勝利の女神:NIKKE ─The Last Kiss─ 作:一般指揮官
第1話
「──はいはい、注射のお時間ですよ」
「──ちょっと待って下さい先生。なんですかそのデカい注射は?そんな太い針が付いた注射器で何を…ッ!」
「──あら、痛かったですか?」
入院2日目、あちこちに出来た負傷──腹部の深くまで突き刺さっていた破片を取り除く手術も前日にあったが、麻酔から目を覚まして1時間と経たずに細目の
まぁ、彼の言葉を借りるなら、それだけならまだ良かったのだ。
「──じゃあ注射も済んだことですし、カテーテルを抜きますね」
「──え?あ、はい」
「──んー…えっと…はい、じゃあ息を吐いて〜…」
シーツの中、そして病衣の中へ細く滑らかな手が入り込み、下腹部に繋がった細い管を引き抜かれる時は──変な性癖に目覚めかねなかった。相手が容姿端麗な女医であれば尚更である。
抵抗しようにも覚醒した時には右脚の義足、そして左腕の義手は無くなっていた為、なすがままとなる他なかった。
引き抜かれる際の不快感よりも精神的な疲労感を多く感じたのは言うまでもない。
入院3日目。
喫煙衝動にはなんとか耐えられているが、それよりも身体を動かせないのは何よりの苦痛となった。
病床から隻腕、隻脚のまま床へ降り、バランスを保ってまずは腕立て伏せを実施する。
自然と片手腕立て伏せとなり、程良い負荷が掛かって良いトレーニングとなるのだが──
「回診で──」
「──────」
「回診でしたが…ムーア大尉、注射のお時間ですよ?」
そんな予定は聞いていないが、前日と同様に同じ太さの注射針を持った注射器が肌へ突き立てられた。なんとか歯を食い縛って耐える程には痛かった。
早く退院したい、と素直に願った。
「──指揮官、お邪魔します」
「──具合はどう?」
「──師匠、大丈夫ですか?」
「……皆、早く俺をここから脱出させてくれ」
入院4日目。損傷を負ったボディの交換、そして調整が終わったばかりの部下達が揃って見舞いに来ると彼は前置きもなく病院から脱走する手伝いを頼み込んだ。
いきなりの頼みに彼女達は思わず顔を見合わせてしまう。
「…えっと…何かあったの?」
「…色々と…」
今回の入院生活はムーアでも堪える
「申し訳ありませんが…治るまで御辛抱下さい」
「師匠、ボロボロだったんですから。あ、これ頼まれていた軍服です。クローゼットに入れておきますね」
「…有り難い言葉に涙が出そうだ。あぁ、ありがとう」
皮肉を吐ける程度には回復したようだ。ネオンが持参した軍服や軍帽、編上長靴を備え付けのクローゼットの中へ納めて行く。
そろそろ出頭の命令が発せられそうな予感がするのだ。
具体的には直属の上官から、である。
「…メティスは?」
「ニュース見てないの?」
気になっていたことを尋ねるとアニスは呆れた様子で溜め息を吐き出す。
連絡を取れる携帯端末も、病室にはテレビもあるというのに無精なモノだと言わんばかりだ。彼女はリモコンを握り、テレビを点ける。
映し出されたのはニュース番組。チャンネルをアニスが変えても扱っているのは彼が御所望のメティス分隊に関する報道ばかりだ。
「…ミシリスの株価は急上昇、メティスに対する市民の称賛が後を絶たない。…まぁ目的は達せられた訳だ」
「…そりゃそうだけど……感想はそれだけ?」
「他にどんな感想が?──勿論、あの場で戦ったキミ達からすれば業腹だろうが…」
「しかも指揮官様は
別にそこまで酷い訳ではないのだが、とムーアはアニスの言い分へ肩を竦めた。
とはいえ、損傷の酷かった義手と義足は交換の必要があり、現在はそのどちらも取り外されている姿は痛々しい以外の表現が見付からない。
加えて病衣の隙間から覗く肌には包帯が巻かれている様子が覗える様子に彼女達の表情が曇った。
「…白髪、増えたね」
「そんなにか?鏡を見ていないから──」
「──ヒーロースライド!!」
なんと言えば良いのか言葉が見付からず、その代わりにアニスが彼の頭へ細い手を伸ばして撫で始めた瞬間のこと。
不意に病室の扉が開くか否かの僅かな隙間から室内へ滑り込んで来た人影があった。
「──あぁ、ラプラスか。久しぶりだな」
「ちょっと!あなた、ドアが開いてから入って来てよ!それとここ病院なんだから静かにして!」
「済まない!早く
「…まぁ…暗くなっているよりはずっと良いですけど──でも本当にうるさいですね」
直ぐにでも看護師が注意の為に襲来するのではないかと思う程の声量だ。アニスとネオンの眉根が寄るのも構わず、ラプラスは彼が横たわる病床へ歩み寄る。
「
「見舞いに来てくれたのにこんな格好で悪い。もうほとんど治った。あとは義手と義足の接合待ちだ」
「そうか!本当に良かった!──あ、これはメティス分隊からだ」
「丁寧にどうも」
「ミシリスで新発売するプロテイン!なんとシェイカー付きだ!効果は保証するぞ!」
──お見舞いの品、持って来るんだ。
──意外ですね。
ラプラスから差し出された袋──ラッピングも何もされていないビニール袋の中へ収められている黒を基調にしたスタイリッシュな包装がプロテイン、そして付属している小さな箱の中には計量スプーンとシェイカーが入っているのだろう。
それを右手で受け取った彼は病床の横に侍ったラピに預けると改めてラプラスへ視線を向ける。
「マクスウェルとドレイクは大丈夫か?」
「勿論だ!私達はミシリスの最新技術でケアされ、以前よりもっと健康になった気がする!」
「そうか。それは良かった」
残る2名についても問題はないと聞けば、彼はやっと安堵して病床に身を預ける。指揮官として同じ任務へ投入されたニケ達の安否は気掛かりだったらしい。
「それはそうと、シュエンから事の顛末を全て聞かせてもらった!」
「…あのお嬢さん、話しやがったのか…」
舌打ちを一発かまし、彼の眉間へ深い縦皺が刻まれる。その様子を見たラピがそっと肩へ細い手を置いて宥める中──ラプラスが深々と頭を下げる。
「私達のせいでこんな危ないことに巻き込んでしまい、本当に済まなかった!!」
「謝るな──」
「──そして、ありがとう!!」
「……どういたしまして」
謝られるのは好みではない。それではまるで頑張りが無駄に終わった気分にさえ感じるからだ。
それよりも礼を言われた方が遥かに気分が良い。
実際、ラプラスから礼を言われた彼は、ほんの僅かだが口角を緩めている。
「──ラプラス。まだラプチャーは恐いか?」
意地悪な質問だとはムーアも承知している。恐怖を克服するのがどれほど困難か──それを知らない訳ではないが、敢えて尋ねてみると眼前の彼女の表情がたちまち強張った。
「…恐い」
「そうだろうな」
「しかし!恐がらない!!──私は
おもむろにラプラスは懐を漁り──古びた一冊の本を取り出す。それは間違いなく、彼があの施設内で発見し、彼女へ手渡された物だ。
「──
詩の一節を諳んじたムーアへラプラスは大きく頷きを返しつつ本を懐の中へ仕舞い込む。
「──では、もう言いたいことは全て言ったので私は帰ろう!!」
帰りは扉──ではなく、ラプラスは窓際へ素早く歩み寄り、窓を開け放つと片脚を掛けつつ肩越しに病床の彼へ振り返る。
「──早く回復して、一緒に地上を駆けずり回ろう
「…ヒーロー?」
「──ヒーロー!退!場!」
──ここは10階の筈なのだが。
窓の向こうへ身を踊らせた人影があっという間に姿を消す。それを見送ると誰彼構わず溜め息が室内で響き渡った。
とはいえ、彼女に関して言えば──騒がしいぐらいがちょうどいいのだろう。おそらくは。きっと。
などと思っていたのも束の間──病床の横にあるサイドテーブルに鎮座していたムーアの携帯端末が不意に着信のバイブレーションを起こす。
ラピがそれを取り、彼へ手渡すと──新着のメッセージが一件。
差出人は──アンダーソンである。