人だから直ぐに死んで終わっちゃうからね」
「──アニス」
「私達、弾除けぐらいにはなるから後ろに隠れてて。脳だけはちゃんと回収してね。──それぐらいは出来るよね指揮官様?死地へ追いやるよりはずっと簡単よね?」
アニスが捲し立てる不平不満が籠もった言葉を聞き流し掛けた──というよりも画面上の地図へ集中していた為に反応が遅れたムーアだが、全員とも何故に真正面から突撃する意見なのだろうかと疑問符を浮かべてしまう。その時、画面上の一点に気になる箇所を発見した彼は周囲を見渡す。
「…不服従と判断して良い?」
「どうぞお好きに」
「不服従は即決処分よ」
「ラピ…!?」
──あそこで良いか。
10mも離れていない場所にムーアは非常用ハシゴが外壁に設けられた建屋を発見する。
「…ネオン。終わったら呼んでくれ。ヤバくなりそうでも呼んでくれ」
傍観するしかない彼女へ一声掛けてから彼はゆっくりと建屋へ向かった。
「落ち着きなさい」
「落ち着くも何も私達が無駄死にするようなモノじゃない!」
「私達はまだ指揮官の作戦を聞いていないわ」
「むぅ…ってあれ?」
「…指揮官…?」
「あ、指揮官ならあちらに。終わったら呼んでくれ、だそうです」
彼の存在がないと二人はやっと気付いて周囲を見渡し始めるが、ネオンが指差す方向へ視線を向けると──建屋の外壁にある非常用ハシゴを昇り、間もなく建屋の屋上へ達しようとするムーアの姿があった。
「──あぁ、やはりだ」
銜え煙草のまま双眼鏡を取り出し、地表から15mほどの高さから見下ろす形で彼はレンズを覗き込み、我が意を得たりと言わんばかりの様子で口角を緩く吊り上げた。
「指揮官!危険ですから早く降りて下さい!」
ラピが声を張り上げれば、彼女達の話し合いは終わったらしいと察知して彼もさっさと地表へ戻る事にする。
グローブを嵌めた手で両端を掴み、両足でも挟み込んで一気に降下すれば眼前には話し合いが終わったラピとアニスを含めた全員が集合していた。
「──話し合いは終わったか。あぁ、アニス。さっきの発言はあまり聞いてなかったが…訂正する箇所がひとつだけある。──仮に突撃を命じる場合は俺が先頭だ。それだけは忘れるな。もし俺が尻込みしたら背中を撃って構わん。──シフティー。発電所なら排水路の類がある筈だ。河川側にある排水路は発電所に繋がっているか調べてくれ」
〈…え?わ、分かりました。お待ち下さい。──あっ、ありました!〉
「…良し。そこから侵入…もとい潜入しようか。
臭くないと良いな、と彼は一人で呟きながら銜えていた煙草を携帯灰皿へ投げ込んだ。